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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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領主の噂


「じゃあ総。私はさっそく量産体制に入るからね」

「ああ。宜しく頼む」

「任せてよ! 私は総の専属なんだから!」


 その後、せっかくだからとイベリスにも【ジン・ソニック】を味わって貰った。

 彼女はある程度堪能したと見ると、すっと立ち上がり、冒頭の言葉を残してさっさと店を去ってしまった。

 目先の目標というか、楽しいことに一直線なのは分かるのだが。

 こう、あっさりと去って行かれるのも、少しだけ寂しいものがあった。


「それで、ヴィオラはここ一ヶ月くらいどうしてたの? 顔も見なかったけど」


 新しい炭酸飲料にご満悦な様子のスイが、ヴィオラへ尋ねた。

 俺もそれが少し気になっていた。領主に仕えるという騎士が、そんな長い間、街を離れるものだろうか。


「ああ。それは……領主のご息女の、旅行の護衛をしていたんだ」

「……そう」


 二人はそれだけで通じあったらしいのだが、俺には前情報がないので伝わってこない。

 まぁ、推測くらいならできるが、ここは一から尋ねてもいいところだろう。

 俺はそれほど、この世界の知識を正しく収集してはいないのだし。


「聞きたいんですけど、この街の領主様はどんな方なんですか?」

「ん? 君は知らないでこの街に来たのか? どこの生まれだ?」


 ヴィオラは怪訝な表情で俺を見た。

 そういえば、そっちの紹介がまだだった。



「来たというか。実は僕はこの世界の人間ではないので」



 数秒、ヴィオラは驚いた顔から、続けて何かを思考し、告げた。


「……スイがまた何かやらかしたのか」

「やってない」


 ヴィオラの同情の目に、スイが短く否定を返した。


「総は何者かに召喚されて、この店に倒れてたの。私は何もやってない」

「本当か? そう言って、実は君が犯人なんじゃないのか?」

「あなたは私を何だと思ってるの」


 スイがはぁ、とため息を吐いたが、ヴィオラは猜疑の目を変えなかった。

 彼女はちらりとスイを見てから、俺に向き直って語り始める。


「総がスイをどう思っているか知らないが、こいつは本当に酷い奴なんだ」

「ちょっとやめて」


 スイが恥ずかしそうに止めに入るが、それを面白がってヴィオラは止まらない。


「昔から、無表情のくせにヤンチャばかりするんだ。沸点が低いからすぐに癇癪を起こすし、そのくせ魔法の才能はあるから事が大きくなる」

「待って。悪いのはだいたい相手」

「騒ぎを大きくしているのはスイのほうだろう」


 スイにもその自覚があるのか、少し悔しそうに唇を噛んだ。


「その度に私が尻拭いをしてやったのに、お詫びと言って持ってくる食べ物も、喰えたものじゃないしな」

「それはあなたの味覚が──」

「おかしいのは君のほうだ。なぜレシピ通りに作らない」


 言われ続けてムッとしていたスイは、ここぞとばかりに言い返した。


「それなら言うけど。ヴィオラだって癇癪では人のこと言えないでしょ。誰かがいじめられれば、実力行使で解決しにいく。森に魔物が出たとか噂があれば、調査に行くとか言いだす。こっちは毎回付き合わされる」

「それは私の正義が──」

「その正義でさっきも暴走したんだから、少しは物事を良く考えて」

「……反省します」


 流石にこの場での口喧嘩では、直前にやらかしたヴィオラの分が悪かった。

 だがスイ。そこで勝ち誇ったところで空しいだけだと思うぞ。

 俺は苦笑いを浮かべたまま、彼女達の話をまとめた。


「つまり、二人とも昔から仲良しなんですね」

「……それは」

「……まぁ」


 俺の言葉を二人は否定せず、少し恥ずかしそうにお互い、そっぽを向いた。

 そんな気安い間柄の人間は、俺には居なかったので、少し羨ましく思う。


「話が逸れましたね。この街のご領主様はどんな方なんですか?」

「ああ、素晴らしい方だよ。民のことを良く思い、色々なことに心を割いている」


 ヴィオラは我が事のように、領主を称えた。

 だが、ほんの少し思うところがあるようで、ぼそりと付け加える。


「ただし、ご息女に対する思いやりは、もう少しあっても良いと思うが」


 意味有りげな言い方。

 スイは少し心配そうな顔で尋ねた。


「何かあったの?」

「いや、あまり公にすることではないので、伏せておく」


 ヴィオラは、そう言葉を切ってしまった。

 相手が隠しておきたい事柄なら、無理に聞いたりはしない。

 俺はすかさず、話題を変えることにした。


「そういえば、ヴィオラさんの髪の毛、良い香りがしますよね」

「……へ? 髪の毛、か?」

「はい。まるで『パルフェタムール』みたいな」

「『パルフェタムール』?」


 不思議そうな顔をされてしまうが、当たり前だった。

 この世界に『リキュール』はないのだ。

 いや、あったところで一般人に『パルフェタムール』じゃ、通じないだろうか。


「失礼しました。スミレの花のような、甘い香りがしますよね」

「ああ。そのことか」


 ヴィオラはすとんと理解した顔で、さらりと髪を撫でた。

 そうすると、カウンターを挟んだこちら側まで、ふわりと甘い香りが飛んでくる気がする。


「そうだな。これは香油の一種でな。実は領主様からいただいたものなんだ」

「香油……ですか」

「ああ。領主様は庭でスミレを育てていてね。その成果を騎士団の者に振る舞ったりしてくれるんだ」


 スミレの栽培と、成果か。

 なるほど。俺だって、スイに香り成分の抽出をしてもらったりしたのだ。

 香油のような文化も、魔法で発展していてもおかしくはない。


「そういえば、ここだけの話だがな」

「はい?」


 ヴィオラはキョロキョロと周りを確認したあとに、こそりと言った。


「この店で思い出した。実は領主様も、自分で作った『スミレの香りのポーション』を、こっそりと飲んで楽しんでいるという噂が──」

「本当ですか!?」


 突然俺が大きな声を出したことにヴィオラは目を丸くした。

 だが、俺はこの降って湧いたような話に、興奮せずにはいられない。


 なぜ忘れていたのか。

 この世界のポーションはリキュールの走りのような状態にあると思った筈だった。

 そして、医薬品ではなく、嗜好品としてのリキュールが盛んに飲まれ始めたのは『貴族』からとも言われている。


 この世界の貴族が、そういった『嗜好』に目覚めている可能性。

 それになぜ、今まで思い当たっていなかったのか。



『リキュールポーション』作りに行き詰まっていた俺にとって、それは天啓のように聞こえた。



ここまで読んでくださってありがとうございます。

評価や感想、ブックマークなど、とても励みになっております。


ようやく出てきたのですが、二章は『リキュール』を目的に話を進める予定です。

その際に、少しだけご都合的な展開があると思われますが、

ファンタジーということで、穏やかに受け止めて頂けますと幸いです。

これからも、どうかよろしくお願いします。

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