バーテンダー
質問攻めとは、このことだろうか。
「ねぇ! 総! さっきの何? 何? あれが銃なの? やばいって、超武器だったよね!? どうするの?」
「おいおいお前さん! 面白いことってこれか!? ショーをやるって意味だったのか!」
そう言って、バシバシと楽しそうに俺の背中を叩くのは、機人の師弟。
「総ってば、あんな奥の手隠してたの!? なんで教えてくれないのよ!」
と、少しだけ拗ねた感じで詰め寄ってくるのがライ。
「…………」
無言で、じっと俺を睨むのがスイ。あ、質問してないなスイは。
「お、おい! 何があった!? なんでギヌラの野郎がのびてんだ!?」
と、頭にたんこぶを作ってるのが、厨房から間に合わなかったオヤジさん。
「がっはっは! さすが異世界人だな! ポーションも作れて、魔法も使えるなんてな!」
と、一人で勝手に盛り上がっているのが、イソトマだ。
彼らだけではない。
その一部始終を見ていた他の客達も、口々に囃し立ててくる。
「すげえええええ! あんな魔法初めて見た!」
「二重属性使いなんて、そんなに居ないんでしょ!?」
「金持ちをのしちまうなんて、怖いもの知らずだな!」
「次はいつやるんだぁ!?」
そんな大喧騒に、俺は困る。
口々に何者だとか、なんだとか聞かれても答えられない。
なにより、さっきのだって無我夢中だったから、自分が何をやったのかも判然としないのだから。
「お、落ち着いて下さい!」
俺は声を張り上げて、場を鎮めた。
そして、色々な質問の中から、自分が何者かという質問にだけ、はっきりと答える。
「僕は、ただのバーテンダーです! それ以上でも以下でもありません!」
だが、言ってからもざわざわとした騒ぎは収まらない。
それもそうだと、言ってから気づいた。
この世界には『バーテンダー』はいないのだった。
「総」
俺が困惑していると、すっと俺の袖を引く少女の声。
目を向けると、身を小さくするようにして、スイが俺を見ていた。
「あ、スイ、この状況、どうにかするのを手伝ってくれ」
「そんなこと良いから、ちょっと来て」
「あ、おい」
スイは付いてくるなと周りの人間に声をかけてから、俺を引きずって店の外まで出た。
それからも、店から離れるように、早歩きでどこかへと向かった。
「ここなら、良いかな」
人気の無い夜の広場にまで俺を引きずってきたスイが、ぱっと手を離す。
広場というか、中央に噴水があるのを見ると、どうやら公園らしい。
ぐるりと囲むように、月明かりに照らされる黒々とした木々の影がある。
その中心に、俺とスイはいた。
「どうしたんだ。店を空けるなんて感心しないぞ」
俺は彼女の行動に戸惑いつつ、はっきりと言った。そう、今はバーテンダーが不在のバーになってしまっている。可及的速やかに戻らないと。
「それよりも、大切な話だから」
「どんな話だ?」
「あなたの、魔法の話」
スイは真剣な声で、言った。
夜の闇の中、僅かに移る彼女の瞳は、刺すように俺を見ていた。
「俺の魔法って『弾薬化』か?」
「そう。あれは、今日までは『ただの特殊魔法』だった。だけど、さっき見せたあの力。『普通の魔法』を使えないはずの総が、それを使った。もしもあれが『弾薬化』の本当の力だったら、比喩じゃなく、世界を変えてしまうかもしれない」
「……まさか」
俺は笑い飛ばそうとしたが、スイの雰囲気がそれを許さなかった。
「強力な魔法は、才能のある者にだけ許されたもの。少なくとも、今日まではそうだった。それが、あなたの『魔法』で変わる可能性がある。あなたの『魔法』は、全ての人間に『魔法』が使える世界を作ることになるかもしれない」
「そんな大袈裟な」
「本当なの。総がしかるべきところに出向いて、魔法の研究をすれば、そうなる。その場合、あなたはきっと莫大な富や名声を手に入れられるはず。この国の軍隊の様式を、あっさりと塗り替えるかもしれない」
そこまで来て、俺はようやくスイの言いたい事がなんとなく分かった。
彼女はこれまで、俺が生きる為に、充分に心をくだいてくれていた。
それもこれも、俺個人では、この世界で生きて行く術が無いからだ。
だが、もしも『弾薬化』の魔法が、本当に世界を変えるほどの、重大なものなら。
俺はもう、スイの庇護を受けないでも、生活ができるというわけだ。
それも、今の生活に比べて随分と豪華な暮らしまでできてしまうのだろう。
自分がただ、研究に協力するというだけで。
「だから、総。一度、良く考えて。私は、あなたにしっかりと選んで欲しい」
スイは、無表情なりに不器用に微笑んでみせた。
ただでさえ表情を作るのが苦手なくせに、俺のために精一杯、やってくれた。
だが、そんな感情と正反対の笑顔に浮かれるほど、俺は馬鹿じゃあない。
「考えるまでもないさ。俺はずっと、ここに居る」
「……なんで」
俺が即答したことで、スイは呆けたように目を見開いた。
だが、どうだ。今度は顔から、安堵の感情が滲み出ているじゃないか。
「最初から言ってるだろ。誰にも必要とされてなかった俺だ。俺を求めてくれるっていうなら、俺は嬉しいって」
「でも、それなら尚更、国の研究機関に──」
「おいおい、それは俺の『魔法』を求めてるんだろ? スイ、お前は違うって言ってくれたじゃないか」
「え?」
俺は彼女の発言を思い出す。
あれは、そう、彼女に協力すると決めたときのことだ。
「『俺の技術が活かせるなら』って言った俺に、スイが言ったんだろ。『私が欲しいのは、あなたの技術じゃなくて、あなた』だってな」
俺は下手な声真似をして、少し恥ずかしくなる。
話を聞いていたスイが、俺の女声にピクリとも笑っていないのが、尚更恥ずかしい。
照れ隠しに頭をくしゃくしゃと掻きむしって、答えた。
「だから、俺だってここにいたい。俺を必要としてくれる、スイの側にいたいんだ」
「……総」
スイは、嬉し泣きしそうな顔で、柔らかく俺の名を呼んだ。
俺はへへ、と笑みを浮かべて、それからもう一度、スイに手を差し出してみた。
「頼むよ。俺をスイの所で働かせてくれ。もう要らなくなったなんて、言わないでくれ」
「……ごめん。ううん、こっちも、お願い。これからも、私を、助けて」
「喜んで」
俺たちはもう一度握手を交わした。
どちらともなく、少しだけ見つめ合った。
そして目を逸らして、また見つめ合う。
だけど、手だけは離さない。
「…………」
「…………」
手を離すタイミングが分からなくて、しばらくそうしていた。
このままだと、ずっとここでこうしているような気がして、俺は話を戻すことにした。
「ま、それに研究とか、世界を変えるとか、興味ないんだ俺」
「……ん?」
「というか『カクテル』を広めるって使命があるのに、そんなことにかかずらってられないだろ。酒の神様が俺を呼んでいるんだ。はやくこの世界に『カクテル』を普及させろってな」
「……あの」
「そう! 俺が今すべきことは『リキュール』と『炭酸飲料』の確保なんだ! 俺の魔法がなんか凄いのは分かったが、そんなもん『味の調整』に関わらない! なら、ちょっとしか嬉しくないね!」
「……はぁー。総はほんと、相変わらず」
スイがため息を吐いた。
だが、その顔には、精一杯の笑みがしっかりと浮かんでいる。
変わらない俺に、安心するような、そんな笑みが。
「さて、店を空けてるんだ。この分を取り返すためにもキリキリ働くぞ」
「うん。洗い物、頑張る」
俺とスイはどちらともなく手を離してから、店に向かって走り出した。
「ここで頑張らないと、昨日の【ジン・ライム】が無かったことになるからな」
「それじゃ、この後はどれくらい頑張るの?」
スイの素朴な疑問に、俺はにししと笑って言った。
「もちろん、世界に『カクテル』が広まるまでだ!」
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その日『イージーズ』というちっぽけな食堂で、世界で初めての『バー』が開いた。
『ポーション』を混ぜ合わせることで作られる新しい飲み物。
その名も『カクテル』を『酒』として売り出す店だ。
そこで働いているのは、夕霧総という男。年齢は二十三。
たとえ『ポーション』を混ぜ合わせて作る『カクテル』が、『ポーション』として馬鹿みたいな効果を発揮してしまうとしても。職業は『ポーション調合師』ではない。
たとえ『カクテル』を弾丸にしてぶっ放すことで、なぜか強力な『魔法』が使えてしまうとしても。職業は『魔法使い』ではない。
夕霧総の職業は、あくまで『バーテンダー』なのである。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
ようやく一章完結となりました。
ここまで書き続けてこれたのもみなさんのおかげです。
ようやくスタートラインに立ったような感じのする拙作ですが、
これからもカクテルを広めるために奮闘していきます。
よければ、ご感想や評価など、いただけると嬉しいです。
どうか、この先も楽しんでいただければ幸いです。
※0725 誤字訂正しました。




