ポーション酔いと来訪者
「がっはっは! 話が分かるじゃねえか! ゴンゴラの旦那!」
「そういうあんたも最高だぜ! イソトマさんよ!」
説明。おっさん二人は出来上がった。以上終わり。
前の【ジン・フィズ】の時にも少し思ったのだが、ゴンゴラ親方には迷いがない。
美味いと思ったものを、もったいないとか言わずに、飲み干す。
現に、さっき作った【ジン・フィズ】は、一気といってもいい勢いで飲み干された。
もっと味わって飲んで欲しいと思わなくもないが、まあ、そこはいい。
問題は、それに感化されたイソトマも、同じように【ダイキリ】を一気したことだ。
いくらこれはポーションだと言っても、いや、ポーションだからこそ、一気はまずい。
スイ曰く、人間には魔力の許容量というものがあるらしい。
体内の属性の魔力が減り過ぎれば、『魔力欠乏症』が発症して命の危険になる。
だが、こうやって増えすぎても『魔力過多』の状態になって、異常をきたす。
気分が大きくなったり、急に笑ったり、泣き出したり、人によってはキスしだしたり。
それが俗に言う『ポーション酔い』であり、完璧に『酒酔い』の状態と一緒だった。
だから、ポーションの摂取量には、それぞれ限界がある。面白いもので、『質の悪いポーション』ほど『悪い酔い方』をするらしい。
のだが、それを気にすることもなく、イソトマとゴンゴラはお互いに飲みまくった。
俺の『カクテル』は『質は良い』らしいのだが──結果は、このざまだ。
「うーん。この師匠を連れて帰るの、ちょっと嫌かも」
あはは、と疲れた笑い声をあげるイベリスに、俺は謝った。
「すみません。僕の責任です」
「え、ぜんぜん、総のせいじゃないよ。悪いのは師匠だって」
「いえ、営業中のバーで起こる全ては、バーテンダーの責任ですので」
この二人をこの状態にしてしまったのは、俺の責任だ。
バーテンダーは、目に映る範囲だけでなく、店の全てに気を配らなければいけない。
いくら杯数が進むからといって、連れで来ていたイベリスを無視して盛り上がるような状態は、あまりよろしくない。
とは思うのだが、売り上げが伸びるのもまた嬉しいことなので、難しいところだ。
「っと、完成」
言っている間に、テーブル席の三人組のカクテルが完成した。
先程と違って注文が立て込んでいるわけではないので、自分で届けに行く。
カウンターを出てテーブルまで赴き、失礼しますと声をかけてからグラスを差し出した。
そのタイミングで、空いたグラスや食器を下げたりするのは忘れない。
ここに灰皿があったら中身を確認するものだが……この世界には紙巻きタバコ自体が普及していないのかもしれない。喫煙者はほとんど見ない。
他にも、頼んだ客以外のグラスの残り状況も確認し、少なくなっていたら適宜次の飲み物を薦めるのも忘れてはいけない。この場合は、全員注文だから必要ないが。
失礼にならない程度に軽く言葉を交わし、二言三言カクテルの説明をした。
その作業を終えて戻ると、イベリスが少しだけ興味深そうに話しかけてくる。
「総。あれ持ってるの?」
「あれ?」
「なんだっけ、銃ってやつ」
「ああ」
イベリスの言葉に俺は軽く頷いて、サロンの下に隠してあった銃を取り出した。
「結局あれから色々試したけど、何も起きなかったよ」
俺は銃を貰ったあの日から、隙を見つけては色々なものを弾薬化して試してみた。
だが、木材や石材、鉄や炭など、色々なものを用いても結果は同じだった。
銃とは名ばかりの、甲高い音を出す楽器である。
「じゃあ、なんで持ってるの? 邪魔じゃない? 分解しよっか?」
「本当に、出来上がったものには興味ないんだな」
はは、と苦笑いしつつ、俺は銃をまた腰に備え付けた。
ズシリとした重さがあって、それなりにサイズもあるので邪魔といえばそうだ。
だが、使えないとは言っても格好良い。なんとなくいつも持ち歩いていた。
「ほら、もしものときに、さっと出したらかっこいいだろ?」
「そうかなー?」
イベリスは疑わしげにそう言葉を残した。
これでは分が悪いと、俺は隣でせっせと洗い物をしているスイに同意を求める。
「な、スイもそう思うだろ?」
「ごめん、今ちょっと話しかけないで」
スイは俺の言葉に余裕無く答えると、一心不乱に洗い物を片付けていた。
オープンしてから、基本的にスイはずっと洗い物をしている。グラスを洗い、グラスを洗い、済んだと思えば新しいグラス。
俺は自分で洗い物をする手間が省けて大分動きやすい。だが、ずっと洗い物をしている彼女は面白くはないだろう。
それに、ずっと立ちっぱなしで何時間も作業しているのだから、そろそろ辛いか。
「スイ。それが終わったら休憩していいぞ。落ち着いたし、洗い物含めて俺だけで回せるから」
「ありがとう。総は休憩は?」
「知ってるか? バーテンダーに休憩はない」
俺はふっと笑みを浮かべ、ちょっと格好つけて言ってみた。
俺の働いていた所では、基本的に店は一人で回す。店員はもちろん一人。
その唯一の店員が休憩に入ったら、誰が店を回すというのか。
だからバーテンダーは、オープンしたらクローズするまで、何時間でも作業し続けることになる。
小さい店ではそれが当たり前なので特に思うことはないのだが、スイは俺の言葉を受けて同情するような目で見つめてきた。
「ま、イベリスの隣にでも座れよ。なんか好きなの作るぞ」
「……じゃあ【スクリュードライバー】」
「かしこまりました」
スイが洗い物を片付け、カウンターを出て椅子に座る。
俺は早々に、彼女の注文に応えることにした。
なお、バーテンダーにも色々なタイプがいる。
営業中に酒を飲むタイプと、飲まないタイプもその分類の一つだ。
俺の場合は、場が盛り上がっているときに、一緒にテンションを高めるために飲むことは多い。また、奢ってもらえる酒も必ず飲む。
そうでない場合は、酔って酒の味が分からなくなるのを避けるため、あまり飲まない。
そういう、条件を付けて飲むタイプだ。
だが、働きたてのころは、とにかく色々と勉強したかった。
最初のころは先輩と二人で店に入るので、新人には休憩が与えられる。
休憩時間には、メニューを眺めてはまだ飲んだことのないカクテルを作ってもらったものだ。
「お待たせしました。【スクリュードライバー】です」
「うん、ありがと」
俺は手早くスイの注文を作ってしまうと、ふぅと一息つく。
店はほぼ満席。カウンターには多少の空きはある。もっとも、歓迎会で会った常連さんでまだ来ていない人間がいるので、すぐに埋まる可能性もある。
今は少しだけ落ち着いているが、盛り上がっている場だ。すぐにまた注文は舞い込んでくるだろう。
それを思って、俺は内心でのワクワクを抑え切れない。
「楽しそうだね」
スイがグラスを傾けながら、優しい声で言った。
どうやら、内心が表情に現れていたようだ。
俺はそんな彼女の微笑みに、少しだけ照れながら答える。
「そうか?」
「うん。いつも思ってたけど、カクテルのことを話す総はすごい楽しそう」
「そうだよねー! 次の機械のこと考える私達みたいな顔するよね!」
二人に指摘されると、流石に言い逃れはできなさそうだ。
「こらーっ! こっちが忙しいのにまったりするなー!」
遠くで、相も変わらず忙しく動き回っている看板娘が、少し恨みがましい声で叫んだ。
俺はそんなライの姿にもくすりと笑みを漏らす。
ひどく忙しいのに、とても穏やかな時間だと思った。
まだ初日は終わっていないが、カクテルは問題無く受け入れられる。
そう、俺が期待していたときだった。
カランと鐘がなり、イージーズの入り口が開いた。
給仕の途中だったライが、ばっと振り向き挨拶をしようとする。
「いらっしゃ──っ!」
だが、その営業スマイルは途中で睨みに変わった。
俺はそんな来客の顔をじっと見つめて、言ってやった。
「いらっしゃいませ、ギヌラさん」
「……あぁ、僕は客だ。案内してもらおうか」
金髪の男は、背後に屈強な大男を従えたまま、ひどく陰湿そうな笑みを浮かべた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
本日、五話掲載予定の二話目です。三時間おきに投稿します。
午後十時過ぎに第一章完結予定です。
※0725 誤字修正しました。
※0729 表現を少し修正しました。
※0805 誤字修正しました。




