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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第一章

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二つの注文

「マスター! なんか甘い奴!」

「この【ジン・フィズ】ってどんなの?」

「ねぇマスター! どかんと強いの頂戴よ!」



 イソトマの声がきっかけだった。

 彼の飾り気のない叫び声は、店内の空気を明らかに変えた。

 まず、こちらをチラチラと窺っていた、テーブル席の男女二人組。

 ライがタイミングを逃さず接客に向かったことで、『軽いカクテル』と『甘めのカクテル』の注文が入った。

 その注文に答えて【ジン・フィズ】と【スクリュードライバー】を作ると、その二人は驚愕に目を開いた。


 その直後には『イソトマの声が外まで聞こえてきた』と、常連男性がまた入った。

 イソトマのグラスも空になって久しいので、二人揃って同じ物を提供した。

 それは【ダイキリ】。

 イソトマは【ダイキリ】を特に気に入った様子だった。

 先程に劣らぬリアクションで、これは美味いと熱弁を始めた。


 後は雪崩式だ。


 テーブル席でも、試してみたいという声がチラホラと上がる。続々とカウンターに付いた常連は、メニューにある『カクテル』を好き勝手に注文しはじめる。

 人が増えると、それに加えて食べ物の注文もどんどんと入る。

 すると、その食べ物にあった『カクテル』はなにかと、こちらにも注文が入る。

 興味本位で頼む人間が、二杯目三杯目に手を伸ばし、料理と飲み物の相乗効果で、どんどんと杯数が増えていった。


「総。ちょっと、このペースじゃ間に合わない」


 嬉しい悲鳴を上げながら、ひたすらに洗い物に従事しているスイが言った。

 俺は注文に答えるため、作業の手を休めずに返す。


「じゃあ、もっとペース上げないとな。限界はまだまだだろ?」

「もう!」


 俺とスイのやり取りを見て笑う客達。カウンターには、オヤジさんが作った料理──ソテーだの、サラダだの、漬け物や汁物だの、様々な皿が並んでいる。

 その光景の中、添えるように俺の作ったカクテルが並んでいた。


 この中で、もう俺の客になってくれた人はおるまい。

 だが、それでも『カクテル』は、そこにあることを認められた。

 開店から二時間足らずで、すでに俺が作ったカクテルの数は五十を越えている。


 カランと店の扉が開き、新しい客が入った。


「うひゃー、師匠、混んでるよー」

「はは、良いじゃねえか、たまにはよ」


 それは、俺の店のオープンに尽力してくれた機人の二人だった。

 特に、この店に多大な貢献をした少女──イベリスは、俺の姿を認めると、嬉しそうにぶんぶんと手を振った。


「総! 来たよ! そっちでいいかな!?」

「いらっしゃいませ、お二人さん! こちらへどうぞ!」


 俺もまた大きく通る声で答えて、カウンター席へと二人を通した。


「来てくれてありがとうございます。ちょっと騒がしいかもしれないですけど」

「いいよー。私達は、今日の面白いモノを見に来ただけなんだから」


 丁度空いていたイソトマの隣二席に、ゴンゴラとイベリスがつく。

 そのイソトマと言えば、最初の予定の三杯をちょうど飲み干したところだった。


「どうですイソトマさん? 新しいお客さんが来ましたけど、まさか帰るなんて言わないですよね?」


 あくまでもにこやかな笑みを浮かべつつ、俺はイソトマへと尋ねた。

 イソトマは隣に座ったゴンゴラ、イベリスへと目を向ける。

 二人とも、良い笑顔で「どうも」と挨拶し、イソトマは苦笑いを浮かべて俺を見た。


「……おいマスター。あんた、三杯で帰らせる気、なかったな?」

「いえいえ。ずっと居てくれたら嬉しいなと思ってただけですよ」


 もちろん本心です。決して嘘ではありません。バーテンダーの笑顔に嘘はない。

 そのあたりで丁度、作業の手を止めずに作っていた『カクテル』が完成する。

 俺は、それらをカウンターへと乗せると、赤毛の少女を呼んだ。


「ライ! これを手前のテーブルのお客さんに頼む!」


 給仕に忙しく走り回っていたライが、少しだけ固まった笑顔で答えた。


「手が空いたんなら自分で持って行ってくれない!?」

「無理だ! これからイソトマさんのご注文だからな!」


 ライは『わかった!』と、少し苦しそうに声を上げ、小走りでカウンターへと来た。


「スクリュー、フィズ、ジンライムな。簡単な説明はできるな?」

「しつこく飲まされたんだから大丈夫!」


 ライは短く言って、盆の上にグラスを並べる。



【スクリュードライバー】

【ジン・フィズ】

【ジン・ライム】



 メニューの説明を一通りできるように、ライには飽きるほど試飲して貰った。

 流石に飲ませ過ぎと思って謝りもしたが、スイのポーションの試飲に比べれば天国と言って彼女は笑った。


「それじゃ、イソトマさん、ごゆっくり」


 最後にしっかりと営業文句を残して、ライはまた小走りで去って行った。

 うむ。バーテンダー的には、小走りよりも早歩きが美しいのだが、今は言うまい。

 俺は、さて、と視線をイソトマへと戻す。

 俺の搦め手と、ライの営業。さらには隣に座った新規客二人。

 イソトマは諦めたように言った。


「ちっ! しゃあねえな! 三杯ってのはまだ有効か?」

「もちろんです。開店記念ですから」

「じゃあ、この二人にも俺からの奢りで頼むぜ!」


 イソトマはカラッとした笑いを上げながら、ゴンゴラとイベリスの分の酒をもった。


「おい、良いのかい?」


 ゴンゴラが少しだけ驚いて、イソトマへと尋ねる。そりゃ、いきなり見ず知らずの人間に言われたら戸惑うだろう。

 だが、俺は知っている。この二人、イソトマとゴンゴラ。

 彼らの性格は似ているから、多分、気が合うだろう。


「ここで会ったのも何かの縁だ。好きなの頼みなよ」


 イソトマの言った縁という言葉。それが気に入ったのかゴンゴラはにやりと笑みを浮かべて、言葉に甘えた。


「じゃあ、ありがたく。俺たちは【ジン・フィズ】でも貰おうか? 今度は『完璧』なんだろう?」

「はい。任せてください」


「じゃ、俺はまた【ダイキリ】だ。気に入っちまった」

「かしこまりました」


 俺は腰を折りつつ、チラとイベリスの様子を窺った。

 注文はそれで良いのか? と。

 イベリスは俺の意図に気づいたのか、満面の笑みを浮かべ、うんと頷く。

 それらの注文を了承しつつ、俺は、思う。


【ジン・フィズ】と【ダイキリ】


 この二つは、互いにシェイクで作られる『カクテル』である。

 同時注文では、同時に品を用意するのが望ましい。

 だが、シェイクにはある程度の時間がかかる。

 そして、それらは別々のシェイカーで作る必要がある。

 その二つを同時に作るのは、物理的に不可能だ。


 では、どうする?

 答えは簡単だ。仕上げのタイミングを合わせればいい。


 俺はまず【ジン・フィズ】の準備に取りかかる。

 材料は『ジーニポーション』と『レモン』。それに『砂糖』と『ソーダ』。


 また、この時点で【ダイキリ】の材料も取り出してしまう。

 こちらは『サラムポーション』に『ライム』、そして『砂糖』だ。

 全てに共通する材料の『氷』と、『グラス』も当然この時点。

【ダイキリ】に使うグラスは、材料を取り出すと同時に冷凍庫に入れて冷やしておく。


 注文は、受けたときがスタートで、出すときがゴールだ。

 バーテンダーは、その作業の行程で、どのように動くのが最短かを考える。

 必要な材料を『最初に全て』取り出すことは、『複数の注文』を同時に受けたときの『作業短縮』に繋がる。

 作業が早くなれば、その分、取り出した材料の『温度』が上がるのを抑えられる。

 早いということは、作業の効率化にも、味の完成度にも重要な役割を持つのだ。


 シェイカーへと【ジン・フィズ】二杯分の材料を注ぎ込む。

 レモンやライムはジュースの形で作ってあるので、時間は短縮されている。

 ただし、こだわりとして必ず、六分の一程度にカットしたフレッシュの果実を絞ってから、足りない分はジュースで補うという形をとる。

 ジュースだけで作るのと、少しでもフレッシュの果実が入っているのでは、味わいや香りに差が出るのだ。


 同時に【ダイキリ】の材料も、同様に注いでおく。

 計り入れるという行程で、全ての材料をまとめて計るのも、また時間短縮だ。

 レモンやライムを切るという作業も、もちろんまとめて行っている。

 ただし、氷を入れる作業は個別だ。

 氷は入れた瞬間から溶け始める。シェイカーに氷を入れるタイミングは、シェイクの直前でいい。


 シェイクは、まず【ジン・フィズ】から行う。

 言うまでもなく、この作業においての『最短』は『最高』と同義だ。

 時間を早めては、味が落ち、長過ぎても、味が落ちる。

 そこだけは、誇りを持って完遂せねばならない。


 バーテンダーにとって、最も『派手』な見せ場なのだから。


 指先の感触を信じて、シェイクを終え、俺は中の液体を二つのグラスに均等に分けた。

 中に入っている氷も二つに振り分けていき、少し足りない分は新しい氷を足す。

 そこからさらに『ソーダ』を加えれば完成だが、俺はそこで作業を止めた。


 完成させるのはほぼ同時に。であるならば、このタイミングで【ダイキリ】の作業に移らなくてはならない。

【ダイキリ】用のシェイカーに氷を詰め、俺は急いでシェイクに移った。

 自身の信じる完璧なタイミングでシェイクを終え、冷凍庫で冷やしておいたグラスを取り出す。


 それのみの注文であれば、通常は注文した人の目の前で注ぐ。

 だが、今は複数の注文を受けているので、失礼して作業台の上で完成させてもらう。


 冷凍庫で冷やされ、ほんのりと霜を張ったグラスに薄く白濁した液体が踊った。

【ダイキリ】の完成だ。

 それがすめば、俺は急いで『ソーダ』の栓を開けた。

 炭酸を逃がさぬように、氷の隙間を縫って器用に液体を二つのグラスに流し込む。

 それらのグラスが満たされたところで、バースプーンでステアを行う。

 炭酸のステアは、持ち上げるようにそっと二回、最後に半周ほど回して完成だ。


 目の前には、二杯の【ジン・フィズ】と一杯の【ダイキリ】。

 所要時間は、三分越えといったところか。



「大変お待たせしました。【ダイキリ】と【ジン・フィズ】です」



 丁寧にグラスを、それぞれの前に差し出した。

 三人は目の前のグラスに期待を露にしつつ、すぐには飲まない。

 そっとグラスを手に持って、まずイソトマが言った。


「それじゃ、今日の出会いに」

「乾杯」

「かんぱいー」


 ゴンゴラが自然に乾杯を合わせると、イベリスも従う。

 その三人が、液体を口に含み、幸せの色を顔に表したのを見て、嬉しくなった。

 自分の作ったものを美味しそうに飲んでもらえる。

 そのことが嬉しくないバーテンダーなどいないのだ。



 俺は気を引き締めて、次なる注文を探し求める。

 まだまだ、夜は始まったばかりなのだから。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


本日、五話掲載予定の一話目です。三時間おきに投稿します。

午後十時過ぎに第一章完結予定です。


※0729 表現を少し修正しました。

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