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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第一章

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最初の一人

「それじゃ、準備は良いな?」


 オヤジさんの声に、俺とスイは揃って頷いた。

 俺の服装は、この時の為の一張羅だ。シャツだけはオヤジさんの借り物だが、スラックスにベスト、そしてネクタイを締めた『バーテンダー』の正装。

 腕にはバンドを巻いて、腰にサロン(エプロン)を付け、清潔感を感じさせる装いである。

 隣に立っているスイにも、同じような服装をしてもらっている。この世界で初めてのバーなのだから、第一印象は大切だ。


 カウンターは、大変見栄えの良いものへと変わっている。

 もともとあった木製の大きな板は、そのままに。

 カウンター席として扱えるように、椅子を少し狭いくらいの間隔に並べた。

 外側から見たら、見えるものはそれだけ。いや、違うか。


 俺の背後には、見栄えとしてボトルを飾ってある。


 だが、それらは全て、在庫だ。予備だ。使う予定のない飾りだ。

 何故なら、今日使うボトルは全て『冷凍庫』に入れてある。通常、四大蒸留酒は氷と一緒に冷凍庫へと入れておくものなのだ。

 もちろん、カクテルのベースにしない種類は外に出して置くことも多いが、今の段階ではそれはない。


 カウンターの内側から見れば、カウンターの様子はがらりと変わる。

 正面には、店の入り口が見える。これは大変、客入りが見やすい。

 視線を手元へと持ってくる。自分から見て左手側に、イベリス謹製の『コールドテーブル』がある。

 コールドテーブルの内側。左の冷凍庫には、『ポーション』と氷。右の冷蔵庫には、自製のジュースや『ソーダ』が冷やされている。


 コールドテーブル自体は、道具や材料を乗せる台にもなる。

 現に今も、まな板を中心に右手側には水を張った筒。その中にはバースプーンやナイフなどが浸してある。

 左手側には水を張ったグラス二つに、メジャーカップを一つずつ、同じように浸している。

 シェイカーはそこではなく、手の届く距離で、カウンターの上に並べてある。


 カウンターの中央には、簡単な食器を乾かすスペースがあり、そこから更に右手側には魔法による、原理不明の水道が付いている。


 ただ、それだけだと、カウンター内はガラガラである。

 これだけ広い空間を与えられているのに、『製氷機』も食材用の『冷蔵庫』も、氷のストックを入れて置く『冷凍庫』も、電子レンジも、ビールサーバーも、導入されていないのだ。


 だが、そこは何もなくていい。

 これから先のための、夢の置き場所とでもしておこう。


 背後にはボトル棚。ボトル棚の直下にはカクテルを供するためのグラスを並べてある。

 このグラスこそ、開店の準備で一番こだわったと言っても良いかもしれない。流石にカクテルグラスは手に入らなかったが、概ね満足の行く規格のものを集められた。

 店が軌道に乗ったら、ガラス工房に直接依頼に行くのもありだと思っている。


 さてと。


 時刻は午後五時。

 俺がもともと働いていた店は午後八時開店だったので、大分早い。

 それでも、この服装になれば時間など関係なく、意識は切り替わる。

 俺は今『ただの総』ではなく『バーテンダーの総』なのだ。



「じゃあ、オープンだ」



 オヤジさんは店の外に出ると、カラリと扉に下げていた看板を『営業中』へと変更した。

 俺の隣で、スイが静かに息を呑む気配があった。

 だが、俺は逆に、ふぅー、と大きく息を吐いた。


「緊張するなよスイ。どうせすぐに人は来ない」

「う、うん」


 俺が静かに笑いかけると、スイはこくんと頷いた。

 だが、その励ましの内容が悪かったのか、徐々に沈み込んでいく。


「……どうした?」

「……はじめて『ポーション屋』を開いたときのこと、思い出した」

「ああ」


 少女が顔を青くした原因。

 それは、彼女が初めてこの街で『ポーション屋』をオープンさせた日の記憶だ。

 ガチガチに緊張しつつ、期待に胸を膨らませていたスイを襲った、悲劇だ。


 初日、イージーズを間借りするとあって、店の常連が冷やかしに来てくれたらしい。

 そんな彼らにスイは喜び勇んで、ポーションの試飲を薦めてみた。

 まぁ、結果はお察しだ。

 次の日から、常連はスイに対して微妙な表情で『頑張れ』と言ってくる。

 だが、一度訪れた客が、二度とスイの店に来ることはなかった。


 つまりは、この店のスタートの評価は、すこぶる悪い。

『ゲロマズ』のポーション屋が、新しい何かをするらしい。

 少しだけ『イージーズ』の手伝いをしたとき、総が客達から得た感想だった。


「……ま、今は気にするな。大丈夫だ。俺が付いてる」

「すごい自信。昨日と違って」

「言うなっての」


 俺が根拠なく励ましてみると、スイは少しだけ緊張を崩してくれた様子だった。


「……前にも言った通り、俺とスイは今、運命共同体だ」

「……うん」

「成功は二人の手柄、失敗も二人の責任。これなら前より酷くなることはないだろ」


 言ってから、俺はぐっと親指を突き出してみた。

 少女は綺麗な青い髪をわずかに揺らし、もう一度、こくりと小さく頷いた。




「よう、やってるかい?」

 その男が、俺たちの立つカウンターに来たのは、オープンして少し時間が経ったころだった。


 食堂のテーブル席のほうにはボチボチと客入りがあったが、彼ら彼女らは、こちらを不思議そうに見るだけで普通の食事に入った。

 俺もそこで、無理に声を出すことはしない。

 必要なのは、下手な宣伝を飛ばすことではなく、

 地道に一人の、客を作ることなのだから。


「どうもです、イソトマさん。オープン初めてのお客さんですよ」


 俺はカウンターの一つの椅子の前にすっとコースターを出し、お手拭きを用意した。


「そいつは光栄だねぇ。ただし、最後のお客さんにならねぇように、頼むぜ?」

「はは、手厳しいですね」


 イソトマは、少しだけ笑えない冗談を言ってから、どさりと席に着いた。

 大柄な体格に浅黒い肌。肉体労働系の仕事をこなす、元気のある中年。

 俺の歓迎会の時に『面白そうだから、飲んでやるよ』と真っ先に言ってくれた、ノリの良い男でもあった。


「それじゃ、聞いてみっか。『マスター』。何を作ってくれる?」


 ニヤリと歯を見せつつ、イソトマは俺に視線を送った。

 さぁ、面白いものを見せてくれ、と。

 だが、俺は穏やかに笑んでみせて、すぐには行動に移さない。


「そうですね。一杯目は軽くにします? それとも最初からガツンと?」

「そうさな。値段はどうなんだ? どっちがお得だ?」


 イソトマの問いに俺は苦笑いを浮かべた。

 確かに、それは重要だ。

 お客さんの財布は無限ではない。安すぎても、高すぎても、よろしくない。


「軽めのも、ガツンとくるのも、銅貨二枚です」

「なんだよ、ちょっと高いな」

「ただし、続きがありますよ」


 あえて、価格は少し強気に設定してあった。

 こういう形態の店で、一律一杯『千円』は少し割高だ。

 だから、別の選択肢を出してみる。


「しばらくはオープン記念で、三杯飲んだら一杯無料キャンペーンを開催中です」

「なるほどなるほど。沢山飲めばお得だってか」


 俺の言葉を聞いて、イソトマはぎらりと目を輝かせた。

 お得、無料。

 そういった言葉は、とても人の心をくすぐるものだ。

 だが、実のところこれは『三杯』飲んだら『一杯』無料になるサービスではない。


『三杯セットで銅貨四枚』という、セット価格の提供にすぎない。


 ようは言い方だ。いかに相手に『飲ませたい』と思わせるかが、常にバーテンダーの課題なのだから。

 とはいえ、あまり『値引き』を押し出すのも良くはない。やりすぎは、相手に『値引き』を期待させてしまう。その辺りは、諸刃の剣でもある。


 もっとも、今はとにかく飲んでもらうことだ。

 吉と出るか凶と出るか、それは今を乗り切った先にあるのだから。

 かくして、イソトマはそれをどう取るか。


「分かった。三杯あるんだ。最初は軽めで頼むぜ」


 俺の胸中をそこまで探ることもなく、『三杯セット』でご注文となった。


「かしこまりました。甘めと酸っぱめでは?」

「おいおい、男がそんな甘い飲み物なんて飲めるかよ」

「失礼致しました。それでは【ジン・フィズ】をお作り致しましょう」


 俺は慇懃に腰を折って、作業に入った。

 材料を取り出し、手早くカクテルを作り上げていく。

 素早く、スマートに、それでいて常に笑顔を絶やさない。

 良く冷えた『ジーニ』に、レモンと砂糖──それにソーダ。俺のテキパキとした動作に、少しだけイソトマは見入るようにしていた。


 だが、本番はここからだ。

 俺はシェイカーの蓋をして、まな板にココンとシェイカーを打ち鳴らす。

 蓋をきつく締めるためであるが、同時に注意喚起でもある。

 続くシェイクの音が店内に響く。

 店内にいる他の客も、幾人かカウンターの方を見つめていた。



 さぁ。観客は充分に集めた。

 持てる技術の粋も尽くした。

 偶然と必然で材料は揃った。

 ここからは、信じる時間だ。



「お待たせしました。【ジン・フィズ】です」


 俺は用意したコースターの前に、すっとグラスを差し出した。

 いつか見たゴンゴラと同じように、イソトマは目の前のグラスを、目を丸くして見つめていた。


「……これは……どんな飲み物だ?」

「喉が乾いているでしょうし、ゴクゴクと飲めるものですよ」


 相手の質問を適度に逸らし、俺は期待を持って彼を見た。

【ジン・フィズ】は、さっぱりしていて、飲みやすいカクテルだ。

 労働を終えた人間には、丁度良い飲み心地だ。加えて甘さも控えめで、酸味は程よい。

 彼のような男には、特にピッタリに思えた。



 イソトマはグラスを掴み、それをぐいっと、流し込んだ。



 ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ。

 彼の喉が、液体をどんどんと流し込んで行く。

 そしてそれは、なんと中身を干すまで続いた。


 ドンっとイソトマは空いたグラスをコースターに乗せ、血走った目で俺を見てきた。


「えっと、どうでしょうか?」

「……どうもこうもあるか」


 そう低く答えた後に、イソトマは立ち上がって、叫んだ。



「うんめぇええええええええ! なんじゃこりゃぁああああああああああ!?」



 その大声は、『イージーズ』の店内に響き渡ったのだった。



ここまで読んで下さってありがとうございます。


ここまで読者の皆さんに励みを頂いて、ようやく一章完結の目処が立ちました。

明日は、午前十時ごろから三時間おきに一章完結まで投稿したいと思います。

完結は午後十時ごろになる予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。

どうぞ、よろしくお願いします。


※0729 表現を少し修正しました。

※0805 表現を少し修正しました。

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― 新着の感想 ―
英語などだと「Buy 1, Get 1 Free」で「一つ買うともう一つオマケ」ですし、「3杯"目"が無料」と言われないとハテ?という感じがしますね。前の方の感想コメのボッタクリというのは何か勘違いさ…
[一言] 三杯飲んだら一杯無料というのは三杯目が無料という事ですか? 四杯目が無料という事ですか? 三杯セットが銅貨四枚という表現だとどちらとも違っていてむしろぼってるように思えます。
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