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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第一章

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33/505

準備確認、オープンメニュー

「よう、待ってたぜ小僧? 覚悟はできてるんだろうなぁ?」

「……違うんです。あれは不可抗力なんです」

「よぉく分かったぜ!」


 その言葉とともに、店の入り口で仁王立ちしていたオヤジさんから拳が降ってきた。

 俺はそれを甘んじて受ける。

 ガチンと、音に似合わずに鋭い衝撃が脳天に走った。


「ぐぉおおおおおおお! 割れるぅうううう!」


 俺は頭を押さえて思いっきりしゃがみこんだ。

 が、到底痛みを中和できるわけもない。

 せめてもの意地で、目に溜まった涙だけはこぼさなかった。

 俺が涙目でオヤジさんを見上げると、彼は溜飲を下げたように拳を収める。


「ふん、それくらいで勘弁してやる。お前以上にいけ好かねえギヌラの野郎に一杯食わせたそうだからな」

「……ギヌラ?」


 オヤジさんの態度からするに、ギヌラというのがあの金髪の名前なのだろう。

 娘離れがまだ済んでいないオヤジさんからしてみれば、比喩でもなく『殺したいほど嫌いな相手』という感じだ。


「総、大丈夫?」


 未だにしゃがみこんでいる俺を心配してか、スイが側に駆け寄ってきた。

 かかるのは当然、心配そうな声。

 だが、その声と、表情が絶妙に合ってないのは、気のせいだろうか。


「スイ、なんで少しだけスッキリした顔してるんだ」

「すっきりしたから」

「そうか」


 許すと言ってくれたのに、スイは相当に頭に来ていたようだ。

 ここに来てから、ずっとスイをからかいすぎた。そろそろ言っても良い冗談を考えないといけないな。

 一人反省をしていると、厨房の奥からライが慌てて駆け寄ってくるのが見えた。

 彼女は俺をツンとした目で睨むと、意識から外した様子でスイに話しかける。


「お姉ちゃん大丈夫だった?」

「大丈夫。喧嘩にもなってないし、総が庇ってくれたし」

「その庇い方は、問題大アリだったと思うけどねぇ」


 ライはそこで再び俺を睨み、そのあとに盛大にため息を吐いた。


「まぁ、お姉ちゃんになんとも無かったんなら良かった。最近姿を見せないから、諦めたのかと思ってたのに」

「新しいボディガードを探してたみたい」

「ボディーガードだって?」


 ボディーガードという単語に、俺は先程、ギヌラを庇うように前に出ていた男を思い出す。

 だが、新しい、ということはもとのボディーガードが居たはずだ。

 その俺の疑問に、スイは軽く答えた。


「うん。前のは店で暴れたから、ちょっとこらしめた」

「……こらしめた?」

「そしたら、魔法恐怖症とか言って辞めちゃったんだって」


 スイが見かけによらず、ぷっつんしやすい性格なのはなんとなく分かっていた。

 だが、本気でキレると相手のトラウマになるような魔法をぶっ放すのか。

 怖いな。これからは冗談も控えめにしておかないと。


「総、失礼なこと考えてる?」

「いや、スイは思ったよりもパワフルで素敵だなって」

「っ! だからそういう冗談は──」


 と、頭で注意しようと思った直後には、職業病かスラスラと調子の良い言葉を浮かべてしまう俺がいた。

 スイが咄嗟に杖を抜きかけようとしたので、俺は慌てて彼女を抑える。


「本心だ! 素敵な女の子に素敵と言っただけだ! それでいいだろ!」

「……そう」


 スイは拗ねたように、ぷいとそっぽを向いた。

 どうにか怒りは収まったようだが、それとは別の方角から怒りが発生している。

 主に、父親と妹あたりから。


「──さてとスイ。ちょっとだけ『カクテル』の試作に付き合ってくれないか」

「……うん。良いけど」


 俺がわざとらしく『カクテル』という単語を上げると、三人の耳が揃って俺の言葉に注意を向けた。

 ふぅ、なんとか話題をそらすことに成功したみたいだ。

 なんせ『カクテル』はこれから先の店で重要な要素だ。どんな感情のときであろうと、無視することはできまい。

 問題の先送りとも言うが、その場を切り抜けられないよりはマシだ。


「でも、もうあらかた材料は揃え終えたって言ってたよね?」

「まぁな。でも『ソーダ』が手に入るなら、バリエーションは増える」


 仕事モードに入ったスイが、真剣な表情で俺に尋ねる。

 俺はそれに答えつつ、現状揃えられた品目を頭に浮かべてみた。

 今の段階で入手できる材料は、あらかた揃えたはずだ。



 まず、『カクテル』の基酒ベースになる四大蒸留酒。

 ジン──『ジーニポーション』

 ウォッカ──『ウォッタポーション』

 ラム──『サラムポーション』

 そしてテキーラ──『テイラポーション』


 今の段階ではあえて『エール』や『ワイン』を基酒にしたカクテルは、考えないようにしたい。

 質をあまり信用していない、という訳ではない。

 俺の、いや、俺たちの今の目標は『ポーション』を嗜好品として認めてもらうことだからだ。

 せめてその認識が広がるまで──『カクテル』というものが認められるまでは、『ポーション』をメインに据えておきたい。


 次に、割り材や、トッピングになる果物類。

 レモン、ライム、オレンジにグレープフルーツ。

 そして、それらを絞った自家製の100%ジュースを用意してある。


『弾薬化』の実験の結果、保存状態は固定されると分かったので、日持ちは大丈夫だ。

 欲を言えば、クランベリーとパイナップルなんかがあるとさらに良い。だが、その辺りは少し遠出をしないと手に入らないようだった。


 ここまでに加えて、本日、イベリス産の『ソーダ』がレパートリーに加わった。

 最後に、調味料として塩と砂糖、それに『牛乳』も割り材の候補に入れておこうか。



 うん、少ないな。実に少ない。



 これでどんなカクテルが作れるのかって?

 ぱっと浮かぶので、十を越えるくらいだろうか。

 もちろん、比率やらなんやらを変えたり、オリジナルを数に加えれば、その数は飛躍的に増して行く。

 だが、歴史と伝統に支えられた『スタンダードレシピ』を思えば、少しだけ寂しいと言わざるを得ない。


 やはり、リキュール類が無いのと、四つの炭酸飲料が揃ってないのが大きい。

 とはいえ、それも一週間でどうにかなるとは思えない。


 ならば、その少ない品数が俺の全てだ。


 ここから先、この世界の人々に認められるかは俺の腕にかかっている。

 気が遠くなるような感覚が胸に湧き起こりかけるが、蓋をした。

 今、そんなことを考えていてもしかたない。


「じゃあ、簡易メニューを書き出すから、気になったのがあればピックアップしてみてくれ」

「分かった」


 俺は一週間後のオープンを思う。

 それだけで、心臓が張り裂けそうな程に怖い。

 だが、それだけではない。

 期待でだって、胸はこれでもかと暴れ出す。


「絶対に、成功させようね」


 俺の緊張の傍らには、せっせとポーションを用意しつつ、素直な感想を言ってくれるスイが居る。


 俺は彼女を待たせないようにしながら、笑顔で準備に取りかかった。



ブックマークや感想など、ありがとうございます。

大変励みになっております。

本文に書くのもどうかと思ったので、こちらに簡易メニューを。


────────


 上げた材料で、自分の頭に浮かんだカクテルは、


『ジンベース』


【ジン・リッキー】

【ジン・ライム】

【ジン・フィズ】≒【トム・コリンズ】

【ギムレット】

【オレンジ・ブロッサム】

【ソルトレイク・シティ】



『ウォッカベース』


【スクリュードライバー】

【グレイハウンド】

【ソルティ・ドッグ】

【スレッジハンマー】



『ラムベース』


【ダイキリ】

【ホット・バタード・ラム】

【ホット・バタード・ラム・カウ】



『テキーラベース』


【シャンギロンゴ】

【アンバサダー】

【コンチータ】

【ブロードウェイ・サースト】


 の十七種類でした。

(リッキー系やコリンズ系など、ベースを変えるだけで作れるカクテルは、『ジン』以外では基本的に除外してます)


 これ上がってないけど作れるよ!

 とかあったら、教えて頂けると幸いです。


────────


以上、お目汚し失礼致しました。


※0731 エールやワインについての所見を加筆しました。

※0805 誤字修正しました。


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