『イージーズ』へようこそ
俺とスイは地下に籠もって様々な実験を行ってみた。
まず、俺が魔法を使うための練習からだ。
だが、これは思いのほか簡単だった。自分の中に、火とか水とかをイメージして、それを指先から外に流す。そんな感覚だ。慣れればすぐにできるようになった。
次いで、お待ちかねの『弾薬化』だが、これもすんなりだった。
最初にスイに見せてもらったからイメージは楽だった。
そして、その事象をイメージしつつ、手から放出した魔力で布を作る。目的の物体を包み込む感じにすると、包み込んだ物体が『弾薬』となった。
ここでは更に、俺とスイに差が出た。
スイはどうやら、液体や植物などの『可食的』な物質しか弾薬化できない。
一方俺は、椅子だろうと瓶だろうと、全ての物体を弾薬化することができた。
どうにも、俺の中から生まれた魔法なだけあって、俺の方が『オリジナル』として効果が高いようだ。
「……なんかちょっと、悔しいかも」
とは、少し拗ねた様子のスイの発言である。
更に実験を重ねることで、弾薬化できる物は範囲内ならば自由に選択できることも分かった。
ポーションの入った瓶であれば、『瓶ごと』、『中の液体全て』、『中の液体の30mlだけ』などを、自由に選択することができるのだ。
その辺りの操作も、慣れればメジャーカップを使って液体を計るように、思い通りにいくようになった。
そんな弾薬化の魔法であるが、万能に思えて問題もあった。
重さである。
弾薬化した際の弾薬の重さは、もとの物体の重さに比例した。
そのままの重さというわけではないが、あまり無理はできなさそうだ。
どれだけ小さくしたところで、持てる重量には限りがある。スイに言わせれば、重量軽減の魔法などもあるそうだが、生憎と俺には使えない。
まぁ、無茶なことをしない限りは、特に問題になることもないだろう。
そんなこんなで、俺とスイは長い間、あーでもないこーでもないと言い合っていたのだった。
その時間が終わったのは、唐突に聞こえてきた声が原因だった。
「こんなところに居た! お姉ちゃん、総。ちょっとお店に来て! 大至急!」
地下室のドアをバタンと開けて、焦った表情のライが叫ぶ。
俺とスイは、目をしばたたいてぽかんとしていた。
「えっと、何が?」
「緊急事態! お願いだから早くきて!」
俺が戸惑いつつ尋ねるが、ライはそれだけを言うと急いで去ってしまった。
しばらくぽかんとした俺とスイだが、直後にスイが顔色を変えた。
「急いで! 心当たりがある!」
鬼気迫る勢いで動き出したスイに、俺は尋ねる。
「なんなんだ?」
「多分嫌がらせだと思う!」
俺はその事態が思い当たらないが、スイはきっと表情を引き締めて、俺の手を引いた。
地下室から勢いよく飛び出すが、すでにライの姿はない。
俺の手を握る力が強まり、スイの表情に苦みが走る。
「嫌がらせ?」
「一人居るの。私が安価なポーション屋をやってるのが気に入らないって奴が」
スイは嫌悪を丸出しにした言葉で、その所業を語る。
「普段の嫌がらせは嫌みを言いにきたり、悪評を立てたりくらい。でも一度、本気で営業妨害みたいなことをしにきたの。その時は魔法で追っ払ったんだけど、瓶を割られたりもした」
「じゃあ、スイが居ない時を狙って今?」
「たぶん!」
スイはぎゅっと俺の手を引いて走り出す。俺も置いて行かれないように慌てて走った。
店まではそこまで距離はない。そうであるなら尚更急がなくては。
荒事には慣れていないが、俺だってバーテンダーのはしくれだ。もめ事の仲裁なら経験がなくはない。
店まで二分ほど走った。
時刻は分からないが、夕刻には少し早い。
まだ開店前の店の中からは、なにやらざわざわとした人の雰囲気があった。
「……っ! 大勢連れてきて、また営業妨害!」
スイは苛立ちを隠そうともせず、足を速める。
それに俺は追いすがり、勢いのまま彼女の隣についた。
そして、二人同時にドアを開ける。
「いらっしゃいませ! 『イージーズ』へようこそ!」
入り口の所には、満面の笑みを浮かべたライがスタンバイしていた。
その背後には、にんまりと笑みを浮かべた十数人の老若男女の姿。
「…………え?」
「…………あぁ」
スイは握りしめていた手を離し、ぽかんと口を開ける。
対する俺は、なんとなく事の次第を察して黙った。
「ささ、お客さん。こちらへどうぞー!」
ライはにししと笑みを浮かべると、俺とスイを店の中央まで引っ張って行った。
周りの人間達の、ざわざわと何かを期待するような物音。
俺は集まっている人間達の顔を観察してみる。半分以上は好奇心。
どうやら、俺の存在を物珍しいと感じている様子だった。
「えっと、ライ? 緊急事態は?」
「ごめん。それ嘘」
「へ?」
あっけらかんと謝るライに、スイは目を丸くする。
俺は半ば以上、自身の想像通りだと思いつつ、尋ねてみた。
「じゃあライ。俺はなんて挨拶すればいいんだ?」
「好きにして良いよ。ここに居るのみんな常連さんだし、抱負でもどうぞ」
やっぱりそうか。
俺は少し照れくさい気持ちになりながら、即興で礼を述べた。
「ええと。皆さん、顔も知らない俺のために、あとはスイのためなのかな? のために、歓迎会を開いてくれてありがとうございます!」
俺がペコリと頭を下げると、周りに集まっていた人間たちが、囃し立てた。
「よっ、異世界人!」
「なんか面白いこと言えよ!」
「なんかやるんだってぇ?」
思い思いの言葉がかかる。収まるまで少し待って、俺はライに言われたように抱負を口にしてみた。
「俺は、このスイと一緒に、この世界の飲み物文化に革命を起こしてみせます。皆さんも二週間後の新生『スイのポーション屋』をお楽しみにお待ちください」
そう言うと、再び客たちが沸いた。
その勢いにスイはもちろん、俺も少しだけ圧倒される。
そんな俺の肩を後ろからぽんと叩いて、オヤジさんが顔を出した。
「ふん、つまらねえ挨拶だな」
「いきなり言われても」
「しかも、すぐに気づきやがって。サプライズの甲斐が無い奴だ」
オヤジさんの鋭い指摘に俺は苦笑いを浮かべる。
ここに至って、スイもようやく事態を呑み込めたようで、オヤジさんを鋭く睨みながら事態を尋ねた。
「お父さん。これはなに?」
「なぁに。見ての通り、この小僧の歓迎会だ。それと、のびのびになっちまってた、お前のお帰りパーティーでもある」
オヤジさんはにっ、と、スイへは暖かな笑みを浮かべて言った。
「良い機会だと思ってな。ライに言って常連を集めて貰った。お前のポーション屋が全然盛り上がらないからタイミングが掴めなかったんだが、小僧が来た。顔合わせもしといて損は無いし、今日は貸切りで歓迎会だ」
そう言って、ぐっと親指を突き出すオヤジさん。
その仕草は男臭い体格と相まって、やたらと決まって見えた。
スイが何も言えずにいると、オヤジさんはすっと常連客へと目を向けた。
「それじゃあ今日は宴会だ! この後も常連は続々来るからな! 食いもんは食べ放題だし、好きなだけ騒いでくれ!」
オヤジさんの声に、おー! と常連客達が声をあげる。
「よっ! 太っ腹!」
「それでこそ『オヤジ』だぜ!」
「オヤジさんかっこいいー!」
「髭剃ったらもっとかっこいい!」
「やかましいぞ!」
オヤジさんが照れたように怒鳴る。するとまた、客達の楽しそうな声が広がった。
「じゃあ、じゃんじゃんお料理持ってくるね!」
ライは宣言した後に、そっと俺とスイに耳打ちしていく。
「えっと、歓迎会って言ってるけど、みんな騒ぎたいだけだから。ほどほどに相手してれば良いからね」
「分かってる。俺のためにありがとな、ライ」
「べ、別に私が考えたわけじゃないから!」
素直に礼を述べると、ライは少し急ぎ足で給仕の準備に厨房へと向かった。
それに伴って、オヤジさんも、後は任せたと俺に目配せをして厨房へ消える。
残された俺とスイ。
スイはこういう状況が慣れていないのか、少しフリーズしている様子だった。
がやがやとした常連客の注目は、明らかに俺たちに向けられている。
ふむ。
俺は咄嗟にスイの手を取る。
唐突な俺の行動に彼女が戸惑いの声をあげるも、お構いなしで言った。
「お嬢様。挨拶にお付き合い頂けますか? 紹介してくれるとありがたいのですが」
「え、うん、でも、この手は?」
「では参りましょう」
「まっ、恥ずかしいって。離して」
俺が彼女の手を恭しく掲げると、スイは明らかに照れた様子で言ってくる。
だが、俺は手を離したりはしない。
「なんだ? 兄ちゃんはスイ嬢ちゃんにお熱なのか?」
「実は、そうなんです」
「な!? 総っ! 違う! ていうか違う!」
「でも、この通り嫌われてるみたいで」
「はははは!」
周りの客は、笑いながら俺とスイに野次を飛ばしてくる。しばらくはそうやって雰囲気を盛り上げる。
勿論冗談だ。相手もそれを分かっている。分かっていないのはスイくらいだ。
一人からかわれ放題のスイには悪いが、今は利用させて貰おう。
自然に輪に溶け込めるように、俺は冗談を交えながら自己紹介に向かった。
スイが羞恥プレイから開放されたのは、料理を持ってきたライに縁切りチョップを食らったときだった。
読者のみなさんのおかげで、総合評価300を越えることができました。
今日はちょっと張り切って二回更新しようと思います
この後は22時頃なので、良かったらよろしくお願いします。
※0719 誤字修正しました。
※0805 誤字修正しました。




