『弾薬化』の魔法
「総には魔法の才能が、あるけどない」
「意味がわからん」
「だから、あるけど、ないの」
スイの発言に、俺はただ首を傾げるのみだ。
だが、彼女はその答えに絶対の確信を持っているようで、淡々と説明した。
「かいつまんで話すと、総には『四大属性』の才能はない。一般人と何も変わらないくらい。その辺の魔法は使えないと思って」
「えっと、じゃあ、ファイアとかウォタガとかは?」
「それが何かは知らないけど、諦めて」
スイは断言した。
なんてことだ。俺は黒魔導士にはなれないらしい。
だが彼女の言葉にはまだひっかかる。『四大属性』以外ではどうなんだ。
「でも、私達が『第五属性』って呼んでる領域。そこの才能だけは、ずば抜けてる。あなたの魔力を覗いただけで『魔法』が発見されるくらいに」
「……えっと、魔法が発見される? それってそんなに凄いことなのか?」
「少なくとも、第五属性の魔法は『十年に一つ』作られるかどうかくらい。それが今、『二つ』も生まれた」
え、何それ凄くない?
というか俺、凄くない?
普通の属性では魔法が使えないが、特殊な魔法は使えるって感じだろ。
なるほど、青魔導士か。
そうやって俺が楽観的にウキウキしているところで、スイは真剣な表情で続ける。
「多分だけど、あなたの才能は、さっき生まれた魔法を使うのに特化されているんだと思う。他の属性が一般人程度の才能なら、第五属性だけは、おとぎ話の中の『神』とか『魔王』並の才能」
言ったスイに冗談の色は欠片も感じられず、俺は少しだけ低い声で尋ねた。
「……そんなにヤバいのか?」
「この魔法の効果によっては、世界を滅ぼしかねないくらい」
スイの声のトーンに、次第に俺も笑い事じゃないと気づく。
今まで気づかなかったが、スイの肩も酷く強張っている。
それくらい、俺はヤバい存在の可能性があるのか。
「とりあえず、効果を見てから考えよう」
俺が保留案を出すと、スイは少しだけ呆れ顔で俺を見つめた。
あれ? そんなにおかしなこと言ったかな?
「えっと、大丈夫なの? その、もしかしたら、世界を」
「多分大丈夫だ。だってその魔法は俺から生まれたんだろ? だったら、俺にとって役に立つものであるはずだ。そう信じている」
「……確かに、そういう可能性は高いけど」
スイはまだしぶるようだが、ふぅと息を吐いて覚悟を決めたようだ。
「分かった。何かあったらまずいから、私が、試す、いい?」
スイは言って、俺に距離を取るように求めた。
俺はすっと後ろに下がり、椅子に腰を落として事の成り行きを見守る。
「発動条件は、手から繋がっていること。確か、それだけ」
スイは頭の中で手順を浮かべるように、ゆっくりと棚にあった瓶を手に取った。
どうやら、ここは彼女のポーション開発部屋でもあるようだ。その中身は試作段階のポーションで間違いないだろう。
彼女はそれを手にしてから、幾度か深呼吸をし、俺を見つめた。
「じゃあ、やるよ」
「頼む」
俺の反応を見てから、スイはゆっくりとその『言葉』を詠じた。
《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》
短い詠唱だった。
だが、その効果はすぐに現れたように思える。
言葉の直後、瓶の中の液体が淡く光った。その光は瓶の中を埋め尽くし、やがて一つの形を取る。
からん、という音と共に、ボトルの中に銃の『弾薬』らしきものが生まれていた。
「…………ん?」
「……終わったのか?」
スイは不思議そうな目で瓶の中の弾丸を見る。軽く振ってみて、カンカンと音を立てた後に、言った。
「でも待って。生まれた魔法は二つあるの。これと対になっているもう一つが」
スイは近づこうとする俺を制して言った。
俺は椅子に座り直し、再度彼女の動きを待つ。
そうだ。二つで一つならば、これはあくまで予備動作の可能性がある。
本命は、もう一つなのでは。
「おほん」
スイは一つ咳払いをして、もう一つを詠じた。
《生命の波、古の意図、我定めるは現世の姿なり》
スイの言葉がすっと暗闇に溶けていく。
そしてその変化は起こった。
瓶の中の銃弾は、先程と同じように光を放って、体積を増してゆく。
そして、光が収まったときには、瓶の中にもとの『ポーション』が詰まっていた。
「…………」
「…………なるほど」
確かに、この二つの魔法はセットであるようだ。
何か物体を『弾薬』へと変換する魔法と、『弾薬』を元の物体へ戻す魔法。
まことに、俺らしい、平和的な魔法だった。
「……えっと、多分、これじゃ世界は変わらないね」
スイは先程まで大袈裟に脅えまくっていたのが恥ずかしくなったのか、少しだけ肩を縮めてそう言った。
だが、そうではない。
そう、確かにこの魔法は決して、戦闘を盛り上げるような派手な攻撃魔法ではない。
しかし、その効果を考えると俺の興奮は収まらない。
俺は彼女の言葉をはっきりと否定した。
「そんなことはない! これは凄い魔法だぞ、世界が変わるレベルのな!」
「……えっと?」
スイが説明して欲しそうに目で訴えてくるので、俺は断言する。
「なんでもそのサイズに出来るんなら『在庫管理』がスゲー楽になるぞ! 小さな棚であっても、弾薬サイズならいくらでも入る! 飾っておく分のボトルはともかくとして、そうじゃない分のスペースは無限だ。持ち運びにも便利だし、買い出しにも大助かりだ! 保存状態がどうなるのか気になるが、もし状態が固定されるとかなったら半端じゃない! 保存しにくいリキュールに悩まなくても済む!」
そう。
世界は変わらないとしても、『バー』の世界は激変する。
先にもちらりと思ったことだが、バーにおいて、材料の確保や在庫の管理というのは難しい所だ。
限られたスペースでボトルを並べ、更に限られたスペースに在庫を置いておく。
どのボトルがなくなるかは、予測に基づく。想定外の事態が起きれば、その日は売り切れということにもなる。しかし、予想に反して残り過ぎれば、ボトルの状態はどんどんと悪くなる。
酒は生き物だ。劣化というのは避けられない。
しかし、この魔法が想像通りなら、在庫の心配をする必要がない。
それは、ある種革命的な魔法と言っても良かった。
まぁそれを言ったら、行商とかにもっと使えるだろうがそれは置いておこう。
俺はバーテンダーであって、行商人ではないのだから。
「……そう。良かった」
俺が喜んでいると見て、スイはようやく肩の荷が降りたようだ。
彼女は、手に持っていたボトルをふらふらと振って、その後に俺に告げた。
「多分この魔法、もっと範囲指定とかの自由も効くと思う。その辺は、経験していって」
「ああ。異世界に来てまで実用性重視の魔法、ってのが俺らしいと思うことにするよ」
正直に言えば、がっかりとした部分が無くはない。俺だって、炎の魔法とか、氷の魔法とか使ってみたかった。
だが、それ以上に利便性の高い魔法が手に入ったのだ。しかもスイの言葉を思えば、俺はこの魔法に対するMPは無限みたいなものだ。
ガンガン利用してやろうじゃないか。
「それじゃ、その魔法の名前は、どうする? 総に付ける権利があると思う」
「んー? そうだな」
こういうのは、分りやすい方が良いだろう。
俺は、ぱっと思いついた言葉を、そのまま口にする。
「じゃあ、『弾薬化』と『弾薬解除』だな」
言って俺はスイの反応を見る。
ひねりのなさすぎる名前に、きっと呆れた表情をすると思った。
だが、想定とは少し違って、彼女は戸惑いの表情を浮かべるのみだった。
「えっと。『弾薬』ってなに?」
俺が一つ知ったこと。
この世界には『銃』は存在しないらしい。
※0805 誤字修正しました。




