魔法の才能
店からほど近いところ。スイに連れてこられた家は、俺の目からしたら『ヨーロッパ風』としか言えない二階建てだった。
土台は木なのだろうか。それとも石なのだろうか。そういった知識には乏しいので、なんか白くて物語に出てきそうな家としか言えない。
そもそも、他の人間の服装も、物語に出てくる感じだ。魔法文明なので、そういうものなのだろう。地球の建築様式とは似て非なるものなのだ。思考停止ともいう。
「三人ではちょっと広いから、多分、丁度良いと思う」
スイは言いながら、玄関を開けた。
今は牛乳を買い足し終わって少ししたところだ。
使ってしまった牛乳を買って店に戻ると、仕込みとその手伝いがあるからと、俺とスイは、オヤジさんとライに店から追い出された。
それで手持ち無沙汰になるのもあれなので、スイは丁度良いと俺を自分たちの家へと案内してくれたのだ。
よって、今この場に居るのは俺たちだけだ。
言い換えると、はじめての女の子の家で、はじめての二人っきりである。
そう思うと、途端に緊張してきてしまうのは、俺の恋愛経験の無さ故だろう。
「えっと、良いのか?」
「何が?」
「……いや、なんでもない」
だが、少し意識してしまっている俺とは違って、スイはあくまで自然体だ。
うむ。俺も変な考えは締め出してしまったほうが良さそうだ。
「散らかってて悪いけど、この部屋で良い?」
俺が案内された部屋は、二階の物置のような部屋だった。棚には乱雑に雑貨が詰められていて、窓は閉ざされている。だが、あまり埃は積もっていないようだ。すぐに泊まっても問題は無いだろう。
「大丈夫だ。後は適当に毛布でもくれればそれでいい」
「え? ベッドもすぐに──」
「いや、遠慮する。俺は布団派だからさ」
布団という単語の意味が分からないのか、スイは渋っていたが、ついには承諾した。
なんとなく思う所があった。
三人では広い家、すぐに用意できるベッド。
それは恐らく、彼女の母親のものだったのだろう。
もちろん、使わせてくれるという厚意はありがたい。のだが、それを無遠慮に使うのは少しだけ、躊躇いがあった。
もともと布団派というのも嘘ではないしな。
俺は許可を取って荷物を降ろす。この世界に来てから幾度となく俺を救ってきた道具達だ。あとでしっかり労ってあげねば。
「それじゃ、これからどうするんだ?」
「どうしよっか?」
俺の質問に、スイも何も考えてはいない様子である。
「この街の紹介とかは、えっと落ち着いてからのほうが良いかな?」
「そう……だな。ここまで飛ばしてきたけど、ちょっとは……あ!」
「え、なに?」
俺は一つの『興味』に思い当たり、声を大にした。
「さっき言ってた『魔法』について、教えてくれよ」
俺はキラキラと輝く瞳でスイに詰め寄った。
なお俺のイメージにある魔法というのは、ゲーム的だ。
『MP』を消費して、発動するものである。
いくら俺がバーテンダーであろうと、昔とった杵柄。ゲーム的な要素は大好きだ。
できることなら知りたい、というか使いたい。魔法は無理でも、魔力で動く道具が使えなければ、この世界ではまともに生きていけなさそうだし。
スイは俺の食いつきに少し面食らいつつ、こくんと頷いた。
魔法を説明すると言って、スイは俺を地下へと案内した。そこは薄暗く、ぼんやりとした明かりが材質不明の石から放たれている、四畳くらいの部屋だった。
部屋の壁にはいくつか棚が設えてあり、そこには十数本のボトルが乗っている。
「ここは?」
「研究室、みたいなもの」
スイは言いながら、俺に座るよう促す。
俺は適当に、そのへんに有った椅子に腰掛けると、スイは部屋の壁にそっと手を触れた。黒板代わりか何かにするつもりだろうか。
「じゃあ、えっと。まずはなんて説明したらいいのかな」
どうやら彼女自身、最初に何を言って良いのか分からないらしい。
先程の自転車に例えると、自転車とは何かと聞かれている感じだろうか。
「えっと、ずっとポーションの話をしてたから、分かるよね? この世界には主に四つの属性、風の『ジーニ』、水の『ウォッタ』、火の『サラム』、土の『テイラ』というのがあることは」
「ああ。『ジン』、『ウォッカ』、『ラム』、『テキーラ』な」
「……まぁ、分かるなら良いけど」
俺が極めて個人的な覚え方をしているのに少し嫌気を示すが、スイは話を進める。
「まぁ、他にもあまり解明されてない『第五属性』とか、純粋な魔力である『無属性』とかもあるんだけど。大元はその『四大属性』ね」
「で、それらに対応した魔力がそれぞれあるんだな?」
「そう。それは場所の力だったり、人そのものの個性だったりするんだけど。まぁ、この世界の生き物は多かれ少なかれ、それら全ての魔力をある程度持っているものなの」
先生口調のスイの説明にふむふむと頷く。
どうやら、MPは属性にそれぞれあって、その最大値には個人差があると。
対応する属性の魔法は、その属性のMPでしか発動できないんだな。きっと。
「それで、魔法っていうのは、自分の中にある魔力──まぁ、ただの力の塊に、イメージを定義してあげて、それを外へ放出する行為全般を指す、んだと思う」
俺の想定の上で進む会話の途上、スイがどことなく言葉を濁した。
「なんだその、だと思うってのは」
「だって、普段使う言葉だと、動力に魔力を送るのを『魔法』って呼んだりしないから。でも、全般だとそれも『魔法』になるし、でもねぇ?」
そうか。その説明だと、コンロに火を付けるのも『魔法』って定義されるのか。だが、彼女からしたら、それは『魔法以前』の話となるのだろう。
うん。ちょっと気持ち悪いよな、そういうの。
俺も経験がある。
普段、ウィスキーの水割りは『水割り』としか呼ばない。
だが、カクテルの説明をしているときに『水割り』とはなんなのかと聞かれたら?
ウィスキーを使った『水割り』というカクテル、としか言えないだろう。
でも、なんか違う気もする。
『水割り』はあくまで『水割り』なのだ、と思う気持ちもどこかではある。
たぶん、今のスイの気持ちもそんな感じだ。
「とにかく、その魔法の使いかたは? 俺でも使えるものなのか?」
その気持ちを察しもするが、本題に早く進めて欲しくて俺は急かした。
スイは少し困った表情で、優しく言う。
「それは実際に総の魔力の感じを見てみないと、なんとも言えない」
魔力の感じ、とは?
「さっきの『コンロ』みたいなのは、訓練すれば誰でも使える。総もこの世界で生きている以上は間違いなく」
「……ということは?」
「私が使うみたいな、その、高度な魔法は、元々の素質があるかどうかが関わるから」
高度、というところでスイは少し言いよどんだ。
まぁ、要するにあれだろう。
魔法っぽい魔法が使えるかは、分からないということだ。
「じゃあ、その素質があるかは、どうやって調べるんだ?」
「私なら見てあげられるけど」
「まじかっ!」
なんか今、とっても素敵な事を聞いた気がする。
俺、魔法使いになれるかもしれない。いや、童貞とかそういう意味じゃなくて。
瞬時にテンションがMAXまで上がり、俺は勢い余って椅子から立ち上がり、スイへと詰め寄っていた。
スイは「きゃ」と小さく可愛い悲鳴を上げて後ろに下がる。
だが残念ながらそこは壁だ。俺から逃げられるわけではない。
「その、近い」
「すまん。だが、大事な話なんだ」
「わ、分かったから、離れて」
「調べてくれ。可能性があるなら、調べてくれ」
俺が距離を近づける度に、スイは離れようとするので俺は腕を壁に突いて彼女を逃げられなくする。
スイは暗がりの中でも分かるほどに耳を赤くし、うぅ、と呻いた。
「頼む。早く。ハリーハリー」
「……から」
「なんだって!? ある? 才能あるの!?」
「…………れて」
「大きな声で! 聞こえないから!」
「だから、集中を乱されるとできないから離れて!」
スイは怒鳴ってから、俺を軽く押し出す。
ふーふーと荒い息を吐く彼女の様子に、俺は少しだけ落ち着いた。
「す、すまん。つい興奮して」
「分かったってば。もう」
俺がしゅんとしていると、スイは苦笑いを浮かべていた。
「それじゃ、やるけど、良い?」
「おう。どんと頼む」
「じゃあ、目を瞑って」
言われた通りに俺は目を瞑る。
心が研ぎ澄まされるような気がする。気のせいかもしれない。
その静かな空間に、スイの声が響いた。
《万物の精霊よ。その目を貸し与え給え》
これは、聞き覚えがあった。少年の状態を調べたときに使っていた魔法だ。
その声のあと、スイが近寄ってくる気配がする。
そして彼女の指の感触が、俺のおでこに触れた。
「……へ? 嘘?」
直後、スイはばっと指を離し、戸惑いの声を上げた。
「ど、どうだったんだ? 目を開けてもいいのか?」
「う、うん。良い」
俺が素直に目を開けると、そこには困惑に顔を歪めるスイの姿があった。
まるで、何か信じられないことが起こった、とでも言いたげだ。
「ど、どうなんだ? どうだったんだ?」
「ちょっと待って。整理するから」
今度はスイが目を瞑り、コツコツとこめかみを突いて頭を悩ませている。
その僅かな溜めのあとに、口を開いた。
「えっと、正直に言うね」
「な、なんだ?」
嬉しいような残念なような曖昧な笑みを浮かべたまま、スイが告げる。
「今、新しい魔法が生まれた」
その言葉の意味は、俺には良く分からなかった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
ブックマークや評価など、とても励みになっております。自分的にはいきなり増えて、少しびっくりしています。
ようやく魔法の説明に入りました。ですが、派手なシーンはもう少し先の予定です。
そうではありますが、皆さんに少しでも楽しんで頂けるように頑張ります。
これからもよろしくお願い致します。
※0805 誤字修正しました。




