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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第一章

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バーテンダーの簡単な推測

 ライの注文。

『ヒントなしで、ライの好きな味』

 一見すれば無茶であるが、無理というわけではない。

 実際『バー』で働いているときも、ヒントなしで『私にピッタリのカクテル』とか頼まれることは稀にある。

 そういうときは大体、ヒントも与えられない。

 では、どうするのか。


 バーテンダーは観察する。


 お客さんの雰囲気を見る、おっとりした人だったり、ハキハキした人だったり。

 お客さんの服装を見る。その人が身につけているもの、その人の外見には『その人』の嗜好というものが溢れている。

 そして、最後にお客さんの反応を見る。

 さりげない会話や質問で、その人の反応を窺う。

 最初に推測したイメージから、余分なものを削ぎ落として行く。

 そうして答えを出すのだ。


 その人自身、というよりは、バーテンダーの考えた『その人』というカクテルを。



「ノーヒントというのは、どこまでもノーヒントでしょうか?」

「そう。そう言ってるの」

 ライはツンとした表情で否定を返す。

 ふむ。となると、あからさまな質問には答えは返すまい。

 とはいえ問題はない。であれば、違う方法で答えを得るだけだ。


「では、どんな物が出来ても飲んで頂けるでしょうか?」

「はい?」


 俺はあえて、わざとらしいくらい笑みを浮かべ、彼女に尋ねる。


「僕としても、バクチを打ちたくはないのですが。お客様の好みが『塩味』や『唐辛子みたいに辛い味』の可能性もございますし」

「……だったら何?」


 ライも相当甘い。

 ヒントを与えないと言っていたのに、会話には応じてくれるのだから。

 俺は遠慮なく揺さぶりをかけさせてもらった。


「となると、唐辛子を刻んで味を付けたり、塩を大量に振ったり、または『レモン果汁』をメインに使ったりする場合も──」

「常識で考えてよ! 普通の女の子が『辛い』とか『しょっぱい』とか『酸っぱい』とかが好きだと思うの!?」


 俺の冗談混じりの言葉にライはムキになって否定を返した。

 そうですか。『酸っぱい』のは苦手ですか。それは良い事を聞いた。

 甘酸っぱい、もしくは甘いくらいの味が良さそうだ。普通の女の子と自称するくらいだし、奇をてらった味を考える必要もあるまい。


 俺がどうしてこんなことを言ったのか、意図を読めていない様子でライは食事に戻る。

 俺は彼女の食べ方に、注意を向ける。

 このテーブルには、オヤジさんが用意した料理の他、味を整える調味料や薬味なども置かれている。

 ふと思い立って、ライに一つ薦めてみた。


「お客様。そのスープ、こちらのバジルなんて入れても美味しいですよ?」

「……要らない」


 ライはつっけんどんに返す。

 だが、そこで違う所から反応が起こった。

 俺たちの会話を聞いていたスイが、試しにとバジルを手に取ってスープへ入れた。

 少しだけ飲んでから、感想を零す。


「本当。美味しい。ライも試してみたら?」

「私はそういうの苦手なの知ってるでしょ。お姉ちゃんも子供みたいに反応しない」


 ちょっとだけ敵対モードに入っているライに言い返されて、少ししょんぼりするスイ。

 だがありがとう。お陰でもう少し情報が分かった。

 ライはどうやら、薬味のような『香り』の強いものはあまり好みではないらしい。


 この段階で、消去法的に少しずつ範囲は狭まって行く。

 だが、もう少しだけ欲しい。

 ベースやらなんやらが決まってきても、肝心の味の核心が少し遠い。

 俺に観察されているのが気に入らないのか、ライは俺と目をあわせないようにしつつオヤジさんへと尋ねる。



「ねぇ、お父さん。今日はぎ──」



 そう、口を開きかけて固まった。

 そのまま俺を一瞥し、しまったという表情を見せながら言い直す。


「お父さん。いつものアレはないの?」


 俺に分からない形に言い換えられたアレ。

 彼女はそれの正体を俺に知られたくはないらしい。

 ということは、その『アレ』が、何か核心に迫るヒントになりうるということだろう。


 では問題の『アレ』とはなんなのか。


 オヤジさんは少し困ったようにしながら、一応は娘の肩を持つことにしたようだ。

 言葉を濁して答えた。


「ああ。悪い。今日はもう料理に使う分しか残ってない」

「……そうなんだ」


 ライは意気消沈した様子で、俯き、そっと胸に手を当てた。

 のんびりと食事を続けている姉をちらと見て、その後に俺を睨む。


「というか、いつまでこっちを見てるのよ。さっさと作ってよ。私の好きな味」


 その少女の顔は、どうしてだか少しだけ得意気だった。

 何故だか、勝ちを確信しているかのように。


 俺は少しだけ頭の中で条件を整えた。


 まず、味の好み。

 これは迷う事はない。薬味を避けたのは舌が子供っぽいからでもあると考えれば、甘めに違いない。


 次いで、ベースの選定。

 香り高いものが苦手なのであれば、独特の香りを持つ『ジン』や『テキーラ』──つまり『ジーニ』や『テイラ』は避けるべきだ。


 最後に、先程言いかけた言葉。

 ここには、いつもの何かが無いらしい。

 食卓を見る。


 メインのベーコン料理。サブの野菜スープ。そして主食のパン。飲み物は水。


 不足があるようには思えない。バランスの取れたメニューだ。

 パンに塗るのはバターより、ジャムの方が良いと言うわけでもあるまい。ライは不満も無さそうにバターを塗っていた。

 だが、先程の彼女は明らかに残念そうだった。

 深刻そうに胸に手を当てていた。

 そして、そっと姉を見た。



 二人を見比べる。



 どちらもタイプは違うが、大変に可愛い顔をしている。

 少し美人寄りのスイと、可愛い寄りのライ。

 その他にも、特徴的な違いが、ままある。


 スイは表情に乏しいが、体の──特に胸の主張はそれなりにある。

 対するライは、表情豊かであるが、体の主張は控えめだ。


 ああ、そうか。


 この場に足りないものの正体が分かった。それなら料理に使うこともあるだろうし、足りなくなることもあるかもしれない。

 俺は自分の中で答えを見つけ、勢い良く立ち上がった。


「オヤジさん! 後で買い足すから、材料をちょっと使っていいですか?」


 俺に尋ねられ、オヤジさんは少し呆れた目で俺を見上げた。

 そう、まるで俺が何を使いたいのか気づいている様子だ。


「良いけど、何をだ?」


 俺はオヤジさんに得意気な笑みを見せつつ、横でちらりとライを見た。

 そして、答えを述べる。



「牛乳」



 その返答に、ライはビクリと肩を震わせた。



ふと気づけば1万PV、感激です。

記念じゃないですが、明日もまた、20時と24時頃の二回更新の予定です。

どうかよろしくお願いします。


※0805 誤字修正しました。

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