バーテンダーの簡単な推測
ライの注文。
『ヒントなしで、ライの好きな味』
一見すれば無茶であるが、無理というわけではない。
実際『バー』で働いているときも、ヒントなしで『私にピッタリのカクテル』とか頼まれることは稀にある。
そういうときは大体、ヒントも与えられない。
では、どうするのか。
バーテンダーは観察する。
お客さんの雰囲気を見る、おっとりした人だったり、ハキハキした人だったり。
お客さんの服装を見る。その人が身につけているもの、その人の外見には『その人』の嗜好というものが溢れている。
そして、最後にお客さんの反応を見る。
さりげない会話や質問で、その人の反応を窺う。
最初に推測したイメージから、余分なものを削ぎ落として行く。
そうして答えを出すのだ。
その人自身、というよりは、バーテンダーの考えた『その人』というカクテルを。
「ノーヒントというのは、どこまでもノーヒントでしょうか?」
「そう。そう言ってるの」
ライはツンとした表情で否定を返す。
ふむ。となると、あからさまな質問には答えは返すまい。
とはいえ問題はない。であれば、違う方法で答えを得るだけだ。
「では、どんな物が出来ても飲んで頂けるでしょうか?」
「はい?」
俺はあえて、わざとらしいくらい笑みを浮かべ、彼女に尋ねる。
「僕としても、バクチを打ちたくはないのですが。お客様の好みが『塩味』や『唐辛子みたいに辛い味』の可能性もございますし」
「……だったら何?」
ライも相当甘い。
ヒントを与えないと言っていたのに、会話には応じてくれるのだから。
俺は遠慮なく揺さぶりをかけさせてもらった。
「となると、唐辛子を刻んで味を付けたり、塩を大量に振ったり、または『レモン果汁』をメインに使ったりする場合も──」
「常識で考えてよ! 普通の女の子が『辛い』とか『しょっぱい』とか『酸っぱい』とかが好きだと思うの!?」
俺の冗談混じりの言葉にライはムキになって否定を返した。
そうですか。『酸っぱい』のは苦手ですか。それは良い事を聞いた。
甘酸っぱい、もしくは甘いくらいの味が良さそうだ。普通の女の子と自称するくらいだし、奇をてらった味を考える必要もあるまい。
俺がどうしてこんなことを言ったのか、意図を読めていない様子でライは食事に戻る。
俺は彼女の食べ方に、注意を向ける。
このテーブルには、オヤジさんが用意した料理の他、味を整える調味料や薬味なども置かれている。
ふと思い立って、ライに一つ薦めてみた。
「お客様。そのスープ、こちらのバジルなんて入れても美味しいですよ?」
「……要らない」
ライはつっけんどんに返す。
だが、そこで違う所から反応が起こった。
俺たちの会話を聞いていたスイが、試しにとバジルを手に取ってスープへ入れた。
少しだけ飲んでから、感想を零す。
「本当。美味しい。ライも試してみたら?」
「私はそういうの苦手なの知ってるでしょ。お姉ちゃんも子供みたいに反応しない」
ちょっとだけ敵対モードに入っているライに言い返されて、少ししょんぼりするスイ。
だがありがとう。お陰でもう少し情報が分かった。
ライはどうやら、薬味のような『香り』の強いものはあまり好みではないらしい。
この段階で、消去法的に少しずつ範囲は狭まって行く。
だが、もう少しだけ欲しい。
ベースやらなんやらが決まってきても、肝心の味の核心が少し遠い。
俺に観察されているのが気に入らないのか、ライは俺と目をあわせないようにしつつオヤジさんへと尋ねる。
「ねぇ、お父さん。今日はぎ──」
そう、口を開きかけて固まった。
そのまま俺を一瞥し、しまったという表情を見せながら言い直す。
「お父さん。いつものアレはないの?」
俺に分からない形に言い換えられたアレ。
彼女はそれの正体を俺に知られたくはないらしい。
ということは、その『アレ』が、何か核心に迫るヒントになりうるということだろう。
では問題の『アレ』とはなんなのか。
オヤジさんは少し困ったようにしながら、一応は娘の肩を持つことにしたようだ。
言葉を濁して答えた。
「ああ。悪い。今日はもう料理に使う分しか残ってない」
「……そうなんだ」
ライは意気消沈した様子で、俯き、そっと胸に手を当てた。
のんびりと食事を続けている姉をちらと見て、その後に俺を睨む。
「というか、いつまでこっちを見てるのよ。さっさと作ってよ。私の好きな味」
その少女の顔は、どうしてだか少しだけ得意気だった。
何故だか、勝ちを確信しているかのように。
俺は少しだけ頭の中で条件を整えた。
まず、味の好み。
これは迷う事はない。薬味を避けたのは舌が子供っぽいからでもあると考えれば、甘めに違いない。
次いで、ベースの選定。
香り高いものが苦手なのであれば、独特の香りを持つ『ジン』や『テキーラ』──つまり『ジーニ』や『テイラ』は避けるべきだ。
最後に、先程言いかけた言葉。
ここには、いつもの何かが無いらしい。
食卓を見る。
メインのベーコン料理。サブの野菜スープ。そして主食のパン。飲み物は水。
不足があるようには思えない。バランスの取れたメニューだ。
パンに塗るのはバターより、ジャムの方が良いと言うわけでもあるまい。ライは不満も無さそうにバターを塗っていた。
だが、先程の彼女は明らかに残念そうだった。
深刻そうに胸に手を当てていた。
そして、そっと姉を見た。
二人を見比べる。
どちらもタイプは違うが、大変に可愛い顔をしている。
少し美人寄りのスイと、可愛い寄りのライ。
その他にも、特徴的な違いが、ままある。
スイは表情に乏しいが、体の──特に胸の主張はそれなりにある。
対するライは、表情豊かであるが、体の主張は控えめだ。
ああ、そうか。
この場に足りないものの正体が分かった。それなら料理に使うこともあるだろうし、足りなくなることもあるかもしれない。
俺は自分の中で答えを見つけ、勢い良く立ち上がった。
「オヤジさん! 後で買い足すから、材料をちょっと使っていいですか?」
俺に尋ねられ、オヤジさんは少し呆れた目で俺を見上げた。
そう、まるで俺が何を使いたいのか気づいている様子だ。
「良いけど、何をだ?」
俺はオヤジさんに得意気な笑みを見せつつ、横でちらりとライを見た。
そして、答えを述べる。
「牛乳」
その返答に、ライはビクリと肩を震わせた。
ふと気づけば1万PV、感激です。
記念じゃないですが、明日もまた、20時と24時頃の二回更新の予定です。
どうかよろしくお願いします。
※0805 誤字修正しました。




