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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第四章

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【キール】(1)

本日二話投稿の一話目です。

 俺が一歩足を踏み出した時点で、セシルはたじろいだ。

 だが、すぐに表情を取り繕うと、彼も彼でまた不敵な笑みを浮かべる。


「これはこれは。そうか、君が件の『バーテンダー』君か」


 セシルの値踏みするような視線に、俺は真っ向からぶつかる。


「ええ。あなたがおっしゃったところの『インチキ』の生みの親ですね」

「ふっ。それで君は何が言いたい? 訂正しろと言うのなら訂正しようか」

「それは、どういう風に、ですか?」


 余裕のある表情を浮かべたまま、セシルは答える。


「君の行為はインチキではないかもしれない。だが、それを私は『ポーション』と認めることはできない」


 向けられたのは、純粋な敵意だろうか。

 だが、その程度の悪感情で思考を乱すほど、やわな接客はしてきていない。


「へぇ。それはどうしてです? これでも一応、品評会では評価を貰ってますが」

「簡単なことだ。ポーションのあるべき姿を考えれば、君のような手法で作られたものをポーションと呼ぶことなどできない。ただそれだけの話だ」


 俺は静かに息を吐く。別に怒りが込み上げているわけではない。

 ただ、こういう人間もやはり居るのだなと、当たり前のことを今更になって受け入れているだけだ。

 品評会の審査員の中でさえ、意見はまとまっていなかった。実際に【ブルー・ムーン】を飲ませてさえそうだ。

 その結果だけを知った中に、こういう人が居ることはいくらでも想像できた。


「あるべき姿、ですか」

「そうだとも」


 セシルは俺の言葉に頷き、語る。


「ポーションは効果がぶれてはいけない。個体差があってはいけない。好みがあってはいけない。例外があってはいけない。当たり前のことだ。私達が作るものは、全て同じでなければいけない。それが信頼に繋がる」


 同意できないわけではない。特に、地球におけるお酒のボトルで考えれば、むしろしっくりくる。


『とある銘柄のウィスキーを買ったら美味しかった。もう一度同じものを買ったら味が全然違った』


 これはあってはならないことだ。

 もちろん時代によって少しずつ変化することは当然あるが、それとは違う。

 少なくとも、同じ銘柄であれば、そこに統一性がなければいけない。


「しかし、君の発表した論文はどうだ。技術によって変わってくる効果。個人の味覚によって生じる効果の差異。何より、信頼を置き去りにするような『十五分』という時間。それが『カクテル』だと言いたいのなら分かる。しかしそれは『ポーション』ではない」


 しかし『カクテル』はそうではない。

 同じ名前であっても、作る人間で味は全く変わる。材料の変化でも変わる。比率の変化でも変わる。それをひっくるめて『一つのカクテル名』が与えられる。

 それは、ストレートで飲む類のお酒と、明確に違う点だ。

 その違いがそのまま、セシルの考えるポーションとの違いと言える。

 だから『カクテル』を『ポーション』とは認められない、と言いたいらしい。


「君の研究が面白かったことは認める。しかし、君は品評会に出るべきではなかった。あそこは純粋に『ポーション』のための場だ。それが何かの間違いで『特別最優秀賞』などという評価を得て、調子に乗ってもらっては困る」


 明確に、彼の思想は分かった。彼は『カクテル』の存在そのものが気に食わない。

 だけど、彼が俺にどうして欲しいのか、それはまだ聞いてない。


「つまり、何が言いたいんです?」

「君がここで何をしたいのかは知らないが、田舎ポーション屋はその『カクテル』とやらにしがみついて、ひっそりと消えるべきだと、私は考える」

「『カクテル』は、生まれるべきじゃなかった、と?」

「端的に言えばそうなる。世のため人のために日々『ポーション』を研究している私達の、足を引っ張らないで欲しいね。特に『ポーション』を嗜好品だと言って無為に消費しているような輩には」


 それまでは、明確な違いがあるから納得ができた。

 だが、その最後の言葉だけは、どうしても受け入れることができなかった。


「世のため人のため? 俺達が足を引っ張ってる?」

「ああ。確か君の店の店主は『スイ・ヴェルムット』だったね」


 言葉に僅かなひっかかりを覚えた俺に、セシルは思い出すように答える。


「彼女の名前も良く知っているよ。『シャルト魔道院』を主席で卒業したにも関わらず、その才能を国のために使うことを放棄した罪深い女だ。何をやっているのかと思えば、まさか田舎でそんなものにうつつを抜かしていたとは。流石は『二千年の魔女』と呼ばれるだけのことはある。私は『一万一千年の魔女』に改名すべきだと思うがね」


 スイがまだ、俺の知らない呼び名を持っているらしいことは分かった。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 俺はふぅーと息を吐いた。今度吐き出したのは、明確な怒りだ。


「あなたに、スイの何が分かるんですか?」

「……なにも。彼女の考えなど、私には何もわからないよ」


 正直に吐き捨てたセシルを、俺は張り付けた笑顔のまま睨む。

 俺をあんなに心配して送り出してくれた少女の、名誉を胸に抱いたまま。

 俺は、怒りを言葉に変えて吐き出す。


「彼女がどれだけ人のことを思っているのか。彼女がどれだけ苦労しているのか。彼女がどれだけ悩んできたのか。そんなことも知らない人に、ウチのオーナーを否定される謂れはありません」

「……ふむ。なら、どうしようと言うのかね?」

「決まっています。自分は『バーテンダー』です。それがどんな職業かご存知で?」


 セシルは「いや」と言いながら首を振った。

 俺は、空いていたワイングラスを一つだけ、トンと静かにテーブルに置く。


「『ポーション』を──いや、あえて言わせて貰います。『酒』をもって、手の届く人々を幸せにする職業です」

「……訂正したまえ。『ポーション』は『酒』ではない」

「あなたが『カクテル』を否定するなら、自分もあなたの言う『ポーション』を否定します。『ポーション』は特別なものじゃない。誰でも手が届く、誰でも楽しめる、そういった存在になるべきです。そのための『カクテル』です」


 今はっきりと、俺とセシルの間に線分が引かれた。

 こっち側とあっち側が、綺麗に分かたれた。

 あちらははっきりと俺を睨み、対して俺は笑みを浮かべる。


 バーテンダーを自称しながら、俺の行いはバーテンダー失格だ。

 目の前の人間をわざわざ怒らせるバーテンダーがどこにいる。

 だけど、それでも、俺はここに居ない少女の名誉のために言わないといけない。


「あなたに『カクテル』を教えてあげます。一バーテンダーが一お客さんに、一杯をお出しする形でね」


 俺の啖呵に、セシルは燃え滾るような視線を向け続けた。


「……馬鹿馬鹿しい。それで君は、私に『まいった』とでも言わせたいのかい?」

「まさか」


 俺は大袈裟に首をふってみせた。

 どこの世界に、お客さんから『まいった』なんて言葉を聞きたがるバーテンダーがいるというのか。


「自分があなたから聞きたい言葉は『美味しい』のひと言です」

「……ほう」

「お願いするとすれば、もしそう思ったのなら、偽らずにそれを認めること。そして、何も知らないでスイを貶したことだけは、謝って欲しい」


 後半に私情を混ぜ込んでしまったが、俺は訂正せずにセシルを見つめた。

 セシルは、ふっ、と鼻で笑い、頷く。


「良いとも。ただし私は、ポーションはもちろん酒にもうるさくてね。君が普段相手をしているような人間と、一緒にしてもらっては困るよ。もちろん、こんな安ワインを飲んでいる人達ともね」


 セシルの声が、俺以外の周りへと広がっていった。

 俺とセシルのやり取りをハラハラと見つめていた面々だが、その言葉に少しだけ悔しそうな表情を浮かべた。

 だが、反論は起こらない。ここにあるワインが安いのは事実だろうし、彼らも疑問に思っていることだろう。

『カクテル』とは、本当に美味しいものなのか、と。


「では、せっかくなのでこの白ワインを使いましょう」


 俺はそんな彼らの視線を受け流して、そう答えた。

 周囲にどよめきが起こる。その中には、普段から俺の『カクテル』を飲み慣れているイベリスも混じっていた。

 そうだろう。なんせ俺は、まだ店でワインを使った『カクテル』を作ったことはないのだから。

 そしてそれ以外の人々の思いは、続いたセシルの言葉に集約される。


「正気かね? この白ワインをもしかして飲んでいないのかい? これは安いブドウを使った、安いだけが取り柄のワインだよ。酸味が強いだけの、不味いワインだ」

「そうですね。さっき飲んでそう思いました。酸味が強くて、それで荒々しいのが特徴の若いワインだってね」


 さっき自分で確かめたことだ。

 このワインははっきり言って不味い。とても好んで飲む気にはならない。


「ですが、全てのお酒には作った人の思いが込められている。それを不味いからと否定してはいけない。飲む側に出来ることは、その思いを受け止める工夫だけです」


 この程度のものを酒と認めたくない、という気持ちは、依然ある。


 だけど俺は先日、記憶と共に一つ思い出した。

 それが、先程の言葉だ。作った人間の『思い』を受け取る、想像力の話だ。

『この程度』に魂をかける人が居る。なら、俺はそれを拾う精一杯の努力をするべきだ。


 俺は会議室の窓へと近づいた。さっき、アルバオに断って部屋へ戻る際に、一本だけ外に出しておいたのだ。

 外の冷気でもって、少しでも『材料』を冷やすために。

 窓を開け、外の冷気に抵抗しつつ手に取ったそのボトルは、程よく冷えてくれていた。

 俺はテーブルに置いた空のワイングラスの隣にそれを置き、急いでもう一本のボトルの準備に取りかかる。

 入り口近くのテーブルに置いたままだった、濃い赤紫色の液体が入ったボトルだ。


「多分論文には書いてなかった、もう一つの新しい『ポーション』──『リキュール』です」


『パルフェタムール』から始まるそれらは、品評会の後に完成させたものなので、スイと共同で作った論文には記載がないはずだ。

『リキュールポーション』と位置づけたもの。『無属性ポーション』というみそっかすを主原料に用いた、様々な味がついた『カクテル用のポーション』。

 今手元にあるこれは『カシスリキュール』である。『クレーム・ド・カシス』と名付けたいところだが、それを名乗るのは厳格な審査が必要なのでやめておく。


 セシルだけではなく、部屋中の視線が俺に集まっている。俺はそこに、程よい緊張感を感じつつ、宣言した。


「それでは、お作りします」


 材料も準備も全て揃った。

 作業台でなくテーブルなので、いつもより低く作業し辛いが、それほど複雑な作業も必要はない。

 持ってきている道具はバースプーン一本のみだ。


 まず、ワイングラスに『カシスリキュール』を注ぐ。

 容量をはっきりと計る必要もない。酸味が強いワインなので、少しカシスリキュールの比率を高めにするだけの話だ。

 下部が細いワイングラスに、見た目で三割くらいの高さまでカシスを注いだ。


 その作業を終えたら、もう難しいことは何一つない。

 グラスの八分目くらいまで、白ワインを注ぐ。

 カシスリキュールと白ワインが混ざりあって、まるで透明感のある赤ワインのような色の液体に変化した。


 バースプーンで軽く液体を掬うように、縦に一度だけステアしたら完成だ。

 俺はそれを自信満々に、セシルの前にさし出した。

 いつもより、大分手間がかかっていない。しかし、手間と味が比例するなんてことはない。

 美味いものは美味い、それだけの話である。



「お待たせしました。【キール】です」



 呆気に取られたような表情をしているセシルを見るだけで、少しだけ胸がすっとしたのは内緒だ。



※0409 誤字修正しました。

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