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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第四章

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北へ

※あらすじ


 ひょんなことで異世界に来てしまったバーテンダーの夕霧総。

 この世界で初のバーを開き、弟子の育成を進めていた彼だが、カクテルグラスを探したり、コーヒーを仕入れたり、男だらけの飲み会をやったり、鳥に逃げられたりしていた所である出来事があった。

 それによって、抜け落ちていた過去の記憶と少しの恋愛感情を取り戻した総だが、それがあってもなお、彼の酒に対する道筋はなんら変わりはなかった。

 そうこうしているうちに、ついに、熟成ポーションを完成させた『ホワイトオーク』というポーション屋へ研修に出発する日がやってきたのだった。




「総、忘れ物ない? ちゃんとポーション持った?」

「なんだその質問」


 目の前の青髪の少女、スイが放った一言に、俺はため息を混じらせながら言った。

 忘れ物を尋ねるのは良いとして、なんでポーションの確認までされないといけない。


「俺がポーションの確認を怠っているわけないだろ。大事な商売道具だぞ」

「うん、愚問だった」


 俺が自信満々に答えると、スイは残念な人を見る目で、微笑んでいた。

 周りを見ると、そんな俺達のやり取りを呆れた顔で見つめている面々の姿もある。


 もうすぐ、俺はこの街を出て研修へ向かうことになっている。

 その目的地は『ホワイトオーク』と呼ばれる老舗のポーション屋だ。そこで俺は、この世界のポーションの基礎的な部分と『熟成ポーション』という新しい技術を学ぶつもりだった。

 現在地は、馬車の停留所前。時刻は正午過ぎ。

 季節は冬の入り口にまで来ている。旅用のコートを新調した俺は、その襟を詰めながらほう、と息を吐いた。


 停留所と言っても、俺が待っている馬車は辻馬車ではない。目的地はここからかなり北にある街。一日で辿り着くような距離ではないのだ。

 個人馬車故に乗り合う人間もそれほど多くはない。この停留所の待ち合わせ地点を占拠するように、俺と、俺の知り合いがその場に集まっていた。

 俺の荷物は、ポーチと銃と、着替えと緊急時のアレやコレ。そして、許される量の酒──正確にはポーションである。


「とは言っても、持っていける量に限りがあるからなぁ」

「ウチにある全種類なんて無理に決まってるでしょ」


 俺は自身の腰に付けたポーチを見て、少しだけ残念に思う。

 その俺の発言に呆れつつ、さりとて優しげな笑みをスイは浮かべ続ける。


 いくら『弾薬化』の魔法があれど、持ち運べる『ポーション』の量には限りがある。研修に向かうのであって、営業しにいくわけじゃないので仕方無いが。

 とはいえ。

 まったく酒を飲まないというのは、俺の性格上難しい。しかし、この世界の酒場には、失礼だがそれほど期待していない。

 ならば現地のポーションはどうか。もの凄く、高そうではないか。

 ゆえに、結構ギリギリまで詰め込んでいる。……酒狂いと言われても仕方ない。


「それじゃ、フィル」

「はい」


 スイとの会話もそこそこに、俺はこれから二ヶ月ほど店を任せる一番弟子に声をかけた。

 声をかけられた銀髪の少年──フィルは、少し背筋を伸ばして俺の言葉を待つ。


「一応メモを渡しとく。この辺りを常に意識して頑張れよ。営業終わってから帰る前にチェックしておく項目とかもあるから」


 言いつつ、俺はここ最近チマチマと作っていたメモ帳を手渡した。この世界の言語で書くのはいささか苦労したものだ。

 内容は大きく分けて三種類。


 まず、半人前を卒業して一人前になったと考えて、これから先の営業中に意識していかないといけない注意事項。

 座席配置に気を配るとか、自分が誰と話をするべきか考えるとか、雰囲気に合わせた柔軟な接客を心がけるとか、そういった些細だけど気をつけなければいけない諸処だ。

 マニュアル対応になっても仕方ないので、本当にポイントだけだが。


 次に、帰宅前のチェックリスト。次の日の営業のために、その日の内に確認しておきたい部分をまとめたものだ。

 水差しなど、うっかり忘れてしまいがちな洗い物や、ゴミが溜まる箇所の確認。照明の切り忘れや、果物のしまい忘れ。清潔なタオルの交換や、翌日に必要な発注品の確認など。

 営業が終わって帰ろうと思うとついつい見逃してしまう、要注意箇所を箇条書きでリストにしておいた。


 最後に、カクテルレシピだ。

 弟子二人には、それぞれ自分専用のカクテルレシピを、ノート一冊与えてある。

 そして俺の方針で、そのノートには『自分が作ったカクテル』だけを、書き加えさせている。

 俺のカクテルレシピをただ書き写すのではなく、自分で経験してから、その日のうちに書いたほうが、人は覚えるものだ。

 だから、二人は自分がまだ作ったことがないカクテルは、そのレシピを知らない。

 しかし、簡易版でないほうのメニューには二人が知らないカクテルも載っている。そんなときのために、一応メニューにあるだけのレシピは全てかき出したのだ。


「あとは、営業中に気になったことはメモしておいてくれ、後で相談に乗るから」

「分かりました」


 俺からのメモをさっと確認しつつフィルが頷いた。

 その隣で、やや不満そうな顔をした銀髪の少女──サリーがぼやく。


「……なんで、フィルにだけ渡して、私には用意してないんですの?」

「いや、だって」


 お前、失くしそうじゃん。


 という文句は、言う前に呑み込んだ。


「二人に共通だから一つあれば十分だろ?」

「……まぁ……しかたありませんわね」


 サリーは渋々と納得したようだが、それでも、自分よりもフィルの方が信頼されているように見えて、やや気に入らないようだ。

 営業時間まで引きずるとは思えないが、俺のせいで悪影響が出たら困る。

 ……仕方ないな。


「しょぼくれた顔するなって!」


 俺は言いながら、サリーの髪の毛をグリグリとかき乱した。

 当然、サリーは抵抗しつつ俺から距離を取る。その眼に戸惑いと怒りと、僅かに羞恥を感じる。

 しかしその中でも特に怒りの感情でもって、サリーははっきりと俺に文句を言う。


「な、なにするんです!?」

「そうそう。お前はそんな感じでいけ」

「……はい?」


 サリーの言葉を受け流しつつ発言した俺に、戸惑いの比重を増すサリー。

 俺は彼女を元気づけるつもりで、さらりと言う。


「もっとハキハキしてろ。そっちの方がサリーらしくて可愛いぞ」

「なっ!? ばっ!?」


 言ってから「あ」と思ったがもう遅い。

 サリーはまた少し表情を変える。ただし今度は、羞恥の比率が多めだ。


「ば、そ、総さんに言われなくても分かってますわ! だ、だから軽々しく!」


 言わないでください! とは繋がらなかった。

 次第に意気を衰えさせたサリーはそっぽを向く。そしてぼそりと「その、ありがとうございます」と消え入りそうな声で言った。

 そんな態度に、俺は乾いた笑いを浮かべる。

 直後、見送りに来ていた赤毛の少女に、脇腹への軽い肘打ちを食らった。


「いてっ」

「……最後の最後まで総はさぁ。なんなの? 本当は変な空気で見送られたいの?」


 唇を尖らせつつ、耳打ちするように小声で言う少女──ライ。

 俺は彼女にも、少し悪いと思いつつ弁解する。


「……いや、もう癖なんだって。そんな大した意味もなく、ポンポン口から出てきちゃうんだよ」

「……普段から『言うべき言葉とタイミングを考えろ』とか言ってる癖に?」

「……反省します」


 小声の応酬を続けたあと、返す言葉がなくなって俺はペコリと頭を下げた。

 もう一度最初に話をしていた青髪の少女に目を向ける。

 案の定、彼女は彼女でなかなかに不機嫌そうな顔をしていた。



 一応、俺の勘違いでなければ、スイとサリーは、俺にそこはかとない好意を持っている……らしい。

 本人達は否定したので、もしかしたら持っていないかもしれない。

 それでも一応、彼女達にはしっかりと俺の気持ちは伝えてはある。


『俺は、まだ自分の気持ちが分からない。この先どうなるかも分からない。だから、今は何も答えを出すことができない』と。


 それには彼女達も一応の理解を示してくれた……筈だ。

 だから、俺達の関係はこれまで通り、ではある。

 変わったとすれば、これまでは無神経で居られた俺が、彼女達の表情の変化に気付くようになったこと。

 だから、これまで通りに、ペラペラと人を褒めるのが、やや躊躇われる。

 言葉を慎重に選ばないと、彼女達を不機嫌にさせてしまうのだと、理解している。


 と、心情はそうなのだが、染み付いた会話の性質はそうそう変わらない。

 意識していないと、ポロポロと口から『可愛い』とか『綺麗』とか『そういうの好きだ』とか、褒め言葉が出てきてしまう。誰に対しても。

 そこで開き直ってしまえれば良いのかもしれないが、そう出来るほど、俺は恋愛強者ではないのだった。



 というわけで、その辺の微妙な感じを一段落させる意味でも、この研修は良い機会かもしれない。

 逃げた卑怯者と言われるかもしれないが、研修だから仕方ない。

 その間に、俺も身の振り方を考えれば良い、と思う。



「それで総。馬車の時間はもうすぐ?」


 スイが気を取り直したように尋ねてくる。時計を確認すると、迎えの馬車がやってくるまで、もう少しだけ余裕がある。

 改めて見送りに来てくれた人の姿を見る。

 スイ、ライ、フィル、サリーの四人だ。他の面々とのお別れは、先日行った壮行会にてすでに済ませてある。


 だが、一人だけ姿がないと困る人物が居た。


「……イベリスはまだか」


 実年齢は知らないが、見た目は十五歳前後に見える少女、イベリス。

 彼女の姿がここに無いというのは、少し──いや、かなり困ったことになるのだが。


「あの、僕が探してきましょうか?」

「いや、大丈夫だろ。まだ時間はあるし」


 フィルの提案をやんわりと断りつつ、彼女が来るであろう道を見ていた。

 それから、約束の時間ギリギリのタイミングで。


「おーい! ごめんなさい! 遅れちゃった!?」


 小柄な少女が、手をぶんぶん振りながら走ってきた。

 その背には、これから先の旅路のための荷物を背負って。


 イベリスは俺達に合流すると、ふぅと息を整える。


「ギリギリセーフ……かな?」

「まぁ、ギリギリな。寝坊か?」

「いやー。師匠への引き継ぎで、ちょっと確認に手間取っちゃった」


 すまなそうな口調で、エヘヘと笑う少女に文句を言う人間はいなかった。



 イベリスは、今回の研修に付いてくることになっていた。

 まさか付いてくるとは、俺も直前になるまで知らなかった。

 どうにも、以前俺が『今度どこかに連れて行く』と軽く約束したとき、イベリスは師であるゴンゴラに取り付けて貰ったらしい。

 何をって『ホワイトオーク』に務めているらしい機人仲間に、イベリスの受け入れ準備をだ。


 それが整ってからイベリスの同行を伝えられた俺は、『どこでも良い』と言った手前もあって何も言えなかった。

 話を聞けば、もともとイベリスを自分たち以外の機人と交流させたい、ゴンゴラという願いはあったらしい。それで俺の研修にタイミングを合わせたわけだ。


 言われてみれば、思い当たるものがあった。

 スイとイベリスがコソコソと作っていた機械だ。

 離れた場所同士で通話を可能にするという機械、『音声送る君一号』だが、その設置には技師が必要らしい。

 で、その技師をどうするのかと思っていたが、イベリスが付いてくればそれで終了である。

 ということは、スイはもともと研修の際に、イベリスを送り込むつもりだったのだろう。


「二人とも、準備は大丈夫そう?」

「だから大丈夫だって、スイは心配しすぎだぞ」

「私もバッチリ!」


 家を出るときも散々注意され、先程もしっかりと確認されたので大丈夫だ。

 イベリスの方も、ガチャガチャと色々持っているようだが、かさばるものはまとめて俺が『弾薬化』してある。

 あとは、迎えの馬車を待つだけ。


「本当は私も付いていきたいんだけど」


 スイはむぅと、難しい顔をしつつ言う。


「だめだろ。スイまで来たら、一体だれが在庫の弾薬化を解除するんだよ」

「分かってるけど……心配」


 俺が嗜めると、スイは不安そうに俺の眼を覗き込む。

 こうまで人に身を案じられるというのは、悪くはないがくすぐったい。

 俺は少々恥ずかしくなって、少しぶっきらぼうに答える。


「大丈夫だって、子供じゃないんだから」

「そう。子供じゃないのに、道行く人を適当に口説いてまわったりしないか、心配。それで変なトラブルを起こしたりしないかと……」

「…………いや、その」


 どうやら、心配されていたのは体調とかではなく人間性らしい。

 俺はひと言文句を言いたくなったが、今しがた何も考えない発言をしたばかりなので強く言えない。

 スイは俺からイベリスへと視線をずらす。


「だからイベリス。しっかりと見ててね」

「大丈夫。私も専属契約の雇用主に、そんな簡単に死んで欲しくないし」


 イベリスの変わらぬ笑顔の中に混じった、不穏な単語である。


「ちょっと待て。どうして俺が死ぬことになるんだ。おい」

「言葉のあや、かも」


 イベリスはいつもの調子で軽く言う。

 が、目をはっきりと合わせてはくれない。


「……だよな」

「うん」


 もちろん言葉のあやであることは疑いようがない。

 だが、まぁ、俺も女性には気をつけることにしようかな。うん。

 もともと、俺は女より酒だし。問題無い。うん。





「招待状を──はい。夕霧総さんと、イベリスさんですね」


 それから少しして、『ホワイトオーク』の指定した馬車が停留所に到着した。

 見送りの面々とも軽く挨拶をしたあと、俺とイベリスはその馬車へと近づく。

 馬車の御者に招待の手紙を確認して貰い、ゆったりとした、なかなかに高級そうな馬車へと乗り込んだ。二頭の馬が引く、屋根つきの馬車だ。


「それと、もう一人の方はまだですかね?」

「はい? もう一人?」


 馬側に付いている窓から御者に尋ねられて、俺は虚を突かれる。

 イベリスに視線を向けてみるが、彼女も知らないようで首を横に振った。

 俺はその通りに御者へと伝える。


「ええと、私が把握しているのは、自分を含めて二人だけですが」

「あれ? そうですか。確かに、この街で三人の人間を乗せる手筈になっていたと思いますが」


 御者は手元にあるらしき用紙を、もう一度確認しようと目を落とした。

 そんな時だった。


「すまない、待たせたね」


 若い男の声がした。やけに聞き覚えがあるような気がした。


「ええと、あなたが?」

「そうだとも。これが書状だ」


 御者がその何者かと会話している。受け取った手紙に目を通し、確認が取れたようでにこりと笑みを浮かべた。


「はい、確認しました。後ろへどうぞ。お連れさんはもう乗ってますよ」

「……連れ?」


 御者に案内されつつ、その声の主もまた、困惑の色を滲ませている。

 そして、馬車の入り口が開いて、俺とその男はお互いをしっかり認識した。



「な、き、貴様! ユウギリ! なぜ貴様がここに居る!?」

「……それはこっちの台詞だよ」


 俺は、ため息を吐きたくなって。

 男は、無礼にも俺を思い切り指差していた。



 俺を指差した男は、整った顔立ちと滑らかな金髪が特徴だった。

 この街で、唯一ウチの店に出禁になっている男。


「元気そうだな……ギヌラ」


 街一番のポーション屋──『アウランティアカ』の跡取り息子、ギヌラであった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


幕間開けて、ようやく第四章開始です。

この章では舞台が替わり、今までに増して毛色が違う話になるかと思います。

この章に関してだけは、カクテルだけが中心にはならないかもしれません。

とはいえ、ファンタジー酒ポーションが中心ではあるので、広い心で見ていただけると幸いです。


四章は毎日二十二時更新を努力目標にしたいと思います。

あと、この話以降、一話ごとの文字数は控えめになる予定です(未定)


※0402 誤字修正しました。

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