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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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双子の試験(13)


 俺が用を足して店内に戻ると、席を離れた時と少し景色が異なっていた。

 具体的に言えば、カウンターのお客さんが一人増えている。ただし、その一人は、あまりこの場に相応しいような年齢には見えない。

 この店の常連の最年少と言えばイベリスになるだろうが、その彼女と比べても変わらない程度に見える。


 とはいえ、この世界の成人は十五らしいし、ウチで提供しているポーションは厳密には酒ではないのでそれは良い。

 問題は、その黒髪で仕立てのいい服を着た少女に、見覚えがあること。

 そんな彼女が興奮した様子で、フィルに向かって身を乗り出していること。



「まさかこうして、連絡を取らずとも再び出会えるなんて……! これはまさに運命ですわフィル様! やっぱりフィル様が私の運命の王子様なんですね!」


「は、はは、あのお客様、落ち着いて」


「他人行儀はおやめくださいフィル様。私の名前はクレーベル・サフィーナです。あなたに助けていただいたクレーベルでございますわ」



 フィルが落ち着けと出した手を、少女は躊躇いも無く取った。

 手を取られたフィルは体をビクンと揺らし、より一層の困り顔。

 ……基本的に、お客様のご迷惑になるようなお触りを許すような店ではないのだが、男の店員に対するお客様からのお触り対応は、特に考えてなかったな。


「と、とにかく一度お座り下さい。クレーベルさん」

「わかりましたわ。私も些か興奮してしまい、はしたない姿を見せてしまいました」


 フィルから名前で呼ばれたことにやや嬉しそうなクレーベル。

 彼女はそのまま、フィルの目の前の席に着席する。場所としては中年男性のグループと俺達のグループの間くらいだろうか。

 彼女は一度席に着くと改めてキョロキョロと店内を見渡す。その途中、様子を見ていた俺と一瞬だけ目が合った。

 彼女は俺の顔を覚えていたようで、薄暗い店内でも分かる程度に俺にも会釈をした。



「おしぼりをどうぞ」

「ええ、いただきますわ」


 フィルがサリーの用意したおしぼりを手渡しているタイミングで、俺は自分の席へと戻る。

 ついでに、さっきと順番はやや異なり、外側からイソトマ、ラスクイル、スイ、そして俺の席といった感じになっている。

 ラスクイルの隣はなんとか免れたようである。

 また、俺と少女は席一つ挟んで隣同士といったところだ。


「総、あの子、知ってるの?」

「……名前くらいは、だな」


 着席して早々、スイから質問が飛んで来たので、俺は昼にあったことを簡単に説明した。

 スイはへー、と関心したようにフィルを見る。


「総は見てただけなのに、男らしいんだ、フィルくん」

「なんで俺に刺々しいんだ」

「気のせいだよ」


 スイは普段しないような悪戯っぽい表情で、少しだけ笑って見せる。

 いや、普通あの状況じゃ助けに入れないだろ。俺は一般人だぞ。少し運動神経が良いくらいじゃ喧嘩の仲裁なんてできません。


「へぇ、あの子がねぇ」


 軽く事情を知っていたサリーは、二人の会話を見ながら面白そうに目を細めている。

 二人の会話と言っても、一方的にフィルが質問されて、それに答えているだけという風にも見えるが。


「あらまぁ、それはそれは。ふふ、くふふふ」


 その視線をさらに強く、ねちっこく、それでいて嫌みの無いように強化されたものが、カウンターに座っている、もう一人の銀髪女性から放たれていた。

 にこやかな表情を浮かべているが良く偽装されているだけで、雰囲気は獲物を狙う肉食獣のそれに類似だろうか。

 この邪悪な存在を前に、俺は果たして、フィルの心配をすればいいのか、少女の心配をすれば良いのか。


「しかし珍しいじゃないか、フィルが同年代に好かれてるのはよ」


 そんな二人とはまた違う、穏やかなニヤニヤ顔は、先程の一件の後こちらに席替えをしたイソトマのもの。

 しみじみと頷くイソトマに、俺は多少同情の気持ちを込めて返す。


「まぁ、ウチには基本的に年上しか来ませんしね」

「そうさなぁ。そんで数少ない同年代は、なぁ?」

「はい?」


 イソトマの意味有りげな声に、俺が追及をかけようかと思った所で、


「それで。彼女は何をしに来たの?」


 スイがそれを遮った。

 確かに考えると、少し奇妙に思えてくる。実際、なんの目的もなしに彼女がここにいるわけが無いというのは、分かっている。


「なんで? 店に飲みに来たんじゃないの?」


 サリーの何も考えていなさそうな言葉に、俺は『はぁ』とため息を吐く。


「こんな夜更けに、彼女くらいの年齢の少女が、一人で、初めての店にか?」

「……よ、夜更けと言ってもまだ、九時前ですし」

「そりゃ、サリーだったら一人で出歩いても問題ない時間だろう。むしろ襲い掛かった暴漢が可哀想だ」

「悪かったですわね。物騒な女で」


 サリーが少し額をヒクヒクさせた。ちょっとだけデリカシーに欠けるからかいであった。

 いつもだったらスルーするのだが、俺は先程の感謝を思い、一言付け足した。


「あれだよ。良い意味で」

「……とりあえず用意しておきますわね」


 サリーが無駄に一つ作ったテイラのショットはひとまず無視して、話を進める。


「まぁ、予想は付くんだけどな」

「予想?」

「ああ。昼間イベリスから聞いたアレだ」


 俺達の会話が聞こえた訳ではないだろう。

 しかし、タジタジしていたフィルがようやくメニューを差し出したところで、クレーベルはメニューを受け取る前に口走る。


「フィル様、私がこの場所に辿り着いたのは、決して偶然ではありませんわ」


 直近までなんの話をしていたのかは知らないが、フィルはこの再会をなんとか偶然で収めようとしていた様子。

 とりあえず運命ってことにして話を進めてしまえば良いのに、真面目な少年だ。

 それまでマイペースだった少女は、メニューを受け取ってもなおマイペースに、それをめくる。

 カクテルのページも、エールのページもめくり、彼女が開いたのは『ソフトドリンク』のページだ。

 その中の一つを指差して、先程までの夢に浮かれた少女とは違う、鋭い目つきで答える。


「ひとまずこの『コーラ』でも頂きましょうか。ようやく『大元』に辿り着いたのですから」




『サフィーナ商会』というと、この国ではそこそこに名の知れた『商会』であるらしい。

 最近めきめきと力をつけてきた所で、幅広い商品を取り扱い、今までにない新しいものを発掘する能力に長けているとか。新進気鋭の総合商社って感じだろうか。

 現在の会長は『オリーヴァ・サフィーナ』という名前で、特に食料品や薬品などの新規開拓に力を入れているのだとか。


「そして私はその娘。クレーベル・サフィーナです」


 手渡された名刺を前に、どうしたら良いのか分からないという表情で、フィルは俺を見ていた。

 仕方ねぇな、もう。


「……お嬢さん。彼は今営業中でして──」

「わかっております。ですので、お話はまずあなたにでしょうか。店長さん」


 やっぱり気付いていたか。

 俺が声をかけると、クレーベルは目の色は変えないままに、柔らかい表情を俺に向けた。

 まぁ、俺の顔も覚えていたようだし、昼の一件と今。俺がフィルの上司というのは自明の理だろう。


 俺は隣の席のスイに軽く目配せをする。ここはひとまず俺に任せて欲しい、と。

 スイはそんな俺の意図に気付いたのか、軽くだけ頷いた。

 準備が整ったと見たか、クレーベルはゆったりとした所作で、自己紹介をする。


「改めまして、私はクレーベル・サフィーナと申します。以後お見知り置きを」

「自分はこの店のバー部門を任せて貰っている夕霧総です」


 俺が自己紹介を返すと、クレーベルは少し意外そうに目を細めた。俺の名前に何か感じることがあったのだろうか。


「……珍しいお名前ですわね。出身はジャポンの方かしら?」

「……ええ、まぁ」


 厳密には違うが、まぁ、似たようなもんだ。

 今まで気にしていなかったが、俺の名前はこの世界ではやや珍しい部類だ。

 ジャポン自体の知名度も低そうなのであまり尋ねられていないが、興味がある人間なら突っ込まれることもあるか。


「それで、今日はいったいどういうご用件で?」


 俺は改めて、その言葉を述べた。

 彼女は、フィルが用意した『コーラ』の入ったグラスを手に取る。

 その中で揺れるカラメル色のシュワシュワを、まるで黄金でも見るようにうっとりと眺めている。


「本日は……ただのご挨拶ですわ」


 そして一口、それを含んだ後に彼女はにこりと笑みを浮かべた。


「ご挨拶、ですか」

「はい。恐らく皆様も、商会が何を求めているのかはご存知でしょう? ですが、なんの約束もせずにそんな話をしようと思うほど、無粋ではありませんの」

「それで、今日は来ただけだと」

「ええ。この『魔法の液体』を扱っている場面を、直に見てみたかったのです」


 魔法の水か。

 俺の感覚からすると、ただの『炭酸飲料』がそう呼ばれていることに面白みを感じてしまう。

 特にこの世界のカクテルのベースは『ポーション』だ。

 俺からすれば正真正銘の『魔法の水』を差し置いて、手作りの『コーラ』や『ジンジャーエール』がそう呼ばれているのだから。


「責任者様にお会いできれば御の字、そうでなくとも私の中では確信を得られるならそれで良し、くらいの心持ちです」

「……確信と言いますと」

「この飲み物が『売れる』という確信です」


 そう呟いたクレーベルの瞳は、輝いていた。

 その輝きが、果たしてどこから来るのかまでは判然とはしない。

 見ているのは『コーラ』か『金』か、それとも『別の何か』か。

 だが、少しだけ彼女は、今まで俺の所に来た商人たちとは、違うのかもしれないとも、思った。

 その表情が、歳若い少女故に、純粋に見えたのかもしれない。


「まぁ、それは置いておいても良いでしょう」


 トンとクレーベルはグラスを置くと、俺と話していたときとは別種の表情を浮かべてカウンターを覗き込む。

 常連の女性達と親しげに会話しているフィルの横顔を、熱っぽく覗き込んで彼女は漏らす。


「私の目的の場所に、私の王子様が待っていてくれた。それだけで、もう、胸が張り裂けそうですわ」

「……そうですか」

「そう、そうね。例えるのなら、フィル様は闇夜に輝く月のよう。あの甘く優しいお顔と、高貴さを感じる物腰。それでいて、私を助けて下さった勇敢さと強さ。そんなフィル様とこんなすぐに再会できるなんて……これも精霊様のお導きですわ」

「……そ、そうですか」


 ちょっと誰か、この少女の暴走を止めてあげてくれ。

 俺は助けを求めるつもりで、俺の隣に控えている筈の人々に目線をやった。


 だが、ダメだった。


 スイから始まり、サリー、ラスクイル、イソトマに至るまで、みんなニヤニヤしてやがる。事態を掻き回す気しかない連中だ。

 俺だって全然関係ないところでフィルの恋愛話を聞けるなら全力なんだが。

 一応相手は商人だし、下手なトラブルなんて起こしたくないぞ。


「そうでした。つきまして、一つお尋ねしたいことがございましたの」


 ひとまず今日のところは満足して帰ってくれないかな、と密かに念じていると少女は俺に向き直った。

 彼女は、差し出されたメニューをめくり直し『そのページ』で止めた。


「この街に来てからいくらかお話は伺いましたが……『カクテル』とは、いったいなんなのでしょう?」




 彼女が指し示しているのは、俺とスイが丹精込めて作った『カクテル』のページだった。



※0329 誤字修正しました。

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