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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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双子の試験(12)

本日二話更新の二話目です。

前話を読んでいない方はご注意ください。

「「え、あっ」」


 俺の声を受けて、バーテンダーの二人が声を漏らす。

 母親の言葉にやたらと混乱していた二人だが、ようやく今この場が、落ち着いたバーカウンターであることを思い出してくれたようだ。


「し、失礼しました!」

「ご注文ただいま!」


 サリーとフィルは、はっと我に帰ると、ペコリと頭を下げてから急いで仕事に戻る。

 その二人が働き始めたのを確認したあと、俺は急いでカウンターと、料理を楽しんで下さっているテーブル席にも謝罪する。


「お騒がせして大変申し訳ありません。私はこの店のスタッフの夕霧総と申します。実は本日、新人二人の初営業でして、少しバタバタしてしまいました。今後このようなことが無いように努めますので、寛大な心でお許しいただけると幸いです。ぜひそのまま、お食事をお楽しみいただければ」


「……も、申し訳ありません」


 ほとんど直角くらいの角度で頭を下げる。

 その様子を見て、まだ思考が上手く働いていないスイもおずおずとそれに倣った。

 テーブル席のお客様はまだこちらを気にしている様子はあるが、パラパラと食事へと戻る。

 これで、マイナスの印象がほんの少しでも和らいでくれると良いのだが……。


 可及的速やかにやるべきことは一通り終わらせた。

 俺はふぅ、と小さく息を吐く。

 そして、最後に、だ。


「それとお客様。お願いですから、せめて乾杯まで、静かにしていてくれません?」

「別に大声はあげてないわよ?」

「……俺がいくらでも話し相手になりますから」


 俺は疲れた笑みを浮かべたままグラスを僅かに揺らす。ゆらゆらと揺れる氷が、俺の疲れた心地を現しているようだ。


 場をあそこまで騒がしくしてしまったのは大きなマイナス。

 それを穏便に終わらせることができなかったのは、俺の力不足。

 そして、そもそもそれを引き起こしてしまったのは、弟子二人の教育とフォローを上手く行えなかった俺の責任。


 バー部門の名目上のトップは確かにスイだ。

 だが、実質的に弟子を育成しているのは俺だ。

 こんな騒ぎになったのならば、それは俺の責任だ。


 だから、多少印象が悪くなるとしても、あそこではああするしかなかった。

 いや、きっともっと上手いやり方もあるのだろう。それでも、今の俺には、そうすることしかできなかった。

 こんなザマで店長だのマスターだの、失格も良い所だ。


 今日の騒ぎのせめてもの罪滅ぼしが、その愉快犯の相手を俺自身がすること。

 俺も今日は客ではあるが、店を思う気持ちを失ったわけではない。せいぜい売り上げに貢献して貰おう。

 その俺の気持ちを知ってか知らずか、ラスクイルは蠱惑的な笑みを浮かべていた。


「うふふ、そうね。是非そうしてもらいたいわ。バーテンダーさん──いえ、夕霧さんも、今はバーテンダーではなくて、お客さんなのよね?」

「……? はぁ、まぁ」

「ふふ。うふふ」


 俺の心中をなぞるような、彼女の質問。

 ラスクイルはみるみるままに、その笑みを更に深めて行く。

 その質問の意図に俺が辿り着く前に、背後から肩をトントンと叩かれた。


「総。席替えしない?」


 スイはそれまでよりも幾分強い目つきで、俺に言った。

 もしかしたら、スイもスイなりに責任を感じているのかもしれない。

 だが、今の彼女にラスクイルの相手を任せるのは、些か不安というものだ。

 俺はスイにだけ聞こえるような小声で、言う。


「……いやスイ。この人の相手は今日のところは俺が」

「良いから。席を代わって欲しいな」


 言葉はお願いだが、口調は強制のそれである。

 その目線は、俺を通り越してその先の銀髪の女性を強く見据えている気がした。


「……まぁ、別に良いけど」


 そういえばスイは、以前ラスクイルが来たとき、二人で何かを話していた。

 それについて、何か語りたいことでもあるのかもしれない。

 ならば、スイの方がラスクイルも話していて楽しいだろう。

 そう思って立ち上がろうとした俺の腕を、そっとラスクイルが掴んできた。


「ふふふ。私は夕霧さんとお話したいわ」

「ダメ。このお店の資産を脅かす人はダメ」

「脅かすなんて、ちょっとお話するだけじゃない」

「それがダメ。獲物を狙う猛禽類の目をしている人はダメ」


 獲物を狙う猛禽類って……。

 どうにも噛み合わない。俺の頭の中で、何かがずれている予感がする。

 スイはラスクイルと会話したいのではなく、俺と会話させたくないのか?


 お互いに一歩も譲らない女性達を交互に見て、俺はふと思い出した。

 そういえば、自分が以前この吸血鬼に勧誘されたとき、なんて断ったのかを。



『簡単なことですよ。営業中のバーテンダーは『誰の物にもならない』んです。バーテンダーを口説きたいなら、営業時間外にすべきでしたね』



 そう。営業中のバーテンダーは勧誘できないと言った。確かに言った。

 そして今の俺は、営業時間外のバーテンダーである。

 勧誘、できるんじゃ、ないか?


 ぶるっと背筋が冷えた。

 少しだけ催した。



「あの、俺ちょっとお手洗いに」



 ようやく身の危険を感じた俺は、そそくさと立ち上がろうとする。

 その俺の腕を、思いがけない怪力が掴んだ。

 笑顔の、吸血鬼である。

 おい、ちょっと魔力が、おい。


「いや、あの、ほんと漏れそうなんで、ちょっと。席替えくらい良いじゃないですか」


「ふふ、夕霧さん。席替えはしないって言ってくれたら、行かせてあげるわよ?」

「総、ダメ。ダメだからね。分かってるよね? 最悪、漏らしても良いから断って」

「良いじゃない。ちょっと美人のお姉さんとお話するだけなのに」


 ほんと諦めろよこの吸血鬼! いったいどんだけ自己中なんだよ!

 あんたの子供が成長するの待つって言ってたじゃないかよ! 待てよ!

 というかもしかして、さっきの騒ぎも俺に実力不足を痛感させて、弱みを作ってからそこに付け込む作戦じゃあるまいな。

 可能性はゼロだと言い切れないのが、この女性の怖いところだ。


「ダメだから。総は店のモノだから、その余地はないから、だからダメだから」


 そしてスイも、もうちょっと言葉を選んで断れよ! 語彙力下がり過ぎだろ!

 どうして俺を狙うラスクイルの思惑が見抜けるのに、思考力が回復してないんだ。


 さて、この状況でなんと言えば良いものか。

 俺がふと視線を滑らせると、未だにこちらの様子を窺っていた中年男性、イソトマとふと目があった。

 彼は、俺に向かって一つ頷く。まるで『俺に任せろ』と言ったみたいに。

 そして彼は颯爽と立ち上がり、テクテクと歩いて来て俺の側に立った。

 女性二人の視線を受け、イソトマはキメ顔で言う。


「奥さん。俺もイケる口ですよ。なんなら、マスターの代わりに俺が、夜の相手に──」

「うふふ。またの機会に致しますわ」

「──なってあげま……」


 そのまま、イソトマの言葉は尻すぼみになって消えていった。

 後には、俯き加減で胸を押さえるオジサマのシルエットが残る。

 イソトマさん……無茶しやがって。


 だが、彼は俺を救うために道化になってくれたのだ。

 冗談で俺を救い出そうとしてくれるとは、なんてありがたい常連客だろうか。

 ですよね? なんかちょっと本気でがっかりしてませんよね?

 気のせいですよね?


 だが、そんな彼の本心を知らずに、追い打ちをかける者がいた。


「……イソトマさん。あの、ウチの母に、何を……?」


 そのドン引きの声に、イソトマさんがはっと顔を上げる。

 彼の目の前には、普段さんざん可愛がっているサリーの、汚物を見るような軽蔑の目があった。


「……さ、サリーちゃん。これには、事情が」

「その。まぁ、大人ですし。恋愛は、自由なので、別に。気に、しませんわ」

「……だから、そのね」


 イソトマが弁明の言葉を重ねようとするのだが、サリーはもう目を合わせない。

 そのまま自分の母親のコースターに【ジン・トニック】を置いた。


「お待たせしました。【ジン・トニック】です。それと、あの、母様。イソトマさんはとっても良い人です……でも、私の前でそういう話はしないで下さいますね?」

「サリー。ちょっと待って欲しいわ。私は決して誰でも構わない女じゃなくてよ。そりゃ基準は少し緩いかもしれないけれど」


 サリーの軽蔑しきった視線に、ラスクイルもほんの僅かに怯んだ。

 何かは知らないが、彼女にも男を選ぶ一定の基準とやらがあるらしい。彼女のお国柄では、人間だったら『家畜』を選ぶ基準なのかもしれないが。

 そして、そこには彼女なりの誇りがあるらしい。


「いえ、別に母様が美少年からおじ様まで、等しく平等に食い散らかしたいと思っているのは分かってますから」

「サリー。そこから違うのよ。そもそも私としても、相手に求める条件としてまず第一印象から──」


 サリーが目を合わせずに去ろうとすると、その母は少しだけ慌てて説明に入ろうとする。

 そのやり取りに気が抜けたのか、ラスクイルの手の力が抜けた。

 俺はその一瞬の隙を突いて拘束から逃れた。


「あ、しまっ」

「それじゃ席替えは自由ということで」


 俺はその場から逃げ出すように、店内のトイレへと向かった。

 ふと、振り返ってみると、そのままの場所で会話を始めていたサリーと目が合う。

 彼女は俺にウィンクをして、微笑んで見せた。


 なるほど、本当に俺を助けてくれたのはお前か。

 母親への意趣返しもあったのかもしれないが、ありがとよサリー。




 サリーへの感謝を胸に、トイレへ向かう途中。

 ちょうど料理を運び終えたベルガモが、俺の顔を見つけて近寄って来る。

 その表情が、あまり浮いた感じじゃないので、俺も少しだけ身構えた。


「総。さっきの怒鳴り声はなんだったんだ?」

「……色々あってな。オヤジさんは?」

「あとでキッチリ説明してもらうってよ」


 そうだろうな。

 ベルガモの浮かない表情を見るに、オヤジさんは先程の件でかなりカリカリしているのだろう。

 いくら事情があろうと、客の見ている前でスタッフを叱るのはあまり良くない。それを見てお客さんがいい気持ちになることなど、ほとんどあるまい。


 ここはオヤジさんの店だ、オヤジさんの方が接客業は長い。そこで俺の怒鳴り声とくればだいたい察しは付くだろう。

 俺にできることは、後でオヤジさんにミッチリと説教されることである。


「あんまり怒られないように、良いように伝えとくか?」

「……すまん。じゃあ、簡単にだけ──」



 そして、俺は簡単に事情を説明し、ベルガモに言い訳を頼んだのだった。

 なるべく真実を話したので、ベルガモの脚色力を信じることしかできない。


 ……はぁ、気が重い。



※0329 誤字及び表現を少し修正しました。

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