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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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双子の試験(10)


「……それでは、迷惑をかけたな」

「また来るねー」


 軽い挨拶を残して、ヴィオラとイベリスは早い時間に帰っていった。

 ヴィオラは先程のショットもあって少し飲み過ぎたとのこと。イベリスは、今日はゴンゴラに用事ができて来られなかった故、一人だと危ないから早めの帰宅だ。

 俺とスイは一応、追い出されなければ終わりまで居るつもりなので、その背中を見送った。

 ……いや、もしかしたらその背中を見送れていたのは、俺だけかもしれない。


「スイ、大丈夫か?」

「んぅ? ぜんぜん大丈夫だよ」

「……口調、変わってないか?」

「え? そんなことないよ」


 そう言ったスイの表情は、いつもの無表情を一枚剥いたような、やや溌剌としたものに変わっている。

 あの後、何故かヴィオラと張り合って『テイラ』で無理をしていたスイ。ヴィオラともどもテイラを男らしく飲み干しては、目元から二人で火花を散らしていた。

 そして二人仲良く酔っ払い始めたところで、俺が待ったをかけたのだ。


 俺の見ている感じだと、スイは基本的にポーション酔いになりにくい。しかし、同じ属性のポーションを短時間で一気に摂取すると、酔うみたいなのだ。

 少し頭をフラフラさせているスイに、俺は内心の呆れを隠し、優しい声音で言う。


「ほら、水飲めって。お客さんの前でみっともないぞ」

「なんでぇ? 酔ってないのに……」

「まだ閉店まであるからな、これから酔わない為に必要だろ?」

「うーん……そうだね。分かったよ」


 スイから了承を取った直後には、フィルがそっと、用意していたチェイサー(基本的には水のこと)をカウンターに置く。

 この辺の気遣いは、やはりフィルの方が上手い。

 そうしていると、ヴィオラ達を見送っていたサリーが、カウンターに戻って来てパッシング(片付けのこと)を始めた。

 心なしか、自分の営業がそれなりに上手くいっていることで上機嫌に見えた。


 少しフラフラしているスイを見て、苦笑いを浮かべながら、失言をするくらいに。



「まったく。もう少しシャキっとして欲しいですわ。まぁ、おかげでヴィオラさんからお代金は、たくさんいただけましたけれど」



 俺はその一言に、背筋が凍った。カウンターをバッと見渡して、こちらへのレスポンスが無い事に安心する。

 そのあと、サリーの不用意な発言に、目を細めて低い声で注意をした。


「サリー。そういう話を営業中にするな」

「……え、あ」


 俺に注意されて、サリーは自分の言葉が、配慮の無い物だと気付いたらしい。

 それでも、しっかりと言うべきことは言わないといけない。


「お客さんには聞こえてないから良かったけど……自分が客の立場だったらどう思う? 自分のことを、お金としか見てないような発言をされたらどんな気分だ?」

「……良い気はしません……すみません。不注意でした」

「今日はお前達の初めての独立営業かもしれない。だけど、主役はお前達じゃないんだ。あくまで、お客さんなんだ。忘れるなよ」

「……はい」


 俺に叱られて、サリーは見るからにしゅんとする。

 少し調子に乗っていた自覚があるのかもしれない。


「ま、それは今後気をつければいいから、サリー」

「……はい?」


 調子を一転させて呼びかけると、サリーはきょとんと顔を上げ、続く言葉を待つ。

 俺はわざと声音を変えて、明るく言った。


「今日は良くできてるぞ。お前は少し調子に乗ってるくらいが丁度良い。変に気にし過ぎなくて良いからな」

「……え、あの」

「だから、辛気くさい顔してないで笑ってろって。せっかく美人なんだから」

「……だ、だからそういうこと、誰にでも……!」


 俺がからかうように元気づけると、サリーは少し恥ずかしそうに作業に戻る。それでも、若干笑顔が戻っているように見えた。

 と、思っているところで、頬を引っ張られる感覚が……!


「また女の子に可愛いって言ってる」


 頬に現れた鋭敏な痛みは、じとっと俺を睨むオーナーの手によるものだった。

 少し唇を尖らせ、面白くなさそうな顔をしている。

 そういえば、さっきヴィオラと何か言い合ってたな、と思い出して、俺は即座に彼女が求めているだろう言葉を吐いた。


「やめっ! ス、スイも可愛いよ!」

「ほんとに?」

「っほんとほんと」


 俺が声を重ねると、スイはにへらと、普段は絶対しないような嬉しそうな顔になった。

 そして満足げに俺から手を離し、自分の頬を両手で包んだ。

 どうにも、この状態のスイというのは慣れてなくて対応に困るな。


「……ほうら、やっぱり誰にでも言うんです」


 と思っているところで、冷えた氷のような一言が、片付けを終えてカウンターに戻ろうとしているサリーから発せられた。

 しょぼくれたというよりも、乗せられた自分に腹が立っている感じの背中に、俺は本心を投げる。


「……決して嘘は吐いてないぞ。俺はスイもサリーも可愛いと思う」

「そうですか。別に良いですけれど」


 本心から言っているにも関わらず、サリーは少しつまらなそうな返事だ。

 多少間が悪いのはあったが、どうにも失敗してしまったようだ。

 少女の難しさに、俺は顔をしかめることしかできなかった。


 言ってはいけない場面で口をつぐむのは当然なので、単純比較はできない。

 しかしそれでも、営業中の女性客だったら、このくらいで怒ったりしない。

 むしろ、俺が調子の良い事を言えば言うだけ喜んでくれたりする。

 本当にしょうがないなぁ、と笑ってくれたりもする。


 俺は普段、誰かを特別扱いすることはしない。

 いや、厳密には違うか。

 目の前のお客さん一人一人を、平等に特別扱いする。


 時には道化になって、意識しておどけてみせる。

 時には誰よりも親身に、些細な悩みでも力になる。

 訪れたお客さん、一人一人のことを考えて言葉を選ぶ。


 そのための技術を、この仕事で磨いてきたつもりだ。

 マニュアル通りと言えばそうかもしれない。それを否定できるほど、会話が上手いと自惚れたりはしていない。

 それでも、相手が言って欲しいことを推測し、それを的確に選んであげる訓練を重ねて来たはずだった。


 それがどうにも、スイやサリーあたりの年頃の少女には上手く通じない。

 思春期──(に当てはまるかすら分からないが)というのは、俺が思っている以上に難しいのかもしれない。




 俺には恐らく、彼女達の心情を察するのに重要なピースが、抜けているのだろう。

 思えば、バーテンダーになるまで『女性と親しくすること』など、なかったのだから。




『……本当に?』




 誰かの声が聞こえた気がした。


 頭に仄かな鈍痛が走り、熱を持つ。

 また、この感覚だ。

 さっきまで存在しなかった戸惑い。

 最近、不意に頭の奥が疼く。

 あってはならない『何か』が、そこにあるような気がする。



 それに触れると、全てが変わってしまうような危機感。

 しかし、それから決して目を逸らしてはいけないという、義務感。



 今までの日常をガラリと変えてしまう何か。

 俺とカクテルの世界に挟まる違和感。

 そんなものの存在を、感じることがある。


 だけど、それを思い出すことはできない。

 そもそも、そこに存在するのかさえ曖昧だ。


 あるのは鈍痛と、虚無感。

 そこにあるべき何かが、あってはいけないと自己主張する矛盾。

 考えるだけ、底の無い沼に落ちていくような、そんな恐怖。


 俺はいったい、どこに何を、忘れて……



「総? どうかしたの?」


 不意に黙り込んだ俺を心配してか、スイが隣から声をかけた。

 俺は、それだけで、自分が何を考えていたのかも思い出せなくなる。

 我に返れば、隣にいる少女を無駄に心配させてしまったのが申し訳なくて、当たり障りのない答えを浮かべてしまう。


「いや、次の注文をどうしようかなと」

「むー、本当に総はカクテルばっかりなんだから」

「仕方ないだろ? 俺には、カクテルしかないんだから」


 自嘲気味に言うと、スイはすっと俺を睨んだ。

 俺の手元から、メニューを取り上げ、隠すように後ろにやって言う。


「そういうの、良くない」

「え?」

「だから、えっと、自分にはカクテルだけ、とか、そういうの、ダメ」


 いつもと違って、彼女の中で言葉がまとまっていない。

 それでも、彼女の真剣な瞳は、その言葉に思いが詰まっているのだと精一杯主張している。


「総はもう私の大切な人だもん。家族だもん。だからダメなの」


 唐突に言われて、少し照れる。オヤジさんとの話を軽く伝えたときは反応が薄かったのに、スイも内心はそう思っていてくれたのが、嬉しい。

 だが、要領を得ないことに変わりがない。


「えっとなスイ。そう言ってくれるのは嬉しいけど、もっと分りやすく」

「だからダメなの。総はもう、カクテルだけじゃないの。分かった?」


 わ、分からねぇ。

 分からないけど、とりあえず肯定しないと終わらない気がした。


「……ええと、うん。分かったよ」

「それに、私だけじゃなくてね。ライもお父さんも、フィルもサリーも、イベリスもベルガモもヴィオラも、みんなそうなんだからね。分かってる?」

「わ、分かってるよ」

「分かったらもう、カクテルだけとか、言っちゃだめだからね」


 なるほど、分からん。

 分からないんだけど、なんとなくだけ通じることもある。

 俺の大切なものは、カクテルだけじゃない。

 今の日常が、いつまでも終わって欲しくない。

 そう思う程度には、俺はこの場所に愛着を持っているのだ。


 スイの言っていることは、なんとなくそんな意味がある気がした。


「それで、ご注文はどうなさいますの?」


 俺達の不思議な会話が終わったタイミングで、サリーの声が聞こえた。

 さっきの会話に効果があったのか知らないが、少しだけ機嫌が回復しているようにも思えた。


「そうだなぁ、オススメとか聞いてみようか」

「……オススメ……えっと、まだ考えてないと言いますか」


 カラン。


 そんなとき、新しい来客の知らせがあった。

 サリーはそれまでと打って変わって、いかにも嬉しそうな笑みを浮かべる。

 フィルもまた入り口に目を向け、にこっとした笑顔になった。


「「いらっしゃいま……せ?」」


 そして、その笑顔を、何故か驚愕に歪ませ、言葉を詰まらせる。

 なんだ、その微妙な表情は。

 どんなお客さんに対しても、笑顔を忘れないのは基本なのに。


 俺も入り口へと目を向けると、彼らが何に驚いているのかが、考えなくても分かってしまった。


「あら? 来店した客には、もっと良い笑顔を向けて頂きたいわねぇ」


 言いながら、とても楽しそうに瞳をキラキラさせる女性。

 まるで作り物みたいな美貌と、研ぎ澄まされた刃のような銀色の髪の毛。

 ライの案内を手で簡単に断り、カウンターへと真っ直ぐに向かってくる存在。


「まぁ良いわ。私はどちらに座れば良いのかしら?」


 ラスクイル・キリシュヴァッサー。

 フィルとサリーの母親にして、限りなくこの場に居るのが不自然な、吸血鬼の女王がそこに居た。


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