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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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双子の試験(9)


「べ、別に何もやましいことはしてないから」

「……今回は、な」


 俺とイベリスを挟みながら、ヴィオラはじとっとした目でスイを睨んでいた。

 現在の話題は、イベリスとスイが生み出した『音声送る君一号』になっている。

 その装置の開発にスイが関わっていると聞いた直後の、ヴィオラの表情の変化である。

 彼女にしてもなかなか上機嫌で飲んでいたところから一転、せっかく完成した装置をぶち壊すことも視野に入れたような鋭い目になった。


「スイ。何度も言って来たことだがもう一度言ってやる。お前の研究には『安全性』の概念が抜けているんだ」

「そんなことないから。今まで一人の死者も出てないし、しっかり後のことくらい……」

「……それを私の前で言うのか?」

「ごめんなさい」


 会話を聞いているだけの俺とイベリスにも、ヴィオラの声の低さが分かった。

 スイも本気かどうかは分からないが、カウンターにぶつけんばかりに頭を低くして謝っている。


「そういえば、ライから聞いたな。『ヴィオラの三日』が最長だったって」

「…………そうか」


 俺が思い出したように尋ねると、ヴィオラはアロマチック・ビターズ(苦み系のリキュール。文字通り苦い)を舐めたサリーみたいな顔になった。

 ヴィオラはふっと遠い目になったあと、独白するように言葉を漏らす。


「あれはそうだな。私達がまだ思春期に入ったばかりくらいの話だ」

「……あのヴィオラさん。そんな昔のことを掘り返す必要はない、と思うのだけれど」

「スイは黙っていろ」


 スイの待ったを一蹴して、ヴィオラは続けた。


「その頃、私はスイとセットにされて、年頃の男子達に恐れられてしまっていてな」

「異議あり。ヴィオラの方が怖いって意見が多かった」

「嘘吐くな。逆だっただろ」

「嘘はそっち。証拠もなくそう言われる筋合いはないから」


 それはこの二人にとっては重要なことなのか、睨み合って譲らなくなった。

 俺とイベリスがどうしたものかと目を合わせたところ、その事情を知っているだろう赤毛の少女が、ひょいと片付けの合間に口を挟んだ。


「まぁ、どっちも怖がられてたから、どっちがなんて不毛な争いだけどね」

「…………」

「…………」


 無言の二人を残して、スタスタと歩き去って行くライ。

 この場をなんとかしないといけないの俺か。せっかくなので、営業中のサリーに視線をチラッと送ってみるが、視線はあったのに助けには来ない。

 なんて薄情なバーテンダーの居る店だよ。


「とりあえずそれは置いといて、何があったんだ?」

「……え、ああ。そうそう。まぁ、流石に私も年頃だ。恐れられて良い気はしない。繊細な私は密かに悩みを抱えていたんだ」


 ひとまず話を戻してやると、ヴィオラは気を取り直したように続きを話す。

 どうやら、思春期に怖がられているのは、少女的には堪えたらしい。


「そして、そんな思いを、こんな女にうっかりと漏らしてしまったときがある」

「なんで失敗みたいに話すの」

「失敗だったからだが」


 こんな女呼ばわりされたスイが少し腹を立てているが、強く言い返すことがない。

 この件に関しては、ヴィオラに弱みを握られているのかもしれない。


「ある日、こいつが嬉々として私に言ったんだ。『人に怖がられなくなる画期的な方法を思いついた』とな」

「ほうほう」

「曰く『外見にちょっと可愛らしさをプラスして、印象を和らげればいい』というのがこいつの理論だった」

「……そうか? 外見じゃなくて内面の話だと聞いてて思ったんだが」


 そもそも外見は清楚だけど、中身が男勝りだったから怖がられていたんだろう。

 そこから更に外見を取り繕ったところで、改善するとは思えない。

 と、俺が思ったことは、今のヴィオラも同感らしい。


「まったくその通りだな。だが、当時の私はまだ若く、浅はかだった。うっかりこの青い悪魔の甘言にほだされてしまったんだ」

「…………言い過ぎじゃない?」


 スイが言うのだが、ヴィオラはすっとまた一睨み。

 この件の恨みは深いようだ。何があったのかは知らないが。


「まぁ、そのアドバイスを受けてなんだ? 可愛らしいリボンでも付けたのか?」

「いや、私がスイの意見を受け入れた直後『そんなヴィオラの為に新しく考えた魔法がある』と言ったコイツが、無許可で私を人体実験に使ったんだ」


 え、なにそれは。

 軽く引いてからスイを見ると、彼女はさっと視線を逸らした。

 心情はともかく、事実は変わらないらしい。


「それで、どうなったんだ?」


 俺が事件の真相を尋ねると、ヴィオラは少し言いにくそうに、恥ずかしそうに言う。


「……猫になった」

「……んえ?」


 唐突な答えが上手く把握できなくて、思わず尋ね返していた。


「だから、こう、頭から猫耳がぴょんと伸びて、ヒゲが生えて、尻尾も出来て。丁度獣人のようになったんだ」


 ヴィオラは顔を真っ赤にしつつ説明してくれる。

 が、俺は内心つっこんでいた。


 そんなことかよ! 言うほどかよ!


 少し事態のしょぼさに呆れつつ、内心を隠しながら俺は答える。


「ま、まぁ、可愛らしいし、そこまでずれてはいないんじゃないのか?」

「……百歩譲ればそうだな」


 俺の率直な感想を受け、その点だけは素直に認めるヴィオラ。

 途端、さっきまで申し訳なさそうにしていたスイが、少し元気を取り戻す。


「で、でしょう? だってヴィオラも猫可愛いとか言ってたし、私はその気持ちを尊重してあげようと──」

「猫になりたいなどと言った覚えは無い」


 スイの言葉は、ヴィオラがピシャリと切った。

 その若干の沈黙の中、俺と同じようにただ話を聞いていたイベリスが、ぼそりと感想を漏らした。


「えー。そんなことなの? そこまで怒るようなことじゃない、と思うけどなー」


 俺が思ったことを、隠さずに言いやがった!


「……まぁ、そうだな。これだけならな」


 イベリスの素直すぎる感想にヴィオラは苦笑いを零す。

 ……俺が言ったらきっと怒るのに、イベリスが言うと優しいんだな。不公平だ。


「まぁ、私もそこに文句があったわけじゃない。しかしいきなり猫型の獣人にされて流石に恥ずかしかった。だから言ったんだ『一回もとに戻して』とな。そしたら、この女はなんて言ったと思う?」


 疲れた顔でスイを流し見るヴィオラ。

 なんて言ったか、か。

 この話が始まった原因は。俺がライから聞いた『最長で三日』というのは何なのかを尋ねたからだった。つまりこうか。


「三日間は、もとに戻らない、とかか?」


 確かに無許可で魔法をかけてそれというのは、無責任な気がする。

 と思ったのだが、ヴィオラの答えは違った。


「いや。『戻し方はまだ考えていない』と言ったんだ」

「…………」

「つまりこの女は、もしかしたら戻らないかもしれない魔法を、親友で実験したんだ」


 今一度スイの顔を見る。

 スイはまたしても視線を逸らした。


「そして、それから私はもの凄く恥ずかしい思いをしながら三日間を過ごし、なんとか、もとに戻す魔法を開発させたわけだ」

「……スイ。さすがに無い。それはさすがに無い」

「うん。私もちょっと擁護できないかも」


「待って! 私だってそこまで考えなしじゃないから!」


 俺達三人からの白けた視線を向けられ、スイは少し焦りつつ自分の擁護をする。

 それに対するヴィオラの目は、冷たいままだが。


「まず、その変化は極めて簡単な術式で作ったの。多分解除も簡単な筈だし、命に関わるような危険はないと判断してからヴィオラに試しました」

「……で?」

「そ、それと、私も私なりにヴィオラの力になりたいと、純粋な思いで頑張った、から」

「なんの保証も無い魔法を、私に使ったと」

「…………ダメ?」

「ダメに決まっているだろう。バカなのか?」


 ヴィオラに言われて、スイはまたしゅんとしてしまった。

 まぁ、スイも一応、命の安全だけは真剣に考えているらしい。彼女の母親のことを考えれば、当たり前かもしれないが。

 しかし、命さえ大丈夫なら、他のことには無頓着というのは。

 ヴィオラは呆れたように息を吐いて、まぁ昔の事だ、と流す。


「とにかくスイ。どんな研究をしようとお前の勝手ではあるが、くれぐれも安全にだけは気をつけるんだぞ」

「分かってるから」


 若干ぶすっとした声でスイが答える。

 その態度を面白く思わなかったヴィオラは、ジト目でさらに追い打ちをかける。


「本当に分かっているのか? だいたいお前は昔から──」

「それを言うならヴィオラだって! 聞いたからね。アドヴォ鳥が現れたってとき、一般人の総や双子を連れてったって!」

「なっ! そ、それは確かにそうだが、そもそも事情が……」


 あまりに言われすぎて反撃に出たスイに、ヴィオラも言葉を濁らせつつ対応を始めた。それから二人は完全に遠慮を無くしたように、言い争いを始めていた。

 この二人の遠慮の無さみたいなところは、お互いの長い付き合いみたいなものを感じられる。以前にも思ったのだが、そういうやり取りというのは、少し羨ましくも思う。

 そんなやり取りをなんとなく微笑ましく思っているところで、ちょんちょんと俺の肩をイベリスが叩いた。


「どうした?」

「んとね。スイはこう言ってるけど、この前の実験で、まだ安全性が確保できてない段階だった装置──『理論上は死なない』って理由で、動かしてた、かも」

「…………目を離さないほうが、良さそうだな」


 というか、やっぱりヴィオラの言っていることは全然間違ってないんじゃないか。

 俺達が小声で囁き合っているところで、二人は互いの悪口を言い合っている。


「ヴィオラの生真面目、短気、がっかり美人」

「スイの根暗、根性曲がり、がっかり美少女」

「誰ががっかり美人だとこら! こ、こう見えても、黙っていれば美人と騎士団の外では評判なんだぞ!」

「そりゃ中身を知らないからでしょ! だいたい誰ががっかり美少女よ! 私だって、そ、総に可愛い顔って言われるし!」

「この男は誰にだってそう言うだろ! 馬鹿か!」

「知ってるわよ!」


 この二人はもしかしたら、どっちもどっちなのかもしれない。

 俺ははぁ、とため息を漏らしたあと、隣に座っているイベリスを見た。


「ん?」

「いや、イベリスは可愛いなぁと思って」

「にひひ、ありがとー」


 邪気の無さそうな笑顔を浮かべるイベリスに癒されつつ。

 とりあえず、二人の言い争いを止めるべきか否か悩んでいると。


「お客様ぁ? 他のお客様のご迷惑になりますので、大声を出すのはやめていただけますかぁ?」


 ニッコニコと笑顔を浮かべたサリーが、額に青筋を立てながら仁王立ちをしていた。

 その圧倒的なプレッシャーに、さっきまで威勢の良かった二人が、口をつぐんた。


「特にオーナー。いったい自分の店をどうしたいんですの?」

「……すみません」


 自覚が足りていなかったと気付かされたのか、スイは再びしゅんとする。

 それを見て、ヴィオラも一緒になって、やりすぎたとしゅんとした。


「……こちらはお二人に向けて、あちらのお客様からです」


 そしてサリーが差し出したのは『テイラポーション』の瓶であった。

 うわぁ。今日はもう、見たくないんだけど、これ。


「是非とも売り上げに貢献して頂けます?」

「……はい」

「……騒いですみません」


 サリーはニコニコとした笑みを浮かべたまま、グラスになみなみと液体を注ぐ。

 そして、それをそっとカウンターへと並べる。

 スイとヴィオラの前に、トトン。



 プラス、俺の前にもトンと置いた。



「え?」

「こちらは、お二人の騒ぎを楽しんでいた総さんへ、私からのプレゼントですわ。はっきり言って、お邪魔をするなら帰って頂いても良いんですけれど」

「……本当にすまん」


 俺達はそれぞれグラスを持ち、軽く乾杯をした。

 くぅああああ。焼けるぅううう。


ここまで読んで下さってありがとうございます。


すみません、感想への返信や誤字修正など、戻ったらまとめてさせていただきたく思います。

また、作中の最後の行為は、繰り返しになりますが、絶対安易に真似をしないようによろしくお願い致します。


※0329 誤字修正しました。

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