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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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双子の試験(5)

「それで、総はこれからどうするの?」

「ん」


 俺を交えての最終試用が終わったあと、イベリスは用途も分からぬ工具で機械を弄りながら尋ねてきた。

 地面にあぐらで座り込む姿勢はあまり行儀良くはないが、不思議と様になっている。


「今何時くらいだ?」

「午後四時くらいかも」

「となると、開店まではあと一時間くらいか」


 ぼーっと待っているには長いが、何か用事の一つでもと思うと短い。

 まぁ、開店直後に店に行く気はないので、もう少し長く見ても良い。


「イベリスはどうするんだ?」


 俺はふと、イベリスに尋ねる。

 彼女は一度手を止めて、俺の方を見上げつつ答えた。


「ん。私はもう少しだけこの子を弄ってから行くかなぁ。総とスイのおかげで改善点も見つかったし」

「何か手伝うか?」

「いいよー。一人で大丈夫かな」


 俺の提案を朗らかに断って、イベリスはまた機械に向き直った。

 ふむ、と俺はこの場にいるもう一人にも尋ねる。


「それじゃスイは、どこか行きたいところとかある?」

「え? うーん。特には」

「そっか」


 スイに尋ねてみても、すぐに答えは出てこない様子だ。


「まいったな。俺も今特にやることないぞ」

「そうね。私も、思ったより早く終わったから、何もない」


 二人して、うむぅと頭を抱えた。

 いつもの休みなら、俺自身に目的があったり、他の誰かに誘われたりで用事があることが多い。

 だが、今日は店の定休日ではない。どちらかと言えば突発的な休みだ。

 用事もここに顔を出すだけだったし、本当に空き時間が生まれてしまった。


「畑の手伝いっても、この時間だしなぁ」

「日も暮れるし、片付けの手伝いくらいならできるかもね」


 当たり前のことだが、畑の管理を任せているコルシカ、及び彼女に選んでもらったお手伝いの少年少女達は日中に働いている。

 今の時間は丁度日も暮れ始める頃合いで、今更手伝えることもそうあるまい。


「とは言っても、新たな飲料の開発も、今はなぁ」


 イベリスの研究室は、俺達の店の清涼飲料水製造を行っている工場に隣接している。

 しているが、そちらも材料の設定以後はほぼ自動で動いている。新しい飲料の開発も火急の用ではない。むしろ、この時期に始めてしまっては、研修に行くまでに終わらない可能性もある。

 それでなくとも、現状焦って作る割り材など無いと言うのに。


「新たな飲料といえば、昼間にまた商人が来てたよ」

「ソーダやコーラの取引についてか?」

「そんな感じ。でも珍しかったかも」


 最近ってほどでもないが、ウチの店の評判を聞きつけ、特に炭酸飲料について交渉を持ちかけてくる人間は増えている。

 この世界には今まで普及していなかった飲料だ。

 この世界でも作り上げた『新しい物』は、作った人間に権利が行くようになっている。

 その辺の処理はスイに任せてしまった(その頃は文字が書けなかったし)ので詳しくは知らないが、炭酸飲料は現時点ではウチの店だけの特産品ということだ。

 その製法を売ってくれだの、単純に取引をさせてくれだのという依頼は多い。

 取引については解禁している部分もあるが、製法については慎重にならざるを得ない。

 今はまだ、もう少し様子見をしたいと思っていたのだが、そろそろ限界だろうか。


 と思考を巡らせたところで、イベリスの一言を思い出す。


「ん? でも珍しいってなんでだ?」

「それがね。乗り込んで来たのがいかついおっさんじゃなくて、女の子だったんだよ」


 イベリスはまた俺の方に顔を向けて、やや大袈裟に身振りを交えて説明する。

 商談に来た複数の大人達、その先頭に立っていたのはイベリスと背格好が対して変わらない少女だったと。


「この街に滞在している商会の娘さんみたいだったね」

「その子が代表で交渉しに来たのか?」

「多分ね。私の一存で決められることじゃないって丁重に断ったけど、そしたら『誰に頼めばいいのでしょうか』って食い下がってきたんだよー」


 イベリス曰く、その子はどうにもこの街で俺達が委託販売している炭酸飲料を飲み、居ても立っても居られずにここに来たらしい。

 飲料に付けてあるラベルには、工場の住所しか書いてない。

 そこから足取りを辿ると、必然的にここに着くというわけだ。


「それでなんて言ったんだ?」

「『イージーズ』のこと教えたら一言『分かりました。感謝致します』って」

「……なるほど」


 心の中に一つ、注意項目を記載した。


「スイはその子のこと、見たのか?」

「ううん。私は丁度入れ替わりだったみたい」


 だろうな。スイが居たとしたら、もう少し話は進んでいる。

 一応、俺が居た時間帯には店には現れなかった。となると、俺が去った後に店に向かった可能性もある。

 それならまだ責任者(この場合はスイ)不在で追い返されることになるだろうが、となるといつ会えるかと聞くだろう。

 答えは、今日の営業中ってことになる。

 アポイントメントを取れれば上々、そうでなくても商談の前に挨拶をしようとするのは、そこまでおかしいことでもない。


「となると、営業中にその子が店に現れるかもしれないな」

「かもね。でも、営業中に商談を始めようとはしないでしょ」

「それは、そうなんだが」


 スイの思考も俺と同じ回路を辿ったようだ。

 だが、俺は少しだけ深く心配をしてみる。

 恐らく杞憂で終わるだろうが、酔っぱらっている間に口約束で話が進んでしまう、という可能性もゼロではない。

 取り返しの付かないことになると困る。


「…………」

「総?」


 ということは、酔わないように準備をしておくべきか。

 人間が酔いやすい飲み方の一つに『空腹時の飲酒』がある。

 胃の中に何もないと、腸へと大量にアルコール飲料が流れ込み、素早く体に吸収されるらしい。

 だが原理はどうでも良くて、俺は体感として、空腹の時は酔いやすいと記憶している。


 バーテンダーは基本的に営業中に休憩しない。それがどういう意味かと言えば、営業中に物を食べることも基本的に無いということだ。

 俺がもともと働いていた店では、準備から片付けまで含めると、およそ十時間近く何も食べないで営業することになった。

 酔いを抜きにしても、その時間ずっとというのは体に悪い。

 そのため、バーテンダーは営業前にはしっかりと食事をしておくことが推奨される。

 俺が働き始めたころは、先輩に必ず『今日は何を食べたのか』を聞かれたものだ。

 それも今思えば『忙しいから何も食べないまま営業する』という状態を作らないための、心遣いだったのだろう。

 今はオヤジさん(最近はベルガモも)に賄いを出してもらっているので、あまり意識しなくても問題ないが。


「総ってば」


 スイが再び、黙り込んだ俺を呼んだ。

 もしもの時に備えて、軽く何か食べ物を入れておいたほうが良いかもしれない。

 しばらく考えてから、俺はこちらの様子を窺っているスイに目を向ける。


「スイ。時間はあるみたいだし、たまには二人でどこか、食事でも行かないか?」

「……え」


 俺が提案すると、スイは何を言われたのか分からない、と言いたげにきょとんとした。


「ええと、だからちょっとオシャレなお店で軽食でもどうかなって」

「そ、それは分かるけど、な、え?」

「そこまで驚かれることじゃないだろ?」


 俺がやや困り気味に尋ねるが、やはりスイは目をパチクリとさせている。

 ありえないことが、今現実になっていると言っているようだ。


「ほら。一応閉店まで居るとして、身内の店で食事をバカスカ頼むのも悪いだろ? だから先に食べておこうって話」

「あ、うん。そうだよね……それだけ、だよね」


 スイは腑に落ちたというように、やや落ち着いた表情に戻った。

 だが、そこから更にちょっとだけ、落ち込んだようにも見えた。

 ……そうか。確かに、店のことばかり考えていて、スイの気持ちを考えていなかったな。


「いや、言い直す」

「ん?」


 俺は待ったをかけ、歩き出そうとしていたスイを止める。

 ふぅ、と息を吐いて、少しだけ気取った表情を作る。

 こういうときは、しっかりとお誘いするのが、美少女への礼儀というものだった。


「美しいお嬢さん。どうか自分めと食事を共にしてはいただけないでしょうか?」


 言いつつ、俺は恭しくスイに手を差し伸べた。

 スイは、突然の俺の態度に、やや顔を赤くしつつ照れたように返す。


「なっ! だ、だから!」

「よろしければどうか、この手を取ってはいただけませんか?」

「……もう!」


 俺が念を押すと、スイはまた少し照れる。

 そして、顔を僅かに背けつつ、俺の手を取ってくれた。

 出会った当初はノッてくれなかったと思うけど、彼女もなかなかにノリが良くなったものだ。


「スイばっかりずるいー! 私もちゃんと女の子扱いしてよー!」


 そんな俺達の様子を脇で見ていたイベリスが、ちょっと拗ねたように言った。

 俺はそんな彼女に苦笑いをしながら、答える。


「分かってるってイベリス。今度、一緒にどこか行こう」

「……どこでも良い?」

「俺が連れて行けるとこなら、どこでも」

「分かった! 考えとくかも!」


 答えると、イベリスは途端に機嫌を直して、鼻歌混じりで作業に戻る。

 いったいどこに連れて行けと言われるのかは分からないが、まぁ、このやり取りを見てだから、軽い食事程度だろう。

 ……大丈夫だよな。俺の財布。ほとんど使ってないし。うん。


 と、少しだけお金の心配をしていると、俺の頬につねられたような痛みが。

 いや、ようなっていうか、これ!


「いでで! スイ!?」

「ちょっと今のは、流石にデリカシー無さ過ぎるよね」


 スイは握っていた俺の手をパッと放し、俺の頬を力強く抓っていた。

 ジンジンと染み渡っていくような痛みに、俺は慌てて叫ぶ。


「悪かった!」

「もっと反省して」

「どうやって!?」

「自分で考えて」


 咄嗟に謝ってもスイはすぐには許してくれない。

 なんだこれ。冗談にしては頬が痛いぞ。


「分かったから! デザート付けるから!」

「何個?」

「何個でも好きなだけ!」

「……まぁ良し」


 デザートの約束まで済ませると、スイはようやく溜飲を下げたように手を放した。

 俺は頬をさすりながら、少し細目で睨むようにスイを見る。

 しかしスイはスイで俺を刺すように見ていたので、文句を言うのはやめることにした。


 まぁ、確かに。

 冗談だと分かっていても、口説かれた直後に男が他の女性を口説いているのは、いい気持ちはしないな。

 うん。俺が悪かった。

 ……ちょっと、怒らせてしまったかもしれないな。


「そ、それじゃイベリス。また店で」

「うん、ちょっと遅くなるかもだけど、よろしくねー」


 俺は気を取り直して、イベリスに挨拶をする。

 そして、そのまま自然な流れでスイの手を取っていた。

 なんの、許可もなく。


「!? そ、総!?」

「……ん? って、あれ!?」


 スイの焦った声を聞いて、俺はようやく自分の行動に気付く。

 冗談でも、演技でもなく、当たり前のように少女の手を取っていた自分が、いた。


「あの、きゅ、急に、なんで? そ、その別に嫌ではないけど」

「あ、そ、そうな。でも、悪い。あ、あれ?」


 俺自身、自分の行動に疑問を感じつつ、頭の中で理由を探してみる。

 女の子を怒らせてしまったから、なんとかしようとは考えていたんだが。

 ふと、ちょっとしたひっかかりを覚えた箇所があって、俺はそれをスイに尋ねた。


「あのさスイ。ずっと前に、その……『女の子を怒らせたら、デート中は手を繋ぐこと』とか、俺に言ったこと、ない?」

「え……なにそれ。そんなの覚えがないけど」

「そ、そうだよな。あはは」


 スイの疑うような眼差しに、俺は笑ってごまかした。


「なにやってるのさー総」

「い、いや、なんでだかそんな気がしてさ、おかしいなぁ」


 イベリスの呆れたような声にも、上擦った声で返す。

 返しつつ、頭の中に溜まったモヤモヤが、違う所へと吸い込まれていく。


 そうだ。確かに俺は、スイからそんなことを言われた覚えはない。

 無い筈なのに。どうして、そんな気がしたのだろうか。

 そうだ。それを言ったのは、スイじゃなくて……。


 ズキン。


「っと。じゃ、じゃあ行こうかスイ」

「……う、うん」


 俺は少しだけ頭を押さえ、そのまま何事もなかったかのように彼女を促した。

 頭の中はスッキリしている。いったい何に悩んでいたのかも、思い出せない。


「どこか行きたい店とかあるか?」

「んー、じゃあ、デザートが評判のお店を順繰りに」

「一店に絞ってくれ」


 冗談、と軽く微笑むスイに俺は苦笑いを返す。

 ほんと、最近の俺はどうかしてるな、まったく。



 俺はブンブンと頭を振って、先程の出来事は忘れることにした。


※0225 誤字修正しました。

※0227 誤字修正しました。

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