双子の試験(3)
「それでどうなったの?」
店に戻って買い出しの品を渡しがてら、俺はサリーに先程の話をした。
サリーは面白そうにその話を聞いたあと、無言で拭き掃除をしていたフィルに視線をやる。
「フィルのことを王子様だなんて。なかなか見る目があるじゃない」
「勘弁してよ」
フィルは焦燥感を隠そうともせず、念入りにカウンターを磨いている。
カウンターの掃除は、毎日必ず、営業前に一回行う。
一番重要と言っても過言ではないところだ。
そういう神経を使う場所を掃除して、モヤモヤを吹き飛ばそうとするあたりに、フィルの性格を感じた。
フィルはサリーのほうを見もせずに、カウンターを見つめながらボソリと言う。
「どうにもこうにも、軽く自己紹介をしたあと、彼女は予定があるとかですぐにどこかに行っちゃったよ」
「でも、連絡先は渡されてたし、渡してたじゃないか」
「あらまぁ」
「総さん!」
俺の補足説明に、フィルはついに顔を上げた。
少女はあのあと、すぐにその場を去ってしまった。
いや、正確には逃げたように見えた。
それは、フィルの名前を聞き、彼女自身も自己紹介をしたくらいで、騒ぎを聞きつけた騎士団の人間が現れたからだろう。
彼女はその姿を認めると、強引に連絡先の交換を済ませ、一目散に去っていった。
騎士団に見つかると、マズイとでも言うようにだ。
そのため、俺達が少女について知っているのは、彼女の連絡先が割と大きめの宿であること。
そして名前が、クレーベル・サフィーナというらしいこと。
それだけである。
「とにかく、僕から連絡するつもりはありませんし、彼女の方から何かあったらその時に対処します。立場上、僕は彼女とどうにかなるわけには、いきませんし」
「立場だなんて、今はお忍びなんだから気にしなくて良いじゃない。つまらないフィルだこと」
「サリー。まるで母様みたいだぞ」
「……やめてよ縁起でもない」
フィルに言われて、サリーは少し顔を青ざめさせたあとに、その件については口をつぐんだ。
フィルはフィルで、この話は終わりだと言わんばかりに、掃除へと戻ったのである。
ふむ、フィルには悪いが、少女とのいざこざもあって、完全に緊張が解れた様子だ。
俺がやることも、もう特にないな。
「それじゃ、俺はそろそろ出るぞ」
「「え?」」
「え?」
俺が宣言して店を去ろうとすると、双子は珍しく同じ反応をした。
きょとんと、俺を見つめている。
「そ、総さん、今なんて?」
「だから、もう俺が手伝うこともなさそうだし、席を外そうかと」
フィルの、この世の終わりみたいな表情に戸惑いつつ返す。
直後には、サリーが少しだけ焦った様子で、カウンターを離れて俺に向かってくる。
そして、捨てられる直前の子犬みたいに、二人して俺に群がった。
「な、なんでですの!?」
「いや、なんでも何も、今日は俺オフなわけだし」
「だ、だから、見ててくれるんですよね?」
「ああ、うん。だから、途中から見にくるって」
「……と、途中から……!」
サリーは、はっと何かに気付いた表情をし。
フィルはそこから更に、ずんと暗く沈み込んだ。
……これはもしかして、俺の伝達ミスか?
「いや、俺は最初から、開店からずっと見てるなんて言って無いけど」
その一言に、双子は絶望的な顔をした。
意外なことに、それが顕著なのはむしろサリーの方だ。
どうやら、俺やスイが見ているという安心感が、サリーの無駄な自信に繋がっていたらしい。
「確かにカウンターに待機するとは言った。言ったけど、いつからいつまでとは指定してない」
「「聞いてませんよ!」」
双子はまた綺麗に反応を重ねてきた。
唐突な事実を突きつけられ、軽く焦り出した様子だ。
開店前に、これは、まずいんじゃないか?
何故か、俺のほうが慌てて二人のフォローに回る。
「いやいや、大丈夫だって。何か疑問があったら後で相談してくれれば良いから。それにオヤジさんやライだって居るんだから」
「そ、そうですけれど」
サリーはえらくか細い声で、口答えをする。
だが、二人だけで営業と言っても、カウンター部門の話だ。食堂部門は普通の営業と変わらないし、何も恐れる心配はないのだ。
それこそ、店を一人で回すことになった昔の俺に比べて、心強さは段違いのはずだ。
「とにかく! まだまだ失敗しても良いんだから、落ち着いてやれば大丈夫だ!」
俺は一度、大きく宣言をして二人の肩を叩く。
二人はそれに反応して、俯かせていた顔を上げる。
「困ったことがあっても、お互い助け合える。それで大丈夫! 何も怖いことはない!」
元気づけるように声をかけ、にこっと笑みを浮かべた。
その言葉に、俺と買い出しをしていたフィルは、先程の会話を思い出したのか少しだけ持ち直した。
「そ、そうですよね。サリーと、二人でですし」
「そうそう。な、サリーも大丈夫だろ?」
少し気を取り直したフィルに続いて、サリーにも意見を求める。
しかしサリーは、俺の言葉に胡散臭そうに目を細めていた。
「そう適当なことを言って、具体的なことは何一つ言いませんのね?」
これはあれか。俺の先程の発言が薄っぺらいという指摘だろうか。
どうにも、サリーは俺に対する不信感のようなものを抱いている様子だ。
有り体に言えば、拗ねている状態に近いかもしれない。
まともに励ましたところで、効果は薄いか。
しかし具体的なことと言ってもな。
……………………。
「サリーは、アレか? こういう状況にはこう対処する、みたいなマニュアルが揃ってないと不安か?」
「……いえ、別にそういうわけでは」
俺が少しだけ言い返すと、サリーがたじろいだ。
まぁ、俺に対して思うところがあるだけだから、自信そのものは、根底にあるはずだ。
今は、それを揺さぶってやれば良いか。
「じゃあどういう意味だ? まさか、俺が居ないと怖くて営業できませんー、なんて子供みたいなこと、サリーが言うわけないよな?」
「あ、当たり前ですわ。けれど、急に、予定と、違うことを……」
「予定通りな営業なんて無いって、しばらく働いてりゃ分かると思うけどなぁ」
思えば、サリーを乗せるにはこういうやり方が合っていたかもしれない。
フィルには自信が足りないので、正攻法で励ましてやるのが早い。
ではサリーには?
「まぁ、サリーちゃんが『怖くて怖くて仕方ないでしゅ』って言うんなら、サリーちゃんのお願い通りに、最初から居てやってもいいけど」
「そんなこと言いませんわよ! 分かりました! やってやりますわ!」
煽てるか、反発させるかの二つ方法がある。
で、今回は反発させてみたのである。
サリーはふーふーと荒い息を吐いた後、俺をギロリと睨みつける。
「ふん、見ていてくださいな! 総さんなんか居なくても、私達でいつも以上に立派な営業をしてみせますから!」
「さ、サリー。それは言い過ぎだって」
「黙りなさいフィル。あそこまで馬鹿にされて平気なの? お行儀の良い事なんて言ってられませんわ。私達で、総さんに目に物見せてやるのよ」
「……僕は馬鹿にされてないんだけど」
フィルの控えめな提言は、サリーの耳には届いてなさそうだ。
それから、サリーは俺に縋るようにしていた先程と態度を一変させ、しっしと俺を払うようにしてくる。
「さぁ、出て行ってくださいな! 準備の邪魔ですわ!」
「はいはい。それじゃ、今日一日よろしくな」
「分かってますわよ!」
それっきり、サリーはぷいっとそっぽを向いて、俺と目を合わせようとはしなかった。
後にはフィルの困ったような顔。
そして話を端から聞いていたライの呆れ顔が残っている。
ライは、俺達の話が終わったと見て、ちょこちょこと俺に近寄り耳打ちをしてくる。
「……ちゃんと後でサリーのこと、フォローしてよぉ。私嫌だからね、そういう役回り」
「……分かってるよ。怒らせた分、出来たらちゃんと褒めるって」
サリーは怒りやすいが、調子に乗りやすくもある。
ちゃんと褒めてやれば、怒っていたことも忘れてすぐに元通りになるだろう。
「分かってるなら良いけど。これからどこに行くの?」
「ちょっと、イベリスとスイに呼ばれててな。なんでも、新作の機械のお披露目がしたいらしくて」
「あー。二人でコソコソ作ってたやつね」
ライにも思い当たるところがあったようで、ふむぅと唸る。
現在、この空間にスイは居ない。
ではどこに居るのかと言えば、イベリスのラボである。この一ヶ月、スイはことあるごとにそちらに出入りして、何か協力しているようだった。
何を作っているのかは、秘密と言って教えてくれなかった。
何度も調整を重ねて、試用を繰り返し、ようやくお披露目できる段階になったのだとか。
「気を付けてね総。イベリスが居るから大丈夫だと思うけど」
「……何が?」
「お姉ちゃんの実験って、私良いイメージないから」
ライは過去を思い出すように遠い目をしたあと、そのまま暫く戻ってこない。
ややあって、ぶるりと震えたあとに、ぽんと俺の肩を叩く。
「でも大丈夫。死ぬことはなかったから」
「ちょっと待て、それじゃどんなことならあったんだ?」
「うん、大丈夫、大丈夫」
「大丈夫じゃないぞ、おい、答えろ」
急に芽生えた危機感に従ってライの肩を揺さぶるが、ライはアハハと妙に軽い笑いを返すだけだ。
ふと思い出すのは、スイの料理。
いや、彼女、作ろうと思えばまともな味も作れるのではあるが、好きにやらせると、こう、アレなのだ。まだ。
神様は、彼女に正常な味覚を返してやってください。
「大丈夫、最長はヴィオラさんの三日間だったから。大丈夫」
「三日間何があったんだ!? おい!」
「大丈夫、大丈夫」
なんでこんな直前にそんなことを言い出すんだライ。
俺普通に、わかった行くー、なんて返事しちゃったんだぞ。
「あら、まだ居たんですの? さっさと出て行ってくれませんこと? ほらほら」
俺がライから情報を引き出そうとしているところで、近づいて来たサリーが言った。
彼女は手に箒を持ち、俺だけを狙ってせっせと掃いてくる。
「意外と! 頑固な! ゴミですわね!」
「誰がゴミだ! 分かったよ! そんな遅くなる前に来るから!」
「別に来なくても良いんですのよ! ほらほら!」
俺は箒の攻勢から逃げるように、ライを解放して出口へと向かう。
店を出る前に振り返ると、三人の表情が見えた。
フィルはやや不安そうだが、それでも自信を持ってやりきるという決意の顔。
サリーは明らかに不機嫌ではあるが、それもまた、自分の実力に対する、俺の不当な評価への怒りだ。やる気十分。
そしてライは、売られていく子牛を見るような、悲しげな表情。
だからなんなんだよ。
おい、これ本当に大丈夫なのか。俺は愛弟子の初営業に問題なく来店できるのか。
※0223 誤字修正しました。




