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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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変な夢(12)

本日三話更新の二話目です。


いつにも増して長いですが、なるべく、一気にお読みください。

 伊吹は自称、病弱な少女である。

 だが、最近はやや体調を崩しやすい以外は、いたって健康な人間だ。


 しかし、彼女がもっと幼いころは、そうでもなかったという。


「わたくし美人薄命を地でいくようなお子様でして。子供のころはそれはもう病弱で、成人するまで生きられないとか言われてましたのよ」

「その取って付けたようなお嬢様口調がわざとらしい」

「わざとだし」


 彼女は幼少時代の大半をベッドの上で過ごした。

 彼女の上には、優秀な兄や姉も大勢いたことで、両親も彼女を気にかけることもなかったという。

 彼女がほんの昔に言っていた、本当に愛情を貰いたかった相手とは、きっとそういうことなのだろう。


「だけど、そんな私を、おじい様だけが気にかけてくれたの。でもこのおじい様ったら嫌みな人でね。子供の私へのお見舞いに何を持って来たと思う?」

「……さぁ?」

「酒だよ酒。成人まで生きられないって女の子に、成人しないと飲めない酒をプレゼントしてくるんだよ」


 伊吹の祖父は、彼女のお見舞いの度に色々な酒を持って来たらしい。

 それは、彼女よりもずっと年老いたウィスキーであった。

 それは、彼女と同じ年に生まれたワインであった。

 そしてそれは、世界中で生み出された、多種多様なリキュールであった。


 伊吹の祖父は、持ってくる酒の説明を、とても楽しそうに彼女にしたという。

 彼女はそんな嫌みな祖父を憎々しく思いながらも、嬉しく思った。


「だって、いっつも最後に言ったんだ。『成人したら、一緒に飲もう』って。おじい様の優しさか、意地悪かは、今はもう分からないけど」

「……なんで?」

「だって、私が成人する前に、亡くなったんだもん」



 伊吹が生きる気力を取り戻したのは祖父のおかげであった。

 それなのにその祖父は、伊吹の容体が安定し、もはや日常生活に支障無しとなったその直後くらいに、病に倒れたという。


「それからの私はなんていうか、宙ぶらりんかな。おじい様が生きていたころ、一度だけ連れて行ったもらったのが、総を連れて行った酒屋さん。私が大学に入学した祝いに、なんでも好きな酒を買ってやるってね」

「……じゃあ、その時は……」

「あーあ。あのとき位、法律破ってでも飲んどくんだったよ。だって、それが最後だなんて思わないじゃない」


 泣き笑いのような表情で、伊吹が言った。

 おちゃらけようとしていても、それが上手にできていないことくらい分かった。


「おっと。話が逸れたね。なんで私が情報工学科に来たって言ったら、その前に我が家の事情も話さないといけないや」


 伊吹はブンブンと首を振ったあと、あっけらかんと事情を説明していく。


「鳥須家ってのは、これまたちょっとした名家でしてね。私の容体が回復したってなったら、取り扱いに困っちゃったみたいなのね。今更、居ないもの扱いしてたのを、家族待遇するのも具合が悪いってね」

「……それはまた、面倒な連中だな」

「でしょう? で、おじい様に相談したらこう言われたの『じゃあ、鳥須家と関係のない進路にしてみたら?』って」

「……え、まさかそんなことで?」

「そう。鳥須家から一番縁が遠い分野が、たまたま情報工学科だったわけ」


 その選定理由には、呆れ以上の感情が浮かんでこない。

 そんな俺の表情を敏感に読み取った伊吹が、慌てて訂正してくる。


「もちろんそれだけじゃないよ!? 病弱時代に暇つぶしにゲームをやってたから、ゲームが好きってのもあるし」

「でも、反発なんだろ?」

「それは、まぁ。こんな選択したもんだから、実はまだ両親とは上手く行ってなくてさ。結構放置されぎみ、みたいなね?」


 ばつが悪そうに頬をかく伊吹。

 でも、俺はそんな彼女の様子に少し吹き出してしまった。

 急に笑われたと見て、伊吹は露骨にむっとした。


「何を笑っているのかな」

「だってなぁ。えらく深刻な出だしから始まって、オチがそれって、結果自業自得だろ」

「これでも私は真剣なんだよ」


 ぶすっとした伊吹に、俺はまた少しだけ笑みが零れる。

 俺がそうやって自然に笑っているのを見て、途中から伊吹も諦めたように苦笑いになっていた。


「でも、なんとなくだけど、だったら酒に関わる仕事でも良かったんじゃないのか?」

「ん?」

「だって、こっちも、それほど鳥須家とは繋がりなさそうだし」


 彼女の家庭のことはやっぱり良く知らないのでなんとも言えないが、俺は軽く尋ねる。

 伊吹はそこに、昔を懐かしむような遠い表情になって、答えた。


「んー。いや、良いの。私は、お酒に関しては『作る側』じゃなくて『受け取る側』で居たいんだよね」

「受け取る側?」

「そ。私のお酒の始まりは、おじい様から『受け取る』ことだった。そして受け取ったものを『与える』ってのは、もう総……君にしちゃった。だから私は、もう誰かに与えるほどの何かを、お酒に持ってない気がする、から」


 その感情は、俺には良くわからないものだった。

 そこまで真剣に考えるほど、彼女は祖父と酒のことを大切にしているのだということだけが、漠然とした空気となって伝わってくるのみだ。

 その空気を流せば良いのかすら、俺には分からない。

 だから、今自分にできることをと、俺は彼女の手を握った。


「……あ」

「分かったよ。お前から受け取った分は、俺がしっかり引き継いでやる。おじい様の代わりとやらが出来るとは思わないけど、俺なりに頑張ってやるから」

「つまり?」

「お前が満足するまでずっと、俺が一緒に飲んでやるってこと」


 俺に何が出来るって言ったら、そんなもの、一緒に酒を飲むことだけだろう。

 そんな思いを乗せて、俺は彼女の手を握る。

 一瞬だけ驚いた顔をした伊吹だったが、ふにゃりと頬を緩ませて言う。


「……へぇ。大胆」

「…………?」

「つまり、おじい様の代わりに──私の家族になってくれるって言うんだ?」

「え、な、ち、ちがっ!?」

「ふふふふ。じょーだん」


 ぱっと手を離した俺に、伊吹は慈しむような目を向ける。

 俺は頬が熱くなるのを感じながら、目を逸らす。

 多分今、二人ともすごく赤くなっている気がするが、それはきっと夕焼けのせいに違いない。


「でも、ありがとう。気持ちだけでも、すごく嬉しいよ」

「……どういたしまして」


 伊吹はその言葉のあと、弾むような足取りでまた前へと行ってしまう。


「行こ。もうすぐバスが来るみたい。帰れなくなっちゃう」

「分かった」


 俺が追いつくのを待っていた伊吹と並んで、俺達は階段を降りて行った。




 最寄り駅まで帰って来たとき、すでに外は暗くなっていた。

 俺達は、帰りの電車の中でもとりとめのない話をしていたが、流石に最寄り駅近くになると口数が減る。

 ふと隣を見た時、伊吹が静かな寝息を立てていたので、俺は起こさないように気を付けなければならなかった。



「んー、楽しかったねぇ」

「ああ。来て良かったよ」

「でしょう?」


 乗り換えの為に一度起こした後も、うとうとしていた伊吹だったが、最寄り駅まで辿り着くと気持ち良さそうに体を伸ばしていた。

 再び周りの視線が集まった気がしたが、彼女はお構いなしの様子で、俺の隣にぴたりと付いた。


「さて、もう夜も遅いんだよね。ナイト君」

「家まで送れってんだろ。面倒くさい」

「面倒とはなんだね君。そんなことだからモテないんだよ」

「うっせ」


 言いつつ、俺と伊吹はどちらともなく歩き出す。

 彼女の家までは、駅から歩いて十分と掛からない。


「ねぇ、総」

「ん?」

「総はさ、前に、ゲームが好きだからここに来たって言ってたよね」

「……多分」


 帰り道の途中で、世間話のように伊吹が尋ねる。

 俺は、そんな記憶をぼんやりと思い出しながら答えた。


「私なんとなく気付いたんだよね。総がどうして、クソみたいに分かり難いコードを書いちゃうのか」

「一応動作は問題ないんだが」

「ノンノン。つまり総はね、伝える気がないんだよ。好きだからやってるけど、誰かのためにって部分が抜けてるの。だから、自己満足のコードしか書けないわけ」


 いったいいつ、どこでそんな問題に気付いたというのか。

 俺は唐突な伊吹の語りに、眉根を寄せながら無言を貫く。

 その俺の様子をからかいがいがあると捉えたのか、伊吹は楽しそうに俺の前に出ると、指をびしりと俺の顔に突き出した。


「だから。総君は今後、自己満足のコードを書かないようにしないといけません」

「どうやって?」

「簡単だよ。私のためにコードを書けば良い」

「……はい?」


 俺は説明を求めるように、さらに彼女の言葉の続きを待つ。

 伊吹は一人納得したように、うんうんと頷きながら持論を展開した。


「だから、私のため。総が将来ゲームを作りたいんだったら、何の為に作るのかってこと。その目標がはっきりすれば、日々のコードも改善されると思うんだよね」

「言っている意味が良く分かりません」


 そんな精神論みたいなことで、成績が上がるとでも言うつもりか、この女は。

 と、思っているのに、彼女は一人納得したように、盛り上がる。


「総はだから、難しいことを考えない。私のために、ゲームを作りなさい」

「……随分と、勝手なこと言うな」

「でもさ。そう考えれば、日々の勉強の意味が、見えてくる気がしない?」


 日々の勉強。

 与えられた課題をこなすだけの毎日。

 楽しみを見出せない毎日。


 だけど、そこに、伊吹が組み込まれる。


「最初は自分のため、次は私のため、そしてゆくゆくは、本当に伝えたい何かを伝えるため。総のステップアップには、私が必要不可欠だと思うんだよねぇ」

「……自意識過剰」

「なんだとおい」


 俺がぼそりと答えると、伊吹はまた逆上したように目をつり上げた。

 そしてそのあと、俺達はどちらともなく、口元を緩ませた。


「分かったよ。確かに、最近ちょっと、勉強が楽しくなくなってた気がしたんだ」

「そうでしょう」

「だけど、伊吹のためって思ったら、少しは楽しめる気がしてきた」

「そうでしょう、そうでしょう。珍しく素直じゃないか」


 理屈がどうというわけではなく。

 それでも俺には、すとんと答えが胸に落ちてきた気がした。

 自己満足から一歩抜け出す、初めに外側へと向ける手。

 それを伸ばす先は、きっと彼女で良いのではないかと。


「そろそろ、家に着くぞ」

「あ、そうだ、それともう一つ」


 再び歩き出すも、伊吹の住むマンションはすぐ側だ。

 このまま、さよならと言って別れるものと思ったが、伊吹は立ち止まる。

 突然の行動の意図を尋ねるように、俺は静かに声をかける。


「どうした?」

「さっきさ、総にそんなんだからモテないって言ったけど、一部訂正する」


 さっき? ああ、売り言葉に買い言葉のあれか。

 だが、そんないつものやり取りを訂正するなんて、珍しいこともあったもんだ。

 そう俺が思っているところで、伊吹はなんでもなさそうに言った。



「総はそんなんだけど、それでも私は、そんな総のことが、好きだから」


「……え?」



 その突然の言葉に、俺は思考がショートした。

 自分が何を言われたのかが、いまいち理解できなかった。

 ただ、目の前には、言いたい事を言ってすっきりとした表情の伊吹が居るだけだ。


「あー、言ってやった。もう、いい加減、総のことを待つのはうんざりしてたんだよね」

「な、え、でもお前」

「何さ? 気付いて無かったとは言わせないけど」


 伊吹が半眼で睨んでくるその言葉に、俺は何も言い返せない。

 まったくもって、その通りだと思った。


「でも、なんで、その、急に」

「急にぃ!? いったいどんだけ待ったと思ってるの? あのクリスマスの日から……ううん、そのずっと前から私は待ってました。それで決めてたのです。今日まで何も無かったら、自分から言ってやろうってね」


 言いつつ、伊吹は自分のバッグをごそごそと漁る。そして中から、可愛らしい包み紙を一つ取り出した。


「……これは?」

「今日は何月何日だか、言ってみろアホ」

「二月十四日……あ」

「まさか本当に、気付いてなかったとは」


 やれやれとため息を吐く伊吹に対して、俺はまたとんだ間抜け面を晒していることだろう。


「ま、返事はいつでも良いとは言わないけど。どうせ今とか言っても無理なんでしょ? へたれだから」

「そ、そんなことは」


「じゃあ、今日、私の家に泊まってく?」



 ふふ、と余裕のある笑みを返した伊吹に、俺は口をパクパクさせることしか出来ない。

 俺は今まで彼女の家に上がり込んだことはない。

 それをするのが、何か、ひどく決定的なことに思えて、避けていた。

 女の子の部屋に入ったことがない俺には、それがどうしてもできなかった。


「ほら、無理でしょ」

「…………」

「これじゃどっちが狼だか、分からないじゃん」


 そう言って、諦めた表情をする伊吹。

 俺は、ここで引き下がって良いのだろうか。いや、良くないだろう。

 俺だって、男だ。


「伊吹!」


 俺は、意を決し、彼女の肩を掴む。

 急に肩を掴まれ、体をびくんと振るわせた彼女に、俺ははっきりと言った。



「三日後、三日後に返事をする」


「…………はー」



 俺の一世一代の言葉に、伊吹はがくりと肩を落とした。

 くっ、自分でも情けないとは思うが、いきなり、そんな覚悟が。


「しゃーないなぁ。分かったよ。三日後ね」

「そ、そう。三日後」


 一度はあきれ果てた様子の伊吹だったが、気持ちを切り替えたのか、今度は一転して楽しそうな表情を浮かべる。


「んー。じゃあ、とびっきりのバーで飲んだあと、総の部屋でって感じね」

「……い、いや、そんな具体的な」

「感じね?」

「はい」


 どうやら流れは決まったらしい。

 俺がタジタジとしている所で、伊吹は「あっ」と気付いた声を上げた。


「そういえば総。今までバーでも『カクテル』って、あんまり飲んでなかったよね?」

「ん? そういやそうだな。ウィスキーが基本だった」


 俺が伊吹とバーに行くときは、大体そんな感じだった。

 大学生の財布は心許ない。バーはそんな俺に、普段は手が出せないような高いウィスキーを、ほんのちょっと試させてくれる場所だ。

 どのウィスキーを選ぶかに夢中で『カクテル』をあまり気にしたことがなかった。

 その俺の隣にいつも居た伊吹だから、その辺の事情も知っている筈だ。


「ウィスキーも良いけど、せっかくだから、総には試してもらいたい『カクテル』があるかなぁ」


 楽しげな顔で、何かを想像している伊吹の声。

 俺はそれが、何か悪質な悪戯を考えているときの表情に思えて、恐る恐る尋ねる。


「それは、美味しいんだよな?」

「んー。びっくりはすると思う」

「美味しいのか?」

「さぁね」


 不安だ。

 俺の顔を見て、カラカラとした笑い声をあげている伊吹がなおさらに不安だ。

 だが彼女は、結局その『カクテル』の正体を教えることなく、別れを告げる。


「それじゃ総。三日後ね」

「ああ」


 ひらひらと手を振る伊吹に、俺は現段階で少し緊張しながら返す。

 伊吹はそのまま歩き去ろうとするが、ふと足を止め、にやりとしながら俺を振り返る。


「先にシャワー浴びとくから、安心してね?」

「さっさと帰れよもう!」

「了解! 約束のこと、忘れたら承知しないから」


 俺の怒鳴り声を受けて、伊吹は楽しそうに住んでいる高級そうなマンションへと消えて行った。

 俺は、彼女が中に入ったのを見届けてから、自分の家への道を踏み出す。


「いくら俺でも、忘れるかっての」


 その時の俺は、三日後の事を思って、期待と不安が入り交じったような、心臓のバクバクを抑えることが出来なかった。














 しかし三日後。

 伊吹は待ち合わせ場所には現れなかった。



















 その日、鳥須伊吹は死んだ。


※0216 表現を少し修正しました。

※0223 誤字及び表現を少し修正しました。

※0416 表現を少し修正しました。

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