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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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【アドヴォカート・エッグノッグ】(1)

「納得いかねえ」


 俺がぼやいたのは、アドヴォ鳥を懐かせる方法についてである。

 そんな俺の目の前では、コルシカが楽しそうに鳥を撫でていた。

 俺達と向かい合っていた一羽はおろか、番であったもう一羽の方もあっさりと彼女に懐き、大きめの鳥に囲まれて犬耳少女は幸せそうだ。

 彼女の近くには、すっかり鳥と仲直りしたライと、ヴィオラお付きの無邪気な少年達が、ごく自然と輪に入っている。

 歳が近いはずのフィルとサリーは、そんな様子を近くで心配そうに眺めていた。



 アドヴォ鳥を懐かせる方法は簡単である。

 アドヴォ鳥に近づき、まず食べ物を見せる。この場合は、アドヴォ鳥の好物であることが望ましい。

 そしてそれを自分で食べてみる。彼らの警戒心を解くため、まずは自分で食べて毒でないことを示すらしい。

 その後に、その食べ物を上に放り投げるように、アドヴォ鳥に渡す。

 アドヴォ鳥が釣られて上を向いている時に近寄って、あごを触る。

 以上だ。


 あごを触るのは、アドヴォ鳥にとっては親愛を示す仕草らしく、食べ物を貰ったこともあって心を許してくれるようになるとか。



「というか、なぜそんなことを知っているのだ?」


 俺と同じ様に少女と戯れる鳥を憎々しげに見つめながら、ヴィオラが側のベルガモに訪ねる。


「俺の生まれた村では、アドヴォ鳥は身近な魔物だったからなぁ。乗り物にもなるし、警戒心も強いから番鳥にもなる。それでいて食べ物にも変わるし」


 今でこそ街に順応している獣人兄妹だが、生まれはもっとワイルドな所だったか、そういえば。

 と、そこは今どうでも良くて、重要なのは『食べ物』の部分だ。


「時にベルガモさん。一つ訪ねたいことがあるのですが」

「なんだよ総。改まって気味が悪い。というか目が怖い」


 この期待に燃える俺の目の、いったいどこが怖いというのか。

 そんな無礼な対応はひとまずおいて、俺はベルガモをしっかりと見据えて、訪ねる。


「アドヴォ鳥さんのお卵を食べたことはあるんですかい?」

「なんだよその口調。そりゃ、あるけど」

「あるのか!?」

「うぉっ!?」


 俺が肩をがしりと掴みながら訪ねると、ベルガモが驚き目を丸くする。


「ど、どんな味だった?」

「あ、ああ。どんな味っていうか、そうだな。卵は卵なんだけど、もっと甘くてな。砂糖だかハチミツだかを混ぜ込んだような、それでいてちょっとふわっと魔力を感じる、ようなそんなコクがあって」

「ビンゴ!」


 彼の返答に、半ば以上自分の想像通りだと思った。



『アドヴォカート』

 前述した通り、オランダを起源とする、卵を原料としたリキュール。

 濃厚で、とろりとしていて、とても甘い。カスタードのような香りが心地よい、面白いリキュールである。


 その名前の由来には、有名な説が二つ存在する。

 一つは『アボカドの実』を由来とするもの。オランダ人がもともとアボカドで作っていた濃厚な飲み物があり、南アメリカへ移った移民が、アボカドの代わりに卵で作ったものがこれだったという説。

 この場合『アドヴォカート』とは『アボカドの実』という意味のオランダ語を元にしているとされる。

 もう一つは『弁護士』を由来とするもの。オランダで生まれたこの卵酒を飲むと、弁護士のように舌が回るようになる、という所から取ったという説。

 この場合の『アドヴォカート』は、そのまま『弁護士』という意味になるらしい。


 いずれにせよ、オランダで生まれた卵酒風のリキュールというのに、かわりない。

 それが、この異世界ではこんな形で俺の前まで来てくれたのだ。



「それでベルガモさん。アドヴォ鳥の産卵ってのは、どんな感じなんだ?」



 俺が本当に若干だけ興奮しながら、軽く引きで見ているベルガモに訪ねる。

 彼は少し考えた後に「確か」と前置きして続けた。


「冬の始めから終わりくらいに番をつくって、春先までに巣を作る、んで春になってから産卵って流れだったと思う。野生のは」

「……まぁ、そりゃそうだよな」


 そう。鳥というのは普通、穏やかな環境である春から夏にかけて子育てをする、らしい。

 だから、今の時期に番を捕まえても、即座に卵を拝めるとは思っていなかった。

 思ってはいなかったが、その情報には若干だけ落ち込んだ。

 そんな俺の様子をベルガモが大袈裟に心配しているが、それに答える気力がない。


「まぁ、そうじゃなくてもアドヴォ鳥は、月に一度くらい産むんだけどな」

「……ほ、本当か!?」


 ガバッと俺が身を起こすと、ベルガモは再び引いた。


「お、おう。そんで春先くらいの卵を子供がおやつにしようとして、ヒナになりかけのやつを開けちゃうんだよ。グロいのと、めちゃくちゃ怒られるのでトラウマになる」

「…………」


 なるほど、有精卵と無精卵か。

 春から夏は繁殖期だから、その頃は有精卵だったりもすると。

 そして悲劇が起きると。

 というかその辺の生態は、さすが魔物って感じだ。魔力を扱う関係もあって、普通の鳥とは生態が異なるのだろうか。俺は鳥の卵に詳しくはないので、あまり言えないが。


「ついでに、俺は悲劇を見た側で、コルシカは回避した側だ」

「それが、この距離感か」


 俺が魔物鳥の謎に思いを馳せている隣で、ベルガモは小さく付け足した。

 どうりで、身近な鳥だったというわりには、コルシカとベルガモで距離の違いがあるわけだ。


「あっ!」


 見ていた所で、コルシカが唐突に声を上げた。

 彼女はこちらへ控えめに視線を送ってくる。ベルガモに助けを求めている様子だ。


「どうしたー?」

「お兄ちゃん! この子、産みそう!」


「マジか!?」


 その時の俺は若干だけ興奮を──

 いや、白状すれば、相当な興奮をしていたことと思う。





「さて、やるか」


 それから一刻後。

 俺は農場主の台所にて、腕をまくっていた。


 アドヴォ鳥の卵は、イメージ的にはダチョウのそれだった。

 そして、その卵を拝借し、無精卵だと信じて躊躇わずに割った。

 そして出て来た黄身と白身を混ぜ合わせると、卵とは思えないとろみと香しい甘い匂いが立ち上ってくるのだ。原理はきっと、スイにでも聞かないと分からない。

 そして、それらがちょうど良く混ざり合ったところで俺はその液体を『弾薬化』した。


 最後に持って来ていた空き瓶に弾薬を落とし、解除してやる。

 卵一つから、およそ750ml瓶、二本分のリキュールが作れた。


 それが今、俺の手元に存在する『アドヴォカート』というわけだ。



「ふふ。こんなに都合よく手に入るなんて、やっぱりついてるな」


 手の中に収まった、淡い黄色の液体を、ボトルの外から撫でてやる。

 魔物もリキュールに関係あると分かった以上、これからは調査の対象を更に広げないといけないな。


「フィル、見てごらんなさい。あれがカクテルに魂を売った男の顔よ。完全に酒を恋人か何かだと思っているわ。フィルはああなっちゃダメよ」

「サリー。わざと聞こえるように言ってるでしょ?」


 俺がうっとりとボトルを眺めていた脇で、助手役として連れてきた二人の声。

 俺は、相変わらず礼節の足りないサリーにやや厳しい視線を送る。


「サリー。牛乳は温め終わったのか?」

「まだですわ。この量だと少々時間がかかります」


 言いつつ、サリーは借りた大鍋で、近場の牧場で貰った牛乳をグルグルと加熱している。

 中には数リットルの牛乳。というのも、今回は色々な人に迷惑をかけたので、まとめて大量に振る舞うことにしたのだ。

 何を? 当然、カクテルを、である。

「ま、もうすぐだろう。じゃあ、フィルはこっちでアドヴォカートを計る手伝いを頼む」

「はい」


 フィルに出来上がった瓶の一つを渡し、俺と並んで、二人メジャーカップを構えた。

 目の前の机には、二十以上のマグカップが整列している。


「分量は45mlで。かなりとろみがあるから、液体の動きを良く見て容量を予測するんだぞ」

「わ、分かりました」


 言いつつ、俺はフィルに先んじて作業に入った。

 右手にボトル、左手にメジャーカップを持って、ゆっくりと注ぎ口を傾ける。


 普通のリキュールであっても、糖度の高いものであればとろみを感じることはある。

 しかし、アドヴォカートは、それらの比ではない。


 注ぎ口から零れる液体は、粘性を感じさせながら、まるで砂時計の砂のようにゆっくりとメジャーカップを満たして行く。色が黄色であるから、なおさらそんな感じだ。

 ボトルを切るタイミングには注意だ。注がれるスピードがゆっくりであるので、いつもの感覚でメジャーカップを見ていると、うっかり注ぎ過ぎてしまうことがある。

 俺も久しぶりの感覚に最初はやや戸惑ったが、すぐに感覚を取り戻した。


「っわ、わわ」

「フィルー。ゆっくりで良いからなー」


 その俺の隣に立つフィルは、始めての経験であればこそ、最初の一杯目から少し零してしまったようだった。


「ほら、どんどん行くぞ。待たせてるからな」

「は、はい!」


 そんなフィルを急かしつつ、俺はマグカップに次々と液体を注いでいく。

 そんな俺とフィルの様子を、サリーが少し恨めしそうに見ていた。


「なんでフィルは注ぐ手伝いをしているのに、私は牛乳を温めているんですの?」

「それはフィルの方が、技術があるからだな」

「…………ちぇ」


 俺がはっきりと告げると、サリーは少しだけ面白くなさそうに吐き捨てた。

 だが、事実だ。

 今のところ、カクテルの技術で言えば、フィルはサリーより一歩前に出ている。

 もともと真面目な気質だからでもある。几帳面なほうが、カクテルの安定感というものは増すのだ。練習を真面目にするし。


 もっとも、カクテルの技術ではフィルだが、接客の面ではサリーが勝っている。

 特に初対面の人間と打ち解ける早さなんかは、下手したら俺よりも早い。


 この二人は双子でありながら綺麗に個性が分かれているのだ。


 そんなことを言って、不貞腐れた様子のサリーを慰めようかと思ったが、やめた。

 褒めるのは、良く出来たその時にしよう。

 今は、悔しいと思う気持ちがあるのなら、その分練習をして貰いたい。


 俺が離れる前に、少しでも。





「お待たせしました」

「「しました!」」


 サリーの牛乳がいい具合に温まった頃合いを見て、俺達はアドヴォカートを注いだマグカップをお盆に乗せ、台所を出た。サリーは大鍋を気を付けながら運ぶ。

 すぐに玄関から外に出ると、用意して貰っていたテーブルの周りにたくさんの人が集まって話していた。

 ウチの店のメンバーと、騎士団の面々、それに場を貸してもらった農場主の家族なんかがその場で談笑していた。


 そんな彼らに待たせた旨を謝ったあと、マグカップをテーブルに広げる。

 これだけでは、きっと何なのかは分かるまい。不揃いのマグカップの底の方に、黄色い粘性の液体が溜まっているだけだ。

 その様子を物珍しそうに見る面々を確認してから、最後の役目はサリーに譲った。


「それじゃサリー。そのおたまだと……100mlくらいだろうから、一杯半。それぞれのマグカップに注いでくれ」

「分かりましたわ!」


 冬の入り口に立った、やや空気が冷えこむ昼下がり。

 大鍋から注がれたホットミルクが、柔らかな香りの湯気をあげる。

 注がれた端から、俺とフィルはバースプーンで中身を撹拌していく。待っていると熱されたミルクによって、卵が固まってしまう恐れがある。

 やがて、マグカップが全て混ざり切ったところで、告げた。


「こちら【アドヴォカート・エッグノッグ】です。温かいうちにどうぞ」


 俺の声に、まってましたとばかりに、まずライやベルガモ……店の面々が手を伸ばす。

 それに釣られて、この場に集まった人々が、思い思いにその手をカップへと伸ばした。


 牛乳の柔らかな香りと、カスタードのような甘い香りが入り交じる乳白色の液体が、カップの中でゆらゆらと飲まれるのを待っていた。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


昨日は更新できなかったくせに、大変遅くなりました。

申し訳ありません。


今回のタイトル並び、作中のカクテル名では【アドヴォカート・エッグノッグ】とありますが、具体的にそういう名前のカクテルがあるわけではありません。

(作者が知らないだけの可能性はあります)

あくまで、通常の【エッグノッグ】と区別する目的で付けたものです。

突っ込まないでいただけるとありがたいです。


※0205 誤字修正しました。アボガド……

※0206 誤字修正、及び分量と表現を少し調整しました。作中では、アドヴォカートにミルクを入れておりますが、より安全を期すのであれば、ミルクにアドヴォカートを入れるという手順をオススメ致します。

※0208 アボガドェ……

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