騎士団のお仕事(4)
「離してフィル! あいつ殺せない!」
「落ち着くんだサリー!」
ジタバタと動くサリーを、今はフィルが力づくで押さえ込んでいる。
物陰から窺うと、銀髪に飽きたアドヴォ鳥が地面にその髪の毛を吐き捨てていた。
先程、地面から生える白パンツという花を咲かせていたサリーだったが、にょきっと自力で抜け出した。
かと思うと、そのままの勢いでもう一度アドヴォ鳥に殴り掛かり、先程と全く同じ展開になった。
違ったのは、飛ばされた方向であり、そのまま俺達の目の前に降って来たのだった。
「落ち着けサリー。俺達の目的はアドヴォカートの捕獲だ」
「総。アドヴォ鳥だぞ」
「そうそう、アドヴォ鳥の」
ヴィオラの訂正を受けつつ、俺はサリーを宥める。
だが、サリーは全く怒気を抑えることはなく、今にもフィルを引きずって再び殴り掛かりそうだった。
「捕獲なんて言ってられないわ。あいつは、この私の、銀髪を台無しにしてくれたんですのよ!?」
そう息巻くサリーだが、その頭髪がどうなっているのかと言えば。
うねに突き刺さった影響で泥まみれであるのを除けば、吸血鬼の再生能力でもって、見事に元通りになっている。
髪は女の命というのは良く聞く話だ。女性の髪型の変化に気付かないのは、バーテンダーとして失格と言えるかもしれない。
でも、元通りになっているのに、なんなんだろうか、この怒りようは。
「……総さん。『髪は元通りなんだから、良いだろ』とか思いましたね?」
「……え、いや。でも」
俺の心中に浮かんだ疑問を、珍しく的確に言い当てたサリー。
彼女は、まるで親の仇でも見るように、ぎょろりとした目で俺を睨んだ。
そのあと、考えるのもおぞましいようなことを言う。
「じゃあ総さんは『洗えばまた使えるんだから、良いだろ』という理由で、愛用のシェイカーにゲロを吐かれたら許すんですの?」
「は? 許すわけねえだろ。ぶち殺すぞ」
「つまりそういうことですわ」
なるほど。
俺はサリーの発言に頷き、腰の銃を抜いた。
「よしサリー。一撃で仕留めるぞ」
「了解ですわ」
「ちょっと待ってよ二人とも!?」
と、一瞬乗せられかけた俺をフィルが止めた。
俺はハッとして、自分の行動を改める。
うっかりあの鳥が、俺のカクテル道を邪魔する邪悪な存在に見えていた。
そうじゃない。あいつは、俺達の未来に必要な存在なんだ。
「あ、危ない危ない。一瞬まじで血が上ってた。助かったよフィル」
「ちっ。フィルめ、余計なことを」
「……おいサリー」
俺がサリーをじろりと睨むと、彼女は素知らぬ顔でそっぽを向いた。
そんなサリーに代わり、俺達のやり取りを面白そうに見ていたライが言った。
「まぁ、総を動かす最も簡単な方法は、カクテルに絡めることだもんねぇ」
「おいライ。それだとまるで俺が単純な奴みたいじゃないか」
「……え?」
ライは心底意外そうな顔で俺を見た。
どういうことだこれは。ヴェルムット家での俺の評価はどうなっているんだ。
「馬鹿をやっていないで、真剣になれ。こうしている間にも被害は広がるんだぞ」
「すみません」
そんな俺達の様子を咎めるようにヴィオラが言って、俺は素直に謝った。
サリーも少しだけ落ち着いた様子だったので、フィルに拘束を解かせる。
その後、ふむぅと腕を組んで、次の相手を決めた。
「じゃあヴィオラ。行ってみてくれ」
「…………私がか?」
俺に言われて、ヴィオラはきょとんと目を丸くした。
「ま、待ってくれ。私はあくまで戦いに来たんであってだな。そのような想定はまったくというか、お門違いというか」
自分が指名されたのが心底意外だったのか、ヴィオラは矢継ぎ早に言い訳のようなものを述べ始める。
その慌てるような仕草が、普段の彼女を思うと意外だった。
「いやでも、騎士なんだろ? だったら馬の世話とかも良くやるんじゃないのか? それを考えたら、ほら。アドヴォ鳥も馬と似たようなもんだろ?」
「……あ、いや。確かに騎士にとって騎乗技術は求められるものだが、あの、そのだな」
「もしかして、馬に乗れないのか?」
「…………ま、まさか」
言いつつ、ヴィオラは目を逸らした。
こいつ。マジか。
「総。お姉ちゃんとヴィオラさんにその質問は可哀想だって」
「ら、ライ!?」
俺が半眼でヴィオラを見ていると、ライがぼそりと言った。
ヴィオラは慌ててライの口を封じようとするが、俺に目で命じられたサリーが、即座にヴィオラの動きを止める。
「な、は、離したまえ!」
「良いぞサリー、そのまま少し押さえていてくれ」
「了解ですわ」
自分よりも小柄な女性に動きを封じられ、モゴモゴと唸っているヴィオラ。
そんな彼女の真っ赤になった表情を流し見て、俺はライに視線を移す。
「それで、何が可哀想なんだ?」
「お姉ちゃんとヴィオラさんが『群青』って言われて恐れられてたって知ってるよね?」
「まぁ。噂程度には」
その行動の理由の一つはライのためだったらしいしな。
と、俺は先日オヤジさんから聞いたことを思い出しつつ続きを待った。
「その逸話の一つにね『飼育小屋の全ての動物に恐れられる群青』っていうのが」
「……どういう意味だ?」
「そのまんま。どういうわけか、その二人は動物との相性が最悪らしくて。子供相手に懐いてくれる筈の小動物はおろか、どんな大きな動物も怯えて二人には近寄ってこないらしいの」
「そ、それは誤解だ! いや、悪いのはスイの方だ!」
ライの口から語られる可哀想なエピソードであったが、サリーの拘束からなんとか口だけ逃れたヴィオラが叫んだ。
「そもそも、動物に恐れられていたのはスイの方なんだ。私はその巻き添えを食らったにすぎない」
「何があったんだよ?」
少し話を聞くと、真相はこうだと言う。
それは二人が、まだ今よりずっと小さかったころ。この街には、学校に似た施設があるのは知っていたが、その教育の過程の中に、動物の世話を覚えさせるものがあった。
それをするのに、家畜や森の動物などを集めた動物小屋があり、その管理などは子供達も持ち回りで行うことになっていた。
ある日、二人が動物小屋の当番になったとき、事件が起きた。動物小屋が、なんと魔物に襲われていたらしい。
二人は焦って魔物を追い払おうとし、その過程でスイの炎魔法が炸裂した。
結果。動物小屋の周囲に壮大な焦げ跡を残し、魔物は動物達の前で消し炭となった。
そこに残っていたのは、動物達を守った事でご満悦な、言い換えれば楽しげな表情を浮かべる二人の少女の姿だった。
その印象が、動物達には酷くこびりついてしまったらしい。
以後、動物達はスイとヴィオラには決して懐くことはなかったらしい。
「つまり。あいつがやりすぎたせいで、何故か私までそんな羽目になったんだ」
「ふぅん」
ヴィオラからの話を聞きつつ、少し思う。
「だから、私の動物関係は全てあいつのせいで、それで今もこうして苦労を……」
「でもそれって、その小屋の動物だけで、今とはまったく無関係だよな」
ヴィオラが自分の今の状況を正当化しようとしているのに、少しだけ意地悪く尋ねた。
ヴィオラは、言葉を止めて、小さく頷く。
「それなら、ヴィオラが馬に乗れないのって、スイのせいでもなんでもないんじゃ」
俺が軽く尋ねると、ヴィオラは俯いて、無言になった。
「ヴィオラが馬に乗れないのはもっと根本的な問題が──」
「だから、乗れると、言っているだろう! もういい分かった! そんなに言うのなら私が行ってこようじゃないか!」
俺が更に突っ込むと、黙っていたヴィオラがついに激昂した。
彼女は腰の剣を抜き放つと、それをザンと地面に突き立て、宣言する。
「見ていろよ! 私が立派に騎士として成長していることを見せてやる!」
ヴィオラは特に俺とライに向かってそう言っていた気がした。
そのまま威勢良く、止める間すらもなくずんずんとアドヴォ鳥の方へと進んで行く。
隠れることもない進軍に、アドヴォ鳥はすぐに気がついた。
そのまま、じっと見つめ合う一人と一匹。
まるで時間が止まったかのように、それぞれが微動だにしない。
それはまるで、達人同士の決闘のようですらあった。
指先一つどころか、汗の一滴ですら、場に変化をもたらすだろう。
先に動いた方が、殺られる。
「や、やぁ──」
「クゲエエェエ!? ココココココ!?!?!?!」
結果、先に動いたヴィオラは、まさしく狂乱に染まったアドヴォ鳥の風の魔法で、サリーよろしくこちらに吹っ飛ばされて帰って来たのだった。
※0202 誤字修正しました。




