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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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騎士団のお仕事(4)

「離してフィル! あいつ殺せない!」

「落ち着くんだサリー!」


 ジタバタと動くサリーを、今はフィルが力づくで押さえ込んでいる。

 物陰から窺うと、銀髪に飽きたアドヴォ鳥が地面にその髪の毛を吐き捨てていた。


 先程、地面から生える白パンツという花を咲かせていたサリーだったが、にょきっと自力で抜け出した。

 かと思うと、そのままの勢いでもう一度アドヴォ鳥に殴り掛かり、先程と全く同じ展開になった。

 違ったのは、飛ばされた方向であり、そのまま俺達の目の前に降って来たのだった。


「落ち着けサリー。俺達の目的はアドヴォカートの捕獲だ」

「総。アドヴォ鳥だぞ」

「そうそう、アドヴォ鳥の」


 ヴィオラの訂正を受けつつ、俺はサリーを宥める。

 だが、サリーは全く怒気を抑えることはなく、今にもフィルを引きずって再び殴り掛かりそうだった。


「捕獲なんて言ってられないわ。あいつは、この私の、銀髪を台無しにしてくれたんですのよ!?」


 そう息巻くサリーだが、その頭髪がどうなっているのかと言えば。

 うねに突き刺さった影響で泥まみれであるのを除けば、吸血鬼の再生能力でもって、見事に元通りになっている。

 髪は女の命というのは良く聞く話だ。女性の髪型の変化に気付かないのは、バーテンダーとして失格と言えるかもしれない。

 でも、元通りになっているのに、なんなんだろうか、この怒りようは。


「……総さん。『髪は元通りなんだから、良いだろ』とか思いましたね?」

「……え、いや。でも」


 俺の心中に浮かんだ疑問を、珍しく的確に言い当てたサリー。

 彼女は、まるで親の仇でも見るように、ぎょろりとした目で俺を睨んだ。

 そのあと、考えるのもおぞましいようなことを言う。


「じゃあ総さんは『洗えばまた使えるんだから、良いだろ』という理由で、愛用のシェイカーにゲロを吐かれたら許すんですの?」

「は? 許すわけねえだろ。ぶち殺すぞ」

「つまりそういうことですわ」


 なるほど。

 俺はサリーの発言に頷き、腰の銃を抜いた。


「よしサリー。一撃で仕留めるぞ」

「了解ですわ」


「ちょっと待ってよ二人とも!?」


 と、一瞬乗せられかけた俺をフィルが止めた。

 俺はハッとして、自分の行動を改める。

 うっかりあの鳥が、俺のカクテル道を邪魔する邪悪な存在に見えていた。

 そうじゃない。あいつは、俺達の未来に必要な存在なんだ。


「あ、危ない危ない。一瞬まじで血が上ってた。助かったよフィル」

「ちっ。フィルめ、余計なことを」

「……おいサリー」


 俺がサリーをじろりと睨むと、彼女は素知らぬ顔でそっぽを向いた。

 そんなサリーに代わり、俺達のやり取りを面白そうに見ていたライが言った。


「まぁ、総を動かす最も簡単な方法は、カクテルに絡めることだもんねぇ」

「おいライ。それだとまるで俺が単純な奴みたいじゃないか」

「……え?」


 ライは心底意外そうな顔で俺を見た。

 どういうことだこれは。ヴェルムット家での俺の評価はどうなっているんだ。


「馬鹿をやっていないで、真剣になれ。こうしている間にも被害は広がるんだぞ」

「すみません」


 そんな俺達の様子を咎めるようにヴィオラが言って、俺は素直に謝った。

 サリーも少しだけ落ち着いた様子だったので、フィルに拘束を解かせる。

 その後、ふむぅと腕を組んで、次の相手を決めた。


「じゃあヴィオラ。行ってみてくれ」

「…………私がか?」


 俺に言われて、ヴィオラはきょとんと目を丸くした。


「ま、待ってくれ。私はあくまで戦いに来たんであってだな。そのような想定はまったくというか、お門違いというか」


 自分が指名されたのが心底意外だったのか、ヴィオラは矢継ぎ早に言い訳のようなものを述べ始める。

 その慌てるような仕草が、普段の彼女を思うと意外だった。


「いやでも、騎士なんだろ? だったら馬の世話とかも良くやるんじゃないのか? それを考えたら、ほら。アドヴォ鳥も馬と似たようなもんだろ?」

「……あ、いや。確かに騎士にとって騎乗技術は求められるものだが、あの、そのだな」

「もしかして、馬に乗れないのか?」

「…………ま、まさか」


 言いつつ、ヴィオラは目を逸らした。

 こいつ。マジか。


「総。お姉ちゃんとヴィオラさんにその質問は可哀想だって」

「ら、ライ!?」


 俺が半眼でヴィオラを見ていると、ライがぼそりと言った。

 ヴィオラは慌ててライの口を封じようとするが、俺に目で命じられたサリーが、即座にヴィオラの動きを止める。


「な、は、離したまえ!」


「良いぞサリー、そのまま少し押さえていてくれ」

「了解ですわ」


 自分よりも小柄な女性に動きを封じられ、モゴモゴと唸っているヴィオラ。

 そんな彼女の真っ赤になった表情を流し見て、俺はライに視線を移す。


「それで、何が可哀想なんだ?」

「お姉ちゃんとヴィオラさんが『群青』って言われて恐れられてたって知ってるよね?」

「まぁ。噂程度には」


 その行動の理由の一つはライのためだったらしいしな。

 と、俺は先日オヤジさんから聞いたことを思い出しつつ続きを待った。


「その逸話の一つにね『飼育小屋の全ての動物に恐れられる群青』っていうのが」

「……どういう意味だ?」

「そのまんま。どういうわけか、その二人は動物との相性が最悪らしくて。子供相手に懐いてくれる筈の小動物はおろか、どんな大きな動物も怯えて二人には近寄ってこないらしいの」


「そ、それは誤解だ! いや、悪いのはスイの方だ!」


 ライの口から語られる可哀想なエピソードであったが、サリーの拘束からなんとか口だけ逃れたヴィオラが叫んだ。


「そもそも、動物に恐れられていたのはスイの方なんだ。私はその巻き添えを食らったにすぎない」

「何があったんだよ?」


 少し話を聞くと、真相はこうだと言う。

 それは二人が、まだ今よりずっと小さかったころ。この街には、学校に似た施設があるのは知っていたが、その教育の過程の中に、動物の世話を覚えさせるものがあった。

 それをするのに、家畜や森の動物などを集めた動物小屋があり、その管理などは子供達も持ち回りで行うことになっていた。


 ある日、二人が動物小屋の当番になったとき、事件が起きた。動物小屋が、なんと魔物に襲われていたらしい。


 二人は焦って魔物を追い払おうとし、その過程でスイの炎魔法が炸裂した。

 結果。動物小屋の周囲に壮大な焦げ跡を残し、魔物は動物達の前で消し炭となった。

 そこに残っていたのは、動物達を守った事でご満悦な、言い換えれば楽しげな表情を浮かべる二人の少女の姿だった。

 その印象が、動物達には酷くこびりついてしまったらしい。

 以後、動物達はスイとヴィオラには決して懐くことはなかったらしい。


「つまり。あいつがやりすぎたせいで、何故か私までそんな羽目になったんだ」

「ふぅん」


 ヴィオラからの話を聞きつつ、少し思う。


「だから、私の動物関係は全てあいつのせいで、それで今もこうして苦労を……」

「でもそれって、その小屋の動物だけで、今とはまったく無関係だよな」


 ヴィオラが自分の今の状況を正当化しようとしているのに、少しだけ意地悪く尋ねた。

 ヴィオラは、言葉を止めて、小さく頷く。


「それなら、ヴィオラが馬に乗れないのって、スイのせいでもなんでもないんじゃ」


 俺が軽く尋ねると、ヴィオラは俯いて、無言になった。


「ヴィオラが馬に乗れないのはもっと根本的な問題が──」

「だから、乗れると、言っているだろう! もういい分かった! そんなに言うのなら私が行ってこようじゃないか!」


 俺が更に突っ込むと、黙っていたヴィオラがついに激昂した。

 彼女は腰の剣を抜き放つと、それをザンと地面に突き立て、宣言する。


「見ていろよ! 私が立派に騎士として成長していることを見せてやる!」


 ヴィオラは特に俺とライに向かってそう言っていた気がした。

 そのまま威勢良く、止める間すらもなくずんずんとアドヴォ鳥の方へと進んで行く。

 隠れることもない進軍に、アドヴォ鳥はすぐに気がついた。


 そのまま、じっと見つめ合う一人と一匹。

 まるで時間が止まったかのように、それぞれが微動だにしない。

 それはまるで、達人同士の決闘のようですらあった。

 指先一つどころか、汗の一滴ですら、場に変化をもたらすだろう。


 先に動いた方が、殺られる。



「や、やぁ──」

「クゲエエェエ!? ココココココ!?!?!?!」



 結果、先に動いたヴィオラは、まさしく狂乱に染まったアドヴォ鳥の風の魔法で、サリーよろしくこちらに吹っ飛ばされて帰って来たのだった。



※0202 誤字修正しました。

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