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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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男の時間+1


「で、誰が悪いの?」

「…………」

「…………」


 いつもの薄い表情に、明らかな怒気を滲ませてスイが言った。

 ついでに、俺とオヤジさんはイスから立ち上がり、気を付けの姿勢で彼女の言葉を聞かされている。


「黙ってちゃ分からないんだけど」


「「すみません」」


「まだ謝れとは言って無い」


 俺とオヤジさんが静かに謝罪の意を示したが、スイはピシャリと切った。

 まだ、ってことは後で謝れってことなんだろう。


 俺にもなんとなく分かる。

 このスイは結構マジで怒っている。

 さっきまで、酔いが回って気持ちよくなっていた筈のオヤジさんが、すっかり酔いをさまして青ざめていることからも明らかである。


「私いつも言ってるよね。遅くなるんだったら、先に言っておいてって。二人とも言ってたよね。日を跨ぐ前には帰ってくるって。今何時だと思ってるの?」

「えっと、十二時ちょっと過ぎくらい、だったりして──」

「一時半」


 俺の愛想笑いに対する、スイの短い言葉。

 うん。なんとなくそれくらいだろうとは思っていた。


「いや、違うんだ。決して嘘を吐こうと思っていたわけじゃなくて」

「そ、そうだぞスイ。つい、うっかり話が長くなって」


「ふーん。というか、何で二人は一緒なの?」


 スイは俺達をじとっと睨んで、言葉を待つ。

 そういえば、俺とオヤジさんはもともと別々の予定があったんだ。そのあたりを上手く組み合わせれば、なんとか誤魔化せそうな気がしてきた。

 そこで、俺の隣に立っていたオヤジさんが、あっ、と思いついた顔をする。

 オヤジさんは俺に目配せをしてきたので、俺は頷く。頼んだ、と。

 そして彼は、口を開いた。


「お、俺は約束通りに帰ろうと思ってたんだけどよ! そこで小僧とバッタリ出くわしてな! どうしても飲み足りねえっつうから、仕方なくここにな!」

「そうそう……って、何言ってんだあんた!?」


 こ、このオヤジ、自分可愛さに俺を売りやがった!

 俺は慌ててオヤジさんに食って掛かり、抗議の声を上げる。


「ほうら! 慌てたぞこいつ! 図星を指されて焦ったんだ!」


 しかし、オヤジさんは素知らぬ顔で更に俺を貶めてくる。

 そんなに、娘に嫌われたくないのか! このダメオヤジ!


「……総、本当?」


 スイの冷ややかな声が聞こえたので、俺は即座に、真実を告げた。


「いや違う! 逆だ逆! 前の店でオヤジさんと出くわして、そんでべろんべろんになったオヤジさんの我がままに付き合って、ここに来たんだ!」

「なっ、小僧てめえ!」

「先に俺を売ったのはあんただろ!」


 俺の告発にオヤジさんも焦るが、俺は真っ正面から言ってみせる。

 そして言い合いを続ける俺達に、スイが言った。


「二人とも、少し黙って」


「「はい、すみません」」


 俺とオヤジさんはまた気を付けの姿勢に戻る。

 そんな俺達にスイは一瞥をくれたあと、カウンターの上に乗っているグラスに気付いた。

 彼女は、俺達を置いてそのグラスを見る。

 カウンター上に出ているグラスは三つ。


 一つは【サラトガ・クーラー】。

 一つはオヤジさんの【ボストン・クーラー】。

 そして一つは俺の【ボストン・クーラー】だ。


 スイは、その三つのグラスを見やったあと、軽く香りを嗅いだ。

 それだけで、大体の事情を察したのか、鋭い目つきはそのままに、判決を告げた。


「嘘吐きはお父さんの方ね」

「そ、な、ちょっと待てスイ!」


 罪を暴かれたオヤジさんが、大袈裟に手を前に突き出し、待ったの姿勢を取っていた。

 だが、今更なにを言おうというのだろうか。真実は俺の側にあるというのに。


「お父さん。私に嘘を吐くような子供に育てとか、言ったっけ? なんでつまらない嘘を吐いたの?」

「……そ、それはだな」

「謝って」

「ごめんなさい」


 大柄の男が、まだ二十歳にも満たない少女に頭を下げていた。

 スイは刺すような視線をオヤジさんに向けたまま、鋭く判決を言い渡した。


「じゃあ、次の休みまでお父さんが掃除当番全部だから」

「ま、待て。全部ってそんな横暴な」

「反省してる?」

「……分かった」


 こうしてオヤジさんという悪は成敗されたのだった。

 と、俺が内心ホッとしていたところで、スイはつかつかと俺に近寄ってきて、俺の耳を引っ張った。


「い、いてて! な、なんだ!?」

「総も反省して。あそこに自分の分があるってことは、帰ること忘れてたよね?」

「…………すみません」


 正直言って、シノニムで飲んでいた時点から割と忘れてました。

 スイはそんな俺にも怒気を向けつつ、俺とオヤジさんの二人に向けて言う。


「今後、こういうことしたら。許さないから」

「「すみません」」


 ふん、と鼻息を荒く言い放った少女に、二人揃って頭を下げた。

 この件は、ひとまずこれで落着といったところだろう。




「でもなスイ。俺も少しだけ怒るぞ」

「……なに?」


 店から家までの帰路で、俺もスイに向かって言った。

 今は、俺とスイの二人きりだ。オヤジさんは、スイに言われて店の片付けを終わらせてから帰ってくることになっている。

 そして俺がスイに言いたいのは、彼女の危機意識の低さについてだ。


「いくら俺とオヤジさんが帰ってこないからって、こんな夜更けに俺達を探してさまよい歩くなんて」


 それが俺の怒りのポイントだ。

 俺達を心配してくれるのは分かるが、こんな可愛い女の子が、夜更けに一人でウロウロするなんてとても認められることじゃない。

 そもそも、俺達が店に居なかったら、いったいどれだけ探し回ることになっていたことか。

 そんな俺の指摘に、スイはまたじとっとした目で答える。


「……どこかの誰かさんたちと違って、はっきりと遅くなるって言ってくれてた双子から、教えて貰ったんだけど?『休みの筈なのに、店の明かりが点いてた』って」

「……えっと、だけど一人で出歩くのは」

「店に着くまでは、三人だった」

「本当にごめんなさい」


 どうやら、俺とオヤジさんが店に居るのは知っていたし、なんなら店まで一人で来たわけでもなかった。

 この抜け目の無さが、スイという少女の隙の少なさであろうか。

 ついでに、フィルとサリーは確か、自国からきた使者の対応があるとかで遅くなると言っていた。


「まぁ、どこかの誰かさんは、私に何も言わずに研修を決めちゃったりするし。私なんてどうでも良いと思ってるのかもしれないけど」

「…………だからごめんって」


 更に、やっぱり根に持っている研修のことまで引き合いに出された。

 終わった筈の話題をぶり返されて、俺は少しうんざりした気持ちになる。

 しかし、ふと、オヤジさんが言っていたことが思い出された。


 スイは、本当は誰よりも甘えたがりなのだ。


 俺は少しだけ苛ついていた自分を一度引っ込めて、ちょっとだけ、踏み込んだ。


「……なぁスイ。やっぱり、俺が急に居なくなったら、寂しいかな」

「え?」


 俺の真剣な言葉に、スイは戸惑い、足を止めた。

 そのまま、俺の言葉の真意を探るように、じっと俺を見つめてくる。


「こんな俺でも、急に居なくなったらさ」

「……私は、別に。嫌なのは、相談されなかったことだって、前も」

「それでも、ごめん」


 俺は、ちょっとだけ怒られる覚悟で、彼女の頭に手を置いた。

 ぽふっとした柔らかい感触が手のひらに伝わってくる。それは、青くしなやかな、スイの髪の毛の感触だった。

 びくりと震えたスイにかまわず、俺はその頭を優しく撫でた。

 スイは少し緊張した様子だったが、俺の手を振り払うことはしなかった。


「俺は今まで、どこか部外者気分だったと思う。居候させて貰っている部外者で、俺の存在なんて、スイやライ、オヤジさんにとっては家に入り込んだ異分子だろうって」

「……それで?」

「だけどさ。それは俺の思い込みっていうか。俺がそう考えてたからかもって、少し。だからごめんな。きっとこんな俺だって、急に居なくなったら寂しい、よな」


 自分で言っていて、緊張が半端ではない。

 酔っぱらったオヤジさんが言っていたことを鵜呑みにして、俺はずいぶんと出過ぎたことを言っている。

 俺が、もう彼女達にとって家族みたいなものだと、思い込んで言っている。

 スイやライが俺のことをどう思っているのかも、分からないのに。


 だけど、俺はさっき、曲がりなりにも一歩進むと決めた。だから、これまでのように、部外者感覚で自分を扱うのはやめにした。

 しっかり、自分が思ったことを自分の口で言う。

 間違って、恥ずかしい思いをするかもしれなくても、自分の気持ちを伝えるのだ。



「……本当は、寂しい」



 俺にされるがまま撫でられていたスイが、ぼそりと漏らした。

 さっきまで、相談されなかったのが嫌なだけと言っていた。

 そんなスイが、本当に小さな声で、そう言った。


「……だけど、止められないから。総が本当にやりたいこと、止めたく、ないから。だから、我がまま言えないよ」


 俯きながら、言葉を吐き出すスイ。

 俺は撫でる手を止めず、こちらも心を吐き出すように、返す。


「うん、ごめんな。寂しい思いさせて」

「謝るくらいなら、行かないでよ」

「本当に、ごめんな」


 それが、果たしてどんな所から湧いた感情なのか。

 家族に対する親愛なのか。

 バーテンダーとしての責務なのか。

 それとも、もっと違うところ。

 暗闇の中の、正体不明の何かなのか。


「……総の、バカぁ」


 俺は、ほんの少しだけ涙を零し始めた少女を、とても愛おしく思っていた。

 そんな少女に涙を流させている自分が、酷く嫌な奴に思えてならなかった。

 そして、彼女を優しく抱き締めることに、抵抗を感じなかった。


「悪い」


 俺がスイの頭を優しく抱きとめると、彼女は俺にだけ聞こえるくらい小さく。

 それでもはっきりと嗚咽を漏らしはじめた。


「……さっきも怖かったの。総もお父さんも帰ってこなくて。もしかして何かあったんじゃないかって」

「……ああ」

「それなのに、二人とも全然悪そうじゃなくて、すごく苛ついた」

「本当にごめん」

「そんな総のくせに。急にこんな分かったみたいなこと、しないでよ」

「それもごめん。でも、今はこうしたい気分なんだ」

「バカ」


 じんわりと胸元に染みて行く、暖かい何かに、俺はやっぱり答えを見出せない。

 だけど、自分のこの行動が間違っているとも、あまり思えない。

 分からないのに、それで正しい。そんな気がしていた。





「……ところで総。誰にでもこういうことするの?」


 しばらくして泣き止んだスイが、少し羞恥に頬を染めながら尋ねた。

 俺は少し考えてみて、素直に言った。


「いや。スイが初めてだと思う」

「じゃあ、もう誰にも、こういうことしない?」

「いや、それは、その」


 誰にもしないかとかは、良く分からない。

 だって、今だって分からないんだから。

 と頭の中では思ったのだが、口に出すことまではしない。


「…………はぁ」


 口には出していない筈なのに、スイは少しだけ面白くなさそうに俺を睨んだ。


「……まぁ、仕方ないか。総だし」

「どういう意味だ」

「そのままの意味」


 スイは、少しだけ怒りながら。それでも、少しだけ嬉しそうに、その足を動かし始めた。

 俺は釈然としないまま、彼女の後を追う。


 少しだけ足取りが軽くなった少女を、月明かりが静かに照らしていた。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


遅くなりました……

恋愛と親愛の違いって、どこからなんでしょうね。

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