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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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【ボストン・クーラー】(1)


「……たく、仕方ねえなぁ。ま、バーテンダーがちんたらやってたら怒るがぁ、家族が作ってくれるってんなら、多少は目を瞑ってやらぁ」

「ありがとうございます」


 俺が頭を下げると、オヤジさんは急に目つきを鋭くさせて、俺を指差した。


「それと俺からもう一つだ。仕事中は敬語を使え。だが、仕事以外で俺に敬語を使うこたぁねえ。それも家族ってもんだろ?」

「……えっと、そこまでは」


 流石に俺が遠慮を感じると、オヤジさんはまた不機嫌になって睨む。


「あ? 違うだろ? そこは一言こうだろ? 『分かった』だ」


 俺は、迷った。

 それはある意味で決定的な一言な気がしていた。

 それを言うことが、自分の何か大事な部分を、一歩踏み越えることである気がした。


 だけど、それも良いのかもしれない。

 俺はほんの少しだけ、そうも思った。



「分かったよ。オヤジ」



 俺は照れくさい気持ちを押し殺して言う。

 すると彼は、少しだけうんうんと頷いたあとに、ぎょろりと目を剥いた。


「誰がてめえのお義父さんだごらぁ!? 誰がそこまで許した!?」

「言ってねえよ!? 分かった! 分かったってオヤジさん! これでいいか!?」


 なんだこの罠。


 しかし、言った後にオヤジさんは、だっはっはと大声を上げて笑った。

 さっきの反応も、半分は冗談だったのだと気付く。

 釣られて、俺も少しだけ苦笑いをした。


「それじゃ、次の一杯を頼むぜ。その一杯は、どうにもパンチがなくていけねぇ。ほら見ろよ。こんなに酔いがさめちまった」


 一悶着の後に、平気そうに腕を広げてみせるオヤジさん。

 しかし、叫んで動いたからか明らかに酔いが回っている。先程よりも立っているのが辛そうにすら見える。

 とは言うが、そんなのは知ったことじゃない。

 バーテンダーなら気にもするが、家で飲んでるときには、忘れたっていいだろう。


「分かった。じゃ、もう一杯作るよ。似た感じで良いで……良いかな?」

「任せる。さっきも言ったが、飲み物じゃあお前が上だ」

「了解」


 言ってから、俺は手元にあった350mlのエール瓶を、干した。

 流石に炭酸の一気飲みは、喉に負担がかかる。軽くむせた後に、俺は席をたった。

 俺が作業台まで来ても、オヤジさんが席に戻る様子はない。


「どうしたんで……だよ? 別に席に戻っててもいいけど」

「せっかくだ。一度くらいお前の動きを、内側から見るのも良いだろ」

「照れくさいなあ」


 俺が少しだけ恥ずかしがって言うが、オヤジさんは俺の頭を軽く小突いた。

『さっさとやれ』と声をかけられ、俺は『はいはい』と接客業にあるまじき返事をする。


「ちょっと離れててくだ──離れててくれ」


 ああもう、さっきから敬語を使わないようにするのが慣れないな。

 その度にいちいち訂正しているのが、どうにもぎこちない感じがして、恥ずかしい。

 言われたオヤジさんは、素直に少し離れたので、俺は心置きなく作業に取りかかれる。


 似た感じでもう一杯。

 そう言ったときに、すでに答えは決まっていた。


 俺は最初にグラスを二杯分用意した。

 同じ大きさの、同じ物を二杯分。

 コリンズグラスと言われる、比較的大きめの細長いグラスだ。


 両方ともに清潔な布で拭いたあと、作業台に並べて置いた。

 そのあとに、材料をさっと用意する。

 冷凍庫を開け、普通のカクテル用の大きく角張った氷を取り出す。

 それに足して取り出すもの、扱う基酒は『ラム』──『サラム』だ。

 冷蔵庫からはレモンジュースと、先程も使ったジンジャーエールを。

 そしてシェイカーも用意を忘れない。少し大きめのものを一つ用意した。


 さて、材料にもう一つシロップがあるのだが。シロップは、良いか。

 正式なレシピだと入れるものだが、俺個人の好みでは省いたほうが好きだったりする。

 今はバーテンダーじゃないらしいので、好みを優先させて貰いますか。


「オヤジさん。俺流で良い、かな?」

「好きにしろっての。俺は何が来ても文句は言わねえよ。スイ特製以外ならな」


 スイ特製ポーションには文句言うんだ。危険物か何かかよ。

 と、意識が逸れたがすぐに作業に持ち直す。


 レモンの果実をさっと水洗いしたあと、ナイフで縦に切る。六分の一のカットを、二つ分用意した。

 それぞれ、先端と中央の白い部分を切除し、軽く切り込みを入れながらメジャーカップの30mlの側に絞る。

 果汁を絞り終わった果実は、そのままそれぞれグラスに入れた。


 あとは足りない分をレモンジュースで補って、シェイカーに30mlを流し入れる。

 メジャーをすぐに裏返し、45mlの方でサラムを二回。計90ml計り入れた。

 バースプーンで軽くかき混ぜ、手の甲に乗せて味を見る。

 すっきりとした酸味が、生きている。


 後はシェイカーに氷を詰め込み、蓋をする。

 作業台の上で軽く締めたあとに、まな板にココンと打ちつけて、俺はシェイクに入ろうとした。

 いつもそうするように横を向くと、目の前にオヤジさんが居るのに気付いた。


「……あ」

「……邪魔だってか?」

「……いや、そうじゃないけど」


 俺は改めて、正面に向き直す。

 十分な広さがあれば、向く方向そのものは実はどこでも良いのだ。問題はどの角度から見た方がかっこ良く見えるか。

 それと、酔っぱらっているときなどにシェイカーが手からすっぽ抜けた場合、どの方向なら被害が少ないかだ。俺は一回だけやった。


 そして、ゆっくりとシェイクに入る。

 大きめのシェイカーだと、無駄な力が入りやすい。常よりも更に手首のスナップを意識して、軽やかにそれを振る。


 腕を上げて、カシャリ。腕を下げて、カシャリ。

 腕と言ってもそのものではなく、片腕の肘だけを上下させるのだ。そうすることで、無駄な力をなるべく省きながら、上下へと移動ができる。

 伝わる振動とそれにシンクロする音が、夜空に光る星の声のように、ほとんど無人の空間に響く。

 複雑で、細かくて、それでいて凛と響く、そんな音だ。


 指先から伝わる温度が、中の状態を伝える。

 もうすぐ、シェイカーの中の無限が、一つのまとまりを見せると教える。

 手のひらまで冷気が伝わってくる前に、俺はゆるりとシェイクを終えた。


 シェイカーの先端の蓋を開き、中の液体を二つのグラスに注いだ。

 ついでに、左右の比率は二対八くらいである。


「おい小僧。量が違うみてえだぞ?」

「あー、すんません。酔ってるからちょっと手元が狂って」

「……たく。しゃあねえなぁ」


 俺の下手な言い訳に、オヤジさんは呆れたように、少しだけ笑った。

 ま、バーテンダーじゃないとは言ってもあれだ。

 家族にだって、多少の気遣いはあっても良いだろう。


 とはいえこれだけだと、俺の方が少し強いので工夫はする。

 シェイカーの蓋を完全に取り去って、トングで二つのグラスに氷を詰めていくのだが。

 オヤジさんの方には、氷を規定通り八分目ほどまで。

 一方の俺の方は、半分程度までしか詰めない。


 氷が少なければ必然的に、入る割り材の量は増える。

 完璧を目指すわけではないので、こういう割り切り方もアリで良いだろう。


 最後に、双方のグラスにジンジャーエールを注ぐ。

 炭酸飲料は、氷に当てないように慎重に注ぐのが基本である。

 だが、氷が少ない俺の方には、意図してやや乱暴に注いだ。氷と炭酸の関係もあるが、それよりもまず俺は、このカクテルは微炭酸くらいが好みなのだ。


 最後に、バースプーンで上下に二回ほどステアしてやって、くるりと半回転させれば完成だ。


「お待たせ。【ボストン・クーラー】ですよっと」


 俺はその二杯を、わざとらしくカウンターに置いた。それも、椅子に座って飲むために、こちら側から遠い方にだ。

 オヤジさんは、カウンターから出ていこうと歩き出す。だが、その途中。俺に背を向けたままボソリと言った。


「……ま、相変わらず、器用なもんだな」

「どうも」


 あえて、軽くだけ返事をした。



 俺は再び道具類を片付け、オヤジさんが先に待っていた席の隣に座った。

 そして、彼が構えていたグラスに合わせて、静かにグラスを持ち上げる。


「じゃあ、乾杯」

「乾杯」


 酔っ払いのときのそれよりも静かにグラスを鳴らして、

 俺とオヤジさんは、同時にカクテルに口を付けた。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


急遽二回更新の二回目です。


なんか、これじゃまるでオヤジさんがヒロインみたいだなぁ……

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