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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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【サラトガ・クーラー】(1)

 それから、場はぐでんぐでんの盛り上がりを見せた。

 それがどんな感じだったのかを説明するのは、少し難しいかもしれない。

 なぜなら、後半になるにつれて、どんどん言語が日本語からかけ離れるのだから。

 だがあえて、俺が一番困ったシーンだけでも抜粋しておこうか。



「ところでよお。俺はマスターに聞きてえことがあったんだ」


 そう切り出してきたのは、やや口が柔らかくなってきていたイソトマだった。

 その雰囲気を察してか、なぜかゴンゴラとオヤジさんも神妙な顔つきになる。


「ええと、なんですか?」

「ここには男しかいねえ。だから正直に答えて欲しい」


 さんざん前置きを重ねたあとに、イソトマが言った。


「マスターは、女の子の中で、誰が一番気になってんだ?」


「……はい?」


 そのあまりにも、唐突かつ脈絡のない言葉は、俺の想像の範疇を越えていた。

 だが、その質問は彼らの中ではとても大事なことだったらしい。


「みんな実は知りたがってんだよ。マスターはどんな時でもはぐらかすけどよ。あんだけ口が上手いんだから、何もねえ筈がねえってな」

「そうだぜ、ここは俺達だけしかいねえんだ。正直にゲロっちまうのが筋だぜ、あんちゃんよ」


 イソトマの言葉にゴンゴラが乗っかってくるのだが、俺にはなおさら不可解だ。


「いえ、ですから俺にはそんな子は一人も──」


『はぁあ!?』


 そんな声を重ねられても、困るんだが。


「冗談だろ?! あんな可愛いサリーちゃんに慕われてて、何も思わねえってのか?」

「おいバーテンダーのあんちゃんよぉ。ウチの可愛いイベリスと専属契約まで交わしといて、本当に何もねえわけねえだろうが」


「いやいや、ですから俺はこの通りダメダメですから、まだまだ恋愛なんて、ねえ、オヤジさん?」


 俺はその剣幕に押されつつ、オヤジさんに助けを求めた。

 オヤジさんは、俺がスイやライと本当に何もないことを知っている。あれだけ近くにいて何もないのだから、その周りにも何もないと証明して──


「てめぇ? そんなにウチの娘たちには魅力がねえっていいてえのか? あ? 殺されてえのか? おいキブシ! エール五杯追加だ!」


 ダメだこのオヤジ。すでに酔っぱらってやがる。

 そしてそのエールは何用なんですかね。

 俺の手元にはほぼ満タンのが一杯あるんですが。


「まぁまぁお三方、落ち着きなって」

「ベルガモ!」


 俺がオヤジさんの思惑に戦々恐々としているところ、救いの手を差し伸べたのはベルガモだった。

 そうだな。やっぱり持つべき者は友だな。

 さぁベルガモ、この無駄にヒートアップした場をなんとか──


「一番可愛いのは、ウチのコルシカに決まってるんすよ。なぁ総?」

「お前何言ってんの!?」

「ああぁ? コルシカが可愛くねえってのか!?」

「可愛いけど違うだろ!」


 ダメだ。ここにはすでに酔っぱらったアホしかいない。

 その俺の気づきと同時に、場の目線は一斉に俺へと向いていた。


「なあ、マスター。サリーちゃんが一番可愛いよな? そうだよなぁ?」

「違うよなぁ? 一番気になるのは、どんな時もサポートしてくれるイベリスだろ?」

「てめえ、あれだけ家庭で世話になってるライや、カクテルで世話になってるスイを外すわけがねえよなぁ?」

「おいおい総。まさか、材料畑を管理してくれてるコルシカを、甘く見てはねえよな?」


 どいつもこいつも酒で理性を失っていやがる。

 なんでこんなことになった。俺は真剣にカクテルに向かっているだけなのに。

 いったい俺がどんな悪いことをしたって言うんだ。


「……あの、俺の意見としてはですね」


『あ?』


 とりあえず言ってから、何も考えて無い俺がいる。

 この場を乗り越える策は、なんだ。

 そうだ!

 誰にも当てはまらない理想像を述べて、全員の追求をはぐらかすんだ!


「し、しいて言うならそう。まず、体型は結構スラっと長めで、髪の毛もサラサラのロングです。それでいて、結構出るところは出てて、しまる所はしまってて。あと、運動神経も良くて、頭も良い。だけどちょっとエッチな所もある。そんな人が理想だったりするんですよねー、あはは」


 自分で言っておきながらあれだ。

 そんなやつ居ねえよ。なんだその童貞の妄想みたいな女は。

 よくもそんな理想が、まるで見たみたいにぽんぽんと出てくるなおい。


 だが、そんな俺の返答に、場の空気は凍り付いた。

 オヤジさんの、今にも俺を殺さんばかりの顔が、ぐわっと近づいて来て、告げる。


「それはひょっとして、ヴィオラのことか?」


「へ? あっ」


 言ってて気付いたけど、確かにこれ、かなりヴィオラのことじゃねえか。

 完璧とは言わないが、体型といい髪型といい、八割くらいヴィオラっぽい。

 つまり俺は、ありもしない理想を語って呆れられる予定だったのが、この場にまったく登場していない女性を上げて、火に油を注いだというわけか。


「ち! 違うんです! 大事なこと忘れてました!」

「なんだ? 遺言か?」

「年上! 俺は年上が好きなんです!」


 あ、危ない。うっかり殺されるところだった。

 だがこれですんでで回避できたはずだ。

 さっき出てきた中に、年上の女性は一人もいない。

 だから、俺の理想があまりにも高すぎて、お前は馬鹿だなあまったく、という空気になるはずである。


 ……であるはずなのに、男達はさらに神妙な顔になっていた。

 何故、と思っているところで、今度はイソトマが、ぼそりと言った。


「そりゃマスター。もしかして、サリーちゃんのママさんのことを言ってるのか? いくらなんでも年上すぎるしそもそも人妻だし──」

「ちげーよ! あ、いえ違います!」


 思わず素で否定が出てから、俺は慌てて取り繕った。


 とまぁ、実年齢のわりには精神年齢の低い男達の会話が、酒に煽られてやんややんやと盛り上がって行ったというわけである。



 そして、時は流れて。



「小僧ぉ! も一軒いくぞぉ!」

「はいはい! 分かりましたから、まっすぐ歩く!」

「歩けるってんだろぉ」


 そう言いつつふらりとどこかへ行きそうになったオヤジさんを、俺は慌てて掴み止めた。

 オヤジさんの進行方向を調整しつつ、彼の言葉に調子を合わせる。


「じゃあどこいぐ? あれだなぁ、お前あれだ、たまには女の子の店行くかぁ?」

「いいですねー。でも、どんな女の子よりも、スイやライのが可愛いですよー」

「たりめーだろぉ!? 分かってんじゃねぇかぁあ」

「じゃあ、そっちに行きましょ。ね?」

「だめだぁ! スイの酒なんて飲めねえだろぉ?」


 ここまでぐでんぐでんに酔っぱらっていても、スイ印の特製ポーションを拒絶する本能は働いているようだ。

 スイ……可哀想に。


 ついでに、現在時刻は深夜零時過ぎだ。

 結局あれから、俺、ベルガモ、そして中年の三人は閉店まで飲んだ。

 その中でも特に飲んでいたのは、祝いの主役であるベルガモと、意外なことにオヤジさんだった。

 イソトマやゴンゴラに聞いても、いつもより大分ペースが早かったらしい。

 ベルガモの件について、俺達の想像以上に喜んでいたのかもしれない。


「俺はな、こう見えて酒の味にはうるせえんだぞ、お」

「ですよねぇ。ほんとに、見習いたいです」

「おめえも料理勉強するかぁ? しねぇだろ? だからダメだぁ」

「残念ですねぇ」


 その結果が、この体たらくなわけである。

 会計をすませる前には、その場には酔っぱらって死にそうなほど青くなっているベルガモと、やかましくなっているオヤジさんがいた。

 ベルガモの方には、方向が一緒だという常連客二人をつけた。酔っていないわけではないが、ベルガモよりはマシだった。

 そしてオヤジさんには、帰る道が一緒というか、帰る家が一緒である俺がついた。

 のだが、帰る途中でオヤジさんが飲み足りないと言い出しているところだった。


「俺ぁなぁ。本当に、嬉しかったんだよ。だからなぁ、アレだ。年甲斐もなく飲んじまってよぉ」

「そうですよね。俺も本当に嬉しかったです」

「でも飲み足りねえんだよぉ。だから小僧が代わりに飲めよ。全然酔ってねえだろぁ?」

「酔ってますよ。すっごい飲んでましたから」


 完全に呂律が回っていないオヤジさんに、俺は曖昧な笑みを浮かべていた。

 まぁ、酔っていないわけではない。だが、そこまで飲んだわけでもない。

 正確には、水を使ってアルコールのペースをずっと調整していたのだ。

 ベルガモとのサシ飲みだったらまだしも、オヤジさんや常連さんの前で、あまり酔って醜態を晒すわけにはいくまい。


「でも、お前まだ飲めんだろぉ? 俺もだからよぉ、もう一軒だけいぐぞぉ」

「分かりました! 分かりましたから前見てください! 前!」


 俺は強引にオヤジさんを引っぱり、今度はどこかの路地に消えそうになっていたのを救い出した。

 祝いの席だからとやや傍観気味でいたのが、まずかったかもしれない。

 決して俺が、火に油を注いだからではない。


 しかし、こんなになったオヤジさんは初めて見た。

 仕方ない。少しだけ予定を変更することにするか。


「っいっく。 おぉ? おめえ、この道、なんだぁ?」

「素敵なお店に向かってますよー」

「ああ? 本当かぁ?」

「本当ですよー」


 このまま家に連れ帰って、娘達に距離を取られるオヤジさんを見るのは忍びない。

 だから俺は、仕方なく予定を変えて、ある場所に向かうことにした。

 今は夜だ。この時間になると、秋の風がよりいっそう冷たく感じる。

 寄り道の一つもすれば、その風が酔いを少しは醒ましてくれるだろう。




「ここぁ、俺の店じゃねえか」


 そして、俺達はイージーズに来たのだった。

 俺は手早く店の鍵を開け、オヤジさんを中に迎え入れた。


「ええ。そういえば、と思ったんですよ。オヤジさんはお客さんとして、俺のバーに来てくれたことはないですよね」

「たりめぇだろ? 俺が作らねえで誰が料理をつくんだよ」

「だから、今だけ料理はオヤスミです。最後の一軒として、どうぞこちらへ」

「……ふんっ。まぁ、たまには付き合ってやらぁ」


 オヤジさんも、ほんの少し酔いが収まったようで、呂律だけは戻り始めている。

 俺は少し慇懃な態度で彼をカウンター席に通した。

 まだふらついているオヤジさんを、足の長い椅子に座らせる手伝いをする。そのあとに、俺はそそくさとカウンターに入りつつ言った。


「それではご注文、といきたいところですが。最初の一杯はサービスです」

「なんだぁ? お前まさか、色んな客にそんなことしてねえだろなぁ」

「いえいえ、これはオヤジさんのための特別な一杯です」


 言いつつ、俺はまず手を洗う。

 その後に、さくっと冷凍庫の具合を見た。

 これから作る予定のカクテル用の氷が、それなりに残っている。新しく割る必要はない。

 俺は、洗って乾かしてあった器材を、いつもの半分だけ用意する。


 メジャーカップは一つ。バースプーンも一つ。

 他のお客様を心配する必要もないので、その辺りの利便性を求める必要はない。


 簡単な準備を整えたあと、俺は最初の一杯にとりかかる。

 と、その前にだ。


「あ、オヤジさん。これから作るのはちょっと特別なので、手元を見ないで貰えますか?」

「ああ? それでなんか変なもんでの入れるってのか?」

「そんなことしませんって!」

「……ふん。まぁいいだろう」


 オヤジさんは、渋々ながら了承してくれた。

 それを確認してから、俺は急いでその一杯にとりかかった。


 用意するのは、コリンズグラスと呼ばれるやや背の高い、細長いグラスだ。

 そして材料をさっと取り出した。


 ライム、及びライムジュース。

 シロップ。

 そしてジンジャーエール。

 以上だ。


 作り方は簡単だ。


 まずいつものようにライムをカットしたあと、メジャーカップに果汁を注ぐ。

 絞った果実をグラスに落としてから、その中に砕氷──クラッシュアイスを詰める。

 それが終われば、あとはメジャーカップにライムジュースを20mlまで継ぎ足し、注ぐ。

 白く霜が張っていた砕氷が、ライムジュースを被ってカチカチと音を立てるのを聞きつつ、今度はバースプーンを左手に持つ。

 右手でもったシロップのボトルを慎重に傾け、1tsp──およそ5ml程度の液体を取ってそれもまたグラスに注ぐ。

 後は取り出しておいたジンジャーエールを、少し勢い良く注ぎ材料は全て揃った。


 炭酸が砕氷の一つ一つに反応して、シュワシュワと溶け出して消えていく。

 早さを意識し、右手に持ち替えたバースプーンで液体を軽く上下してやれば完成だ。

 いや、まだだった。

 その最後の最後に、俺はイベリス製のストローを氷の隙間に突き刺した。


「オヤジさん、もう良いですよ」


 声をかけると、体ごと目を背けていたオヤジさんがこちらを向いた。


「おせえぞ。最初の一杯ってんだから、エールだと思ったのにどんだけ時間かかるんだよ」

「すみません。ちょっと手の込んだものを作ってました」


 素直に謝りながら、俺はそのグラスをオヤジさんの前に差し出した。

 その一杯は、透明感のある薄いカラメル色をしている。

 底に沈んだ緑の果実と、ジンジャーエールの色合いの組み合わせは、少しだけ暖かだといつも思う。


「お待たせしました。【サラトガ・クーラー】です」


 言いつつ、小細工の一つでもすれば良かったかな、と少し思った。



 まぁ、良いか。

 たとえこれが『ノンアルコール』──いや『ノンポーションカクテル』だと気付いても、怒り出すような人ではあるまい。



※0113 誤字修正しました。

※0114 誤字修正しました。

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