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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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男の時間(2)

すみません。またかなり長いです。

遅くなって申し訳ありません。


「そういや、双子の住居のあてはできたのかよ?」

「いや、もう少しかかりそうかな」


 いくらか酒と料理を楽しみ、それぞれの感想を戦わせたあと。

 ベルガモのふとした疑問に俺は答えた。

 双子というのは、この場合では俺の下に付いてバーテンダーの修行をしているフィルとサリーのことを指す。

 その二人の住居というのも、事の発端は二人に記憶が戻り、素性が明かされたところからだ。


 先日の一件の後、彼らの母親によって、二人は公式に非公式の存在としてこの国に潜り込むことになった。日本語がおかしいが仕様だ。

 つまりは、身分を隠してこの街で暮らせるようにと、表には出ない取引があったみたいなのだ。

 二人が他国の貴族だと知っているのは、領主様と彼が報告をした更に上の人間、そして彼に信頼されている部下と、事件の当事者のみ。

 いつまで隠し切れるかは分からない。しかし、しばし二人は何の変哲も無い一般人として、この街で暮らせることになった。


「つっても言い方悪いが、そんな良いとこのお子さんを、いつまでもヴェルムット家の地下室暮らしさせるわけにはいかないだろ」

「そうなんだよなぁ。本人たちはそれで良いみたいに言ってるけど、ヴィオラからの圧力半端ないんだよな」

「ああ、気にしそうだな、あの娘は」


 ヴィオラというのは、スイの幼馴染でこの街の騎士団に所属している女性だ。この街の騎士団は、日本で言う所の警察とか役所とかを合わせた組織のようだ。

 それで、その役所的な立場から、彼女はしきりに二人にもっと良い住居を用意できないかと腐心しているのだ。

 彼女は事情を知っているだけに、国際問題に発展しかねない二人の処遇には、ヒヤヒヤしている様子であった。


「だけど、ヴィオラが用意してくれる住居って、どこぞの貴族様の別荘みたいなところばっかでさ。二人とも嫌がるんだよ」

「二人とも貴族なのにか?」


 ベルガモの意外そうな顔に、俺は二人の言を思い出すように、ぽつぽつと答える。


「いや……確か、そう。広い空間が落ち着かないらしい。もっと暗くて閉鎖的な場所のが落ち着くんだとさ」

「かーっ! さすが吸血鬼だな!」


 聞けば、彼らのもともと住んでいた地域は、この辺りよりも薄暗く、なおかつ屋敷にも窓は少なかったらしい。

 ヴィオラから紹介された屋敷はみな、この国の貴族の別荘風なので、どちらかと言えば開放的なのだそうだ。

 額に手を当ててわざとらしく声を上げていたベルガモが、ゆるく頷きながら羨ましそうにこぼす。


「もったいねぇなぁ。俺だったら一度くらい、そんな広いとこ住んでみたいぜ。コルシカと二人で暮らしても狭くない場所によ」

「農場備え付けの家は、狭くて悪かったな」

「文句じゃねえって! 悪かったからそんな目で睨まねぇでくれ」


 俺がじと目で答えると、ベルガモが今度は焦ったように手を振った。

 ちなみに、このベルガモとその妹、コルシカが今どこに住んでいるのかというと。

 スイのポーション屋がとある理由で所持している広大な土地。そこに存在するカクテル原料生産基地のすぐ側にである。


 スイのポーション屋、及びイージーズは、街のはずれに大きな土地を持っている。

 そこには、イベリス用の実験施設と工場設備、コルシカに任せてある畑、そして地下から移転したスイの魔法研究設備など、様々なものがある。

 とは言っても、広さに対して関われる人員が少ないので、その土地を実はかなり持て余しているのだが。

 まぁそれは置いておいて。そこに元から備わっていた小屋の一つに、獣人兄妹は住んでいるのだ。


「確かになぁ……もともとは管理者が泊まるための小屋だったみたいだから、そりゃ狭いのは当然だよなぁ……」

「だ、だから文句はないって……」

「言うな。お前の気持ちは確かに分かった。不満、だよな?」

「分かってねえだろおい!」


 俺が突っ込むとベルガモはヤケクソ気味に言って、そのままグラスに半分ほど残っていたエールを飲み干した。

 俺も「冗談だって」と軽く答えて、自分の分を少し含んだ。麦の力強さを感じさせる程よい苦みが口の中に広がった。

 うむ。やはりキブシさんのエールは良い仕事をしている。

 というか、これ、オヤジさんが仕入れていたウチのエールじゃないか。

 どおりで発注先を、今まで教えてくれなかったわけだ。


 俺の内心の呆れをよそに、ベルガモがおかわりを注文していた。

 その様子を横目に見ながら、俺は住居について少し考え込む。

 実は俺も、ちょっと思うところがあった。

 このまま二人に狭い思いをさせ続けるのもなんだし、なんなら俺自身がずっとヴェルムット家に居候というのも、どうかと思っているのだ。


「なぁベルガモ。土地はまだ余ってるんだし、今後ますます忙しくなって、従業員が増えるかもしれない。そう思ったら、いっそのこと寮の一つくらいあっても良いかもな?」


 俺の言葉に、ベルガモはやや唖然とした表情をしていた。

 俺の発想が理解できない、というよりは、俺の言葉に意表を突かれた感じだった。


「……今後か」


 神妙な様子でベルガモが呟いたので、俺は心配になって尋ねた。


「どうした? もしかして、辞める予定でもあるのか?」

「いや、違うんだ。むしろ逆だよ」


 逆?

 思ったころに、注文したエールのおかわりが届いた。ベルガモはそれを一口含む。

 口についた泡を手で拭い、その後に、やや照れくさそうな表情で言った。


「俺さ、獣人だろ? この街は獣人に特段厳しいわけじゃないけど、それでも少数派って感覚はある。だから、きっとこの街に住むのも長くはないと思ってたんだよ」

「……そういや、二人は生まれ故郷からずっと、転々としてきたって言ってたな」

「ああ。格好つけた言い方すればさ、ずっと落ち着けるところを探してたんだな」


 獣人兄妹の出自については、ある程度詳しく聞いていた。

 もともと彼らはもっと南にある国に住んでいたらしい。そこは獣人が住人の大多数を占める、小さくて温暖な国だったとか。

 しかし、小国同士の小競り合いがあった。二人はそんな小競り合いに巻き込まれて住む場所と両親を亡くし、逃げるように住処を転々としてきたらしい。

 それが何年前かは覚えていないというが、そんな彼らが何個目かの住処に選んだのがこの街だった。


「俺、総達にスゲー迷惑かけただろ? 謝っても許して貰えないくらいのさ」

「そんなの、もう気にするなって言ってるだろ」


 迷惑とはすなわち、店に対する強盗行為のことだ。未遂ではあったが。

 彼はふとした瞬間にそのことを思い出し、その度に俺達に謝る癖があった。

 俺達はもうとっくに、そんな過去は思い出にしてしまったというのに。

 ベルガモは、少し目をふせつつ、静かに話を続ける。


「気にするさ。コルシカの命がかかってたって言っても、今考えたら、余りにも馬鹿なことをやった。そんな俺に温情をかけてくれて、あまつさえ働く場所までくれて。死んでも返し切れない恩を感じてる」

「だからなぁ。渡りに船じゃないけど、そのおかげで俺達も助かったんだ。特に最初の頃は、安い給料で死ぬほど働いて貰ったしな。気にしてない」

「いや、安い給料って言うけど、まかないは食わしてもらって、住む所も世話してくれて、額面以上のもん、はっきりと貰ってたよ」


 ベルガモの声がさらに真剣さを増した。

 その声色に宿る本気を感じて、俺はグラスに伸ばしかけていた手を引っ込める。

 そして、彼がこれから話すことを正面から聞く態勢になった。

 俺の雰囲気の変化を察したベルガモも、正面から言葉を紡ぎ出す。


「だから、言っちゃなんだけど、俺が働いているのの半分は責任感だった。今までほとんど学んだことない料理を、真剣に練習できたのもそのおかげだった。でも、最近それだけじゃなくて、ちょっと、料理が楽しくなってきてたんだ。それで少し悩んでた。俺は恩を返すために働いてるのに、自分が楽しんでどうすんだって」


 彼の普段の明るい振る舞いに、やや影が生まれたのには、なんとなく気付いていた。

 しかし、彼がこんなことを言い出したのは、相談のためではあるまい。

 なぜなら『悩んでた』と、過去形なのだから。


「それで、オヤジさんになんて言われたんだ?」

「……おいおい。まだそこまで、話してないだろうがよ」


 俺が言ってやると、ベルガモは苦笑いを浮かべる。

 その後に、小さく胸を張り、オヤジさんの真似をするように低い声で言う。


「この前の営業終わりに言われたんだ。『お前最近、ちょっと料理が好きになってきただろ』って。そんで俺『あ、やべ、バレた』って思った」

「思ったけど?」

「その後にオヤジさん、『良い傾向だ。お前も、本気で俺の弟子になる気はないか』って言ってくれたんだ」


 ずっと照れくさそうにしていたベルガモが、その犬耳までヒクヒクさせた。

 どうやらその時のことを思い出して、照れくささがマックスに達しているらしい。


「俺、それ言われてさ。『あ、責任感で働いてた俺を、この人はずっと待っててくれたんだな』って、思った。俺が料理に自分から興味を持つのを、待っててくれたんだって」

「それで、なんて答えたんだ?」

「『え? あの、俺、ずっとここに居て良いんですか?』って。そしたら殴られた」

「だろうなっ!」


 俺はその時の様子を思い浮かべて、少しだけおかしくなる。

 オヤジさんが人を殴る条件は三つある。娘に近づく男が気に食わないときと、男がウジウジしているのが気に食わないときと、『夕霧総』が気に食わないときの三つだ。

 そして今回は、そこまで言ってやったのにベルガモが踏み込んでこなかったのが、気に食わなかったのだろう。


「だから俺は、改めて言ってやったね。『お願いしまる!』って、真顔で」

「噛んだのかよっ」

「噛んだよ! すっげー恥ずかしかったよ! 緊張でちょっと呂律回らなくて、そのあとも『すみません、おながいします!』って言ったよ!」

「アホだ、アホがいる」


 俺が指をさして笑うと、ベルガモも恥ずかしそうに笑った。

 二人の笑いが収まったあと、同じタイミングで仕切り直しのようにエールを飲み、それからベルガモが続けた。


「だからっ! さっき総が、俺がこの先ずっと居るのを、当たり前みたいに思ってたの、分かって……ちょっと、男的に感じるところがあった」

「男的にか」

「そう、男的にだ」


 そのくだらない物言いで、また二人で少し笑った。

 ついでに『男的に』という単語に深い意味はない。


「逆に総こそ、ずっとここに居るつもりなのか?」

「へ?」

「いや、総って『カクテル』を世界に広めたいって思ってるんだろ? ポーション品評会の結果もあって、ある程度噂は広まってきたし、その後ってどうするんだろうって」

「…………」


 ベルガモに言われて、俺は少し考え込む。

 それは、結構前に──確かポーション品評会の頃にオヤジさんに言われたこととダブって聞こえた。

 世界に『カクテル』を、安価で効果的なポーションを広めたい。それによって、救われるはずの貧しい人々を助けたい。


 それはスイの夢だ。

 そして俺の目的でもある。


 今はその為の手段として、とにかく目先の材料を集め続けている。

 そうしている限り、俺の目的とスイの夢は寄り添うことができる。


 だが、それが果たされたら。

 すなわち、世界にカクテルが広まったら。

 この『酒』という娯楽が少ない、退屈な世界が生まれ変わったら。


 スイはそれでも、人々のためにポーション屋を続けられるだろう。

 じゃあ俺は? 何の為にカクテルを作って、そしてなんの為に生きていく?

 ずっと死ぬまで技術を磨く? なんのために?

 そもそも、俺は、どうしてカクテルの技術だけを磨き続けているんだ?


 ……誰かに、何かを。


 ズキン。


「あー。すまん。今の俺には目先のカクテルしか見えてないみたいだ。だから、カクテルの熟練度がマックスになるまで、次の職業がアンロックされない」

「総ってたまに変なこと言うよな。テレビゲーム? がどうとか」

「これも異世界の知識ってやつだよ」


 俺は静かに頭を振りつつ、やや乱暴に結論づけた。

 カクテルに答えが見えていない自分に、他の何が見えるというのか。

 残っていたエールを一気に飲み干し、ベルガモと同じようにおかわりを注文する。

 キブシさんの返事を聞きつつ、俺はカウンターにぼんやりと目をやった。


「そういや、席はポロポロ埋まって来たけど。それでも俺達をテーブル席に通すほどじゃないよな」

「んー? 確かになー」


 ベルガモは興味が無さそうに生返事をする。

 どうやら彼は彼で、次の食事のメニューをどうするかで頭がいっぱいらしい。

 しばらく会話もないまま待っていると、すぐに注文の品が届く。


「お待たせしました。シノニム普通エールです」

「そのネーミング、どうなんですか」

「特製が生まれてしまって、どうにもね」


 注文の品を届けに来たキブシさんと、軽く会話を交わした。

 ついでにこの普通エールは、ペールエール(代表的なビールの種類の一つ)だと思われる。詳しく突っ込んで聞けば、他のエールの話も聞けるかもしれない。

 そんなことを胸中に思い起こしていると、キブシさんが時計を気にしつつ言った。


「そろそろだね」

「はい?」

「なに。君達をテーブル席に通した理由が分かるよ」


 キブシさんは、言いながらニヤリと俺に笑いかける。

 どうやら俺が席配置にずっと疑問を持っていたことに、気付いていたようだ。

 彼はもう一度時計を見たあと、そっと予約席の立て札を回収した。


 ちょうどそのタイミングでドアが開き、カランと鐘が来客を知らせる。


「いらっしゃいませ」

「おう。席は取っててくれたか?」

「もちろん。更におまけが二人ついてるけど」

「あ?」


 最初に気になったのは、キブシさんのかなりフランクな口調だろうか。

 いや、それは現実逃避だ。


 目と耳が一番に伝えてきた情報を、俺の脳が意図的に遅延させたにすぎない。

 だというのに、脊髄反射で俺は居住まいを正していた。

 それは、俺の反対側でメニューを読みふけっていたベルガモも同じだ。



「お、マスターとベルガモじゃねえか!」



 この声は、イソトマである。相変わらず元気な中年だ。



「おお? バーテンダーのあんちゃん、奇遇だな」



 その後に声を続けたのは、イベリスの次にウチを利用してくれている機人客、ゴンゴラである。



 そして最後に、三人の先頭に立っていた男が、言った。



「……なんで休みだってのに、お前らの顔を見なきゃなんねぇんだよ」


「それはこっちのセリフです。ってベルガモが言ってました」

「おぉい!? 何言ってんだ!? 言ってねぇだろ!?」


「良い度胸だな。とことん付き合えよ小僧共」



 そして、獰猛な笑みを浮かべたのは、さっきまである意味話の中心にいた男。

 オヤジさんこと、フレン・ヴェルムットその人であった。


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