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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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変な夢(5)



 俺は散々咳き込み、鳥須は慌てて水の入ったグラスを差し出す。


「ご、ごめんっ! 大丈夫?」


 若干申し訳なさそうにしている鳥須。

 俺は受け取った水を飲み干したあと、鳥須を少し涙目で睨みつけた。


「……まぁ、不味くはなかった」

「えっと、ごめん」

「謝るなよ。俺が恥ずかしいだろ、クソ」


 そういえば、ウィスキーはアルコール度数の高い酒だった。

 勢いで行ったは良いが、飲み慣れていない強い酒なんだからもっと警戒すべきだった。

 人前でゴホゴホとむせるのは、ちょっと恥ずかしかった。


「ごめんねー。うん、最初にストレートで味わって貰いたかったんだけど、やっぱり強かったよね」

「だから謝るなっての。これで満足か? 確かに、俺が知らない──」

「待って、もう一杯」


 俺が素直に謝罪をして終わらせようと思ったところで、鳥須は待ったをかけた。

 そして何をしだしたかと思えば、先程と同じグラスをもう一つ用意し、同じようにデュワーズを注ぐ。

 そのあと、今度は『水』を、ウィスキーと同量注いだようだった。


「これはトワイスアップって言うんだ」

「ストレートで俺がむせたから、気を使って薄くしたのか」

「違うよ。これはこれで由緒ある飲み方なの。同じように、飲んでみて」


 差し出されたグラスに、俺は目を落とす。

 色合いはほんのりと薄くなっているのだろうが、良く分からない。

 口に近づけてみると、不思議なのは香りだ。

 順当に思えば、香りそのものも薄くなってしかるべきだとは思うが、まるでそんな気がしない。もしかしたら強くなっているかもしれない。


「今度も、ゆっくりと飲んでみて」


 そして促されるままに、俺はまた恐る恐る、液体を口に含んだ。


 舌先に広がる甘みが、先程よりも強く、はっきりと感じられた。

 さっきまで凝縮されていたそれが、水を得た事で広がり、繊細な情報として受け取れるようになったみたいだった。


 変化があったのは味の入り口だけではない。

 舌に広がったその味は、やはり先程よりも鮮明に、刺激的な快感を伴って薄く広がっていく。

 鮮やかになった風味は、穏やかに口の中を叩いてまわる。その刺激は、先程そのまま飲んだときよりも俺の舌に馴染む。

 まるで系統は違うが、七味唐辛子のような旨みと刺激の合わせ技が、アルコールに乗ってマイルドにしみ渡るようだ。


 そして、それをゆっくりと呑み下す。

 これでもまだ刺激は強いが、今度はどうにかむせることもなく流れていった。

 そしてまた、驚く。

 軽く鼻で息を吐くと、ゆったりとしたコクが鼻の内側をなぞるようだった。


「…………コホッ」


 と、油断していたところで一つだけ咳が出るが、よほどマシだ。


「……それで、どうだった? 想像ができた?」


 問われて、それに大人しく答えるのは癪だった。

 濃縮されたストレートと、細分化されたトワイスアップ。

 どちらも俺に衝撃的なイメージを植え付けていた。


 今まで知らなかった味わいというものを、教えられた気分だった。

 アルコールの暖かさが、胸の内に満たされているみたいだ。

 それを、どちらかといえば苦手な部類の人間に教えられた、と認めるのは嫌だった。


「確かに、美味しいよ。酒なんて酔う為のものだと思ってたのは、間違いだった」


 嫌だったが、それ以上に嬉しかった。

 思えば、俺の心は大学に入ってどう変化していただろうか。

 適当な人間関係で、適当にやり過ごして、それで課題をこなす毎日。

 新しいものなんて何も無かった。灰色だった。それが嫌とも思っていなかった。


 そんな世界に、琥珀色の鮮やかな刺激が走った。


 今だって、灰色が嫌なわけじゃない。

 だけど、この琥珀色を少しくらいは楽しんで良い気がしている。

 だから、嫌だけど、礼くらいはしておくべきだろう。


「ありがとう鳥須。教えてくれて」

「……いやー。偏屈っぽい君に、そこまで素直に礼を言われるとは。照れますね」


 鳥須はやや恥ずかしそうにはにかみ、そしてデュワーズのボトルを手に取った。


「デュワーズはね。アメリカで一番飲まれているスコッチ。それってなんでだと思う?」

「……なんでって、値段と味のバランスが良いから?」

「かもしれないね。でもそのバランスを作るのは、人間なんだよ」


 鳥須は、唐突に語り出した。

 俺はそれを大人しく聞く。


「デュワーズに限らずウィスキーはみんなそう。このお酒は、ニューポット──蒸留を終えてから、実際に製品として出すまでに数年から数十年の間がある」

「それはまた、大層なもんだな」

「だから、想像するんだよ。樽に詰めるときや樽から出すときに」


 想像。鳥須はそれが酒にとってとても大事なものだと感じているようだ。

 彼女は、静かに話を続ける。


「樽に詰める時なら、これが眠りから醒めるのはいつになるのかとか。樽から出すときは、これを詰めてくれた人はどんな思いだったのかとか。そして、製品としてのウィスキーを世に出すのなら、これをどんな人が飲んでくれるのかとか」

「……デュワーズの場合は、それがアメリカ向けだってことか」

「そうじゃない。その思いを受け取れる人が、たまたま多かったってこと」


 たった一杯のウィスキーに、そこまで想像している人間がそんなにいるのか。

 そう思っても、俺が口に出すことは決して無い。

 少なくとも、その思いを受け取ろうとしている人間が、ここに一人いる。

 それが滑稽なことだとは、とても思えない。


「だから想像力。これから君がどんなお酒を飲むとしても、それが一番大事。ね?」

「……そう、か。分かったよ」


 俺が頷くと、鳥須はまた曖昧な笑みを浮かべていた。どうやら言いたいことは全て言い切った様子だ。

 俺はそれを確認したあとに、帰り支度をはじめる。

 鳥須は、それを酷く不思議そうに見つめてくる。


「ん? 夕霧君どうしたの?」

「用事は済んだんだろ? 帰るんだけど」


 鳥須の問いかけに、俺もきょとんとした表情で答えた。

 その返答に、鳥須はやや慌てた口調になった。


「え? 君は今、お酒の魅力の入り口に立ったところです。オーケー?」

「? そうだな」

「だったらこの後、この伊吹お姉さんに『お酒ってすごい! もっと教えてください!』って言ってくる流れでしょ?」

「は?」


 鳥須が急に意味の分からないことを言い出したので、俺は思わず呆れ声が出た。


「なんでこの先、関わることもない女に教えて貰わないといけないんだ?」

「えぇ!? いやだって、普通これから仲良くなるところでしょ?」

「俺は別に、お前と仲良くなりたいなんて思って無いけど」

「思えよ! 少しは思ってよ!」


 鳥須は焦ってカウンターから出て来ると、俺の手を掴んで引き止めようとしてくる。

 俺はまた『触るな』と怒ってから、彼女の言い分を聞いた。


 どうやら、彼女が酒飲み友達を探しているというのは本当らしい。

 しかし彼女の女友達は、そこまでディープに付き合ってくれるわけではないという。

 さりとて男性になると、どうしても下心が見え隠れする。

 色々なお酒を楽しみたいだけなのに、その後の夜の計画を立てられるのは鬱陶しくて仕方ないらしい。


 そんなとき、見つけたのが俺だった。

 下心の欠片も見せず、しかも教え込めば酒にハマりそうな男。

 彼女にとって、これ以上都合の良い人間はいなかった。


「しかも、自分が教えるという立場で、あわよくば人間関係で優位に立とうと思ってたのか。卑しい奴だな」

「悪かったから! ね? お願いだから友達になろうよ!」


 しかし、彼女の見立て以上に、俺は鳥須に興味がなかったというわけだ。

 計画が狂ったからか、作戦を変更して泣き落としにかかっている鳥須が、哀れだった。

 哀れを通り越して、鬱陶しいと言っても良い。


「それで、俺にとってのメリットは?」

「ええと。可愛い女の子を侍らせて、いい気分になれるとか?」

「デメリットも良い所だな」


 俺が心底馬鹿にしながら吐き捨てると、鳥須もややむっとした表情で言い返す。


「君、本当に男なのかな?」

「じゃ、この話はなかったことで」

「ごめんってばぁ!?」


 縋り付くようにしてくる鳥須を、俺はまた手で払った。



 そのあと、結局俺は押しに負け、俺と鳥須は友達になった。

 酒という一点でのみ繋がった、とても不思議な友達に。



 ──────



「で、ベルガモ。この先にいい店があるって?」


 もうすぐ夜になろうかという、繁華街の大通り。

 聞くと、犬の獣人である同僚が、にかっと笑みを見せた。


「おうよ! オヤジさんに聞いたんだけど、自家製の酒にも拘ってるらしいぜ。総の興味を引く物があるかもよ」

「それは良いな!」


 ベルガモの返事に、俺もにかっと笑って答える。

 今日は店の定休日だ。俺はかねてからベルガモと約束していて、今日は一緒に飲みに出掛ける事になっていた。

 この世界に来て、同年代で対等に飲み歩ける相手は少ない。

 ベルガモの存在は俺にとってもありがたいものだった。


「しかし、本当に良いのか?」

「何がだ?」


 急にベルガモが殊勝な顔つきで尋ねてくるので、俺はふと足を止めた。

 ベルガモはややすまなそうな顔で、言った。


「もともと、俺を拾ってくれただけでも恩があるのに。獣人と一緒に歩いてたら、周りから変な目で見られたりして、その、迷惑かけないかって」

「馬鹿にすんなよこら」


 俺はベルガモの言葉に、少し苛立ちながら返す。


「迷惑だとかメリットだとか、そんなんで友達を選ぶ気はないぞ。俺と気が合って、更に酒も一緒に飲んでくれて、これ以上何を望むんだ?」

「……総」

「分かったらさっさと案内してくれよ?」

「おう!」


 そして、俺とベルガモの二人は静かに道を歩く。

 その店が出してくれる酒とやらに、想像を膨らませながら。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願い致します。


のっけから初夢入っていますが、少しウィスキーのフライングです。

ウィスキーに関しての話も、あくまで主観になります。

ミス以外の部分は適度に流していただけると幸いです。

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