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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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【ダブル・ホワイト】(2)

 名前の割には、見た目は真っ黒。

 名前にあるホワイトは、なんのひねりもなく『ホワイトキュラソー』と『カカオホワイト』から取られている。

 それがこの【ダブル・ホワイト】である。


 実はこのカクテルは、厳密には俺のオリジナルと呼べない部分もある。

 もともとは、とあるお客さんから教えて貰ったレシピをベースに、俺がアレンジを加えたものだからだ。

 そして、その由来を思い出したからこそ、俺はこのカクテルを作ったとも言える。


 俺はそのお客さんに色々なことを教わった。

 良く聞く話かもしれないが、見習いのバーテンダーよりも『バーテンダー』に詳しいお客さんは多い。

 見習いを卒業したところで、お客さんには常に教わることばかりであるのだ。

 そして、そのお客さんに教えて貰ったことの一つが『コーヒーカクテル』だった。


 過去に色々と教わった気持ちが、今になってふと蘇り、俺はこの一杯を作った。

 教わったことを、俺なりに発展させた答えを示したかった。

 コーヒーについて色々と教えてくれた店主に、これがそのコーヒーを使った答えなのだと言いたかった。


 ベースに四大蒸留酒を使ってはいない。

 しかしこれが、俺の『基礎』の一つでもある。


「では、いただきましょう」


 俺の一杯をじっくりと観察していた店主が、控えめに告げた。



 ──────



 さて、と手を伸ばして、店主は悩んだ。


 彼は今まで、人生の半分以上をコーヒーに費やして来た。それなりに裕福な家庭に生まれ、嗜む程度にはじめたコーヒーに、いつの間にか魂まで引き寄せられていた。

 だからこそ、目の前に現れた青年の、要求に面白さを感じた。

『カクテル』という、新しいコーヒーの飲み方に、興味が湧いた。

 そして、自分の心を決めかねていた。


 商談として考えれば、当然この一杯がどんな味であろうと、気にすることはない。

 しかし、期待がある。それに応えられるだけの味であることを切に願ってしまう。

 もし満足できないのならば、この青年の要求を蹴りたいとすら、思ってしまう。

 年甲斐も無くそう考えてしまい、店主はふぅと息を吐いた。


 今はとにかく、この一杯を楽しむことからはじめるのだ、と。


 まず口元で香りを楽しむ。温度が下がればコーヒーとしての香りは薄くなる。

 それでもふわりと香る香ばしさの中に『何か』があった。店主の脳内で『カクテル』から香る『何か』が、導かれない。

 甘いような、苦いような、不思議な香りとだけ心に留めた。


 そして、一口を含む。


(……これは……柑橘?)


 その一口によって、ようやく香りの正体が繋がった。

 だが、それは疑問に彩られたものであり、確信に至るまでではなかった。


 口当たりは、飲み慣れたコーヒーの、深く濃い味わいを感じさせる。

 しかし、随分と甘い。砂糖か、それに類するものをかなり入れないと、この甘さには到達しないだろう。


 そう思いはするのだが、それが決してくどくはないのだ。

 むしろ爽やかといっても良かった。

 その爽やかな何か、それが店主の記憶の中では柑橘に近いものだった。


 そう感じつつ、それを舌に広げてみる。すると、花開き出した味は、柑橘のそれとは少し違った。

 言い知れないコクを持った『何か』である。

 コーヒーと過不足なく混ざり合い、互いを高め合う『何か』。

 それは、コーヒーを飲む際に供することのある『チョコレート』の、甘さを控えたもののように思えた。


 なるほど、と思いつつ少し楽しんでみると、その甘味はゆるやかに、しかし確実に流れていく。それもまた、柑橘のほんのりとした苦み故だと、店主は理解した。

 楽しみながら液体を呑み下せば、それは顕著だ。

 喉を通り過ぎて行く際には、コーヒーらしいコクと、華やかな甘さが踊るように過ぎていった。

 それでいて後味に残るのは、コーヒーの酸味と合わさった、静かな柑橘の風味である。


 不思議な味であった。

 柑橘かと思えば、決してそうではない。

 かといって、チョコレートであるとも断言できない。

 常にどっちつかず。しかして、それで正しいと言わんばかりの味の波。


 何より驚きであるのは、その曖昧さがコーヒーに影響を与え続けるという点だ。

 砂糖やミルクでは決して味わえない、味の変化を面白可笑しく与えてくれる。

 脳裏に広がるのは、暖かな日の光が降り注ぐ、のどかなコーヒー畑のような、そんな穏やかな風味である。


(……そうか。どっちつかずではなく、初めから『合わさっている』のですね)


 そこに至って、店主は青年が最初に行っていた行動を思い浮かべた。

 特殊な器具を使って、液体を混ぜながら冷やすという行為。

 あれが『柑橘』と『チョコレート』の二つの味を、一つにまとめあげていたのだ。


 しかし、それだけではない。と店主は想像する。

 その二つをただ混ぜるだけでは、コーヒーとの調和が取れるとは思えない。

 ふと浮かんだのは、隠し味のように混ぜていた茶色の液体であった。


 恐らく、その正体は苦みと風味。

 それらが、柑橘とチョコレートを繋ぎ合わせるのみならず、出来上がったコーヒーとの接点を作る上でも重要な働きをしているのだ。

 店主はそう睨み、そして、ふふと唇を綻ばせた。


(コーヒーでありながら、よくもこうまで新鮮な感覚を……)


 店主は頭の中に浮かんだ様々なイメージを、もう一口飲んで反芻する。

 そして、目の前のまだ歳若い青年に、再び目を向けたのだった。



 ──────



「主役ではなく、しかし脇役でもない。そんなあなたの中のコーヒーを感じさせて頂いた気がします」


 言って、店主は満足げに頷いた。


「大変堪能させていただきました」

「ありがとうございます」


 俺は努めて、落ち着いた礼の言葉を述べた。

 しかしながら、内心では安堵のため息を吐かずにはいられなかった。


 実を言えば、このカクテルは冒険であった。

 オレンジの皮の甘苦さを持った『コアントロー』なんかは、いつコーヒーと喧嘩をしてもおかしくないのだ。

 俺の中ではマッチしている組合せが、万人の口に合うとは言えない。

 コーヒーに果物を混ぜるというイメージは、日本ではあまり一般的ではないだろう。


 しかし、その冒険の心こそが、ある意味ではカクテルでもある。

 基本に忠実に作るというのは、味のバランスを考えること。

 だが、その味のバランスが良いのか悪いのかというのは、頭の中に材料の味を思い浮かべ、混ぜ合わせ、そして実際に作ってみて少しずつ覚えていくものだ。


 たとえば、メロンとココナッツは合うのか。

 たとえば、生クリームとレモンは合うのか。

 たとえば、ブランデーとライチは合うのか。


 頭の中で試したことのない組合せならば、尚更自分の舌で確かめなければならない。

 もちろん、カクテルを作る上で定石のようなものはある。

 種子系のリキュールとクリーム系のリキュールの相性だとか、フルーツ系のリキュールと炭酸の相性だとか。外さないと言われる組合せは多い。

 しかし、だからと言って、それを妄信するのもいけない。

 結局は、自分で確かめ、味を覚えてこそ、求める味を作ることができるようになる。


 そして、俺が今、この場で作りたかったのは。

『コーヒーを使った、コーヒーでは生み出せない味』だった。

 それが、コーヒーを知りつくした店主に送りたい、俺からの『カクテル』だった。


 そんな俺の気持ちを見透かすように、店主が笑った。


「あなたのお気持ちは確かに受け取りましたとも」

「……バレバレですか」

「ほほ、もちろん。面白い味です。私が今まで飲んだ、コーヒーと『何か』という組合せでは一番でありましょう。しかし、あなたは知っているのですね? コーヒーを使った、コーヒーらしさを活かしたカクテルというものも」


 繰り返すことでもないが、今回のカクテルは冒険だ。

 冒険をしないのならば、やはり『ウィスキー』との相性は抜群だ。

 その他にも、先程『種子系』という名前を出したが、コーヒー自体が、言わば『種子系』の飲み物である。

 同じ種子系のリキュール──杏の核を使ったリキュール『アマレット』や、ヘーゼルナッツのリキュール『フランジェリコ』など、コーヒーと相性が良いものは多い。

 クリーム系のリキュールもまた同様だ。


 今回は、それを知っていて、あえて『コアントロー』を使った。

 冒険しないのであれば、『カカオホワイト』をコーヒーでアップするだけでも、なかなかに美味しいのである。

 そして、それをあえてしなかったことを、店主は指摘しているのだ。


「ええ、それは、はい」

「それを知っていて、勝負に出る。私には無い感性とでも言いましょうか」


 言いつつ、店主の目は爛々とした光をたたえた。

 それは、俺の『カクテル』を面白がってとも取れるし、先程の『カクテル』に──いや、俺に対してどんなダメだしをしようかと考えているようにも取れた。

 不意に店主が真剣な目になり、俺に言った。


「あなたは私よりも大分若い。だからこそ、今ここでこういった助言をすることもできますか」

「……助言、ですか?」

「勝負する必要がないところで、勝負しなくても良いんですよ」


 その言葉は、俺の行動を嗜めているように聞こえた。


「あなたは、私を満足させるだけならば簡単だった。その目的のために、取れる選択肢は多かった。しかしあなたは勝負に出た。リスクを抱えてもそれができるのは、若さでありましょう。私が満足できなければ、このお話が流れる可能性もゼロではないのですから」

「…………ええ」


 言われて、俺は優先順位をどう付けていたのか、今一度考え直した。

 確かに、コーヒーを手に入れたいだけならば、無難なカクテルに終始してもよかった。事実、その選択肢もあったのだ。

 だが、俺はそれを蹴った。その『安全策』を捨て『冒険』に出た。

 それは、言われてみれば店の責任者として、あまり褒められた行動ではなかったかもしれない。


「しかし、それがあなたの良い所なのですね」


 と思っていたところで、一転して店主は穏やかな笑みを浮かべた。


「あなたは、その場で何を作りたかったのか。『目的』が『私を喜ばせること』に変わってしまったのですね。ですから、万人向けの一杯ではなく、コーヒーに親しんだ私に驚きを与える一杯を作りたくなった。それが、あなたの個性なのでしょう」


「……個性ですか?」


「はい。あなたは若い。ですから、私みたいな年寄りは、先程のような助言を与えたくなる。しかしそれ以上に、私はあなたが気に入りましてね。ええ、あなたの出した答えは、私にとってはこの上ない正解になりましたとも。今度、あなたのお店にお邪魔させていただきたいと思うほどに」


 店主のニコニコとした子供のような笑顔に、俺は先程まで注意されていたことを忘れそうになった。

 それくらい、彼は嬉しそうに感想を述べてくれる。それは、とてもありがたいことだ。


「あなたは、ただの『一杯のカクテル』で、その先に繋がる『カクテル』を見せてくれました。今後、あなたが求める『材料』が手に入ったのならば、教えてください。是非とも飲みに伺わせていただきたい」


「はい!」


 俺は先程までやや凹んでいた気持ちを鼓舞するため、意図的に大きめに返事をした。

 店主は少し面食らったあとに、ほっほと落ち着いた笑みを浮かべる。


「すみませんね。年寄りは話が長くなって」

「とんでもないです。今度またごゆっくり、コーヒーやそれ以外のお話も聞かせてください」

「このような年寄りをおだてても、何も出ませんよ?」

「話の面白いかたは、みんなそう言いますよ?」


 言って、店主はまた穏やかに笑った。


「それでは、今後ともどうぞご贔屓に」


 店主の言葉に俺は頷き、静かに握手を交わした。

 これで、コーヒーに至る道筋は繋がったと考えて良いのだろう。


 と、話がまとまったと見てか、それまで様子を窺っていたサリーとフィルが、俺にねだるような目を向ける。


「……どうした?」


「あ、いえ、ただ、その一杯が……」

「私達の分は無いのかしら?」


「…………」


 控えめなフィルの要求と、グイグイと来るようなサリーの要求。

 勉強熱心なのは大変良い事なのだ。なのだが。

 そんなところまでオーナーに似てこなくても良いのに。


「そういえば、スイはどうしたんだ?」


 そんな俺達のやり取りを、輪に入れないで見ていたギヌラがぼそりと言った。


「そうですか」

「いや待て! さすがにそれは話が繋がっていないぞ!」

「そうですか」

「あれ? 繋がったな……」


 いや、繋がってねーよ。何を言っているんだお前は。

 どうやらギヌラは、前後一文の繋がりが正しいと、なんとなく繋がっている気がしてしまうようだった。


 ついでにスイは、最近イベリスと一緒になってなにやらコソコソと企んでいる。

 その何かの詰め作業もあって、今日は一緒には来なかったのだ。

 まぁ、今回に限っては、コーヒーに詳しいという双子を初めから連れ出す予定だったので、あまり大所帯になっても困る所だったのだが。


「では、そろそろ商談のほうを進めますか?」


 ここでまたゴチャゴチャと話がこんがらがる前にと、店主は俺に切り出した。


「そうしましょうか」


 双子に何かをするにしても、その後で良いだろう。

 俺はそう決断を下して前に出ようとしたが、それをフィルとサリーの二人が止めた。


「なんだ?」


 俺が不思議がって尋ねると、二人は目線で何か相談しあう。そして、どうやら目線での言い合いに負けたらしいフィルが、言いにくそうに俺に告げた。


「スイさんからの伝言です──『総に任せたら、どんな馬鹿げた量を買うかも分からないから、お金の交渉はフィルとサリーに任せること。オーナー命令』──だそうです」


 ……俺はいったいどんだけ金に関して信用がないんだ。

 ……まぁ別にいいけどさ。


「というわけで、総さんは私達が話をまとめるまで、コーヒーの勉強でもしていてくださいな」


 スイの後ろ盾があってか、やや強気にサリーが言い、俺に着席を促した。

 仕方なく俺は席に着いて、並んでいるコーヒーの銘柄などを思い出しながら、手を伸ばす。

 そんな小さなテーブルにて、何故か当たり前のようにギヌラが隣に座った。


「ふっ、仕方ないな。この僕が君にコーヒーのなんたるかを教えてやってもいいぞ」

「……そうですか」


 それからの俺は、ギヌラの話を聞くというサービスをしてやる気には、やっぱりどうしてもなれなかった。




 本日、『スイのポーション屋』に新しい材料が加わった。

『コーヒーリキュール』もすぐに店頭に並ぶことになるだろう。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


またしても遅くなってすみません。

それもこれも、年末ってやつのせいなんです(責任転嫁)


コーヒー編もこれにて完結です。

本当に、勉強不足なところで深い世界に突っ込むと痛い目をみると痛感致しました。

最後に、一応だけレシピのようなものを。


【ダブル・ホワイト】

・ホワイトカカオリキュール = 30ml

・ホワイトキュラソー = 15ml

・アンゴスチュラビターズ = 1dash

・コーヒー = 適量

コーヒー以外の材料をシェイカーに注ぎ、シェイクしてロックグラスに注ぐ。

氷を適量取り出したあとに、コーヒーでアップすれば完成。



なお、この作品はフィクションですが、あえて言いますと。


このカクテルの元になったレシピでは、

カカオホワイトの代わりにモーツァルトのブラック(チョコレートリキュールの一種)を用いて、アンゴスチュラビターズを省きます。



それでは、先の話でお話したように、少しお休みして、再開は5日になります。

良いお年を。


※1231 表現を少し修正しました。

※0101 誤字修正しました。

※0105 誤字修正しました。

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