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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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ギヌラとコーヒー(4)

 その後に、仕方なくギヌラにも事情を説明してやると、彼はフフと俺達を馬鹿にしたような笑みを浮かべて、言った。


「なるほどね。まったく君は相も変わらず、子供のようになんでもかんでも混ぜるのが好きなようだ」

「そうですか」


 とりあえずギヌラは居ないものとして、俺はサリーとフィルに向き直る。


「それで、俺がこれから伝えるイメージを、形にして欲しい」

「はい」

「ええ」


 と、双子からの元気な声がかかったところで、雑音が一つ。


「ふっ、仕方ないな。この僕の協力が必要だと君が泣いて乞うのなら、考えてやらんでもないぞ」

「そうですか」


 さて、念仏を一つ唱え終わった後に、俺はさっそく味のイメージを伝えることにする。

 理想としては先程述べたように、個性の主張はなく、しかし主役にも負けない存在感を持った存在。

 個性を持たないにも関わらず、何よりもコーヒーの味がするコーヒー。


「自分で言っておいてなんだけど、無茶苦茶だな」


 俺が自嘲すると、それに異を唱えたのは店主だった。


「そうでもありますまい。私なんかはたまに思うことがあります。人の心の中には、必ずその人が理想とするコーヒーがある。それがあなたの場合は『そういうこと』なのです。個性を持たないという個性が、あなたが理想とするコーヒーなのでしょう」


 緩やかな笑みを浮かべる店主の言葉に、俺は共感を覚える。

 それはある意味では、俺が常日頃から求めている『カクテル』の形でもあった。


 その人には、その人のためのカクテルがある。


 どれだけ技術を磨いたところで、その一杯が分からなければ『正解』には辿り着けない。

 そしてその一杯を、自然に勧めてあげられるのが、俺の求めるバーテンダーではないだろうか。


 ふと、疑問が入る。

 俺は、いつからそんな風に思うようになったのだろう?

 ……まぁいいか。


「じゃあ、まずは主軸を決めてみるのはどうですか?」


 フィルの意見に、俺達は耳を傾けた。


「さっき言ったようにコーヒーにも個性があります。酸味、香り、コクなどなど。どれを基準として考えるかで、組合せも変わる筈です」

「そうだな……俺が求める、コーヒーの主軸か……」


 それは言い換えれば、俺がコーヒーをイメージする上で、もっとも大きなものは何かということ。

 頭の中にコーヒーを描き、最初に何を重要視するのか。

 …………。


「温度、かな」


 俺の真剣な一言に、フィルは苦笑いを、サリーはじとっとした半眼を向けてきた。

 その隣の何も無い空間から、何か人の声に似た風の音が聞こえてくる。


「君は馬鹿なのか? そんなものはいくらでも調整できるだろうが。それより、僕の意見としてはだな、やはり僕のような高貴なものに相応しい価格が──」

「そうですか」


 そろそろ風が冷たくなる季節だから、体調には気を付けないとな。

 と、俺があまりにも自意識過剰な意見を聞き流している横で、店主は言った。


「確かに重要ですな。何故なら人の舌は温度で感じ方が変わります」


 俺の言葉をフォローしたあとに、店主は付け加える。


「特に、これからの時期にはコーヒーはすぐに冷えます。その味の変化にも耐えうるものと考えると……」


 そこまで聞いてから、俺は自分と店主の認識の齟齬に気付いた。

 そういえば、この世界では冷えた飲み物の安定供給というのは、一般的な考え方ではないのだった。

 あまりにも生活がバーと結びついていたから、そこの説明をしていなかった。


「あ、いえ。そうじゃないんです。暖かいコーヒーも良いんですが、俺は最初から『冷やしたコーヒー』も使うつもりなんですよ」

「……ほほぅ?」


 店主の目が興味深そうに輝いた。

 俺はあらためて、自分が求めているカクテル用のコーヒーを説明する。


 コーヒーを使ったカクテルで有名なものに【アイリッシュ・コーヒー】というものがある。

 これは『アイリッシュ・ウィスキー』という、アイルランドのウィスキーを使った、ホットカクテルだ。

 まずグラス(前の店では耐熱カップだったが)に砂糖1tspとホットコーヒーを注ぎ、そのあとにアイリッシュ・ウィスキー30mlを足して良く混ぜる。

 そして最後に生クリームをフロートさせれば完成だ。

 コーヒーに甘さとウィスキーの深みを足した、胸の奥まで暖まるような一杯である。


 しかし、それではアイスコーヒーを使った『カクテル』は無いのかと言えば、そうではない。

 むしろ保存の観点から、コーヒーは冷やしてあることが多い。


 より専門的な店であれば、コーヒーを一から淹れるかもしれないが、前の店ではそこまではしなかった。その手間を認めてくれるほど、オーセンティックな店ではなかった。

 そしてそれは、今の状況にあってもあまり変わらないだろう。特別な事情でも無い限り、一杯のカクテルにかけられる時間は、それほど長くはない。

 だから、俺の頭の中では、カクテルに使うコーヒーは冷えているものだし、必要に応じて温めるものだ。


 そんな説明をすると、店主は目から鱗といった調子で、ふふと笑みを浮かべる。


「なるほど。だからあなたはコーヒーに個性を求めないのですな。最適温度を持った、完成された味ではなく、どんな温度にも対応するような普遍的な味。なるほど、なるほど」


 ひとしきり頷いた後に、店主はサリーとフィルに目を移した。

 彼は少し悩んだ素振りを見せたあとに、いくつかの助言をする。


「冷やすのであれば、苦みをあまり強くしないほうが良いかもしれませんな。酸味をベースに、味のバランスを整えてあげると良いでしょう」


 店主の助言を受け、特にサリーが力強く頷いた。


「分かりましたわ。でしたら『ハウィカウナ』か『キルメンジャ』あたりをベースにしつつ、総さんの好みを取り入れていくことに致しましょう。フィルも協力なさい。総さんは味見専門ですから、張り切ってないで座って下さる?」


 サリーの力強い言葉を聞き、俺はすとんと腰を下ろし、彼女に託すことを決めた。

 バーテンダーとして味を他人に託すというのも、必要なことだ。

 俺達は、既製品の味があって初めて腕を振るえるのだから。


 だから、あえて不安材料をあげるとするのならば。


「しかしブレンドか。この僕もそろそろ挑戦してみたいと思っていたところではあるな」


 言いながら、こっちをチラチラと見てくる何かであろうか。

 なんだろうなあれ。ぱっと見で目と鼻があるように見えるけど、それを顔と断定するのはいささか早計ではないだろうか。

 確か『シミュラクラ現象』というもので、人間はなんでもないシミとかを顔と判断してしまうという。これもそれの一種だと考えられなくもない。


「だから君は、素直に僕に協力を求めてみてはどうだ? ん? ん?」


 とはいえしつこいので、壁に話す感覚でしかたなく返答した。


「だからなんなのお前は? もしかしてあれなのか? 俺と友達にでもなりたいのか?」

「バっ! バカなことは言わないで貰おうか! この僕が、君達のような貧乏ポーション屋の人間と慣れ合うなどと冗談じゃない。……だが、もしも君がどうしてもと言うのならば『アウランティアカ』の人間として、仕方なくこの世界の流儀というものを──」

「そうですか」


 前々から思っていたのだが、きっとこいつはスイのことが好きなのだろう。

 だからこそ、彼女が自分のところではなく、独自にポーション屋を経営するというのが我慢ならないのだ。

 最初に会った時にそんな風なことを、遠回しに言っていた気がする。


 しかし、先の品評会を経て『スイのポーション屋』は、ポーション界で一、二を争うほどの注目を浴びることになってしまった。

 だからギヌラは路線を変更したのだ。

 スイと関係性が強い俺に取り入ることで、間接的にスイとの関係性を築こうとしているのだ。それも先輩ポーション屋的なポジションで、俺達との上下関係も欲している。


 まぁ、俺はスイとギヌラの過去を知らないのであくまで推測でしかないのだが。

 スイは誰が見ても心をときめかせるほどの美少女なので、ギヌラがそんな風な感情に囚われていても不思議ではない。


 そう。たまには俺も鋭いのだ。

 そして俺はそんな彼に、言ってやれることがある。


「とにかく俺が言えることは一つだけだ」

「……何だ、聞いてやろう」

「お前の出禁は、スイの許可が降りるまでは解けることはない」

「…………」


 まぁ、だからと言って仲を取り持ってやろうなどとは欠片も思わない。

 そして、万が一スイの許可が降りたところで、俺が許可を出さないので出禁が解ける事はない。


「……し、しかしだな。もし僕の作ったブレンドが、君の舌を満足させるものだとしたらどうする?」


 そんな提案に、俺はきょとんとギヌラを見つめた。

 まったく想像だにしていなかった未来だ。

 しかし、そう言われると、その可能性は一%以下の微かな確率だが、存在していないことはない。

 そしてそうなった場合は、俺は心を殺してギヌラに取り入るかもしれない。

 俺個人の嫌悪感など、お客様に美味しい一杯を差し出すためならば些細な問題だ。


「……もし、そんなことになったら。どうかその組合せを教えて下さいとお願いするだろうな。お前如きに頭を下げてやってもいい」

「ふふん。そうだろ──今、如きとか言わなかったか?」


 ギヌラが勝ち誇るように腕組みをしながら、しかし頭に疑問符を浮かばせている。

 俺はそんな壁のシミから興味を無くし、サリーに向かって断言した。


「そして、もしもギヌラに遅れをとることがあったら。サリーにはまた一から洗い物をしてもらうことになるだろう」


 俺の断言にサリーが目を丸くする。しかし当然のことである。

 他の誰でもなく、このギヌラに負けるなどと、到底許されることではない。


「……総さんの個人的な人間関係に、私を巻き込まないで欲しいのですけれど」

「サリー。店への愛情が足りない。マイナス五ポイント」

「そんなレベルですの!?」



 かくして、サリーとギヌラの、極めて小規模なコーヒーコンペが始まる。

 俺の無責任な一言で、勝手に火花を散らし始めたサリーとギヌラ。


 その二人を諦めた表情で見るフィルを、店主が優しい笑顔で慰めていた。

 ……すまんフィル。



※1228 表現を少し修正しました。

※1230 誤字修正しました。

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