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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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ギヌラとコーヒー(1)

「……確かこの辺だって聞いたんだけどな」


 結構な距離を歩いて、俺と双子はやや高貴な人々が集う市街地に来ていた。

 行き交う人々は少しだけ身なりが良く見える。どこか背筋が伸びている気がするし、あえて言えば『人に見られる』ことを意識している、といった感じか。

 さて、なぜ俺達はこんな所に来ているのか。その理由は、今回求めているの物が、いつものように市場で露店売りされている物とは少し違っているからだ。

 これまでの物が『食料品』であるならば、今求めているのは『嗜好品』に分類されているということだ。


「あら、あそこではないかしら?」

「ん? どこだ?」

「あそこ」


 サリーは言いつつ、一つの店を指差した。

 その店が下げている絵看板には、マグカップとそこから立ち上る湯気が刻印されている。

 店の外装はシックで、高級感はあまりなく入りやすそうだ。


「そうみたいですね。確か、この街の領主様のご紹介があるんでしたっけ?」

「ああ。この間『パルフェタムール』を頂いた時に、ちょっとな」


 フィルの言葉に、俺は補足するように付けたした。

 今現在、店に出ている殆どの『リキュールポーション』は、スイの助けで自作している。だが、こと『パルフェタムール』に関しては、手を伸ばす気がない。

 というのも、すでに完成された銘柄を、領主であるセージ・エゾエンシス氏が生産しているからだ。


 パルフェタムールはスミレの甘やかな香りが特徴的な、紫色の妖艶なリキュールである。

 彼はその『スミレのポーション』を、俺がこの世界に来る前から密かに嗜んでいた。

 だが、この世界には『ポーション』を嗜好するという文化がない。つまり、以前の彼は『薬』である『ポーション』を嗜んでいる変人という扱いだったのだ。


 その状況が少し変わったのは、先のポーション品評会からだ。

 俺とスイは、その大会に『カクテル』で出場した。

 そしてそのとき、有名なポーション屋である『アウランティアカ』のオーナー、ヘリコニア氏を初めとして、様々な人々の後押しを受けて、『カクテル』の存在は大きく評価されることになった。


 それをきっかけに、この世界に『ポーションを嗜む』という、小さな火種が生まれた。

 まだまだ知名度は低いが、ウチの店に来る客の中には『カクテルポーション』を試したくて来る者もいるのだ。


 その品評会の後に、俺は領主様と交渉し『パルフェタムール』の取引契約を結んだ。必要な時に、必要な数を購入できることになっている。

 反対に、俺の方から──というよりはスイの方から『リキュールポーション』を作製するのに必要な『無属性ポーション』の作成技術が提供された。

 スイは逆位相の魔法適性がどうとか、太古から伝わる術式がどうとか難しいことを説明していたが、俺にはよく理解できていないので省略しよう。

 それによって、貴重な『無属性の魔石』からポーションを作らなくとも、『無属性ポーション』を安定して作れるようになったのだ。


 要するに、セージ氏は誰の目はばかることなく『スミレのポーション』を楽しめるようになって、更にスイのおかげでその生産性が向上した。

 俺達は、自分たちで努力せずとも『パルフェタムール』を手に入れることができて、かつ、様々な場面で便宜を図ってもらっている。

 双方に得のある関係が、構築されているのだ。


 関係ない話が長くなったが。ここに来たのはその領主様の勧めである。

 俺がここに何を求めて来たのか。

 ふわりと店の方から漂って来た芳香が、俺の鼻をくすぐった。


「……良い香りだな」

「そうですね。懐かしい香りです」

「私は、そこまで好きでは無いですけれどね」


 答えは、口に出すよりも先にその香りが教えてくれる。

 豊かでコクが深く、ほんのりとした酸味も感じさせる黒い液体。

 そう。コーヒーを求めてだ。


 この世界に来て、俺が居た日本より手に入りにくいものはたくさんある。

 その一つが、コーヒーだった。

 バーでも、お酒以外の飲み物、ソフトドリンクの存在は欠かせないものである。

 良く使われる各種ジュース類を筆頭に、牛乳、生クリーム、ウーロン茶やコーヒーなど、コールドテーブルの中には様々な飲み物が入っている。

 そして、言い方は悪いが、俺はコーヒーをかなり後回しにしていた。


「ついに、安価で美味しいコーヒー豆を手に入れられる」

「美味しい豆は、やっぱり値が張りますしね」


 高いのだ。単純に。

 この世界の嗜好品事情的に、この内陸の街ではコーヒー豆なんかが貴重なようだ。


 それこそ、気軽にスーパーでペットボトルのコーヒーを買える世界とは訳が違う。インスタントコーヒーなんてものは、科学技術が生んだ嗜好品に他ならない。

 俺はバリスタでは無いから、そこまでコーヒーに拘りはない。それでも美味しいならその方がありがたい。


 そんなことを、パルフェタムールの購入の際にセージ氏に話したところ、彼はこう言ったのだ。


『行きつけの豆屋を紹介しよう。君が選んでくれた豆を私の家で大量に購入し、その費用は私が持つ。その後に君は、私から必要な分だけを適宜購入すればいい。品質の悪化に関しては、君の『魔法』で保存すれば問題はないのだろう?』


 単価が高いものを安く買うのに有効な手法の一つに、量を買うというものがある。

 彼の発言は『代わりに安く買って上げるから、必要な分だけ購入しろ。その間の保存は君に任せる』ということだ。

 つまり、俺達に対して得しかないような取引を持ちかけてくれたわけだ。


「本当に、セージ氏には頭が上がらないな。今度また、新作のリキュールを献上しよう」

「そういえば、今度のパーティーでカクテルを振る舞って欲しいとか、言われてましたよね?」

「ああ。そのくらいはやらせてもらうさ」


 軽く言ってみせるが、ぶっちゃけ俺はそんな場に出たことがない。その時の緊張を考えるとあんまり気乗りがするとは言えなかった。

 とはいえ、いつもお世話になっているのだから、機会があれば喜んで協力するつもりだ。カクテルを世に広めるには、良い機会でもあるし。


「と、こんな所で長々と立ち話してたら怪しい人だな」


 俺はようやく、コーヒー屋に足を踏み入れようと、その扉に近づいた。

 そして扉を開こうと取手に手を伸ばしたとき、反対側から伸びて来た男性の手とバッティングしてしまう。


「あ、すみませ──」

「いや、僕のほうこそ──」


 俺は反射的に手を引っ込めて相手に頭を下げようとする。

 相手のほうも同様に、その金髪を揺らし、ややぎこちない笑みを浮かべていた。


 そして、お互いが、お互いの顔を認識する。



「なっ!? ギヌラ!?」

「お、お前はユウギリ!」



 俺は目を張って相手を凝視した。

 ギヌラは相変わらず軽薄そうな顔に、ありありと嫌そうな感情を乗せていた。


 ギヌラとは、先程ちらりと出た『アウランティアカ』のヘリコニア氏の息子だ。

 血の繋がりが疑わしいほどの小者なので、特に説明することはない。


「な、なぜお前のような貧乏人がこの店に姿を見せるんだ!?」


 ギヌラは驚愕の表情を浮かべたまま、失礼にも俺に指を向けて言った。

 俺は少し迷ったが、一応だけ返事をする。


「まぁ、気にするな。俺は気にしないから」

「僕が気にすると言っているんだ。貴様のような、地べたに這いつくばる経済事情の人間が、この店の素晴らしい豆の味など分かるわけがないだろうが」


「まぁ、気にするな、俺は気にしないから」

「ふ、ふざけているのか? 大方この店の噂でも聞きつけて来たのだろうが、恥をかく前に帰ることをオススメするぞ」


「まぁ、気にするな、俺は気にしないから」

「き、貴様ぁ!」


 俺は全く表情を変えずにただその一言を繰り返す。

 ギヌラの方は、面白いように顔色を変えつつ、額に青筋を立てている。流石に挑発が過ぎたかもしれない。

 しかしそこで、ギヌラはふぅと息を吐いて、まるで憐れむような目で俺を見て来た。


「ふん、まぁ良い。この僕の親切な忠告に耳を貸さなかったことを、後で後悔するのはお前の方だからな。あーあ。僕の言う事を聞いていれば良かったのになぁ」


 そして、チラチラと俺の反応を窺ってくるのだ。なんだよ面倒臭いな。

 こいつは本当に、何度教育されても性格が直らないようだ。

 とはいえ、ギヌラに何を言われても特に気にすることもない。俺はギヌラを無視してさりげなく双子に耳打ちした。


「二人とも、こいつはギヌラ・サンシと言って、この街で唯一、ウチを出禁になっている男だ。道端の石ころと同じように思っておけば問題無い」


「は、はぁ」

「そう」


 俺の助言に、フィルは困り顔で俺とギヌラを交互に見る。流石に、言われたからと言って初対面の相手を石ころ扱いできる性格ではないか。

 一方のサリーは、興味なさそうにギヌラを一瞥し、それきり見ることはなかった。こちらはこちらで、あっさりと石ころ扱いを決め込むとはいい性格をしている。


「じゃあ、俺達は急ぐから。気を付けて帰れよ」

「ま、待て! 僕も店に用事があるんだ!」


 俺が帰宅を提案してドアに手を伸ばすと、ギヌラがその手を遮るように体を滑り込ませて来た。


「いや、俺はお前と店の中で一緒になりたくないんだ。銅貨一枚やるから帰れって」

「一緒になりたくないのは僕もだ。ここは君の方が帰りたまえ。銅貨などいらない」

「じゃあ銀貨でも良いから帰れよ」

「どれだけ僕を帰したいんだ君は?」


 俺は静かに、ギヌラはギラギラとお互いを睨みつける。

 そんな俺達のやり取りに、最初に我慢できなくなったのはサリーだった。

 サリーはここでのやり取りに相当苛立っている様子で、冷たい声で告げた。


「もう、どうでも良いから早く入りましょう」

「そ、そうですよ総さん。ここは大人になってください」


 続くフィルの言葉に、俺はぐっと息を詰まらせる。

 確かに、いくらギヌラと関わりたくないからと言って、俺も態度が悪かった。

 俺は深呼吸をして、コーヒーの香りと共に気を鎮めた。


「仕方ない。ギヌラのことは無視してさっさと入るか」

「ええ」

「はい」


 俺の答えに、サリーとフィルが頷く。

 気に入らない様子なのは、ギヌラだけだ。


「待て、僕は納得していないぞ!」


 そして、子供のように入り口で腕を広げていた。邪魔だ。

 そんなギヌラに向かって、先程よりも機嫌を崩したサリーが一歩前に出た。


「あなたもいい加減になさったらどうかしら? 嫌だ嫌だと子供みたいに」

「ふん。スイならともかく、お前のような『小娘』に睨まれたところで怖くもなんともないぞ」


 スイに睨まれたら怖いんだ。

 と、俺の感想はさておき、その一言はサリーの感情を逆撫でしたようだった。


 今日のサリーは少し大人っぽい服装をイメージしているから、そのせいだろう。

 直後に、サリーの雰囲気が変わった。存在感を増したというか、本気になったというか。

 多分、以前見たことがある『全力を出した吸血鬼』の状態になっていた。



「邪魔」



 そして、その一言と共にサリーは、拳をギヌラの眼前に思い切り突き出した。

 ビョウッと風を切る音が響き、少し遅れた風圧が、ギヌラの顔面を中心にぶわっと広がった。

 余りの勢いに、寸止めされた筈のギヌラが、ずるっと膝を崩して腰を着いた。


「通っても良いかしら?」

「は、はい」


 ギヌラはこくりと頷き、そそくさと道を開けた。


「まったく、無駄な魔力を使わせないで欲しいですわね。さ、行きましょう」


 振り返り、にこりとサリーが笑った。

 俺とフィルは、何も言わずにこくりと頷く。

 最近、サリーの言動が、スイにやや影響を受けている気がしてならない。

 ぷっつんしやすい所なんて、似なくて良いんだが。


「……おいフィル。もしサリーがなんかしでかしたらお前が止めてくれよ。俺じゃ身体能力的に無理だ」

「……えぇ。嫌ですけど、頑張ります」



 俺の小声に、フィルは本当に嫌そうに頷いた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


作者はコーヒーや茶についても詳しくないので、

何か気になることがあったらご指摘いただけると幸いです。


※1221 表現を少し修正しました。

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