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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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カクテルグラス(4)


「ん、美味しい」

「それは良かった」


 スイの、やや淡白かつ満足げな表情に、俺もほっと胸をなで下ろした。

 現在地はまだカムイさんとメグリさんの家であり、話がまとまったと見たスイに急かされる形で、俺は彼女にも【カミカゼ】を作ったのだ。

 そして、四人が座れる形になっている座敷に、今は三杯のカクテルが並んでいる。

 スイに向けたレシピは、ウォッタポーションを30mlに、ライムとコアントローが15mlずつ。材料的には【バラライカ】のレモンをライムに変えたような形だ。


「この三つが、全て【カミカゼ】なのか」


 カムイさんは並んだ三つのグラスを見つつ、感心したような声を上げる。

 余談になるが【カミカゼ】にはスタンダードと呼べるレシピが三つある。


 一つは、最もメジャーとされている、ウォッカ20ml、ライム20ml、コアントロー20mlのレシピ。ドライ系の【カミカゼ】の中では、比較的マイルドな味わいだ。

 一つは、ウォッカ30ml、ライム15ml、コアントロー15mlのレシピ。【ホワイト・レディ】や【バラライカ】と似た比率であり、バランスの良いすっきりとした味が楽しめる。

 そして最後の一つが、カムイさんが飲んでいるウォッカ45ml、ライム15ml、コアントロー1tspのレシピだ。

 最もドライで辛口。切れ味の鋭い一口がそこはかとない余韻を残す。個人的には、俺が最も『神風』らしいと思っているレシピだろうか。


 その三つを飲み比べるようにしたあと、カムイさんは少しだけ赤らんだ頬をしながら、俺に言った。


「だがあんちゃんよ。俺に依頼したいってグラスは、この『カクテル』──【カミカゼ】には使わないんだろう?」


 カムイさんの鋭い指摘に、俺は頷いた。


「はい。【カミカゼ】はロックグラスで作るカクテルです。でも、そういった説明をしましたっけ?」

「いや。だが、あんちゃんならきっと、そうなんだろうなと思っただけさ」


 俺に対して、どういった姿勢でカクテルを作るべきかを説いたのはカムイさんだ。逆にカムイさんの方も、俺がどういった人間かを考えていたのだろう。

 そんな鋭い洞察を見せたあと、カムイさんは俺にもう一つ注文をした。


「それで、悪いんだがもう一杯。そのカクテルグラスを使う飲み物をくれないか? 口頭でも説明してもらうが、一度感じておきたい。俺は『誰』のために、その器を作ればいいのかをな」


 カムイさんの要望に、俺は腰を折って頷いた。

 そう言って貰えるのなら、さて何を作ろうか。

 頭の中でいくつかの候補を選出しながら、俺は再び台所へと足を向けた。




「それじゃ、改めて、依頼を確認しようか」


 俺の作った【ダイキリ】に舌鼓を打ったあと、カムイさんは今一度真剣な目でそう言った。

 俺とスイ、そしてカムイさんとメグリさん。四人はそれぞれの陣営に分かれて向かい合うような形で話し合いが始まった。


「こちらの依頼は先程の【ダイキリ】に使うためのグラス。カクテルグラスの作製です」

「数はいくついる?」

「ひとまず、八つくらいあればなんとか」

「ふむ」


 八つというのは、店の規模的には結構ギリギリの数だ。

 俺のもともと働いていた店では、十二席あってカクテルグラスは五つ。それでも、注文が立て続けに入ると少し足りなくなる程度だった。

 今のイージーズは規模的に言えばその倍近い。料理メインのお客さんの数を加味しても、ギリギリといったところか。


「八つか。時間はどれくらい貰えるんだ?」

「急ぎません。いえ、急いでは欲しいんですが、現状でやれているところもあるので、時間よりも精度を優先してもらいたいです」

「なるほどなるほど。そいつは良い。実に職人向けの注文だ」


 カムイさんがうむうむと俺の返答に満足げに頷いている横で、メグリさんがさっと口を挟んだ。


「では、十日で」


 その言葉に、俺よりもまずカムイさんが反応する。


「なっ、メグリ!? それはちょっと短い──」

「短くありません。試行錯誤の時間を足しても、それくらいあれば形にできるはずです」


 ピシャリとメグリさんが言い切って、カムイさんの発言をシャットアウト。

 俺は少しだけカムイさんの肩を持つように言った。


「あの、メグリさん。本当に急いで頂かなくても大丈夫ですが」

「いいえ。この人は期限を決めてあげないとダメなんです。期限が無いと、それこそ何日も、何ヶ月も……下手したら何年もかかってしまいますから」


 カムイさんの言葉が入る前に答えるメグリさん。

 にこにことしたメグリさんの表情には、どこか苛立ちめいたものも感じられた。


「そうなんですかカムイさん?」

「……否定はできない」


 さっとカムイさんは視線を逸らしながら、ぼそりと言った。

 俺は少しだけ、メグリさんが口を挟んでくれたことに感謝した。


「じゃあ、一先ず十日である程度の形にしていただければ」

「はい、わかりました。それでは商談は成立という形でよろしいですね?」


 俺はカムイさん改め、メグリさんに向かって言った。

 彼女は、少し不機嫌そうにそっぽを向いているカムイさんに代わって、実に柔らかに依頼を承ってくれたのだった。


「その前に、一つ」


 と、そんな微笑ましい一幕に、スイが一石を投じた。


「はい、なんでしょうかスイさん」

「お代はどれくらい?」


 メグリさんの笑顔に、スイは淡々とした口調で返す。

 俺は、その少し刺々しい言い方に釘を刺す。


「スイ。いきなりそんな口調でいかなくても」

「総は少し、金銭感覚が緩い。ここは街のガラス工房じゃなくて、ガラス職人の家だからね? その辺を話し合わないでどうするの?」

「……うっ」


 言われてみれば、そうだった。

 つい目の前のカクテルグラスに気を取られて、周囲がおろそかになっていた。

 俺は軽い気持ちでグラスの依頼に来てしまったが、頼んでいるのは職人なのだ。

 言い換えれば、芸術品を頼もうというのだ。値段が張るのも当たり前だ。


「……そうですね。材質にもよりますが、こちらも手探りになるところが多いですし。グラス一つあたり銀貨四枚は欲しいところですね」

「それは高い。基本的なグラスの相場は銅貨二、三枚。手間料を考えても銀貨一枚まで」

「それはあくまで、工業生産されているグラスの相場ですよね? 一から手探りでという点と、職人の技術を考えて、銀貨三枚と銅貨五枚」

「あくまで頼むのはグラスである以上、一から手探りとは言えないし、他のノウハウも使えるはず。上乗せしても銅貨五枚まで」


 メグリさんはニコニコと、スイは無表情で、その言葉の応酬は続く。

 俺とカムイさんは、やや蚊帳の外になっていて、お互い目を合わせた。

 そして頷きあって、口を挟む。


「なぁメグリ。気に入った相手なんだから別に金なんてそんなに貰わなくても──」

「旦那様は庭の草むしりでもしてきてください」


「スイ。なんなら俺の手持ちから出しても良いから、ここは相手の思うように──」

「総も草むしり手伝ってきて良い」


 俺達が口を挟んでも、ばっさりとぶった切られてしまった。

 それから、スイとメグリさんの合意が得られるまで、俺とカムイさんは肩を並べて庭の手入れをすることにした。

 とはいえ、普段からメグリさんの手が入っているのかあまり荒れていない。早々にやる事がなくなった俺達は、適当なものに腰掛けて話をした。


 まず、ジャポンについてだ。これは概ね、俺の想定通り、昔の日本ということで良さげであった。

 違う所を上げれば、鬼だったり陰陽術的な魔法だったり戦乱だったり。しかし、こと食生活や文化については似通っている。

 裏で育っている米も、彼らがこの場所に持ち込んで来たものだという。

 曰く、メグリさんの実家で品種改良されたもので、寒冷地や水が少なくても育つ、特別な品種だという。

 ただし、その製法は秘伝に近く、この国に広めるわけにはいかないのだとか。


「俺も久々に白米が食べられるかと、ちょっとだけ期待しちゃいました。他にも味噌とか醤油とか日本酒とか、もう夢が広がりまくって──」

「日本酒なんて呼び方良く知ってるな。こっちでは『セイク(sake)』とか呼ぶんじゃないか?」

「え、日本酒で通じるんですか? 日本じゃないのに?」

「ん? ああ。だから日本酒だろ? ジャポンの日本酒。なにか変か?」


 ん? 会話が噛み合っているようで噛み合っていないな。

 これもあれか、翻訳の影響だろうか。

 要するに、俺が日本酒だと思っているものは、ジャポンであっても存在が変わるわけではない。だから、日本酒は日本酒のままだということか。

『日本の酒』だから『日本酒』ではなく。俺の知っている『日本酒』だから『日本酒』か。

 こんがらがるな。翻訳が万能すぎるのも考えものだ。

 俺は混乱しかけた頭を切り替えて、酒に思いを馳せた。そうだ。いつか機会があればジャポンに出掛けて日本酒を飲んでやるんだ。


「日本酒の話が聞けて、ちょっとこの世界にも希望が持てそうです」

「はは、大袈裟だな。なんなら、今度飲むか?」

「え?」


 俺の、いつか飲むという大望に、カムイさんは軽く答えた。

 今度、飲むかって? どういう意味だ?


「なに。メグリの実家から、年に何度か送られてくるんだ。醤油やら味噌なんかも来るから、なんなら分けてやっても良いぞ」


 そしてカムイさんからの返答は、なおさら俺を混乱させるものだった。


「ちょ、ちょっと待ってください。カムイさんとメグリさんは、駆け落ちしてるんじゃないんですか? なんでメグリさんの実家から荷物が届くんですか? 駆け落ち先に荷物が届いたらダメじゃないですか?」


 俺が素朴な疑問をぶつけると、カムイさんは、ん? と目を丸くする。

 そして、ああ、と頷いた後に、ややすまなそうに言った。


「すまんすまん。当たらずとも遠からずってのは、別に駆け落ちしたって意味じゃない。要するに、俺をシラユリの家に入れるための試練があって、それを達成するまで俺は認められないってだけなんだ」

「それは、まぁ分かりますが。なんでそんなほのぼのとした荷物のやり取りが?」

「もともとシラユリ家はそこまで大きくないしな。他に比べりゃ大分その辺が緩くてなぁ。それにメグリの親父さんも、俺は憎くても孫は可愛いんだろう」

「……孫?」


 え? 孫? メグリさんの親父さんの孫ってことは、つまりメグリさんの子。

 そのメグリさんは、さぁ、誰と子供を作ったのかというと。


「ま、俺も帰りを待っている子供のために、更に気合いを入れなきゃならんな」

「……………………マジすか?」


 ははは、と爽やかに笑っているカムイさん。

 俺は、さっきの【カミカゼ】への気合いの入れ方が、ほんのちょっと。本当にちょっぴりだけ恥ずかしくなった。

 いや、後悔はまったくない。入れた気持ちは本物だ。

 だけど、こう。ねぇ。

 しかし、言われてみればそうか。国一つに、町外れとはいえ工房をかまえるほどの元手をどうしたかといえば、そうなるか。

 もし、家から勝手に持って来たとかなったら、それこそ帰るどころじゃない。ではどうかと言えば、出資者がいると考えるのが妥当だ。

 つまりカムイさんは、幸せな家庭を築くために、名を上げなければならないのだ。


「なんていうか。頑張ってくださいカムイさん」

「おうよ。これからも頼むぜあんちゃんよ」


 俺はなんとも言えない複雑な気分に浸りながら、カムイさんの眩しい笑顔を見つめた。




「それじゃ、カクテルグラスは銀貨二枚と銅貨一枚」

「ただし、今後とも『カミカゼ流』をご贔屓にということで、よろしくね」


 スイとメグリさんは、その言葉と共に商談成立とにこりと笑い合った。

 でもなんだろう。その二つの笑顔が、全然心躍らない。

 ちなみに、今後ともご贔屓にとは、文字通りだ。まずはカクテルグラスの発注が先だが、それが済んだのち、ロックグラスやタンブラーなど、既にあるものも適宜、カムイさんへと発注するというもの。

 グラスの質が良くなることは大きいし、ガラス職人と繋がりができるのはありがたい。

 ゆくゆくは、現在無個性である『ポーション瓶』についても、色々と凝りたいことが残っている。そこまでスイが考えて、取引をしたのかは分からないが。


「それじゃ、しばらくは意見を聞いたりも多いと思う。メグリを使いにやるから、よろしく頼むぜ」

「はい。よろしくお願いします」



 スイとメグリさんが大筋を決めた話だが、最後には俺とカムイさんが握手をした。

 この世界に、真の意味でカクテルが広がる、その大きな一歩を今踏み出した。

 そんな気がする一日であった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

だいぶ遅くなってすみません。


これでカクテルグラスのフラグ立ては終了です。

フラグ立てってそれじゃカクテルグラスの話終わってないじゃん、

というツッコミが入ると思いますが、大目に見てください。お願いします。


ひとまずこれで、器の方は問題が解決です。

ここからようやく、カクテルらしいカクテルが書きまくれます。

まだ足りないものについては、気長にお待ちいただければ……

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