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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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変な夢(1)

前回までのあらすじ


ひょんなことから異世界でバーテンダーを続けることになった主人公、夕霧総。

この世界で四大蒸留酒の替わりとなる『ポーション』の研修に、懇意になったポーション屋『ホワイトオーク』へ行くことご希望していた彼だが、問題は自分が居なくなるとバーが回らなくなることであった。

そんなとき、ボロボロの双子が店にやってきて、ここで働かせてくれと頼まれる。総はその二人、フィルとサリーを弟子に取ることになる。

その二人が抱えていた問題もあったが、【ギムレット】でなんとか解決した。

あとは二人が店を回せるようになるのを待つだけ。研修は間近に迫っていた。



今章の注意事項


※この章では、基本的に短編が続きます。一話一話が少し長めです。

※メインストーリーはそれほど進みません。

※主人公の過去を匂わせる話(『変な夢』という副題。つまり今回の話)が入ります。主人公のキャラが大分違いますので、イメージが壊れる恐れがあります。

※タル熟成に取り憑かれている方は、もう少々お待ちいただけると幸いです。


以上が大丈夫でしたら、お付き合いいただけると嬉しいです。

 ──────


 しとしとと、梅雨の雲が大粒の雨を降らせていた。

 そんな様子を、窓にちらりと目をやって確認したあと、自分の前に開いているノートパソコンへと視線を向ける。

 一年間慣れ親しんだ関数と数字の列が、つらつらと並んでいた。


「随分とつまらなそうな顔だね、君」


 そんな声が聞こえたのは、図書館の机で、課題のコードを組んでいる時だった。

 だけど、俺はその声に聞き覚えがない。

 ということは、俺以外の誰かに話しかけたのか、あるいは人違いだろう。

 反応をした場合、前者なら俺が恥ずかしいし、後者なら相手が恥ずかしい。

 その後に発生するやり取りも面倒臭いので、ここは無視で良い。

 頭の中でそう結論を付け、意図的に反応をせずにいると、


「だから、君だってば」


 その女は、ずいと顔を俺の視界に押し込んできた。

 ずいぶんと美人だが、やはり俺の知り合いではなさそうだった。


「……人違いですよ」

「いやいや、こんな間近で喋っているのに人違いなわけないでしょ」

「…………そうですか」


 女のニヤニヤとした面が少しだけ癇に障るが、それだけだ。

 俺はノートパソコンを少しずらして、女を視界から外し、課題の続きに取り組んだ。


「ちょっと、君はなんで私を無視しようとするのかな」


 だと言うのに、女はさらに体を伸ばして俺に話しかける。

 静かな図書館で、調べ物をしながら授業で出されたプログラムを組みたかったのに、なぜこんな女に絡まれないといけないんだ。

 俺はその段に至って、ようやく視線を女へと向け、はっきりと言った。


「さっきからなんなんだよ。俺は課題で忙しいんだ。サークルの勧誘なら俺は二年だから筋違いだ。どっか行けよ」


 俺がジロリと女を睨むと、彼女は少しきょとんとした。

 そのあとに、やや不機嫌そうに唇を尖らせ、俺に言い返す。


「もしかしてさ、私のこと、覚えてないわけ?」

「……もしかしても何も、初対面だろ?」

「いやいや、私も同じ学科だから。情報工、二年」


 言われて、今度は俺の方が少しだけ面食らう。

 え、こんな女、居たか?

 しかし、少し考えてみても俺の記憶には居ない。いくら人付き合いが少ない方だからって、流石に一年も同じ学科に在籍していれば、顔くらいは見覚えがあるはずだ。

 それがないってことは、この女は、何か怪しい勧誘でもする気なのだろう。


「嘘吐くなよ。俺が友達少なそうだからって選んだのかもしれないけど、流石に一年も同じだったら気付く。勧誘ならよそを当たれ」

「……あー。そういう感じね」


 はっきりと言うと、女は少しだけ訳知り顔で頷き、その後にぼそりと言った。


「私、あれさ、去年も二年だったんだ」

「ん?」

「留年したの。だから、君とは今年から一緒ってことだよ」


 なるほど、そういうことなら、俺の記憶にあまり残っていないのも説明が付く。

 とはいえ、あっさりと信じられるわけでも──


「というか、この前の学科飲みで自己紹介したじゃん。私、いきなり友達居ない状態になったからめっちゃ頑張ってたじゃん。覚えてない? 夕霧総くん」


 学科飲み。

 同じ学科といっても、高校までとは違って大学はクラス単位で動くことはない。当然、高校に比べれば横の広がりは薄いものになりがちだ。


 だが、どこにでも顔の広い奴の一人や二人は居る。俺の代にもそういう奴がいて、たまに学科飲みと称して、招集をかけられることがあるのだ。

 俺自身は、大して興味はない。しかし、そいつから過去問を貰ったりする手前、あまり無下にもできず、親しい友人を巻き込みつつ参加はしている。

 去年までは浪人したりして、成人しているやつらの独壇場だったが、今年からは誕生日が早い奴らも混じって、騒いでいる。


 俺も、成人を迎えた一人ではあった。

 といっても、あまり楽しいと思えるものでもない。


 俺には、酒というものの良さがあまり分からない。

 いや、酔っぱらうことの気持ち良さみたいなものは、分からなくはない。

 だけど、それだけだ。

 あんな無駄に高い飲み物を、美味い美味いとありがたがる気持ちが、いまいち理解できない。


 そんな気分で参加しているものだから、ずっと愛想笑いを浮かべているだけで、何か記憶に残っていた試しがないのだ。



「……悪いけど、覚えてない」

「ああ、もう良いよ。分かったよ。君、確かにずっとつまらなそうだったもんね」

「見てたのか?」

「まぁ、というか、逆かな?」


 逆?

 俺の疑問顔に、女はやや自慢げに宣言した。


「ほら、私って美人だから見られるのが当たり前じゃない? 君は、全く私の方を見なかったから、逆に気になってねぇ」

「…………」


 そのしてやったりの顔に、腹が立つ。

 確かに美人だけど、性格は最悪だなこいつ。


「あ、今、こいつ性格悪いなとか思ったでしょ? お姉さんには分かったからね」

「……そうか」

「こらそこ、今面倒くさいとか思ったでしょ? そういうの良くないと思うな」


 めっ、と指を突きつけて、わざとらしく俺に説教をする女。

 つうかうざいな。こいつ。

 俺は、はぁとため息を吐いてから、投げやりに答える。


「分かったよ。いや、分かりました、か。一応年上だから」

「そうそう、君は年下なんだから敬意を払い給えよ」

「それで、元先輩はいったい何の用なんですか? いい加減鬱陶しいんで、さっさと要件だけ告げて消えてくれませんか?」


 俺がはっきりと告げると、その女はやや苦みばしった表情になる。

 だが、彼女は俺のノートパソコンの一点を指差し、言った。


「ここ、『;(セミコロン)』が抜けてる。初歩的すぎて指摘したくなっちゃった」

「……あ」


 指摘されたところを見ると、確かに『;』が抜けていた。

 通常、C言語でプログラムを作る際には、命令文の最後に『;』を入れる必要がある。

 それがないと、ビルドした時にエラーが吐き出されて、どこに問題があるのかを延々と探すことになってしまう。


 そんな初歩的なミスを指摘されるまで気付かなかったことで、頬が熱くなった。

 だが、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、女はさらに言いたい放題付けたし始めた。


「というか、二年になったんだからそろそろ関数を活用しなさいよ。なんで全部mainで書くのよ。この辺の工程は違う関数にまとめて、呼び出せば良いでしょうが」

「……そういうの、面倒なんですよ」

「しかも、なんでコメント付けないの? 読みにくすぎ。変数も省略しすぎて訳分かんないし、こんなんじゃ自己満足のオナニープログラマーにしかなれないよ?」

「……大きなお世話です」


 俺は息を吐いて、ノートパソコンを閉じた。

 指摘されるのが嫌だった。昔から、誰かに何かを言われるのが好きじゃなかった。

 一人でのめり込める世界が好きで、だからゲームにはまった。

 それなのに、そのゲームを作るために、またこうして人に色々と言われないといけないのか。


「ありがとうございました。それじゃあ、後は家でじっくり直しますんで」

「ちょっと待った」


 俺が通学に使っているリュックに乱暴にノートパソコンを押し込み、そそくさと去ろうとすると女が俺を呼び止めた。

 俺は一応足を止めて女の方を向くと、彼女は自分を指差して尋ねる。


「ねえ夕霧総くん。君は結局、私の名前は覚えてないのよね?」

「……まぁ」

「まぁ、じゃないよまったく。それじゃ、自己紹介くらい聞いていきなよ」


 俺が興味なさげに彼女を見ていると、やっぱりどこか偉そうに女は言った。


「私の名前は鳥須伊吹トリスイブキ。年上だけど、気軽に伊吹ちゃんとか呼んでくれても良いよ」

「そうですか。分かりました鳥須さん」

「分かってないよね。それともわざとやってんの?」


 言いながら、鳥須と名乗った女は呆れた声を上げていた。

 その後に、鳥須はわざとっぽく、可愛らしい声で言った。


「今度忘れたりしたら、承知しないから」



 ──────



 太陽の光を強く感じて、俺は目を覚ました。

 時間を確認すると、朝の七時過ぎ。いつもは八時前に起きるので、それを考えると少しだけ早起きだ。

 その原因を考えてみようとしても、ぱっと浮かんでくるものがない。

 季節は夏が終わり、秋の入り口に来ている。少し肌寒くなってきたから、そのせいかもしれない。


「……? なんか、変な夢を見てたような?」


 思い出そうとするが、少し頭痛がするだけで何も思い出せない。

 俺は頭を切り替えて、布団を畳むことにした。

 二度寝するのも悪くはないが、せっかく目が覚めたのなら、目が覚めたなりの行動をするのも悪くない。

 バーで働いていたときには、夜明けと共に眠ることもあったのを考えれば、その思考は大分健康的である。気がする。



 俺が階下に降りると、既に起きて朝の支度をしていたライと出くわした。


「わっ? 総? どうしたの? 珍しく早起き」

「ま、俺もいつまでも、ライに起こされてるわけにもいかないからな」


 まったくの偶然であるのに、俺は少しだけ格好を付けて言ってみる。

 すると、ライは面白くなさそうにじーっと俺を睨み、言った。


「へーそう。じゃあ、これからは私が起こしにいかなくても、良いのかなぁ?」

「ごめんなさい、言い過ぎました。起こして下さい」

「よろしい!」


 俺がははー、と冗談めかしつつ謝ると、ライもまた即座に機嫌を直した。

 そして綻んだライの表情に、俺は自然と笑みを浮かべた。


「あ、丁度良かった。せっかくだから料理手伝ってよ。ちょっと手の込んだもの作っちゃおうかな」

「任せろ」


 俺は笑顔でライの頼みを快諾した。

 そんな俺の表情を見て、ライはふふ、と嬉しそうに俺の手を引いた。

 ライに引きずられる形で、俺も台所へと向かう。


「でも、総って変だよね」

「変?」


 色々言われ慣れてはいる俺だが、ライの言葉は少し不思議に思った。

 ライは俺の呟きに答える。


「だって、仕事を頼むと、いっつも楽しそうな顔するんだもん」

「……そうか?」

「うん。特に『カクテル』関係はね」


 ライに言われると、確かに少しそうなのかもしれない。

 だが、なぜと言われても、どうなんだろうか。

 上手い返しが浮かばず、冗談ですませることにしてしまった。


「そう。なぜならば私は『酒』の神様に、『酒』の美味しさを世界に広めるという使命を与えられているのです。その使命を果たすことに、どんな苦しみがあると言うのでしょうか?」

「……冗談に聞こえないから、ちょっと怖い」

「……そこは笑ってくれよ」


 俺が疲れた声を出すと、ライは「冗談だって」と笑顔で答えた。

 そんな彼女につられて、やっぱり俺も自然と笑みを浮かべてしまうのだった。



『ホワイト・オーク』から連絡が来たのはつい最近。

 あと一ヶ月ほどで、俺はしばらく、この街を離れることになっている。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


四章に入る前に、少しだけ書きたいことがありまして、

幕間として色々と書かせていただきたく思います。

基本的には、主人公がバーに居ると見えない風景や、出したいカクテルなんかを中心に、十数話程度続く予定(未定)です。

四章までメインストーリーは進みませんが、もう少々お待ちいただけると幸いです。


※1202 誤字修正しました。

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