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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

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バーテンダーは誰のモノか

 少しだけ、朦朧とした意識の中。

 確かに、声が聞こえる。


「さぁ、どうしたの? 黙って《頷きなさい》」


 ズキン、ズキン。


「《頷け》と言っているのよ?」


 ズキン、ズキン。


「何をしているの? 私の《言う事を聞きなさい》」


 ズキン。


「良いから、私に《忠誠を誓いなさい》、《愛情を注ぎなさい》……《好きになれと言っているのよ!》」



 ──────



 女性の声が聞こえるが、そんなことよりも頭痛が酷い。

 いや、そもそも女性の声など、どうでもいい。

 俺の心にそんなものが入り込む余地がない。


 余地? 違う。

 そんなものに惑わされる、回路が、存在していない。


 なぜ?

 俺は、彼女を好きになるべきなのではないのか?

 そんなはずはない。

 俺には存在しない。


 意味の分からない自問自答が頭の中で繰り返される。

 見当違いの感情に、女性の声がアクセスしている。


 怒り。違う。悲しみ。違う。喜び。違う。楽しみ。違う。全部違う。

 手当たり次第に感情をなぞる声に、不快感が募る。


 やがて、その声は、行き場を失くして、一つの穴に落ちていく。

 そこには、何も無いのに。


 何も無い、筈なのに。

 そこに、誰かが、居た。



「──────、────からね?」



 パキン。

 寂しげな女性の声が、その何も無い空間に響き、

 入り込んでいた声を、粉々に砕いた。


 その直後、頭が割れるような強烈な痛みが走った。



 ──────



「いっつ!」


 俺は頭を押さえる。

 今まで、何を考えていたんだ?

 思い出せない。


 目を前に向けると、先程まで話をしていた筈の銀髪の女性が、俺を睨んでいた。

 だが、俺の表情に色が戻ったと見てか、楽しげに言葉をかけた。


「ようやく、抵抗を止めたみたいですわね?」

「抵抗、ですか」


 ラスクイルは俺の素直な疑問に、なおさらに楽しさを増した様子だ。

 そして、少しの溜めを作って、その言葉を告げた。




「さあ。《私のモノになりなさい》」


「お断り致します」




 俺の口からは、スルリと言葉が出て来た。

 ラスクイルは一瞬、自分が何を言われたのかを理解していないようだった。

 ぽかんと口を開け、その後に「え?」と、戸惑いの声を上げた。


「……何かの聞き間違いですわね。もう一度言いいます。《私の誘いを受けなさい》」

「ですから、お断りします」


 俺の言葉を受け、ラスクイルは驚愕に顔を歪める。

 そのあと、矢継ぎ早に様々な言葉を投げかけてくる。


「嘘でしょう?」

「いえ、嘘ではありません」

「《冗談だと言いなさい》」

「冗談ではありません」

「分かりましたわ。あなたは言葉を裏の意味で使う性質が──」

「残念ながら、ございません」


 ラスクイルの縋るような言葉の数々を、一つ一つ否定した。

 最初は落ち着いていたラスクイルだが、次第にその表情にイライラが募っているのが分かった。

 接客としては失格にも程があるな。と内心で反省しつつ、今はそれを直す気にならない。


「いい加減にしなさい! 黙って《私の言う事に頷けばいいのよ!》


 彼女の声が店内に響いた。

 それまでは見世物だと思って煽っていた連中も、ここに至っては笑えなくなっていた。

 俺は静かに息を吐いたあと、はっきりと告げた。


「ですから。それはできません」


 俺の突き放すような言葉を聞いて、ラスクイルはすとんと腰を椅子に降ろした。

 信じられないものを見た、とその表情は語っていた。

 彼女は、先程の【ギムレット】を一口含み、その後に俺へと尋ねた。


「なぜ、あなたは私の物にならないのかしら?」


 何故と言われてもだ。

 俺には思い当たる答えが一つしかなかったので、それを答えることにした。



「簡単なことですよ。営業中のバーテンダーは『誰の物にもならない』んです。バーテンダーを口説きたいなら、営業時間外にすべきでしたね」



 俺の言葉を聞いて、ラスクイルはぽかんとした顔をして。

 それから、大声で笑った。


「あは、あははは! 面白い事を言うんですわね! 本当に、面白いわ! そんな理由だと言うの! あははは!」


 ラスクイルの大笑いが店内に響き渡り、

 直後には、その声に我を取り戻した客達が、やんややんやと騒ぎ立てた。


「な、なんか分からないけど流石マスターだ!」

「よっ! カクテルバカ!」

「バーテンダーの鑑!」

「唐変木!」

「女の敵!」

「最低のたらし!」

「鈍感クズ野郎!」


「ちょっと待って下さい! 最後の方ただの悪口ですよね!? 謝ってください! バーテンダーに謝ってください!」


 俺が大袈裟にリアクションを取ってみれば、それに反応して客達が笑った。

 自分が場の雰囲気を盛り上げるのに使われたと、ラスクイルが気付いたころには、酒場の雰囲気は、いつも以上の盛り上がりを見せていた。


「では、ラスクイルさん。先程の話はなかったことに」


 俺がその勢いでさりげなく尋ねると、彼女は諦めた表情で、寂しげに笑った。


「……契約は契約ですから、仕方ありませんわね」

「では?」

「ええ。フィルオットとサルティナを、よろしくお願い致しますわ」


 俺は今度こそ、小さくガッツポーズをした。

 そのあと、感動を分かち合うべく、フィルとサリー、そしてスイへと目を向ける。


「「「────! ──────!」」」


「あら。まだ『黙らせた』ままでしたわね」


 その三人は、嬉しそうだけど、文句も言いたげな、そんな複雑な表情であった。




「お待たせしました」


 フィルが声をかけ、実の母親へと一杯を差し出した。

 グラスの中身は【ジン・トニック】だ。


「それで、こちらは私のです」


 フィルに続いて、サリーもまた【ジン・トニック】をそっと出す。

 その二杯を見比べて、ラスクイルはほんのりと幸せそうな顔をしている。


 今の状況は、文字通り、母が子供の成長を見ようという話である。

 彼女は【ギムレット】のあとに【ジン・トニック】を注文した。俺の【ジン・トニック】に頬を緩めたあと、ふと言ったのだ。


『私の子供達は、今どのくらいの物を作れるのかしら』と。


 そして急遽、母親からの『カクテルチェック』の時間になった。

 おずおずと差し出された二つの【ジン・トニック】を見て、ラスクイルはうんうんと頷いていた。


「ではまず、フィルオットの方から」


 言って、彼女は静かにその液体を呑み込んだ。

 ふむと頷き、特に感想を言う事も無く、そのままサリーの杯にも手を伸ばす。

 ゴクリ、と喉が動き、彼女はうんと頷いた。


「フィルオット、サルティナ」

「「は、はい」」


 彼女は、にっこりと、とても優しい声音で告げた。


「十年は気長に待ってあげますから、早く美味しくなりなさい?」

「「…………」」


 し、辛辣すぎるだろ。

 そこはお世辞でも美味しいとか言うところだろ。

 何、笑顔で十年は修行しろとか言ってるんだよ。俺だって十年も修行できてないぞ。


「ですから、バーテンダーさん。よろしくお願い致しますわね」

「……かしこまりました」


 俺はかなりの重責を、一身に背負わされた気持ちになる。

 だが、そんな母親の目は優しかったので、やっぱり何も言えなかった。




「それでは、ご馳走様でしたわ」


 ラスクイルは、兄妹の『カクテル』を飲んだあと、早々に帰ると言った。

 閉店間際まで居るのかとも思ったが、兄妹の仕事ぶりを見て満足したのかもしれない。

 俺とスイはカウンターの中に入ったまま、兄妹だけが外まで見送るため、カウンターの外へと出ている。


「フィルオット。サルティナ。あなたたちの、これからの行動に期待していますわ。面白いことをするのなら、なるべく早くが良いの」


「はい、お母様」

「私達も、そのつもりですわ」


 フィルとサリーの返事を聞き、ラスクイルは満足げに頷いた。

 そのあと、思い出したように、スイに視線を向ける。


「それと、スイさんでしたっけ」

「え? はい」


 ラスクイルは、スイをちょいちょいと手招きしていた。

 スイは警戒心を露にし、その場から動こうとはしない。


「何もしませんわ。ただちょっと、教えてあげたいことがあるだけですのに……」


 そう言われて、スイは渋々とラスクイルの方へと向かった。

 彼女達が少し距離を取って何かを話している間、俺はフィルとサリーに声をかけた。


「ここで言うのもなんだが、本当に、バーテンダーで良いのか? このあと、やっぱり国に帰りたいとか、言えなくなるぞ?」


 そんな俺の心配に、二人は潔い笑顔を浮かべた。


「良いんです。僕達の行いは、決して無駄にはなりません」

「ですから、総さんは安心して、私達に今までどおり接してくださいな」


 二人の返事を聞き、俺は少しだけ嬉しくなった。

 どうやら【ブラッディ・シーザー】の逸話も、上手くまとまってくれそうな気がした。

 俺はわざとらしく笑みを浮かべて、特にサリーに向けて言う。


「それじゃ、これからはもっと厳しくしていくか」

「え? 今までどおりって言ったのに!?」

「はい、向上心が無い。減点二」

「だからその基準はなんですの!?」


 サリーとのいつものやり取りを終えると、丁度スイがラスクイルと話し終わったようだった。

 そのタイミングを見て、フィルとサリーの二人が、一度俺に礼をした。


「それでは」

「送って参りますわ」


 言って、二人は足取りも軽く、母親のもとへと向かう。

 彼らの今までの関係がどんなものだったのかは知らないが、今日の一幕で、少しくらいは良いものになってくれたのではないだろうか。

 もし『カクテル』がその助けになってくれたのなら。


 俺はこの世界にきて、こんなに嬉しいことはないと思うのだった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。


本日四回更新予定の四回目です。

ギリギリ間に合いました。少し推敲が荒いと思います。申し訳ありません。

あと、ここで言うのもなんですが、四回更新とは言っても四話更新とは言ってません。


というわけで、少し思うところがありまして、後半のちょっとした部分を次話に回します。

ここで切っておくと、少しモヤモヤが残り、新たなモヤモヤがなくなるかもしれません。

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