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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

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129/505

カクテルに刻む

すみません、相変わらずラスト付近は詰め込み気味です。

文字数が多くなってしまいました。



「どういう意味ですか」

「説明、してくださいます?」


 突然俺が言い出した言葉に、フィルとサリーはそれぞれ懐疑の目を向けた。

 俺はすぐには答えず、手に持っていた『ピーチリキュール』のボトルをカウンターに置く。

 この世界には、リキュールメーカーなんてない。そのため、リキュールを入れておくボトルは、今現在、ほとんど同じ形だ。

 簡単なラベルを張って識別はしているが、そこに積み重ねて来た歴史や伝統はない。


「バーテンダーは、酒一つ、材料一つとっても学ぶことばかりだ。酒の一滴は命の一滴。どんな酒にも、そこには歴史と、伝統と、人間の熱がこもってた」


 地球にどれだけのメーカーがあって、どれだけのお酒が存在するのか。

 数えきれないくらいと言っては大袈裟だろうか? 俺はそう思わない。

 世界には数え切れないくらいの酒類メーカーがある。そして、実際に飲んだ事があるお酒は、その総量よりずっと少ない。


「俺が教えられる酒の歴史も、カクテルの歴史も、この世界には関係のないものだ。だからきっと、それに興味を持つのも、理解するのも難しいと思う」

「そ、そんなことは!」

「いや、無理するな。アメリカの禁酒法時代だとか、世界五大ウィスキーとか言われたって、なんにもピンと来ないだろ?」

「……それは……はい」


 俺に気を使ってか、言い返そうとしてくれたフィルだが、尋ねられれば素直に頷いた。

 当たり前だ。この世界にはアメリカなんて無いし、禁酒法時代にバーテンダーとカクテルが世界に広がったという歴史もない。

 薬草系リキュールの『カンパリ』を指して、語源はイタリア語で『野原の』という意味のカンパリーノだとか。

 濃厚な甘みを持つ『カシスリキュール』を指して、冠詞として『クレームド』と付けるには条件があるとか。

 ましてやこの世界には存在していない『スコッチ(スコットランドのウィスキー)』のアイラモルトの話とか、何の意味も持たないだろう。


「そもそもポーションだしな。酒とは違う。でもここでは同じように扱っている。その意識を持つこと自体が、きっと難しいと思うんだよ」


 兄妹だけでなく、この店に関わる全員に対する気持ちで言った。

 それだけ、ポーションを嗜好品とする文化は、この世界では薄い。

『ポーションは所詮ポーションだ。酒ではない』

 そう言って、一笑に付すお客様だって居る。

 飲みもせず否定されることだって、減ってはきたが、まだまだある。

 それは、きっとこの先にもずっと付きまとってくる問題なのだろう。


「総さんは、こう言いたいんですか?」

「ん?」

「僕達が、カクテルを理解するのは難しい。だから、バーテンダーになるのは諦めたほうがいい、と」


 フィルが、やや沈痛な面持ちで言った。

 言葉にはしないが、サリーもやはり同様の表情だ。悔しいけど、少し嬉しい。

 そして、俺の言葉を、こう捉えたのだ。


「だから、店のことは気にせず、素直に国に帰れ、と」


 フィルは、半分笑って、半分泣いていた。

 そんな器用な表情を浮かべているのだった。

 だが、大人しくしているフィルとは違って、サリーは牙をむき出しにして、俺に食って掛かる。


「なによ! あんた自分がなんとかしてやるとか言って、結局諦めてるってわけ!? そんな別れ話なんてして! 私達を慰めてるつもりなの!?」


 ふと気を抜けば零れてしまいそうな、涙を目に溜めて。

 少しでも力を抜けば、掠れてしまいそうな声で、サリーは言った。

 フィルの制止の声も聞かず、サリーは更に俺に詰め寄る。


「私達に才能があるとか言ってた癖に! 聞きたくなかった! 総さんからだけはそんな話聞きたくなかった!!」


 言いながら、サリーは俺を睨んだ。

 ひどく、悲しくて、孤独な色を秘めた瞳だと思った。

 俺は彼女に、少しだけ言いたいことがあった。


「サリー」

「何よ! 言いたいことがあるんだったら──」

「人の話は最後まで聞けこら!」

「いたぁっ」


 俺は少々興奮状態にあったサリーの太ももに、軽い蹴りを叩き込んだ。

 サリーは咄嗟に足を押さえ、ややしゃがみ込む形で俺を睨む。


「な、なによ。言い返せなくなったら暴力ってわけ? 情けない男だったわね」

「良いから人の話は最後まで聞け。減点一万だ馬鹿野郎」


 俺の苦笑いと冗談を聞いて、サリーはようやく、俺がまだ『言葉』を出し切っていないのだと理解してくれたようだった。

 彼女は少しだけ羞恥で顔を赤くし、おずおずと引き下がって言葉を待つ。

 俺は、あー、と少しだけ前置きしてから続きに入った。


「さっきまでのは不幸の話。ここからは幸運の話だ」


 俺は少しだけ、意識して声音を軽くした。

 真剣な色は残しつつ、少しでも楽しげに聞こえるように。


「二人は酒に刻まれて来た歴史とは少し離れた、白紙の状態からスタートできる。これって、俺の居た世界じゃありえないことだ」


『カンパリ』と言えば、カンパリ草から取れるポーションのこと。

『クレームドカシス』と言えば、甘いカシスのポーションのこと。

『スコッチ』と言われても、そんなものはない。


 本当に何もない。俺の世界では考えられない状態。


「つまり、これから自分自身で、その酒やカクテルに逸話を作ってやれるんだぜ? 後世まで残るような、そんな逸話が今日まさに生まれるかもしれないんだ」


 俺が何を言いたいのか。

 唐突な言い出しに、フィルもサリーも理解できていないようだった。

 俺は、出来の悪い弟子の少女の方に、ピーチリキュールを指差した。


「たとえばサリー。これ、なんのボトルだか覚えてるか?」

「……ええ。忘れはしませんわ。私の最初の【スクリュードライバー】を、総さんが生まれ変わらせたときに使ったリキュールでしょう?」

「そうだ。それが一つの逸話だろ? 『ピーチの形は、尻を連想させるから弟子の尻拭いに良く使われる』とかな」

「なっ!? 断固拒否ですわ!」


 俺が面白がって言うと、サリーは顔を真っ赤にし、尻を押さえた。

 俺はからかうのを少し止めて、他の事を言ってみる。

 丁度、厨房から出てくる、獣人の青年の姿が目に映ったところだった。


「例えば【モヒート】にまつわる逸話はこうだな。『妹のために罪を犯した兄を、たった一杯で改心させた、癒しのカクテル』」

「おいおーい。その、あの時はまじですまなかったから、茶化すのはやめてください」


 俺の言葉を耳聡く聞きつけたのか、ベルガモからちょっとだけ元気のない声がかかる。

 獣耳を少しへたれさせているのが、本気の謝意を感じさせた。


「悪い悪い。でも、ちょっと我慢してくれ」

「手短に頼むぜー」


 やや元気なさげに、ベルガモはまた厨房に引っ込んでいく。

 となると、次はその料理を運ぶ赤髪の少女が目に映る。


「そして【ホット・バタード・ラム・カウ】なら、そうだな。『頑なだった少女の心に、母の優しさを取り戻させたカクテル』これでどうだ」

「意義あり! それはちょっと脚色しすぎです!」


 ライも同様に俺たちの言葉を聞いていたようで、鋭いツッコミが遠くから入った。

 俺も流石に、ちょっと盛りすぎたと思わなくもないが、逸話なんて盛ってなんぼだ。


「だったらアレだろ! 【ジン・フィズ】は機人と人間の架け橋を作ったカクテルだ!」

「それで【ジン・トニック】は、機人と人間の共同作業で生まれたカクテルね!」


 カウンターの向こう側で、ゴンゴラとイベリスが声を上げた。

 どうやら思った以上に、俺たちの会話は店の中の注目を集めていたようだ。

 よく考えれば、バーテンダーの意識を切っていたせいで、声が少し大きかったり、周りへの注意が散漫すぎたかもしれない。


「なら、【ブルー・ムーン】は『奇跡を起こしたカクテル』」


 そう言ったのは、いつの間にか俺たちに近寄ってきていたスイだ。

 彼女は、過去を思い出すように少し目を閉じ、息を吐く。


「それまで閑古鳥が鳴いていた寂れたポーション屋を、ポーション品評会の頂点に導いた。そんな、奇跡のカクテル」

「言い得て妙だな。もともと【ブルー・ムーン】ってのは『滅多に起きないこと』って意味だからな」

「うん。本当に、ありえないことだった。でも、総の『カクテル』は、それができた」


 兄妹は、少しだけ目を丸くしている。俺たちの過去を少し教えたことはあったが、それらにまつわるカクテルの話まで、詳しくした覚えはなかった。

 スイの安心させるような言い方に、ぼんやりとだけ、俺の気持ちが伝わってきた様子だ。

 それと同時に、俺は、スイがわざわざここまで来た理由も、なんとなく察する。

 そろそろ注文が入る気配があるから、戻れってところだろう。


「そんで【ブラッディ・シーザー】だ。これはどんなカクテルだ?」


 俺は、面白がるように、フィルとサリーに尋ねた。

 無茶ぶりだろうか。いや、そうでもない。

 たった一ヶ月とはいえ、バーテンダーをやってきたんだ。このくらい答えてもらわないと困るってもんだ。

 二人は、未だ俺がなんの話をしているのかまでは繋がらないまま、それでも少しだけ面白そうに答えた。


「……死にかけの吸血鬼を、救ったカクテルとかですか?」

「……それよりも、お嬢様であるこの私に、美味しいと言わせたカクテルの方が面白いわ」

「サリーのは主観でしかないから却下な」


 俺がピシャリと切ると、フィルとサリーはようやく、緊張の解けた笑みを見せた。

 そうだ。それでいい。そのくらいの気持ちで居てくれないと困る。


「それで、そうやって助けられた二人が、今はバーテンダーをやっている。これは凄い逸話になりそうな予感がするだろ?」


「……はい、そうですね」

「……それができたら、随分と、面白そうな気配がしますわ」


 ふふ、微かに笑みを浮かべるフィルとサリー。

 俺は『うむ』と、ちょっとだけ偉そうに頷いてから言ってみせた。


「だからさ、俺は二人の気持ちが知りたい。もう諦めてるのか? 俺がなんとかしてやりたいって時に、二人は俺にはなんにもできない、って思うのか?」


「……いえ、そんなことは」

「……でも、母様が」


「じゃあ、もうバーテンダーなんてやりたくないって、思うのか?」


「「そんなことはありません!」」


 二人は口々に言って、お互いにはっと驚いた顔をした。

 自分たちが大きな声を出してしまったのが、お互いに不思議だったようだ。


「じゃあさ、少しくらいは俺のこと……『カクテル』のことを信じてみてくれないか? お前達には、諦めたような顔をして欲しくない。これから助けたいって連中にそんな顔をされちゃ、できることもできなくなっちまうからさ」


 俺が優しい笑みを浮かべると、二人はようやく俺が言いたいことを理解してくれたようだ。

 俺は、諦めたような二人を助けたいんじゃない。

 どんな時にも、前を見ようとする人間を、助けてやりたい。


「今日一日、そんな顔されたら迷惑だ。不安だってのは分かる。そりゃ頼りない師匠だからさ。それでも『カクテル』だけには自信があるんだぜ?」


 俺は言って胸を張る。

 根拠はない。

 それでも、誇りはある。

 駆け出しの師匠だとしても、弟子の問題を背負ってやるくらいの責任はあるつもりだ。


「すみません。でも、そうですね」


 俺の言葉に最初に応えたのは、フィルだ。

 言いながら彼は、少しだけ気持ちを切り替えたように、まっすぐに俺を見た。


「僕も、まだまだここで、人間やバーテンダーのことを学びたいです。だから総さん。なんとか、してくれますか?」

「おう」


 俺が頷くと、フィルは肩の荷が降りた様子で、ふっと柔らかい表情をした。

 続いて、サリーは相変わらず、少しだけ素直じゃない言葉を言う。


「私は、言葉だけで信じろなんて言われても、フィルみたいに単純には考えられませんわ」

「……そうか」

「でも」


 そうやって、わざわざ余計な一言を付け加えたあとに、サリーもまた吹っ切れた笑顔を浮かべた。


「総さんが作る『カクテル』の美味しさなら、信じられます。お母様を、ぎゃふんと言わせてあげてください」


 美味しい『カクテル』を飲ませたら、ぎゃふんと言うだろうか。

 思いはしたが、きっと彼女の心情ではそうなのだろう。


「任せろ」


 俺は二人の言葉に応えるように、大きく頷く。

 そのあと、ちょっとだけ照れくさくなって、冗談めかして言った。


「ひょっとしたら、これがきっかけで『弟子に飲ませる最初のカクテルは【ブラッディ・シーザー】にすべき』なんて慣習が生まれるかもしれないしな」

「反対に、『【ブラッディ・シーザー】を飲ませると長続きしない』なんて慣習になるかもしれませんわね」

「サリー! 水を差さない!」


 にひっと悪戯好きの顔でサリーが付け足し、フィルが嗜めた。

 俺はサリーを減点しようか迷ったが、まぁいいかと流す。

 フィルとサリーは、今は素直な、良い表情を浮かべている。

 まだ目の下は黒いけど、充分、店に立っても良い表情に思えた。


「じゃあ、ボトル拭きは閉店後に変更だ。それまで、いつも通りの仕事で」


「了解です」

「了解ですわ」


 言って、俺はふふ、と内心で笑った。

 閉店後に、二人はまだこの場所にいるのだと、思ってくれたのだから。


 カラン。


 作業台に立つ前に、一度ゴンゴラとイベリスに声をかけようと思ったところ。

 ドアのベルが、新しい来客を告げた。


「いらっしゃいま──」


 俺は反射的にドアを向き、その声をかける。

 かけてから、その人物が誰なのかが、目に入った。


「うふふ。約束よりも少し早いですけれど、来てしまいましたわ」


 妖艶な雰囲気を纏った、銀の輝き。

 俺の記憶が正しければ、ラスクイル・キリシュワッサーその人が、まだ日も落ち切っていないこの時間に、現れたのだった。



※1108 誤字修正しました……ストットランドって……

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