吸血鬼の傾向と対策
兄妹の言い分を聞いた後に、話は次の段階へと入る。
すなわち、事情を解した状態から、どういう結論を出すか、だ。
「おそらく、皆は言わないだろうから、私が言おう」
その場にあって、最初に案を出したのは、ヴィオラであった。
彼女は、兄妹には同情するような目をしつつ、きっぱりと言った。
「二人を素直に吸血鬼側に引き渡し、何事もなかったように過ごすという選択肢がある」
その物言いに、特に吸血鬼である兄妹が俯いた。
だが、全く的外れのことを言っているのではない。その事実自体はその場にいる誰もが分かっている。
今の状況は、やや混乱もあるにせよシンプルなものだ。
親が家出をした子供を探しに来ただけ。
そこになんらかの特殊な事情が無い限り、子供を返すのは当たり前である。
もちろん。理屈で考えればの話だが。
「私は、嫌だよ。だって、せっかく二人とも仲良くなれて、この店にも馴染んできたってときなのに!」
ヴィオラの言葉に、やや感情的な言葉を返したのはライだ。
彼女は赤い髪の毛に似合う、少しだけ情熱的な声音で、それを言った。
「というか、サリー達だってもう成人でしょ? そりゃ、家のしきたりみたいな色々はあるかもだけど、そんな所まで親に従わないといけないなんて……」
「ライ……」
ライの言葉に、思わずサリーが声を漏らす。
彼女達は年齢も近いし、特に仲も良かった。
だからこそ、二人の状況を自分に置き換えてしまって、気に入らないという感情が先に出てくるのだろう。
なにより『気に入らないから』かという理由で、色々と制限されるのは、彼女くらいの年齢だと、理解はできても納得はいくまい。
「俺もはっきりと言っておくぞ」
次に声を上げたのはオヤジさんだ。
彼は、ヴィオラとライの意見を否定するでもなく、静かに言った。
「俺は基本的にはヴィオラに賛成だ。特別な理由もなく二人を引き止めるってのは、ちと筋が通らないと思う」
「お父さん! 筋が通らないのはあっちでしょ!」
「そりゃやり方は強引だろうが、子供を親が迎えに行くのに、おかしいことなんてない」
ライに言い返されても、オヤジさんは意見を曲げない。
彼もまた、自分と相手をライとは違う意味で重ねているのだろう。
スイやライが理由もなく居なくなれば、いや、理由があったとしても、オヤジさんなら血眼になって探すだろう。
「だが、納得できる理由があるってんなら話は別だと思う」
オヤジさんは、少しだけ表情の固さを落とす。
「今の状況は相手側が納得してないから問題なわけだしな」
オヤジさんの言葉に、否定を返す者はいない。
つまり、今問題になるのは、相手がこの状況を容認していないからなのだ。
「だからだ。理由もなく引き止めるのはいけないと思うが、理由があるんなら相手と話し合うべきだろうな」
オヤジさんの言葉に、この場に居る面々のだいたいが頷いた。
だが、その話し合いにおいて、そこで浮かない顔をしている者達もいた。
その一人であるフィルが、済まなそうな表情で口を挟む。
「すみません。それは少し難しいかと思います」
「私も、フィルの意見に同意するわ」
渦中の人であるところの二人が、揃って言った。
オヤジさんが少しだけ面白くなさそうな顔で、肘をテーブルに付いた。
俺はオヤジさんの気持ちを引き継ぐように、その二人に理由を尋ねる。
「どうしてだ? 別に喧嘩しようってわけじゃない。相手と話し合って、二人がここに居るというのを認めて貰うだけだろ?」
「ええ。ですから、それが難しいかと、思うんです」
フィルはさらに難しい表情になり、少しこめかみを押さえた。
俺たちの言葉は嬉しいが、だからこそ言いにくい、そんな感じだ。
「あの人は、道理に従って筋を通すようなタイプじゃありません。気分の人ですから」
「本当にね……さっき引き下がってくれたのが信じられないくらいですわ」
フィルの言葉に、しみじみと頷くサリー。
俺は先程の相手の様子を思い出してみた。
嫌に緊張したが、そこまで話が通じないという印象でもなかった。
そこにすっと、声を挟む青髪の少女。
「そうね。確かにそんな感じだった」
その場に一緒に居たスイは、俺とは違う感想を持ったようだった。
彼女は補足するように、その時の印象を述べる。
「あの時、総を見る目も、ちょっと普通じゃなかったし」
「へ? 俺をか?」
そういえば、俺を見る視線が少しねっとりとしていた気はしたが……。
「そう。なんというか、珍しい動物を見つけたみたいな感じ」
「……あんまり嬉しくないな」
「でも、総に興味を持ったのは確かだと思う」
スイの表現に問題がある気がしなくもないが、まあいいか。
とにかく、ラスクイルは容易にひき下がるタイプではなかったらしい。
フィルやサリーの言葉を信じるなら、興味があることならどんな手段を用いてでもというタイプだというのだから。
それこそ、俺に──いや、恐らくは俺のカクテルに興味を持ったというのなら、もっと突っ込んできてもおかしくはなかったわけだ。
しかし、あの時はヴィオラが登場する気配を感じて、即座に去っていった。
分が悪いというのもあっただろうが、本当にそれだけだろうか。
「そんな自己中だってんなら、なんで、ああも容易く引き下がってくれたんだ?」
「多分ですけど、一つ心当たりがあります」
「本当か?」
フィルは、その推測にやや自信なさげに唸る。
保証はありませんが、と前置きしてから言った。
「あの場で僕達を捕まえたら、すぐに帰らないといけないでしょう? だから、やめたんです。一日遅らせて、この街の観光でもしたくなったんでしょう」
その推測に、一同は押し黙った。
え?
そんな理由?
「確かに、それならありえるわね」
疑うような目を向ける俺とスイだが、サリーはうんうんと頷いていた。
二人分の同意に、俺はおずおずと尋ねる。
「流石に、そんな理由でなんて……」
「ありえるんです!」
「むしろそれ以外ありえないくらいですわ!」
その強い確信の言葉には、俺もさすがに口出しはできなかった。
ほんの一回しか会っていない俺やスイ、そしてまだ会ったことすらない他の三人。
そんな人間達の思惑を、軽々と超えるのは流石吸血鬼とでもいった所なのか。
「話は良く分かった。ようするに、あのお姉さまを理屈で説得するのは無理ってことだな」
「はい」
フィルに確認を取ってから、俺は少し考え込む。
理屈で説得できない。そんな相手を説得するにはどうすればいいのか。
相手が気分屋だというのなら、それはそれでやりようがあるというものだ。
「じゃあ、あれだ。二人が残ることを認めさせるんじゃなくて、二人を残らせたいって思わせれば勝ちってことなんだな?」
俺が尋ねると、フィルは少し目を丸くしながら、頷く。
「確かに、それはそうですが」
「なら簡単だ」
俺は少しだけ自信過剰気味に、言い切った。
どうやって、と目で尋ねてくる一同に、俺は断言する。
「あのラスクイルさんに、『カクテル』を飲ませてやるんだよ」
俺は言って、拳をぎゅっと握りしめた。
直後、一同から一斉に戸惑いの目で見られるが、俺はその答えに確信を持っていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
恐らく、あと5〜6話で三章完結致します。
詳しい話はまたどこかですると思われますので、お付き合いいただけると幸いです。




