表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

124/505

ひとまずの決着

「それで、あなたの名前をお聞きしても?」


 突如現れた銀髪の女性、ラスクイルの声に、俺は丁寧に応じることにした。


「自分は夕霧総です。今は一応、この二人の師匠で、保護者みたいなものですよ」

「あらそう。二人が世話になったのね。感謝しますわ」


 その見る者を虜にするような笑みに、俺も負けじと笑みを返す。

 そんな俺たちの間に、青髪の少女もすっと入り込んでくる。


「それで私は、スイ・ヴェルムット。この総の保護者は私ですので」

「……そう」


 まぁ、確かにスイに保護されてはいるのだが、その言い方は少し引っかかるな。

 しかし、それ以上に引っかかったのはラスクイルの反応だった。彼女はスイを一瞥すると、最初は注意深く目を細め、すぐに興味無さそうに視線を緩めた。


「さて、私の部下たちが随分と迷惑をかけたみたいねぇ」

「迷惑なんて言い方では、自分の気が済まない程度には、ですね」

「素直に、申し訳ないわ」


 ラスクイルは言いながら、あまりにあっさりと頭を下げた。

 その行動に、俺よりも、跪いていたトリアスが反応する。


「奥様! あなた様が頭を下げるなど!」

「黙れと言ったのよトリアス」

「し、しかし」


 女主人に嗜められるが、それでも食い下がるようにするトリアス。

 そんな彼に、ラスクイルは空気が冷え込むような、温度のない声で告げた。


「三度は言わないわよ?」


 瞬間、トリアスが縮こまる。ぐっと拳を握りしめ、口を引き結んでそれきり何も言わなくなった。

 その様子に満足したのか、ラスクイルはまた、優しげな笑みを見せる。


「忠実すぎて、少し融通の利かない部下でごめんなさいね」

「……まあ良いですよ。それで、責任はどう取って下さるおつもりで?」


 俺は言ってから、腰にさげている銃を右手で強く握りしめた。

 相手の意図は、読めない。彼女もまた、こちらに思考を探らせないタイプらしい。

 表情通りに考えれば、いかにも機嫌が良さそうに見えるが、それで良い筈がない。

 相手は、困った、と頬に手をあててから、静かに言った。


「いったん、この場は収めませんこと?」

「……というと?」


 この場を収める。つまり、一時的に戦いを無かったことにしようということか。


「どうにも、あなたはその子達が何者なのか、知らないそうじゃない? でしたら、一度詳しい説明を聞いて、それから、身の振り方を決めていただくほうがよろしいかと」


 ラスクイルの言うことは、確かにその通りだ。

 俺は二人の事情を知らないし、逃走したのも、それが原因のところも大きい。

 戦闘前であれば、その提案に一も二もなく飛びついていたことだろう。


 だが、今は少しだけ事情が違う。


「それは良いんですが……この場はそういうことにしておいて、後で闇討ち、なんて考えじゃないですよね? このタイミングで戦闘すれば、どちらが勝つのかは自明の理です」


 そう。今条件を提示できる立場に居るのは、あくまで俺たちのはずだ。

 こちらは先程まで一方的に殺されかけ、その状況をからくも脱したところ。相手に回復の時間を与えるのは、せっかく作ったこの場の有利を手放すのと同義だ。

 正直言って、先程と同じような作戦が、二度も通じるとは思えない。

 できるなら、有利な状況で話を進めたいと、誰でも思うだろう。


「……そうねぇ」


 相手も、俺が考えていることくらいは伝わったようだった。

 女性は少しだけ考え込み、それからポン、と手を叩いた。


「ではこうしましょう。あなたに危害を加えた責任を取らせて、トリアスを自害させます。それで手打ちということでどうかしら?」


「は?」


 一瞬、何を言っているのか理解できなくて、素で疑問の声が出た。

 ラスクイルの顔は、相変わらずニコニコと笑顔で、それなのに冗談の気配が一切ない。

 つまり、先程の提案は全て本心という──。


「分かりましたね、トリアス。《自害なさい》」

「ご命令とあらば」


 俺の理解が追いつく前に、トリアスは立ちあがり、自らの首に手刀を落とそうと手を振り上げた。

 俺は呆気に取られて、何も言えない。

 本当に、自害するつもりなのか? え?


「やめて!」


 俺の隣から、焦ったような声が響いた。

 見れば、スイが血相を変えて、必死にその行為に異を挟んでいた。

 ラスクイルは手を上げ、トリアスの動きを止める。


「あら? どうしたのかしら? こうでもしないと、私たちの言葉が本心だと伝わらないのではなくて?」


 あくまでも穏やかな表情で答える銀髪の女性。その段階で、ようやく俺の脳にまで状況が伝わってきた。

 スイに続くように、俺も慌てて言葉を放つ。


「分かりましたから! あなた方が、もうこちらを襲う意志がないんでしたらそれで結構です! だから、そういうのはやめてください!」


 俺の真剣な言葉に、ラスクイルはきょとんとしたあと、ふむと頷き、言った。


「トリアス。先程の命令は取り消します」


 トリアスは何を思っているのか、命令されてからずっと無表情のままである。

 だが、振り上げていた手を降ろし、また主人に跪く体勢に戻った。

 その段階になって俺はようやく胸をなで下ろす。女性はこっちの気持ちを知ってか知らずか、何事もなかったかのように、話を続けた。


「では、そうですね。明日──いえ、もう今日かしら。今日の夜、返事を伺いに参ります。それまでに存分に考えをまとめていただければ」

「……話し合いの場所はどこですか?」

「確か『イージーズ』というお名前でしたか?」


 尋ねるような口調ではあるが、確信があるのだろう。

 俺は、見つかってはいけない何かに、心臓を掴まれた気分で頷く。


「はい。閉店は十二時ですので、そのあたりなら、客足も少ないと思いますよ」

「では、その時間帯にさせて頂きますね」


 女性はそこで、優雅に身に纏っていたドレスを広げて礼をする。

 そのあと、俺に向けていた優しげな表情を壊して、冷徹な女王の顔で、告げた。


「さて、あなたたち。主人が来たというのにいつまで寝ているつもりなのかしら? 《起きなさい》」


 女性の声が、月明かりの中で波紋のように広がった。

 直後、今まで動くことも出来ずに呻いていた執事やメイドたちが、苦しそうにしながらも一様に立ち上がった。

 そして彼らは、一挙手一投足乱れぬように整列し、女性の背後に回った。


「では、ごきげんよう」


 その言葉のあと、彼女らの周りが、急激にモヤのように霞む。

 それは次第に人の輪郭を包み込み、夜の闇に溶けていく。

 気付いたときには、その姿は俺には見えなくなっていた。


「……っぁあー」


 女性達が消えると同時に、いままで張り詰めていた緊張が緩む。

 はっきり言って、戦闘しているときよりもよほど辛かった。少しでも気を抜けば、心ごとどこかに持っていかれてしまいそうな気分だった。


「…………良かった。なにもなくて」

「…………行って、くれましたわね」


 緊張が解けたのは、兄妹もまた同様だったらしい。

 この中では、唯一スイだけが、涼しげな顔でラスクイルと相対していた。

 彼女は、肩の力を抜いた俺に向かって、心配するように声をかける。


「大丈夫?」

「ああ。初めてバーに立った日と同じくらい緊張したよ」

「比較対象の選び方に、余裕があるんだけど」


 俺の感想に、スイが呆れたような笑みを見せる。

 そのくらいになって、遠くからドタドタとした足音が聞こえて来た。

 恐らく、ライとオヤジさんが呼びに言ってくれた、騎士団の面々が到着したのだろう。

 目を凝らせば、一団の先頭を見知った黒髪の女性が走っているのが、辛うじて分かった。



「総! それに二人とも! 無事か!?」


 辿り着いてから開口一番、ヴィオラが俺や兄妹の心配をする。

 俺は手を振って何も無いと返事をしてから、素直に礼を言った。


「悪いな、こんな夜中に。そもそも、今日は非番だったろうに」

「構わないさ。それよりもすまない。我々騎士団が、君達市民を守れず、遅れて到着する羽目になってしまって」


 ヴィオラは済まなそうに、俺と兄妹に頭を下げる。


「いえ、もとはと言えば僕達が持ち込んでしまった問題です」

「あなた方にご迷惑をおかけして、申し訳ありませんわ」


 二人は礼儀正しく腰を折り、ヴィオラを含めた騎士団の面々に謝った。

 その作法は、俺が教えたバーテンダーのそれとは異なって見えた。

 事実、受けた側のヴィオラも、少し面食らっている様子だ。


「……で、私には何か言うことはないの?」


 その段になって、ただ一人ヴィオラに心配されなかったスイが、すっと目を細める。

 対するヴィオラは、ふっと小馬鹿にしたような目で、言った。


「ああ、最後にスイ。問題を大きくしてないか?」

「してない。というか違う。善良な市民に対する心配は?」

「お前に関しては、周りの被害のほうが心配だ」

「失礼」


 スイがむすっと唇を尖らせると、ヴィオラはようやく冗談だと言う。

 そして通り一遍の心配の言葉をかけて、何もないのを確認し、少し息を吐いていた。


「で、この惨状を説明してもらうことは、できるだろうな?」


 落ち着いたところで、ヴィオラはようやく戦闘の跡について尋ねた。

 まぁ、あれだ。吸血鬼たちがフルパワーで地面を踏みしめたり、風の魔法が地面を蹂躙したりしたのだ。綺麗な石畳の道が、ところどころ悲惨なことになっていた。


「私はこれから、いったい誰にこの修繕費を請求すれば……」

「積もる話は違うところで、な!」


 どよんと沈みかけたヴィオラに、無難な声をかけて誤魔化す。

 それでは、どこで話をするのかだが。

 ヴィオラ曰く、詳しい話をするために、ライとオヤジさんに『イージーズ』を開けてもらっているそうだ。

 ひとまず、店まで戻ることに決めて、俺たちは歩き出すことにする。

 騎士団の中で付いてくるのはヴィオラ他数人で、他の者達は被害の確認と、周辺の警護にあたるようだ。



「……そういえば、総」

「ん?」


『イージーズ』に向かう道すがら、俺の隣を歩いていたスイが、言いにくそうにしながらそんな言葉を切り出した。

 俺が彼女に視線を向けると、青い髪の少女は珍しく真剣な顔で、言った。


「さっきは、ごめんなさい」


 そして、きっぱりと頭を下げた。

 さっき、と言われて少し考える。一体何の事だ。

 それから数秒して、ようやく思い至った。先程の給料の話だろう。


「ん……じゃあ、カットは無しだな?」

「うん。本当にごめんなさい。私は確かに、ズルいことをしました」


 ズルいこと、か。

 オヤジさんに叱られていた内容は、確かそうだったな。

 オーナーの立場を利用するような、そういうやり方は止めろと。


「いや、俺もまぁ、冗談だと勝手に思ってたし。別に良いよ」


 俺は必死に頭を下げるスイに、困り顔を返す。

 確かに少し腹は立ったが、こんな風に謝られたら、根に持つほどでもない。

 俺の言葉を聞いたスイは、ほっと胸をなで下ろした様子を見せた。


「……お父さんに言われた。ここで謝らないと、総がどこかに行っちゃうって」

「……いや、まぁ。一回や二回じゃそんなこと考えないけど」


 俺はその言葉には、苦い顔しかできない。

 そんなことで出て行ったりしない、と言いたいところではある。

 だが、意味も分からないまま、繰り返し給料を減らされたりしたら、流石に思うことはあるだろう。

 そう、そもそもの問題は、スイがなぜ怒ったかなのだろうな。


「それで。私も総に言って欲しいことがあるんだけど」


 そんな風に考えていると、スイが刺すような視線で俺を見つめ、言った。

 彼女はぎゅっと俺の手を掴み、それを強引に自分の頭に持ってくる。

 俺がその行為を不思議に思っていると、彼女は強い声で告げた。


「頭を撫でながら、ごめんって謝って」


 ……………………。


「……俺の方こそ、ごめん」

「うん。許す」



 俺はいった何を許されたのか。

 咄嗟に『恋人と喧嘩をした後の仲直り』風に対応してしまったが、正解だろうか。


 ……頭を撫でられたスイが嬉しそうにしているのだから、まあ、良いんだろう。


ここまで読んで下さってありがとうございます。


すみません、ちょっと突発的諸事情があって更新が遅くなりました。

詰め込み気味です。

推敲が荒いところがあるかと思います。申し訳ありません。


※1028 最後に一文を付け足しました。誤字修正しました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ