表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

120/505

一か八か

「とにかく、脇道に入るぞ!」


 相手のスピードがどうなるかは分からないが、走るより遅いとは思えない。

 言いつつ、俺たちは急いで、どこに繋がっているかも分からない細い道に入った。

 細く、暗く、とてつもなく走り辛い道を進む。


「しかし、なんでもありだなアイツ! 他に弱点はないのか?」


 俺が走りながらぼやくと、サリーが補足するようなことを言った。

 吸血鬼の二人は夜目が利くのか苦もなく走っているのが、少し羨ましい。


「普通の吸血鬼なら、考え無しに魔力を使えばすぐに欠乏状態になりますわ」

「なに? じゃあ、あのトリアスって奴は、どうなんだ?」

「少なくとも、十分は飛行状態を維持できるでしょうね」


 後ろを振り返ると、翼がつっかえて路地に入れないでいる男が、辛うじて見えた。

 とはいえ、そんなものすぐ解除すれば良い話だ。

 解除にも、発動と同じ時間がかかるとしても、この道の悪さではたいした距離にはならない。

 むしろ、暗い道に順応できない俺のせいでこちらは足が遅い。

 このままでは、俺一人が足を引っ張る状況に……いや、良く考えれば……。


「二人とも、俺に良い考えがある」


 俺が提案すると、二人は何事かと尋ねるように俺を見た。

 その二人に、俺ははっきりと告げた。


「この場は俺が足止めするから、お前等は先に逃げろ」


 俺の提案に、二人は一瞬口をぼかんと開け、

 その直後に、鋭く言い返した。


「ダメです!」

「無理ですわ!」


 いつもは正反対な性格のくせして、こんな時だけは息がピッタリだ。


「なんでだよ。アイツの狙いがお前等なら、ここは俺が残って──」


「それで総さんの安全が保証されますか!?」

「トリアスは、目的の為なら『人間』なんて、なんとも思わないのよ!」


 その二人の剣幕に、今度は俺が目を丸くする番だった。

 だが、こうまで二人の意見が一致するというのなら。

 どうやらあの男、紳士的なのは上っ面だけのようだ。


「じゃあどうする? この辺の道は分からないし、いつ行き止まりになるか!」


 言いながら、角を曲がったときだった。


「っ!?」


 目の前に、分りやすい石の壁が、そびえていた。

 高さは四メートルくらいだろうか。跳び越えるにはあまりにも高い。

 横に抜けようにも、隣は民家であり、抜けられるスペースなどない。


「追いつめましたよ」


 俺たちが壁の前でなす術無く立ちすくんでいると、背後から迫る声。

 振り返るまでもなく、トリアスがそこに居る。

 すぐ側まで、来ている。


「随分手こずらせてもらいましたが、なに、私は寛大ですので。大人しくお二人が来て下されば、そこの人間に手荒な真似は致しませんよ」


 後ろを見れば、にこりと、相変わらず温度のない笑みで答えるトリアス。

 その言葉に、兄妹が唇を噛んだ。

 だが、それでも往生際悪く、壁に張り付くようにする。

 それに倣って、俺もその壁に手をつくように、後ろに下がった。


「往生際が悪いですね。その男との生活はそれほど楽しかったですか?」


 トリアスは、少し苛立たしげに俺を睨みつける。

 その視線の鋭さに再び冷や汗が出る。随分と嫌われたようだ。


「ま、まぁ、ここは少し穏やかに話し合いでも」

「ほう、この状況であなたに話すことがありますか?」


 俺の咄嗟の言葉に、トリアスは追いつめた獲物を見る目で足を止めた。


「俺は決して、この二人を利用しようなんて思っちゃいない」


 言いながら、俺は頭の中で、必死に打開策を練る。

 この細い直線でなら、魔法を避けられる心配はない。

 だが、肝心の魔法を発動するためには、ポーチから銃弾を抜き、宣言をする必要がある。

 ケチって一発ずつ詰めていたのが仇になったか。


「ふふ、誰だってそう言いますよ。だが、人間ごときの言い分に、私が耳を貸す必要がありますか?」


 トリアスの煽るような台詞。どうやら、人間に対する認識に大きな違いがあるようだ。

 だが今はそんなことは良い。なんとか打開策を考えないと。

 そもそもこの壁はなんだ、なぜここに壁がある。

 明らかな通路にある壁。人の侵入を阻む壁。

 区画整理の壁か何かだと考えるのが妥当……か?

 おっと、あまり黙っていると勘ぐられるな。


「……人間が、あんたら吸血鬼からして弱者だったとしても……いやむしろ、弱者だからこそ、相手の言い分を聞いてあげるべきじゃないか?」

「そうですね。ですがそれは、私の邪魔をしない従順な人間に限った話かと」


 オーケー。どうやら価値観の相違は依然として存在している。

 だが、俺が言い返す前に、俺の斜め後ろに下がっていた二人が、声を荒げた。


「トリアス、総さんに無礼なことを言うのはやめろ!」

「そうよ。この人は私達の命の恩人なのよ!?」


 二人の声に、トリアスは僅かに眉をひそめた。

 だが、それだけだ。


「仮にそうだとしましても、彼が現状、私の邪魔をしていることに変わりはありません。であるのならば、この対応は致し方ないかと」

「トリアス!」


 フィルが苛立たしげに叫んだ。

 しかし、トリアスがその声を気にかける様子はない。


「……さて、どうします?」


 その言葉のあと、トリアスはゆっくりと一歩、踏み出した。


 俺は返事の代わりに、右手を銃へと伸ばし、引き抜く。


 しかし、今の距離は先程よりも、なお近い。


「バカの一つ覚えですかぁ!?」


 トリアスは、俺が向けた銃に向かって、強烈なスピードで走り込む。

 思った通り、この距離では、弾丸を込めている時間がない。

 普通にやってたら間に合わない。

 それなら、一か八かやるしかない。


《──っ! 生命の波、古の意図──》


「させますか!」


 俺の詠唱を聞き、トリアスは俺の魔法を破棄せんと右手を弾いた。

 強烈な衝撃が走り、右手に握っていた銃は遥か宙空へと弾き飛ばされる。

 トリアスは恐らく、俺がまた銃から魔法を発動させると思ったのだ。

 だが、それで俺の魔法を止めることはできない。


《──我求めるは、魂の姿なり》


 発動しているのは、ブラフの右手ではなく、壁に手を当てた左手のほうだ。


「なっ!?」


 俺の目からは見えないが、トリアスの目には映っているだろう。

 俺たちの背後にあった石の壁が、瞬く間に消失したのが。

 その石の壁は、今は俺の左手の中で、激烈な重さを持つ『弾薬』と化している。

 その重さに耐え切れず弾薬を手放すが、今はどうでもいい。


「そのまま突っ込め!」


 俺は弾かれていた右手でトリアスの腕を掴み、やや強引に後ろへと投げ飛ばした。

 背後にも空間が続いていたようで、トリアスは放り出される。


「バカなぁ!?」


 背後からの叫び声。直後、何かが水に落ちた音が響いた。

 そうか、この先は用水路だったのか。

 だから、誤って人が入り込まないように、道が閉じていたのだ。

 相手が態勢を立て直す前に、俺は地面に落ちた『弾薬』に魔力を込めた。


《生命の波、古の意図、我定めるは現世の姿なり》


 詠唱のすぐ後、弾薬と化していた石の壁が、元の姿を取り戻す。

 その四メートルの壁は、瞬く間に俺たちとトリアスを遮った。


「行くぞ!」


 地面に落ちていた銃を回収し。

 しばし、魔法を見て呆然としていた二人を促して、再び走る。

 相手があの壁を越えてくるのに、どれくらい掛かるか分からない。

 少なくとも、入り組んだ道に入り込めば、空から追跡されることはないだろう。


 ことここに至って、ようやく逃げ切ったと言っても、良いだろうか。




「……ふぅうぅ、なんとか撒いたか。後は速やかに、家に逃げ帰るだけ、だな」


 大通りが見えるところまで来て、俺は一息を吐いた。

 いくらこの世界に来てから運動量が増えたとはいえ、俺はバリバリの一般人だ。

 あれほど全力で走って、疲れないわけがない。


「すみません。その僕達が」

「……ああ、いい。事情は帰ってから聞くから」


 すまなそうにしているフィルの頭をポンと叩き、一度大きく深呼吸をする。

 ふと、先程から黙っているサリーに目を向けると、何やら怪訝な顔をしていた。


「どうしたサリー?」

「……こうまであっさりと、トリアスを撒けたのが不思議ですの」


 サリーの言葉に、フィルもまた考え込むように唸った。


「確かに。いくら総さん相手に油断していても、あの蛇のように執念深いトリアスが」

「そうよ。あのねちっこいだけが取り柄のトリアスが、これで終わりだなんて」


 おいおい、と俺が突っ込みたくなる言葉を二人が漏らしていると。


「随分と、私を評価してくださっている様子ですね、ええ」


 背後から、唐突に声が聞こえた。

 俺たちは咄嗟に振り返り、そのまま飛び退る。

 大通りに出ることで、道は明るさを増す。

 街灯と月明かりが、狭い路地から進み出てくる相手の姿を照らす。

 そこには、張り付けたような笑顔を浮かべる、濡れた男の姿があった。


「な、なんでここに? 撒いたはずじゃ?」


 俺は思わず声を漏らしていた。

 用水路に落ち、完全に俺たちを見失ったはずの男が、なぜ背後から現れるのか。

 俺のそんな疑問に、トリアスはこともなげに答えた。


「答えというほどでもありませんが、こういうことです──総員、隠密を解除する」


 言いながら、トリアスがパチンと指を鳴らす。

 すると、その大通りに面した様々な場所から、急に気配がした。

 屋根の上、物陰、そして小さな路地の闇。

 見渡す限り、二桁はくだらない数の執事とメイド達が、俺たちを取り囲んでいた。


「私一人を撒いたところで、私達から逃れられる筈がありませんので」


 最初から、追跡者は一人じゃなかった。

 俺と兄妹は背中を合わせる。

 しかし、どこにも逃げ場などない。


「では、無駄な抵抗はそろそろ止めていただけますか?」




 その声に俺は何も言えず、ただ、腰のポーチに手を当てた。

 どれだけ逃げても、絶体絶命の状況からは逃げられない様子だった。


※1020 誤字修正しました。

※1021 誤字修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ