【ロングアイランド・アイスティー】(3)
【ロングアイランド・アイスティー】
知っている人間は知っている、それなりに有名なカクテルだ。
どうして有名なのかと言えば、味よりもむしろ『レディキラー』──女性を酔い潰すのに悪用されることで有名なのだが。
そのレシピはスタンダードで数種類あるが、俺がよく作るのは、ベースとして四大スピリッツである『ジン』『ウォッカ』『ラム』『テキーラ』の全てを15mlずつ。
さらにキュラソーである『グラン・マルニエ』または『コアントロー』を15ml加えるという、これでもかと言うくらいのアルコールの大盤振る舞いをする。
そこからレモンを15ml足し、グラスにクラッシュアイスを詰め、コーラで満たして完成というものだ。
飾りにレモンを使うのも良いし、コーラ以外の材料をシェイクすると、よりまろやかになるので、そう作ることもある。
コーラでアップするというと、アルコールが弱まるイメージがあるかもしれない。
だが、実際は入れる前ですでにグラスの六割程度は満たされている。
コーラは甘みと独特の風味付けくらいのものだ。
そのアルコール度数は、概算で二十度前後だろうか。
このカクテルの恐ろしいのは『アイスティー』と付いているくらいの飲みやすさだ。
紅茶を一滴も使っていないにも関わらず、飲みやすい紅茶の風味が口の中を踊る。
コーラの甘さとレモンの酸味も手伝って、口当たりも大変良く、気付いたら取り返しの付かないところまで酔っていることもある。
このカクテルが『レディキラー』と呼ばれる由縁であろう。
「良く分かったな」
俺は素直な賞賛を込めて、サリーに告げた。
正直言って、彼女がそれを分かるとは思っていなかった。俺も最初に飲んだ時、このカクテルの材料になど、辿り付けなかったのだから。
「まぁ、確かに味だけでは分かりませんでしたわ」
俺の言葉を受け、やや勝ち誇るように、サリーは言った。
いつの間にか、いつもの生意気さを取り戻しているようだった。
「ですから、途中で方向を変えました。スイさんがなんでわざわざ『意地悪』って言ったのか、その理由を考えたんです」
「……スイ」
「だって、本当のことだし」
俺がスイに目を向けると、彼女は気まずそうに目を逸らした。
まぁ、答えを知っている身からすれば、そう思うのは仕方ないか。
「それで、そこからどうやって?」
「あとは、簡単な推測ですけれど、効果です」
「……効果ね」
「はい。通常のカクテルに比べたら驚くような効果を発揮してます」
実を言うと、ポーション品評会が終わってからの一ヶ月で、最も物議をかもしたのがこのカクテルだったのだ。
通常、ポーションというのは単一属性のものしか作れない。
それは魔力適性の問題である。
特に、ジーニとテイラ、サラムとウォッタは反属性の関係にあり、この二つを組み合わせると普通は喧嘩して、最終的にどちらか強い方だけが残る。
しかも、反発した分だけ弱くなった状態でだ。
ところが、ポーションとしてのカクテルは、その公式に当てはまらなかったのだ。
というより、特定の『レシピ』においては、そのような反発反応が起きない、が正しいだろう。
それが副材料の特性なのか、液体を冷やしたり、刺激を加えることでの変化なのかまでは、まだ定かではない。
そしてこの【ロングアイランド・アイスティー】はその中でも最たる物だった。
四属性ポーションという、今まで全く類を見ないポーションが、そこにはあった。
それがどういった効果を発揮するかと言えば、基本は、全ての属性の魔力がブーストされる。四属性なのだから当たり前だ。
しかし、効果はそれだけに留まらなかった。
例えば、一つの属性だけが欠乏状態であれば、その一つの属性に、四属性分の魔力が合わさって集中的に充填されるのだという。
当然、その効果は絶大である。今まで複数の属性を分けて持つ必要があったポーションが、これ一つで代替できると言っても過言ではない。
カクテルの寿命という制約さえ無ければ、ポーション業界を本当に塗り替えるかもしれない一大事だったらしい。
……ただし、その副作用である『ポーション酔い』が、その他のポーションの比ではないということで、負担の面では属性特化のポーションに劣るのだが。
この情報が出た直後、様々な人達がそれを試した。
アウランティアカの面々も、大会運営も、少しポーションに興味がある程度の人間も、俺から作り方を教わって挑戦した。
だが、その全てが失敗に終わった。
どうやら【ロングアイランド・アイスティー】を四属性ポーションにするには、最低でも俺程度の技術は必要なようだった。
素人が作っても、ただの『ポーション酔い』を引き起こすだけの『粗悪な何か』にしかならないのだ。
結局このあたりの話は一度お流れになり、もし研究に協力してもらえるなら、という誘いをたくさん頂いて終わった。
……まぁ、その辺の話はスイが『私が終わってからなら許可します』と強硬に断ったので、暫くは静かになると思っている。
話が逸れたが、サリーはその効果を逆手に取って、想像したのだという。
「つまりですわ。そんなデタラメな効果があるというなら、全て使っていてもおかしくはないと思ったわけですわ」
「……それで、山をはったわけか」
「その通りです」
「……せめて味で気付けよ」
勝ち誇るようなサリーに、少しだけ呆れつつ、笑顔を向けた。
「まぁいい。正解は正解だ。ほら、休憩終わり! イソトマさんが『女の子にカクテルを作って欲しい』って待ってるぞ!」
「え? 俺そんなこと言ってねえぞ! おーい!」
隣でイソトマが何か言っているが、まぁ聞き流して良いだろう。
俺の言葉を受けて、サリーもまた嬉しそうに立ち上がり、言った。
「分かりましたわ。それで、その『カクテル』も教えて貰えるのですよね?」
「まぁ、これくらい作れないと困るからな」
「イソトマさん、もう少し待っていてくださいね! まずは私の初めての【ロングアイランド・アイスティー】をご馳走して差し上げますから」
「……お、おう! 分かった分かった! なんでもどんと来いや!」
隣でイソトマが何か言っているが、本当にサリーに甘いな、あの中年。
サリーは意気揚々と立ち上がり、早足でカウンターの中に戻ってきた。
「ご迷惑をおかけしましたわ」
戻って来て早々、サリーは深く頭を下げた。一ヶ月前は、謝罪どころか礼も満足に出来なかったのに、随分と変わったものだ。
だが、弟子の責任を取るのは当然のことだ。謝られるような筋合いはない。
「なんのことだ。ほら、さっさと仕事に戻れ」
俺はあえて、サリーの謝罪を気にしないように受け流す。
サリーは最初、頭を上げてぽかんと俺の顔を見ていた。
やがて、なんとなく俺の思いに気付いたようで、呆れたように笑った。
「っえ?」
直後。
急な運動で【ロングアイランド・アイスティー】の酔いが回ったのか、フラリとサリーの体が揺れた。足の力が抜けたように、俺の方へと倒れ込んでくる。
「おっと」
俺は慌てて彼女の肩を抱きとめた。
一瞬だけ、カウンターの中の空気が止まった。
そのすぐ後に、
「な、なな何を!?」
サリーがやたらと大袈裟な態度で、俺から思い切り距離を取り、構えた。
「何をって、支えただけだろ」
「け、結構ですわ! 大丈夫ですわ! 心配ご無用ですわ!」
「そ、そうか。分かったから水飲め。お前そんなに強くないんだから」
銀髪の少女は、酔いで顔を赤くしたまま、矢継ぎ早に言う。
そのあと、ぷいっと俺に背を向け、一つグラスを用意して水を満たす。
そしてそれを、一気に飲み干した。
「こ、これで満足かしら?」
「いや、まだ顔赤いままだぞ」
俺はサリーのおでこにおしぼりを当ててやろうかと、手を伸ばす。
その俺の手から全力で逃げるように、サリーは後ずさり、言った。
「お、大きなお世話ですわ!」
サリーはそれからヤケになったように、何杯も水を呷っていた。
変な奴だな。
「総、注文」
俺がサリーの様子を見ていると、お客様側から、鋭い声がかかった。
「スイ?」
俺が声のほうに顔を向けると、青髪の少女がやたらと淡白な表情で、低く静かに、言った。
「私の気分に合ったカクテル、即興で作ってみて。シェイクで三杯くらい」
「かしこまり──って……え? ちょっ」
シェイクでオリジナル三杯? 即興? マジで言ってるのか?
「一杯でも気に入らなかったら、今日の給料減らすから」
「なんで!? なんの理由が!?」
「別に、ただの、課題」
唐突にオーナーに嫌がらせを食らった。
しかも、この横暴な行いに、その場に居た他の女性陣は何も言わない。
ヴィオラもイベリスも、まぁ仕方ないよね、みたいな顔をしている。
そこに通りがかったライが、わざとらしく一言だけ残した。
「……作れば良いんじゃない? カクテル馬鹿なんだから簡単でしょ?」
微妙に貶されている気がするが、気のせいか。
いったい、なんでスイは突然こんなことを言い出したんだ?
……まさか、俺とサリーが仲良くしている姿に、嫉妬して──
ズキン。
──仲良くしている姿が、真面目に仕事していないように見えたんだな。
分かったよ、作れば良いんだろ。
大丈夫だ。いくら無茶ぶりだろうと、しっかりとスイに要望を尋ねれば、自ずと答えは見えてくるはずだ。
「かしこまりました。それでは、甘め酸っぱめなど──」
「まかせる」
……要望を尋ねれば、自ずと答えは見えて──
「……では、何かベース──」
「まかせる」
「…………でしたら──」
「はやくつくれ」
まぁ、どうなったかと言うと。
俺の本日分の給料、銅貨八枚らしい。
え? これマジなの? 決定事項なの?
労働基準法的にどうなの? ねぇ?
これに関しては、断固として反対する所存である。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
そろそろ、カクテルラブコメからカクテルファンタジーに戻るかと思われます。
主人公視点では、カクテルラブコメと言うか、カクテル『と』ラブコメでしたが。(ずっと作っていただけという意味で)
少しシリアスになるかもですが、
どう転んでもカクテルがメインなのは変わらないので、
長い目で見て頂けると幸いです。
※1014 少しだけ最後の方を加筆しました。




