表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

115/505

【ロングアイランド・アイスティー】(1)



 ──────



 自分が調子に乗っていたことを、サリーは自覚した。

 ほんの軽い気持ちだった。総が来るまで会話を上手く繋げてみせれば、より認めて貰えると思った。総が、褒めてくれると思ったのだ。

 初めての経験だった。ここまで、相手を怒らせてしまったのは。


「あぁ!? なんとか言ったらどうなんだ!? 俺はお客様だぞ!」


 目の前の中年男性の言葉に、サリーは萎縮して何も言えなくなる。

 そもそも、自分はいったい何を言ってしまったというのだろう。


 総がカクテルを作っている間、簡単な自己紹介をして、少し場を盛り上げておくつもりだった。

 そこで聞かれたのだ、どれくらいの期間働いているのか、と。

 そこまでプライベートとも思えず、サリーは軽く答えた。

 その流れで、自分が最近『カクテル』作りの練習をさせて貰っていることも言った。


 男性は面白がって、それじゃあ作って貰おうかと口にした。

 サリーはそれを冗談だと捉えて軽く返した。

 この男性が酔っていて、気を大きくしているのは分かっていた。

 それでも、今までそういったお客さんは見て来たし、軽く流せるつもりだった。


 事態が一変したのは、その後だった。


 男性は『それじゃあ、あの、シャカシャカする奴で得意なのを作ってよ』と言い。

 それにサリーは『申し訳ありません。それは出来ないんです』と答えた。


 それだけだった。

 それだけなのに、男性は今、息を巻いてサリーに怒気をぶつけていた。



「お客様のご注文を断るってのはどういうご身分だ!? あぁ!?」


 そう怒鳴って、男性はカウンターをバンと叩いた。

 ビクリ、とサリーは肩を強張らせる。


「で、でも、習ってないので」

「習ってなくてもやれって言われたらやれよ! 店は客を楽しませるためにあるんだろうが!」


 男性は怒鳴り、またカウンターを叩いた。

 バンという音が店内に響き、そのたびにサリーは身を縮こませる。


(なんで? たかが一人の人間の言う事が、なんでこんなに怖いの?)


 サリーは、自分がどうしてここまで怯えているのか不思議だった。

 ここで何を言われたところで、実際にその行為がなされるはずがないのに。

 ましてや人間と吸血鬼、その身体能力の差を考えれば、どうにかなる筈も無い。

 それなのに、その一言一言に、ビクリと怯えるのを、止められない。


「おい! 何黙ってんだよ! なんとか言えよ!」


(怖い、怖い、怖い、怖い)


 男性が手を振り上げ、再びカウンターに振り下ろそうとする。

 サリーがぎゅっと目を瞑り、身構えたそのときだった。



「お客様。お止めください」



 穏やかな、しかし針のように鋭い制止の声が、その空間に突き刺さった。

 恐る恐るサリーは目を開く。

 そこには、自分を庇うように前に立ち、男性の手を掴んでいる総の姿があった。




 ──────




「な、なんだよ!」


 俺に手を掴まれると、男性は途端に少し怯んだ様子で、その手を下げた。

 ひとまず、心の中で息を吐く。

 まだ、前後不覚というほどではないようだ。

 どうやら、店員の立場にいる女性──サリーに対してだけ、気が大きくなっている様子だ。


「申し訳ありません。当店のスタッフが何か失礼を働いたのでしょうか?」


 俺は丁寧に腰を折りながら、男性に尋ねた。

 男性は僅かに逡巡する。

 俺の背後で、サリーも何か言いたそうな気配を滲ませた。

 俺はサリーにだけ手のひらを見せて、その言葉を止めた。正当性がどちらにあるのかは想像に難くないが、重要なのは相手の言い分だ。


「この新人が客に逆らったんだぞ。俺がやれって言ったのに出来ませんとか抜かしやがったんだ」

「失礼ですが、その内容をお聞きしても?」

「だから、あのシャカシャカをやれって言ったんだよ! なぁそうだろ! そこの役立たず!」


 男性の怒声が、再び店内に響いた。

 流石にこう騒ぎ立てると、店内の視線がこの一角に集まって来てしまう。

 視界の端では、ビクリと肩を震わせるサリーと、腰に付けている携帯用の杖に手を伸ばしたスイの姿が映っていた。


 さて、俺は、どうするべきだ。

 ちらりと、腰に備えた銃に意識が向いた。

 実力行使で、男性を追い出すのは簡単だろう。実際に、そうしたことも無くはない。


 だけど。


 俺は以前、サリーに自分が言ったことを思い出していた。

 ここでなんの努力もせずに、実力で追い返してしまったら。

『こっちの都合を優先して、相手の都合を無視していることになる』気がした。

 だから、その前に一度だけ、俺は男性に歩み寄ろうと思った。



「申し訳ありません。彼女は私の言いつけを忠実に守っているだけです。ご不満は全て自分にお願い致します」



 俺は丁寧すぎるくらいに腰を折って、まず謝罪する。

 男性が俺の態度に目を丸くしている間に、畳み掛けるように続けた。


「ご納得いただけないのでしたら、お代は結構です。そのままお帰りください」

「……はぁ? お、俺は客だぞ!」

「当然でございます。しかし、当店では他のお客様のご迷惑になる方は『お客様』とは言いませんので」


 少しだけ強い語気で、俺はそう告げた。

 これ以上は認められないから、せめてここで止まってくれと。

 脅しと言っても差し支えないほど、その瞳に剣呑な色を滲ませて。


 男性は、再び吐こうとしていた暴言を、すんでの所で呑み込んだ様子だった。


 どうやら、残っていた理知的な部分が働いてくれたらしい。

 これでダメだったら、力づくで退場してもらうところだった。

 俺は今度こそ、ふぅと息を吐いて、持って来ていたグラスをそっと差し出した。


「まぁまぁ! まずはこちらをどうぞ! 自分の奢りですから」

「お、そうか?」

「ええ、どうぞ。くいっとお飲みください!」


 俺に言われて、男性は手渡されたグラスを飲み干した。

 フィルが用意してくれた『水』のグラスを。


「おぉ? これ水だろ!」


 流石に気付いた様子で、男性が少し眉をひそめる。

 俺はそれに、心底驚いた顔を作って言った。


「まさかぁ! あれ? お客さんそんなに酔ってらっしゃるんですか?」

「お? そ、そんなわけねぇだろ! 俺が酔っぱらうわけあるか!」

「ですよね! いやーお強い!」

「はっは! そうだろう!」


 言いながら、俺はフィルにそっと目配せする。

 こちらの様子をお客さんと同様に窺っていたフィルが、即座に理解した様子で『チェイサー』のおかわりを作りだした。

 だが、先程の言いつけが効いている様子で、作り終えても不用意に近づかず作業台に乗せ、即座に他のお客様のフォローに回ってくれた。

 さて、後は……


「それでは! ご注文の品をお作り致しますのでもう少々お待ちください」


 言って、また丁寧すぎるくらいに礼をしてから、俺はその場を離れる。

 そこで立ちすくんでいたサリーの手を引っ張って。


 作業台のところまで来てから、俺はサリーの手を離し、表情を見た。

 彼女は俯き加減で、いつもの生意気な元気が見えない。

 それどころか、俺から怒られるのに怯えているようにすら見えた。


「サリー」

「は、はい」


 俺の声に、やや神経質過ぎるくらいの調子でサリーが反応する。

 作業台の前には丁度誰もいない。小声で話をするにうってつけだ。

 俺は少しだけ言いたい事を整理する。

 気にするなとか、なんで言いつけを守らなかったとか、色々だ。


 しかし、彼女の表情を見ると、それを言う気は失せた。

 だからそれらを一度捨て去って、軽く彼女の肩を叩く。

 サリーの肩がビクリと震える。俺はなるべく優しい声で言った。


「疲れただろ、休憩してこい」

「……え? でも、まだ休憩の時間には」

「そんな顔してる奴に接客をさせられるかって」


 俺はキョロキョロとカウンターの様子を見る。

 現在、俺から見て右端に先程の男性。三席ほど空けてこの作業台。そこから左に行くにつれて、フィルが話をしている若い女性達、イソトマ達、そしてスイとヴィオラの順。


「スイの隣に座ってこい」

「……でも」

「良いから行け。先輩命令だ」


 俺は、やや強引にサリーを促す。

 サリーは後ろ髪引かれるように、俺と、スイ、そして先程の男性を見る。

 とはいえ、逆らうわけでもなく、小走りで指定された場所に向かい、スイの隣に静かに腰を落ち着けた。

 スイが何か声をかけているのは、良く分かった。


「さてと」


 その場はひとまずスイに任せるとして、俺は先程の男性に出す『カクテル』に取りかかった。




 そうだ、あれにしよう。

 男性に出す予定の【ダイキリ】のシェイクを終え、それを無許可でソーダ割りにしながら、一つのカクテルに思い至った。

 ちょっとだけ、俺の言う事を聞かなかったあてつけを込めて。

 あの『カクテル』を、サリーに課題として出してみようと思った。




「サリー、少しは落ち着いたか?」

「……はい」

「まだみたいだな」


 俺が声をかけると、サリーは少しぼうっとした目で俺を見返した。

 そんな彼女に、やや濃いめの茶色をした『カクテル』を、そっと差し出す。

 グラスの中にはクラッシュアイスがひしめいており、グラスの縁にそっと丸く切ったレモンを刺してある。

 そして、イベリス謹製の金属ストローが、二本グラスから飛び出している。


「これは?」

「ゆっくり飲めよ。課題を出す、そんで後で正解を聞くことにする」


 俺は彼女の質問には答えず、まず課題を告げた。


「その『カクテル』の基酒ベースを当ててみな。分かるまで休憩してろ」


 言いつつ、俺はスイに視線を送った。スイは、少しだけ悩ましげな目で俺の視線に応えた。

 彼女は俺が出したこの『カクテル』を昔飲んだことがある。

 名前を聞けば、それが何か思い出すだろう。

 俺は対応をスイに丸投げするつもりで、最後にその『カクテル』の名前を告げた。


「そいつは【ロングアイランド・アイスティー】って言うんだ」

「【ロングアイランド・アイスティー】……?」


 サリーは、言いながらそのカクテルをぼんやりと眺めていた。



 俺からカクテル名を聞いた瞬間。

 スイは、あぁ、と訳知り顔で頷いたのだが、サリーはそれに気付いてはいなかった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

相変わらず遅くてすみません。


以前言っていた更新ペースの話なのですが、試験的に二日に一回のペースにしてみようかと思います。

明日はポーションの更新は無しでマジックの方のみ、明後日はマジックの更新は無しでポーションの方のみ、みたいな感じです。

それで書き溜めが進み余裕が出来るようでしたら、毎日更新に戻すことも考えております、ご理解いただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ