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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

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厄介なタイプ

「これが『カクテル』ですか」

「正確には、これも、ですね」


 俺が軽く答えると、男性は失敬と言葉にする。


「では、いただきます」


 それから、物珍しそうにグラスを見て、触った手が冷たいことに驚いた様子を見せる。

 口元に近づけて香りを嗅ぐと、思い当たるものがないのか、不思議そうに顔をしかめる。

 しかし躊躇わず、ゆっくりとグラスを口に近づけて、一口含んだ。


「……あ、あぁ。なるほど、これが【ギムレット】なのですね」


 その一口を呑み込んだ瞬間、男性は身震いするようにして、小さな声で告げた。



【ギムレット】の味のみを表現するのなら、それほど難しいことはない。


『ジン』の辛さを感じさせる、高い香り。

 口に含んだ瞬間に雪崩れ込む、刺すようなライムの酸味とアルコール度数。

 その直後に口内を埋め尽くす『ジン』の複雑な味わい。

 最後に、それらにほんのりと寄り添うような甘みと、香りの余韻。


 言葉にすればこんなところだ。

 だが、それがどう美味いのかと説明するのは、途端に難しいものになる。

 この『カクテル』ほど、個人の好みが色濃く出るものもない。


 ジンの香りと、ライムの酸味、そしてシロップの甘みのバランスこそが肝だという人間がいる。

 片や、シロップの甘みなど余計であり、ジンとライムだけで完成していると主張する人間もいる。

 そう思えば、ライムにはコーディアルライムという『甘み』を付けたものを使い、ジンとライムが半分ずつの比率こそが、正しいのだという人間もいる。


 この『カクテル』が好きだからといって味覚が似ているとは限らないのだ。


 果たして、俺はまず、一番オーソドックスな形で【ギムレット】を作った。

 その結果は、


「素晴らしい、素晴らしい! なるほど、ポーションにはこのような使い方があったんですね!」


 男性の一際大きい歓声であった。

 ひとまずは、お気に召していただいた様子だった。

 俺は最初の段階を越えたと、ほっと胸を撫で下ろした。


「ありがとうございます」

「いや、素晴らしい! こんな少量ではすぐに飲み干していしまいますね!」

「あっ」


 男の宣言から、その先の行動が早かった。

 俺の言葉を待つこともなく、男性はグラスの中の【ギムレット】を、そのまま飲み干してしまったのだ。

 イソトマもよく同じようなことをするが、俺はこの男性をイソトマほどに良く知らない。

 不安の募る、大胆さだった。


「大丈夫ですか? こちらは、なかなか強い飲み物になっていますが」


 俺が急いで声をかけると、男は少しだけ焦点の狂った目で、言った。


「大丈夫、大丈夫! 俺は、どんなに酔っぱらっても変わらないんだから!」

「……そうですか」


 いやいや、あんたいきなり口調変わってるから。

 男は俺の心配をよそに、次はこれ、とメニュー表を指差して【ダイキリ】を頼む。

 想定よりも大分早い段階で、面倒な感じになっている。

 俺は「かしこまりました」と声をかけつつ、その場に残っているサリーに、耳打ちした。


「分かると思うが、俺が相手する。自己紹介だけで良いからな」

「…………」


 言って、俺は返事を待たずに再び作業台のほうへと向かった。

 その途中、手に『チェイサー』のグラスを持ったフィルとすれ違う。

『チェイサー』とは、広義では『お酒』を呑むときに、サブとして口直しをするための飲料全般を指す。追いかけるように呑むから、その名前がついたとか。

 だが、狭義であっても、一般的な意味では『水』のことを差している。

 男性のあまりの変貌ぶりに、フィルが気を利かせて一杯の水を用意したのだ。


「フィル。良い。出さなくて良い」

「え?」


 だが、俺はその気遣いを、制止した。

 フィルは俺の言葉に戸惑い、足を止める。


「あのお客さんは、多分、チェイサーを出されたら気分を害す。さりげなく俺が出すから、用意だけしておいてくれ」

「……あの、はい、分かりました」


 俺の言いたいことを感じ取ったらしく、フィルは素直に頷いて水のグラスを作業台に置いた。

 かなり酔っぱらった人間に『水』を出すと、おおよそ三通りのリアクションがある。

 礼を言うか、存在を無視するか、水を出されたことに怒るかだ。


 一番目の人間は、自分の酔いを自分で把握できているタイプが多い。酔っていても理知的であるし、対応もしやすい。

 二番目の人間は、いかようにもやれる。それほど酔っている自覚はないのだが、こちらが適宜薦めてあげれば存在を思い出すし、ある程度こちらでコントロールもできる。

 厄介なのは三番目だ。俺は酔ってないと怒り出し、声を荒げるなんて日常茶飯事だ。


 そうならないように気を配るのがバーテンダーの務めであり、難しいところでもある。

 俺はなるべくお客さんを待たせないようにと思いつつ、急いで作業を進めた。

 横目で、サリーの様子を窺う。


「そうなんです。私まだ働き始めたばかりなんですの」

「そうなんか! でも随分と堂々としてて、立派なもんだね!」

「いえいえ。ありがとうございます。最近ようやく、少しは飲み物を作らせて貰えるようになったくらいですわ」


 サリーもまた、自己紹介を済ませてから、即座にその場を離れられていない様子だ。

 いや、もしかしたら離れる気が無いのかもしれない。

 相手は中年の男性、今のサリーの得意分野だ。


「それじゃ、俺もサリーちゃんに作ってもらおうかな」

「あら、それは嬉しいですわね」

「おうおう、可愛い女の子が喜んでくれるならいくらでも」


 サリーが、俺の許した領分を越えて、そんな話をしているのが耳に付いた。

 調子の良いことを言っているが、誰がそんな許可を出した?

 冗談だとしても、下手に酔っぱらった相手に、そういう発言は控えるべきだ。


 自分は接客ができるからと、俺が行くまで場を盛り上げる気なのか。

 その気持ちは、多少はありがたいが、それ以上に、迷惑だ。

 嫌な言い方をすれば、俺はそこまで全幅の信頼を、サリーに置いた覚えは無い。

 特にああいう手合いは、ノリが良い反面、少しでも機嫌を崩すと──。



「舐めてんのか! 殺すぞ!」



 唐突に、そんな声が響いた。

 俺は、進行させていた作業を中断して、速やかにサリーのもとに向かった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


なんとか日付前に。

推敲がまるで足りていませんので、リアルタイムでちょっと文章が変わる可能性があります。

ご了承ください。


※1010 表現を修正しました。

※1010 誤字修正しました。

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