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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

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一ヶ月の成長


「そうか、あの二人が来てからもう一ヶ月も経つのか」

「はい。二人ともようやく様になってきましたよ」


 ヴィオラの感心したような声に、俺は丁寧に返す。

 現在、『イージーズ』は絶賛営業中。ヴィオラはお客様で俺はバーテンダーの立場だ。

 カウンターの中に居るのは三人。

 俺と、フィル、そしてサリーだ。


「ね。もう私が水仕事する必要も無い感じ」


 そうのんびりと答えたのは、ヴィオラの隣に座ってのんびりとグラスを傾けているスイだ。

 現在、開店以来洗い物を任せていたスイは、カウンターに立っていない。

 その仕事も二人が覚え、少しずつ回せるようになってきたところで、スイはようやく本来の『オーナー』らしい立ち位置に戻ったわけだ。


「でも、本当にあっという間の気分だね」

「そうだな」


 スイのしみじみとした言葉に、俺も感慨深く頷いていた。



 すでに、夏の熱気が感じられるような時期になってきていた。

 この国の四季はどうなのかと思えば、日本ほどはっきりとはしていないようだった。

 だがそれでも、雨の量が少ないことを除けば、日本と推移は違いない。俺がこの世界に迷い込んだのが春の始まり。そして今はもう夏が来ている。

 どうやらこの地域は、比較的に冬は短く、春が長い様子だ。


 そんな時期の店内であるが、ここは機人と専属契約を結んでいる数少ない店だ。

 この季節を目処に作っていた『冷暖房』設備が、最近ようやく導入された。

 夏の始まりにあってひんやりとした空気は、お客さんに大層評判が良い。その空気を味わうためにこの店に足を運んだ、なんて言葉もあながち嘘ではないかもしれない。

 もともと、空調はそういった魔法が存在していたようだが、それを機械に全面的に任せるというのはあまりないらしい。


 そう思うと、本当にこの世界の人達は、機人との繋がりが希薄だったのだろう。

 少なくとも、今視界の端に映っているゴンゴラとイソトマの関係を見れば、その二つの種族の隔たりなど、無さそうなのに。



「それで、あの兄妹の様子はどうだ?」


 ヴィオラの質問に、俺は自分のことのように誇らしく答える。


「一通り仕事の流れを覚えて、立派にバーテンダーへの道を歩み始めていますよ」


 俺はそっと視線を、オヤジたちが集まっている辺りにはっきりと向けた。

 そこには、相も変わらず常連をやっているイソトマと、ゴンゴラと、少しだけ顔が赤くなったイベリスの姿があった。

 この機人二人組は、今日は一応、空調の経過を見に来たのだ。とはいえ、その調査もほどほどに、飲み始まっているのはいつものことだが。

 そんな三人と和やかに会話をしているのが、サリーなのだ。


 サリーは元から才能があったのかもしれない。

 俺が教えた会話の基本を呑み込み、メキメキと成長していった。

 もともと、自分の意志をはっきりと持っている彼女だ。

 良い事は褒めるし、知らない事は知りたがる。

 そういう『技術』を天然で身につけていたアドバンテージは大きい。

 いつの間にか、サリーは特に中年達から絶大な支持を受けていた。


「あら、イソトマさん、お次はどう致します?」


 ふとした会話の切れ目で、サリーは今気付いたみたいに声をかける。

 だが、サリーの視線がチラリとグラスに向いていたのを俺は見ていた。

 ずっとそのタイミングを図っていたのは明白だ。


「お、そうだな……じゃあ、今日はサリーちゃんのおっぱいでも貰おうかな」


 そして、存分に酔っぱらったイソトマが、アホなことを口にしていた。

 俺は走っていって、おいおい、とツッコむか迷う。

 これではサリーがキレるかもしれない。

 しかしサリーは瞬間だけ目を細め、ニコリと言った。


「かしこまりましたー。二杯飲みたいということですね?」

「え? あ、いや別に──」

「ご注文とセクハラで、二杯分ですよー。何に致します?」


 サリーはニコリと微笑んだ表情のまま、あくまで柔らかくそう言った。


「……【ジン・ライム】を……二杯で」

「かしこまりましたわ」


 瞬間、それまでの笑顔とは違う、パッと咲いた花のような眩しい笑顔になるサリー。

 それを見て、渋々といった様子だったイソトマも、まんざらでもなさそうな顔になっていた。


 あいつ、いつの間にあんなテクニックを身につけたんだ。

 俺にはとても真似できんぞ。


 そのまま、サリーは少し礼をしてから、作業台の方へと駆けた。

 先程の【ジン・ライム】を、自ら作るつもりだろう。

 俺は現在、ビルドのカクテルであれば、常連さんに限って作って良いと二人に言ってある。もちろん、許可を貰った場合は、だが。

 イソトマなんかは、それを面白がってよくよく二人に作らせてくれているのだ。

 正直とても、ありがたい。


 俺が微笑ましい目で少女を追っていると、サリーは俺が見ていることに気付いた。

 彼女は俺と目が合うと、へへんと笑顔になる。

 ロックグラスをちょんちょんと二杯指差し、控えめにVサインを送って来た。

 そして笑顔を改め、真剣な顔で作業に集中した。


「……まぁ、サリーは見ての通り、したたかにやっていますよ」

「……ん? いや、そういう意味では──」

「それで、フィルはあんな感じですね」


 俺はヴィオラの言葉を遮って、次はフィルに目をやった。

 フィルは相変わらず、若い女性に絡まれていることが多い。

 羨ましいかと言われると、まぁ、多少はそうかもしれない。

 最近、女性陣にチヤホヤされる役は、明らかにフィルなのだから。


「総、今なんとなく、顔が気に入らなかったかも」

「オーナー。別に自分はフィルのことを羨ましいと思ったりしていませんよ」

「ふーん、そう、ふーん」


 スイは、じーっと俺の事を見つめながら、抑揚のない声で言った。

 フィルがちやほやされる一方で、俺は青髪の美少女に睨まれる毎日である。

 どこで差がついた。

 と、それはおいといて、今はフィルだ。


「ねね、フィル君。今度遊びに行こうよー!」

「あー、行きたい! まだ街に慣れてないでしょ? 案内してあげるよー!」


 今日フィルに絡んでいるのは、比較的歳の若い二人組だ。二十二歳くらいに見える。

 なんとなく分かっていたが、フィルは年上にモテる。

 本人にその気が無いのが、なおさらお姉さま方の気をそそるらしい。


「どうかな? お金も出したげるから心配いらないよ?」

「そうそう、楽しいところ一杯紹介するから!」


 ウチのバーテンダーに無闇にちょっかい出すな、という教育が必要なお客様である。

 とはいえ、今目の前に立っているのはフィルだ。

 これが一ヶ月前だったら、しどろもどろになっていたところだが。


「すみません。ちょっと次の休みがいつになるか分からないんですよ」

「えー? 定休日は休みじゃないの?」

「はい。基本的に休みは、総さんに『カクテル』を見て貰う約束なんです」


 フィルは、いかにもすまなそうにそう言った。

 その困った表情に、女性二人も「あぁー」と声を揃える。


「なら仕方ないかぁ。マスターって『カクテル』のことだけは鬼厳しいもんねぇ」

「うんうん。フィル君、頑張ってね」

「はい、ありがとうございます!」


 女性達の同情を得て、フィルはにこやかに笑っていった。

 ついでに、次の休みに俺がフィルの修行を見る約束など、一切無い。

 あいつも、なかなか言うようになったもんだ。

 ……まぁ、断り辛かったら俺の名前を出せ、と教えたのは俺だけど。


「と、二人ともたくましく成長していますよ」


 まだまだぎこちない部分は多々あるのだが、それでも前進はしている。

 最近は質問をしてくることも増えたし、この仕事を楽しみ始めているのは良く分かる。

 そんな二人を思って微笑ましい気分になっていると、ヴィオラが真剣な声音で言う。


「だから、私が聞いたのはそういう意味ではない」

「……はい?」

「あの二人の、素性とか、記憶とかは、判明したのかという意味だ」

「……あっ」


 言われて、俺はようやくそのことに思い至った。


 店に馴染んで来た二人が嬉しくて、ついついその事実を意識の外に置いていた。

 だが、二人は記憶喪失なのだった。

 俺がそれをようやく思い出したのを見て、ヴィオラが呆れた顔をする。


「君は、あれか? カクテルが目の前にあると、途端に他のことが見えなくなるのか?」

「……否定はできません」

「……まぁいい。それで、記憶が戻るような兆しはあるのか?」


 ヴィオラに言われて少し肩幅を狭くしながら、俺は二人のこれまでを思い浮かべた。

 朝食を食べる二人、氷を割る二人、掃除する二人、仕事をする二人などなど。


「いえ、今の所そういう様子はありませんね。ことあるごとに話題を振ってみても、あんまりヒットしないみたいですし」

「……そうなのか」


 俺の答えにヴィオラも難しそうな顔をした。

 責任感の強い彼女だからか、サリーに一方的に苦手意識を持たれても、健気に二人を心配しているのだった。

 そんなヴィオラを安心させるように、スイが少しだけ強い声で言った。


「大丈夫、ヴィオラ。総だけじゃなく私だっているんだから」


 言われたヴィオラは、一度スイの顔をじっと見て、すぐに目を逸らした。


「……心配だ」

「どういう意味?」


 スイが明らかに苛立ったので、俺はどのタイミングで止めようか迷う。

 丁度そんな時だった。

 カラン。と扉が鳴って、一人のお客さんが足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ!」

『いらっしゃいませ!』


 俺の声に被せるように、弟子二人のきりっとした良い挨拶があった。

 俺はそこに満足しつつ来客を見る。

 入って来たのは、初老の男性だ。少し背が高く、パッと見は優しそうな顔をしている。


「お客様、こちらへどうぞ!」


 少し意識して声を張り、カウンターの端の方に案内した。


「あ、どうも」

「外は暑かったでしょう」

「そうですね、ここは涼しくて驚きました」


 俺に案内されるがままに席に着くと、男性はキョロキョロと店を見渡しはじめた。

 あからさまな、新規のお客さんである。


「こちらもどうぞ」

「ど、どうも」


 夏に合わせて冷やしておいたおしぼりを差し出しつつ、思う。

 このお客さんは、どうしたものか。



 俺の感覚が、危険信号を発していた。

 もしかしたら、めちゃくちゃ面倒くさいタイプなのでは、と。


ここまで読んで下さってありがとうございます。


最近二十二時から遅くなってすみません。推敲が甘い気が致しますので、修正箇所など目に付くかもしれません。

物語が転がる前に、もう一つ出しておきたいカクテルがあります。

そろそろ、ポーション的にアレはどうなるのか、出しておきたいと思ったので。

予想されてみるのも、面白いかもしれません。

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