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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

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コールドテーブルの上の世界

 バーテンダーになって始めに覚えるものは何か?


 答えは、器具の名前である。


 バースプーンとは、中央が細く螺旋状になっている、スプーンとフォークを繋ぎ合わせたような道具。

 メジャーカップは、砂時計を模したような、円錐が頂点で重なっている道具。

 シェイカーは、ボディ、ストレーナー、トップという三つの部品からなる、カクテルを作るための道具。


 そんな感じで、一から道具の名前を教わった。

 その直後にボトルの名前も教わるのだが、それはまぁいい。


 店には自分専用の道具というものは存在しないが、愛着が湧かないわけではない。

 ましてや、自分専用となれば、その気持ちはひとしおだろう。



「それじゃ、俺は何も言わないから、そのコールドテーブルを営業前の状態にしてみな」

「はい!」

「分かりましたわ!」


 俺の言葉に、二人は元気よく頷いて作業を始めた。

 ここ、イベリスの工房には、バーカウンターを併設してあった。

 五人も座ればいっぱいになるような小さいものだが、この場で作られた材料の味見などで、何かと便利なのだ。


 今はそのカウンターに、俺、イベリス、ベルガモ、コルシカの四人が座っている。

 他の三人は、タイミングも良かったので『休憩しよう』と言って連れて来たのだ。

 カウンターの中にいるのは、フィルとサリーの二人である。


 さて、バーカウンターの内部というのは、どうなっているのか。

 これはあくまで、俺の店での形式なので、一般論ではない。


 まず内側から見て、台と呼べるような面は、三段に分かれている。

 一番上が、お客様に提供する飲み物を置いたりする、カウンターだ。

 この場所には、これから作るカクテルの材料をお客様に見えるように置いたりする。

 基本的には他の道具とかを置いたりはしないスペースとなる。シェイカーや果物なんかは飾りも兼ねて置くこともあるが、その場合は少し位置をずらすのが普通だ。

 ここがあまりごちゃごちゃとしていると作業に差障りがあるので、出したボトルはタイミングを見て片付けていくことになる。



 そのカウンターから、伸びるように取り付けられている板が、作業台だ。

 作業台というのは、お客さんに出す飲み物を作るための、グラスを乗せておく台になる。

 カウンターの厚さにもよるが、カウンターの上面から数センチ下がった高さで、幅はロックグラスより少しだけ広い程度。

 お客様からも見えるし、こちらも注ぎやすい高さと幅になっている。


 ここにはグラス(とシェイカー)以外のものを置く事はない。

 取り付けられているという言葉からも分かるように、あまり丈夫な場所ではないので、強い力を加えると壊れてしまう危険があるのだ。

 俺がシェイカーの蓋を締めるとき、ここで軽く締めた後に、まな板に打ちつけて強く締めるのは、それが理由だ。



 そして最後が、コールドテーブルとなる。

 基本的に、作業に使う器具などは全てこの上に置くことになる。


 まずは中央にまな板だ。生鮮食品を扱う場なので、食品以外の全てはここに置くことは許されない。手をつくなんてもってのほかだ。

 シェイカーなら良いのかと言われると……場所を選んでいるので許して欲しい。

 その両隣には、布巾が一つずつ設置される。道具の水気を軽く取ったり、ボトルの垂れを拭き取ったり、色々な用途に使われる。


 その状態から、右側には細長い道具全般を入れるための、筒状の容器が設置される。

 ここに入れるのは、バースプーン、ナイフ、トングなどだ。

 その横に配置されるのは、俗に言えばゴミ箱だ。といっても燃えるゴミとかそういうものを入れるのではない。

 切除したライムの先端や、皮を加工した際のクズ、果ては計量に失敗して注ぎすぎてしまった、メジャーカップの中身などがまとめて入れられる。


 それらが右手側であり、左手側には水を張ったグラスとメジャーカップのセットが二つ、横並びに置かれる。

 なぜ二つなのかといえば、色々と理由はある。

 一つは、メジャーカップの構造上の問題だ。


 メジャーカップとは、円錐の頂点を合わせたような独特の計量道具だ。

 良く使われるものは片方が30mlの容量、もう片方が45mlの容量のものである。

 当然ながら、片面を使用中にもう片面を使用することはできない。

 それを考慮すると、二つあれば、30ml側を使った後に、その面を水に浸しながらもう一つで45ml側を使ったりできる。

 これによって、手元でがちゃがちゃしなくて済む。

 作業をよりスマートにこなせるのである。


 また、クリーム系やシロップ系など、極端に色の付いた糖類などは、一度その部分を綺麗に洗い流す必要がある。

 メジャーカップが一つしかないと、その洗う手間をかけている間、お客様を待たせることになってしまう。


 要するに、時短のための二つなのだ。

 ついでに、同じような理由でバースプーンは三本くらい用意するのが普通だ。


 なお、張った水はメジャーカップを洗うためのものだが、時間経過とともに様々な酒が微量ずつ混ざっていくので、こまめに換えることを忘れてはいけない。


 他にも、チャーム(カウンターに着いた時に出るお菓子)用の皿や、果物の切り身を一時保管する容器、調味料やその他の道具入れなどもコールドテーブルに置かれる。

 これらに至っては、カウンターの下、台に隠れる辺りに置かれるので、お客様からは見えないだろう。

 だからといって気を抜いていると、うっかり物を失くしたり、必要な調味料が見つからなかったりする危険があるのだが。


 以上が、基本的なコールドテーブルの上の状態になる。

 もちろんこれはスタートの状態であって、布巾だったりゴミ入れだったり、調味料だったりが流動的に位置を変えることはある。

 しかし、この基本がなっていないと、そもそもの作業を始められないのである。

 最後に、この並びは全て、メジャーカップを左手で持つ、右利きの人間の場合であることを述べておこうと思う。



「で、できました!」


 果たして、フィルの元気な声が届いて、俺は椅子から立ち上がる。

 俺がカウンターの内側に入って配置を確認するが、正解に並んでいた。

 器具自体は先程貰ったものを、仲良く並べている様子だ。


「よし。良く出来たな二人とも、もう準備は完璧だな」


「はい!」

「ま、この位当然ですわね」


 俺が素直に褒めると、フィルは素直に、サリーは少し素直じゃない感じで。

 二人とも照れていた。


「とりあえず、最初はステアの練習から、と言いたい所だが……」


 俺はそこまで言ってから、二人の様子をちらりと窺ってみる。

 心配だったサリーも、この前の経験が効いたのか、いきなり作らせろとは顔に書いていない。

 だが、そういった『失敗』の味を、フィルにも少しだけ知っておいて欲しい。


「良い機会だ。身内しかいないんだから、試しに『カクテル』を作ってみるか」

「え、ええ?」

「良いんですの?」


 フィルは戸惑い、サリーは不安そうに見えた。

 とはいえ、失敗作を作っても怒られない機会は貴重だ。特に、先輩に飲ませるのではなく、素人同然の第三者から評価してもらえる機会は。

 俺は、よっぽどの失敗でなければ、良い所を褒めようと評価が甘くなる自信がある。弟子を持つと、思う以上に褒めてあげたくなるものだ。

 だがしかし、この三人は別にそういうわけではないだろう。


「どうかな三人とも? 新人のほとんど初めての『カクテル』なんて、飲む機会はそうそうないぞ? もちろん、俺も作るからさ」


 俺の言葉を聞いた三人は、誰一人嫌な顔をしないで言ってくれる。


「大丈夫だよ! それが経験になるんでしょ? 私だって、失敗しまくってよく師匠にどなられてたし! ちょっと楽しみかも?」

「というか、それが狙いで『休憩しよう』とか言ったんだろ? 俺も構わないぜ。それが二人のためにもなるんならな」

「私も良いですよ。私はあまりカクテルを飲んだことがないので、どう変わるのか純粋に興味があります」


 順に、イベリス、ベルガモ、コルシカの発言である。

 俺はよし、と頷いたあと、程よく緊張をしはじめた二人に言った。


「じゃ、勝負だな。俺とフィルとサリーで、同じカクテルを作ってみるか」


 俺が冗談混じりに言ってみると、二人はそんな言葉に更に緊張を増す。

 だが、それを吹き飛ばすように、真っ先に答えたのは、やはりサリーのほうだ。


「良いですわ! 私だってここ数日、総さんの手元はずっと見て来たのですから。この前の失態を繰り返しはしません」

「……僕も、少しはその、やってみたいです!」


 無理やり笑顔を浮かべた感じであるが、それでもサリーは楽しそうに答える。

 サリーに引きずられるようにして、フィルも少しだけ表情に気合いが入った。


 よしよし、良い感じだ。

 俺は思い通りの展開に頷きつつ、告げた。


「じゃあ、そうだな……お題は基本──【ジン・トニック】でいくか」


 炭酸なので【スクリュードライバー】と少し勝手が違うが、紛うことなきシンプルなカクテルだ。

 練習も、こちらから入る人間は少なくない。

 加えて、作業や畑仕事をしていたのなら、爽快感のある炭酸が欲しいだろう。




 そう考えて出した俺の言葉に、その場に居る全員が頷いた。


※1003 誤字修正しました。

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