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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

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報酬の使い道


「それで、総さんはいったいなんの用で図書館に?」


 せっかくなので、不貞腐れたサリーも誘って昼食を食べた(代金はもちろん俺持ちだ)。

 簡単な卵メインの料理で腹を満たしたあと、店を出ると、フィルが尋ねてきた。


「まぁ、俺もちょっとした勉強だ」

「そうですか……なんのです?」


 フィルに踏み込まれて、俺は少し言葉を詰まらせる。

『吸血鬼のことを調べていた』と、言ってもいいとは思う。だが、それを言われて、彼らがどう思うのかは、未知数だ。

 嬉しいと思うか、嫌だと思うのか。そのあたりは個人差があることだから。


「ただの小ネタ探しだよ」


 結局、本当のことは言わなかった。

 ……もしかしたら、エルに言われた『二人は暢気な旅人ではない』という言葉に、少しだけ引っかかっているのかもしれない。

 だが、そんな俺の解答は、フィルには好意的に映った様子だった。


「そうなんですね! 総さんくらい会話が出来るようになっても、そういった努力は欠かしていないんですね……」

「……まぁ、俺もまだまだだからな」


 純粋に尊敬の目を向けられると、少しやりにくい。

 そんな俺たちの会話に口を挟んで来たのは、案の定サリーである。


「どうだか。総さんのことですから、そんな事を言って、実は私達に言えない調べ物でもしていたのではなくて?」

「こら、サリー!」

「ふん」


 サリーの思いの外鋭い指摘に、俺は表情を崩さないよう必死だった。

 だが、俺の隠し事を見破ったのかと言えば、先程弄られたのを根に持っているだけのようだ。

 俺は少しだけ気を抜いて表情を崩し、はぁ、とため息を吐くに留める。


「それで、二人はまだ調べ物か?」

「だから、私は別に調べ物なんて──」

「いえ、予定はないですよ」


 サリーに喋らせると話が進まないと思ったのか、フィルがすぐに言葉を遮って答えた。

 そうか。この後に予定がないとすれば、軽く紹介しておくのも良いかもしれない。


「じゃあ、せっかくだから少し見学してみるか?」

「なにをですか?」

「うちの、生産工場を」


 俺が格好つけて言った言葉は、あまり通じていないみたいだった。




「イベリス、今大丈夫か?」

「あっ、総!」


 俺が入り口で声をかけると、外見年齢中学生くらいに見える少女が、嬉しそうに、たたたと駆け寄って来た。

 現在地はいつものように、あのゴミゴミとした機人の集落の、町工場のような場所。


 ではなく、郊外に出たところにある、少し小さめの工場の中である。



 少し状況を説明すると、話はポーション品評会まで遡る。

 というのも、今回の大会では『賞金』の件で、少しややこしいことになった。

 もともと『優秀賞』と『最優秀賞』しか考えていないところに『特別最優秀賞』が追加されたのだから当然だ。


 込み入った事情もあって、賞金はまず『最優秀賞』の『ホワイト・オーク』に権利が行った。しかしそれでは『特別最優秀賞』に対する見返りが、弱い。

 さりとて『最優秀賞』への金額を減らすとなると、虚偽の宣伝をしていたとも取られかねない。

『ホワイト・オーク』は、賞金を辞退するとも言ってくれたのだが、俺は可能ならばと、別の要求をしたのだ。


 金の使い道もあまり浮かばないし、むしろ土地が欲しい、と。


 その結果の一つが、この郊外の工場であった。



 工場といっても、外装はもともと倉庫に使われていた建物、そのままだ。

 内部には、様々な機械と、液体を保存する為の容器がひしめいている。

 主にここで作られているのは、ポーションではなく、炭酸飲料の方である。

 容器の中には、その原料などが詰められているのだ。


「新しい工房の居心地はどうだ?」

「まだ慣れないけど、やっぱり自分専用ってのは良いかも」


 イベリスは、歳相応のにへっとした顔で答える。

 そのあたりで、俺の後ろに付いている二人の弟子に目を向けた。


「おぉ、ちゃんとその二人、弟子になってたんだねぇ」

「当たり前だろ。じゃなきゃあんな依頼しないぞ」

「それもそっか」


 イベリスはカラカラと笑ったあとに、後ろの二人に手を振った。


「やほやほ! 初めまして……じゃないけど、まいっか、イベリスだよ!」

「は、はい、フィルです」

「……サリーですわ」

「よろしくねっ!」


 にかっとした笑みを浮かべたあと、イベリスはVサインを作る。

 そのあっけらかんとした態度に、後ろの二人は固まっている様子だった。


「お、総じゃないか」


 入り口近くでイベリスと話をしていると、我が店の厨房担当である獣人、ベルガモがひょっこりと顔を見せた。


「お、ベルガモ。お前も来てたのか」

「ああ、今日はちょっと妹の手伝いにな」


 その後ろには、兄と同じく緑がかった灰色の髪の毛の、獣人少女が付いている。

 腕に籠をぶら下げたまま、控えめに俺に礼をした。


「コルシカ、具合はどう?」

「もう大丈夫ですよ。だからここで働けているんですから」

「いや、分かっててもちょっと心配でさ」


 俺が彼女の様子にほっとしていると、鋭い目でベルガモが俺を見ていた。


「な、なんだよ?」

「いや、総にはきちんと目を光らせとかないと、いつ妹に手を出すか」

「人を女たらしみたいに言うな。そんなんしたことないだろ」

「自覚しては、な」


 それだと無自覚に女性を口説きまくってるみたいじゃないか。

 そんなことはしてない。普段心がけていることは、相手の細かいところを褒めたり、気遣ったり、たまに冗談を言って笑わせたりというくらいだ。

 普段からそう心がけるのは、バーテンダーをやる上での訓練のようなものだ。

 先輩に、普段から人を観察し、褒める練習をしろと言われていたのである。


 とはいえ、余計な一言で相手を怒らせてしまうことが多々あるので、まだまだだが。


「そうだ、総さん。これ、さっき採れたんですよ。どうでしょう?」


 俺とベルガモのやり取りを見ていたコルシカが、苦笑いの後に籠の中から一房の植物を差し出した。

 それは、柔らかな緑色の植物、ミントだった。品種はスペアミントだ。

 受け取り、軽く擦ってみて香りを嗅ぐ。

 甘く華やかな、すっとする清涼感が鼻を抜けていった。


「良い感じだな! さすが、テイラに詳しいだけのことはある。コルシカの手にかかればどんな植物も思いのままだ!」

「からかわないで下さいよ、もうっ」


 俺の冗談に、コルシカは困ったように笑みを浮かべた。

 その隣で、兄のほうは当然だとばかりに胸を張っているので、どうにも兄バカは治っていない様子である。



「それで、ここは一体なんなんですの?」



 ずっと放っておかれて我慢できなくなったらしい。

 サリーが業を煮やしたように尋ねた。

 その質問に、俺はにんまりとした笑みで、答えてやった。


「言っただろ。うちの生産工場だって」

「つまり?」

「カクテルの材料やらを生産するための、私有地ってことだ」



 俺たちは『特別最優秀賞』の賞品として、土地を要求した。

 権利関係でややこしいことになりそうだったので、建前上は、この土地は『領主』から『研究目的で借りている』ことになっている。

 そして、ここでは主に二つのことを行っている。


 一つはイベリスの工房として、バーに必要な機械を作ったり、カクテルの材料(炭酸飲料やジュースなど)を生産すること。

 そしてもう一つは、材料の自家栽培のための、畑作だ。


 俺はこの世界で『魔草』の栽培を行えないかと、密かに画策していた。

 そのために『コアントロー』の完熟した実を、一つ採取しておいたのだ。

 もともと、魔草屋が営めるほど流通しているということは、そういったノウハウが確立されている可能性はあった。

 だから、実際に畑を持ってその実験を行ってみたかったのだ。


 その畑の為の土地は、予想外にすぐ手に入ってしまった。

 だが、俺は農作業の知識など皆無である。

 そんなとき、白羽の矢が立ったのが、ベルガモとコルシカの兄妹だった。


 この二人は、もともと自然に近い部族に生まれたらしい。

 色々とあってこの地に流れ着いたが、こと植物の栽培に関しては、かなりの経験があったのだという。

 そこで俺は二人に頼み込んだ。お店の為に、畑の管理を任されてくれないかと。

 その要請を、症状から回復して、少しだけ暇を持て余していたコルシカが受けてくれたという構図だ。

 ついでに、野菜を栽培するのは『イージーズ』の料理にも繋がるので、このあたりはオヤジさんもかなり好意的である。


 今はまだ、ハーブや、夏野菜といった当たり前の植物の自家栽培を開始したところ。規模も家庭菜園に毛が生えたといったところか。

 これから暑くなってくるらしいので、夏野菜の苗がどこまで育つかが楽しみだ。


 いずれにせよ、まだまだ始まったばかり。そのうち大規模な生産が可能になれば、全国に『カクテル』を広めていくことも、不可能じゃなくなる、かもしれない。

 炭酸飲料に関しては、既にいくつかの商会から声も掛かっている。今はまだその余力がないが、いずれそういったところと話し合いをする必要もあるだろう。



「とまぁ、この場所がバー部門の生命線にもなるところなんだ。まだ機能の完全な移転は済んでないけどな」

「「…………ほぁ」」


 詳しい説明を聞くと、二人は少しだけ呆けた様子だった。

 小さい大衆食堂が、思いの外大きな野望を秘めていたゆえだろうか。


「っと、それは良いとして、イベリスに用があったんだ」

「ん? 私? あ、さっきの依頼品ね。出来てるよー」


 俺が思い出したように呟くと、イベリスはすぐに気付いて奥に走っていった。

 その間、俺は弟子二人に軽く声をかける。


「フィル。サリー。本当はもう少し先にするつもりだったけど、二人の頑張りを知ったので、今日から始めようと思う」


「……なにを、ですの?」


 俺の言葉に、サリーの瞳が瞬く間に期待に染まった。

 フィルのほうも、言葉にはしないが、ソワソワと浮き足立って来たのは分かる。

 俺はその二人に答えは告げず、ただ満足げに笑みを浮かべただけだ。


 やがてイベリスが、その『答え』を持って、現れた。



「はい。これ、総に頼まれてた二人分の器具一式だよ」



 言いながら、イベリスが袋を開ければ。

 メジャーカップ。バースプーン。シェイカーなどなど。

 カクテルを作るための、色々な器具が、二人分用意されていた。


「二人とも、今日から『カクテル』の練習も初めるぞ」



 休日に、突然仕事の予定を告げられたというのに。

 二人は、共に嬉しそうな表情で頷いたのだった。


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― 新着の感想 ―
『カクテル』という概念と手法を広めたいなら、確かにこの世界に無い「炭酸飲料の量産と流通の体制」を作りたいですからね。領主から土地を借りて活動している≒領主のお墨付きを得ている、とも言えますし。 誤字…
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