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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

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図書館で弄る

『吸血鬼』について、この本の作者は独特の見解を持っている様子だった。

 それが真実の姿なのかは、はっきりとはしない。

 だが、作者は『吸血鬼』をこう評している。


『基本的に自己中』


 自分の目的の為ならば手段を選ばない、という傾向があるとか。


 そうなのか?

 俺の頭の中にある、二人の姿が浮かんだ。


 サリーは、まぁ納得だ。

 しかし、フィル。

 俺には、彼が自己中心的だというイメージがどうしても湧かない。

 個人差と片付けても、良い所なのだろう。



 この本の中で紹介されている『吸血鬼』の他の特徴を説明するとこんな感じだ。

 身体的な能力は、人間に比べて高い。

 また、己の魔力を用いた魔法、と呼べそうな独自の術があるという。

 簡単な飛行だとか、魂の色を見られるとか。

 変身能力とか、魅了による眷属の支配とか。

 驚異的な回復能力とか、魔力を用いての身体強化とかだ。

 とはいえ、そういった能力は普段の生活で使うことは稀らしい。


 また、吸血鬼の多くは、独自の街を作り、その領主となる吸血鬼を中心とした、国家に近い形態の『自治領』内で暮らしているらしい。

 この国の中にも、そういった自治領はいくつか存在している様子だ。

 吸血鬼のほとんどは、穏健派。人間と好んで敵対しようとする層は少ない。

 人間の国に領地を持っているのなら当たり前だ。

 しかし、時に血気盛んな若い吸血鬼が、いたずらに人間の街で問題を起こすことも。

 その場合は、中々に凄惨な、制裁を行うことによってバランスを保っているようだ。


 吸血鬼が眷属を増やす方法も、実は一つではないらしい。

 いわゆる性交によるものと、あとは血液を媒介した特殊なものがあるとか。

 その血液を使ったものも、単純に吸った吸われたというものではないらしい。

 もっと大掛かりな、儀式めいたもののようで、滅多にあることではないとか。

 だが、この著者もそこまで詳しくは教えて貰えなかったという。


 最後に、吸血鬼は別に太陽に当たっても死にはしない。

 のだが、太陽の光より、夜の暗闇を好むのだという。


 こうして並べてみると、地球の伝承の吸血鬼と、似た部分も違う部分も多い。

 俺の所感を述べれば、まぁ、人間として扱って問題はなさそう、といった感じ。

 凄まじい怪力も発揮できるが、それは魔力を消費してのこと。

 精神年齢は記憶喪失どうこうで、そう簡単に変わるものでもなさそうだ。

 つまり、サリーもフィルも見た目通りの、歳若い少年少女なのだ。


「……なるほどね」


 今回は特にメモをしたわけでもなく、俺はその本をパタンと閉じた。

 おおよそ、二人とどう付き合ったら良いのかは分かった。特に種族とかで遠慮はせず、普通に扱えば良いのだ。

 つまり、今までと同じように、接すればいい。


「とはいえ、俺自身が人に教えられる程かって言うとなぁ」


 俺はぼやきつつ、本棚に本を戻した。

 カクテル以外は、ほとんど人並以下の俺だ。カクテルは教えられても、それ以外の姿勢は、それこそ心構えしか教えられない。

 俺が必死になって守っているのは、あくまで基礎。

 その先にある、自分のやり方というものは、まだ見つかっていない、と思う。


「……頑張るか」


 誰もいない部屋の中で一人呟いた。

 丁度昼時くらいだろう。お腹も減って来たし、これから先の予定にも丁度良い時間だ。

 俺はうんと伸びをした後に、外に出ようと出口を目指す。



 出口に向かう途中で、目を引くものを見つけて、立ち止まった。


「お?」


 開放的な一階の読書スペースに、綺麗な銀髪の娘が居た。

 テーブルに本を広げて、唸りながら真剣に内容を読んでいる。

 まぁ、どう見てもサリーなわけだ。

 あいつ、なんで図書館に?


 なお、サリーとフィルは、一時的な身分証をすでに持っている。

 迅速な対応をしてくれたヴィオラのおかげだ。

 というか、一介の騎士の口添えですぐに用意できるとも思えないし、領主の娘さんあたりに頼んだのだろうな。

 職権乱用も良い所だ。よほど、無礼な行いをした償いがしたかったらしい。


 と、ヴィオラの心配は置いておいてサリーだ。

 俺は彼女が何を読んでいるのかが気になって、こっそり後ろから覗き込んでみる。


 熱心に読んでいるらしいその本。

 内容にぱっと目を通してみたところ、どうやら『人とのコミュニケーション』についての、解説本のようだった。


 自己啓発系の本は意外と歴史が古いというし、本についてはある程度進んだ世界だから、あってもおかしくはない。

 だが、サリーが自分で、そんな勉強をしているとは。

 俺がこっそりと感動していると、サリーが少し唸りながら独り言を零した。


「うん? 分からないわね……」

「何がだ?」

「なんで、会話が続かない人間に、わざわざ何回も話を振らなきゃいけないのよ。話がしたくない相手なら、話しかけなければ良いじゃない」


 本を睨みながら、そうやって独り言を続けるサリーに、俺は少し助言する。


「それは考え方だな。例えばウチの店に何回も来てくれるのに、会話が続かない人が居るとするだろ。それはなんでだと思う?」

「……カクテルを飲みに来てるだけだから?」


「ちょっと違うな。『その時』はカクテルを飲みに来てるからだ。でも、いつもはカクテルを楽しんでる人でも、話をしたい気分のときはあるだろ?」

「そんなの、言ってくれないと分からないじゃない」


「だから、話しかけてみるんだよ。会話はタイミングだ。二言三言でダメなら、また機会を改めればいい。『あの人は話をしない人だから話しかけるはやめよう』ってなったら、こっちの都合を優先して、相手の都合を無視していることになるわけだ」

「……難しいわね」


 しぶしぶと納得した様子のサリーは、ぱらっと次のページをめくり。

 そこで指を止める。

 恐る恐る、ゆっくりと俺の方に振り返った。


「な? あ、あ、え?」

「ようサリー。随分と勉強熱心だな」

「ち、違いますから!」


 俺が軽快に声をかけると、サリーは慌てた様子でバタンと本を閉じた。

 それを背中に隠すようにしつつ、誤魔化しの言葉を言う。


「そ、総さん、あら今日はいい天気ですわね」

「そうそう。そういう本って、天気の話題から話を広げろって言うよな」

「な、ち、違くて! 今日は洗濯日和ですわ!」

「俺もお前も、洗濯はライ任せだけどな。そしてそろそろボリュームを落とせ」


 俺の適当な反応に、サリーは顔を真っ赤にしている。

 それでも、囁き声に音量を落としてから続けた。


「……というか、私はここに用なんてないのです。フィルの奴がどうしても調べたいことがあると言うから」

「ふーん」


 サリーの言い訳に、俺は朝のお返しのように興味なさげに答える。

 そのまま、少しだけ視線を、ずらした。


「って言ってるけど、どうなんだフィル?」

「……いえ、もちろんサリーに連れてこられましたよ」

「なっ、フィル!? いつの間に?」


 サリーは驚愕の表情で、自分の隣にいつの間にか立っていた兄を見た。

 なおフィルは、俺とサリーが問答をしている途中で、普通に戻って来ていた。


「はい、サリー。君に探してくれと頼まれた本だよ」

「フィル!」


 フィルが持って来た本に目を通せば、なるほどだ。

 話のタネになる雑学の話や、会話で出てくる仕事に関連した入門書など。

 それにこの街の歴史とか地理とかの常識的な部分。

 俺も人に聞いたり、自分で調べたりしたので分かる。

 お客さんとの会話のために、色々と勉強しに来たのだろう。


 俺がそれに対して暖かい目で見つめてやると、サリーは少しだけそっぽを向きながら、やさぐれたように言った。


「別に、お客さんのためとかじゃありませんから。早く『カクテル』を教えて欲しいから、その前の時間を短縮するためですから」


 努力しているのを見せるのが嫌なのか。

 サリーはあえて憎まれ口を叩いている風に見えた。


「じゃあ、なんで俺に質問しないんだ? それが目的なら、俺に聞いたって良いだろ」

「なっ、それは……」


 俺が軽く追求すると、サリーは言葉を詰まらせる。

 しかし俺は言ったのだ。何かあればすぐに質問しろと。

 それをしないで、自分で色々と学ぼうというのは、どういうことか。


「それはもちろん『総さんに秘密で急成長すれば、あの人が私を見直すに違いないわ』という、子供みたいな理由で──」

「フィ〜ル〜!」


 普段色々と虐げられている仕返しなのか、珍しくフィルの方がサリーを弄っていた。

 今はあれか。本を取ってこさせられて、少しイラついているのか。

 サリーは自暴自棄になった様子で、叫んだ。


「とにかく、違いますから! この私が、自分からせこせこと勉強するなんて!」


「あの、お嬢さん」


 その少女に声をかける青年。

 この図書館の受付にいる、優しい顔のお兄さんであった。

 なぜ、と思うまでもなく、周りに居る人達が、嫌そうにこちらを睨んでいた。


「他の方のご迷惑になりますので、館内ではお静かにしていただくか、もしくは退席をお願い致します」

「……し、仕方ないわね……あ、その本借りますので、戻さないで下さいます……?」


 青筋を立てたお兄さんに怒られ、サリーはしゅんとしたまま、その場を後にする。

 どうやら、居心地の悪くなった空間に居るより、出て行くことを選んだようだ。


 俺とフィルは顔を合わせ、少しやりすぎたと頷きあってから慌てて後を追った。


※1001 少しだけ表現を修正しました。

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