表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

104/505

朝食の理由

 俺が食堂に着くと、すでに他の五人は集まっていた。

 ちなみに、ヴェルムット家の食卓は、一般的な家庭より少し大きめだ。

 オヤジさんの職業のこともあり、家と言えど食事の場には拘りたかったのだろう。


 テーブル自体は大きな四人用なので、サリーやフィルは、俗に言うお誕生日席に座って貰っている。

 並びとしては、俺とオヤジさんが隣同士で、俺の目の前にスイ、その隣にライだ。

 六人で座ると少々狭いが、まぁ、どうにかなる範囲だ。

 その状態で、今はテーブルの上に人数分の皿とカップが置いてある。あとは、ナイフとフォーク、スプーンといった食器類がまとめて中央に並んでいた。


「総、遅い」

「ごめんよ」

「まぁ、いい。今から準備する」


 俺の登場が遅いことにスイが少々ご立腹だったが、俺が席に着いたところで、張り切って厨房へと向かっていった。

 仕込んでいた料理の再加熱や、仕上げをしに行ったのだろう。

 スイの姿が見えなくなったところで、俺は一度だけ大きく深呼吸をする。


「なにをやってるんですか?」


 俺の突然の行動に、行儀良く待っていたのだろうフィルが尋ねる。


「いや、心の準備を少し」

「……朝食にですか?」

「そう、朝食にだ」


 俺の返答に、フィルと、ついでにサリーは怪訝な目をしていた。

 だが仕方ない。彼らはスイの味覚を良く知らない。

 スイは俺たちと同じものを食べても、美味しいと言う。

 単純に、味の守備範囲が広いだけなのだ。


「サリー、それにフィル。スイが戻る前に一つだけ言っておくぞ」

「……なんですの?」

「……なんでしょうか?」


 俺はその弟子二人へと静かに、大切なことを告げた。


「もし、これ以上食えないと思ったら、もう食べなくて良い。責任は俺が取るから」


「……はい?」

「……はぁ」


 あべこべな表情で頷く二人。だが、特に追求はかからなかった。



 そうこう言っていると、たたと足音が聞こえる。

 両手に大きな皿を持ったスイが、食堂に入る所で少しつかえた。


「総、少し手伝って」

「分かった」


 俺は彼女から皿を一つ受け取る。

 皿の上には、茹で野菜がこんもりと盛られ、クリーム色のソースがかかっていた。

 スイが持っている方の皿はどうかと言うと、炒めたベーコンと、目玉焼きがいくつも乗せられていた。


 見た目はとても美味しそうに見えた。

 彼女は決して、技術が無い訳では無いのだ。

 だから見た目は良い。ただし、見た目と味付けは相関しない。


「あとパンとスープを持ってくるから、ライは分けてて」

「う、うん、分かった」


 切り分けを仰せつかり、ライの声に若干の緊張が走る。

 赤毛の少女も、やはり目の前の料理に困惑している様子だ。


「あ、スイ。持ってくるの手伝うよ」


 俺はスイを手伝おうと、厨房まで付いて行こうとする。

 が、スイはそれを断った。


「大丈夫。少し厨房散らかってるから、見ないで」

「お、おう」


 料理をして厨房が散らかるのはある程度当たり前だと思うが、見ないでとはいったい。

 俺は大いに混乱するが、それはまぁ置いておこう。


 すぐにスイは、パンの入ったバスケットと、スープの入った厚手の鍋を持ってくる。

 俺は急いで彼女からバスケットを受け取り、皆へと分ける。

 なんて名前なのだろうか。手のひらサイズの大きさの、所謂パンである。


 スープの方は、オニオンスープだろう。

 コンソメの香りがして、よくよく考えなければとても美味しそうだ。

 香りが良いというのも、良くある罠だ。

 人間の感じる味の何割かは香りと言うが、それはあくまで何割かでしかないのである。



「はい、じゃあ、食べよう」



 朝食が全員の皿に行き渡ったところで、スイが言う。

 そして、皆が一斉にオヤジさんの方を向いた。

 この家の決まりとして、食事の際の号令はオヤジさんが取ることになっている。


「お、おう……じゃ……」


 オヤジさんは、とてつもない覚悟をした上で、ついに言った。


「いただきます」

『いただきます』


 そして、その直後、俺とライ、そしてオヤジさんの手が固まる。

 最初にどこに手を伸ばせば良いのか、迷ったのだ。


 その三人の様子に、スイのみならず、吸血鬼の兄妹も戸惑い手を止める。

 どうやら、二人は家主の前に口に運ぶのを躊躇っている様子だ。というか、俺が教育したのだった。

 食事の際には皿を分けたりサラダをよそったりといった気遣いを、率先して行えと。

 良く成長したなサリー。ここ数日で、真っ先に料理に手を伸ばすことがなくなるとは。

 だが、その気遣いは今だけは嬉しくないぞ。


「どうしたの?」


 スイが少しだけ心配そうに、俺に尋ねて来た。


「いや、あまりにも美味しそうだから迷ったんだ」

「ふーん」


 俺が鮮やかに言い訳をすると、スイは無表情で言う。

 そして、自身の皿に盛っていた、茹でた人参をフォークで突き刺した。

 そのまま、その人参を俺の方へと差し出してくる。


「はい、あーん」

「え、あ、スイ?」

「あーん」


 俺の戸惑いを欠片も考慮せず、スイはそのフォークを俺の口へと突き出す。

 無表情の癖に、少しだけ照れたように感じるのは気のせいか。

 いや、そんなのは良い。

 視界の端で、驚愕の表情を浮かべているサリーの顔が映ったと、同時に、


 その人参は俺の口の中に入り込んで来た。



「……あれ? 美味しい」



 俺は、自分の口の中で起こったことが信じられなかった。

 美味しいのだ。スイの作ったソースが。

 人参の甘さと絡み合うような、濃厚なクリーム系のソース。

 それが、苦くも辛くも酸っぱくもなくて、適度にとろみを感じる塩分。

 朝に食べるには丁度良い塩梅なのである。


「あれ? ってなに」

「い、いや、違うんだけど、え?」


 スイの責めるような視線から逃げ、俺は自身の料理に手を伸ばす。

 目玉焼きも、ベーコンも、スープもパンも。

 そのどれもが、美味しい。

 食べられる、なんてレベルではなく、純粋に美味いのだ。


「お、美味しい。美味しいぞ、スイ!」

「ありがと」


 そんな俺の驚きに対し、スイは淡白な礼をした。

 俺の様子を観察していたらしいライとオヤジさんも、恐る恐る食事に手を付ける。


「う、嘘! 美味しい!?」

「本当だぞ! どうなってんだ!?」


 そしてそれぞれが、驚嘆の声を上げていた。


「な、なにをそんなに驚いているんですの?」

「そ、そうですよ、皆さん! スイさんに失礼ですよ!」


 俺たちの反応を横目で見ていた二人が、責めるように言う。

 その言葉にハッとして、俺はスイの表情を窺った。


「……まぁ、別にどう思われてたかは、分かるけど」


 スイは少し拗ねたように、唇を尖らせて言う。

 すまない気持ちになって、俺は素直に頭を下げた。


「い、いや。すまん。てっきり、俺が昨日何かした仕返しとかなのかと」

「……まぁ、何もしてないとは言わないけど……」


 スイはぼそっと返し、オヤジさんの圧力が僅かに増した。

 だが、俺がそれに対応する前に、スイははっきりとした声で告げる。


「でも、総がいつも言ってること」

「……俺が?」

「相手の気持ちを考えろって。だからその通りにしただけ」


 相手の気持ちを考えろ。

 それは確かに俺が言っていること。いや、自分に言い聞かせていることだ。

 何かを作る時、何かをする時、常に相手の立場になる。

 こちらが相手のことを考えなければ、相手の喜ぶことなんてできないのだと。


「だけど、それと朝食に、いったいどんな関係が……?」

「……味付け。私の好みじゃなくて、総の好みはこうだろうな、って考えてやっただけ」

「あっ」


 その宣言のあと、スイは少しだけ照れた様子で、そっぽを向いた。

 俺は、彼女の気持ちが伝わって、少しだけ嬉しくなった。


「……ふーん」


 そのやり取りを、呆れた様子で見ていたサリーが、興味なさそうに口を挟む。


「それは良いですけれど、早く食べません? 私は朝食を食べに来たのであって、おのろけを見に来たのではないのですけど」


 その一言に、俺は思わず頭を抱えたくなった。

 お前はスイが実践した行動の意味が、まるで分かっていないというのか。

 俺はそんな弟子その一に、こんこんと説明してやることにした。


「サリー。お前にはスイの気持ちが分からないのか? この朝食はスイ自身も『カクテル』の製作に乗り出すという意志の表れなんだぞ」


「え?」

「はい?」


 俺の宣言に、サリーとスイのそれぞれが、戸惑いの声を出す。


「昨日の何が原因かは知らないが、俺が常に言っていることをスイが実践してくれた。それは、バーテンダーとして、彼女が成長しようとする意思表示だ。つまり、スイも二人に触発されて、二人の手本となるような『カクテル』を──」


「サリーちゃん。おかわりもあるから、たんと食べてね」

「分かりましたわ」


 俺がスイの気持ちを説明している最中。

 あろうことかそのスイが、話を遮ってサリーにおかわりを薦めていた。


「え、スイ? 俺は今、サリーに他人の気持ちを考えるのはどういうことかと──」

「総はもう少し、他人の気持ちを考える術を学んで」


 俺が代弁しようとした言葉は、当のスイ本人にばっさりと斬り捨てられてしまった。


 あれ? おかしいな?

 昨日は普通に『カクテル』を作ってただけなんだし、昨日の何かが原因だとしたらそれは『カクテル』であるのが当然。

 その事実と今日の行動を結びつけると、必然的にその答えしか導かれないのに。

 俺が疑問符を大放出していると、隣に座っているオヤジさんが、俺の頭に手を乗せた。


「あ、あの? オヤジさん?」

「こんなときによ。喜べば良いのか、怒れば良いのか、迷うんだよなぁ」


 額に青筋をひくひくさせながら、それでも心底嬉しそうな顔でオヤジさんが言った。

 俺は訳も分からず弁明する。


「いやいや、それはスイの意志の問題であってですね」

「……やっぱり怒るか」


 だが、俺の答えはオヤジさんの気に障ったようだった。

 その後、ギリギリと握られて痛む頭を押さえつつ、疑問の残る朝食を終えたのだった。



 さて、今日は休日だ。

 予定をこなすことにしよう。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


昨日は更新できず申し訳ありません。

なるべく更新できるよう、努力致しますのでよろしくお願いします。

※0928 改行を微修正しました。

※0929 誤字修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ