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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

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【ミリオンズ・ブルー】(1)

少し遅くなりました。


途中まで書いてから、今回で百話だと気づき急遽書き直してました。

オリジナルカクテルはあまり出さないつもりだったのですが、どうかお許しください。

「総は、誰かのために、っていつも言うよね?」

「ん? そうだな」


 スイが二杯目のカクテルを飲み干したとき、そんなことを彼女から尋ねて来た。

 俺は次の注文を聞く前に、言葉の続きを待つ。


「それって、やっぱり目の前の人、一人一人って意味なの?」

「それは、どういう意味での質問だ?」

「だから、その人の為だけの、たった一人の為だけのレシピとかは、ないの?」

「…………ない」


 俺は少し考え込んだが、答えはそうだった。

 もちろん、誰かに頼まれて作ったカクテルならいくらでもある。

 そのオリジナルレシピをその人が気に入ってくれて、その先、何度も頼んでくれることもあった。


 だけど、そうやって作ったカクテルであっても、他の人間に頼まれれば拒みはしない。

 むしろ頼んだ張本人が、他の人間に薦めるパターンもあった。


 そう思いながら答えたが、スイはその答えに少しだけ思うことがあったようだ。


「じゃあ、私がそういう風に頼んだら、やっぱり嫌?」

「……別に、嫌じゃないけど」

「じゃあ、頼んでも良い?」


 スイの探るような言い方に、俺は少しだけ、うむむと唸る。

 嫌というわけではないが……せっかく作ったレシピを他の人に出せないのは、ちょっと勿体無いなと思ったり。


「……考えてること、丸わかり」

「う、すまん」

「でも、さっき総は言ってたよね? 今の私はあなた様だけの──って」

「…………まぁ」


 その辺りで、スイの表情がやや不安げに揺れた。

 あー、もう。

 確かに惜しいなぁとは思うが、目の前の人を笑顔にしないで何がバーテンダーか。


「かしこまりました。スイ様にだけ出す、オリジナルカクテルをお作り致しましょう」

「うん。ありがと」


 俺の返事に、スイはこともなげに答える。

 だが、少しだけ声が弾んでいたし、佇まいを直している。

 声音とは裏腹に、かなり楽しみにしてくれている様子。

 当然のことだが、俺も気を抜くわけには行かないな。


「どんな感じに致します?」

「ここで、総から前に聞いた注文を試してみようかな」

「……と言いますと?」


 果たして、俺は彼女にいったいどんな注文を教えただろうか。

 嫌な予感がしながら、答えを待つ。


 スイは、ふふん、と少しだけ唇を歪め、言った。


「私をイメージしたカクテル、作ってみて」




 さて、どうしようか。

 俺は頭の中で、カクテルのイメージを組み合わせ始める。


 俺の中のスイ。

 真っ先に浮かぶのは、綺麗な青い髪の毛だ。

 空のような、海のような、世界中のありとあらゆる青を足しても生まれないような、澄んだ青。

 それだけで、彼女を彩る材料が一つ決まる。


「まずは、こいつだ」

「……安直」

「だけど、本心ですから」


 言いながら、鮮やかな青い液体の入ったボトルを、カウンターへと置いた。

 俺が何をイメージしたのかバレバレな様子だが、俺は否定しない。

 それくらい、彼女の青は、魅力的だと思う。


 この青い液体は、魔草のポーションを元に作られたものだ。


 どうやら、魔草のポーションは、属性的には無属性に近い様子だった。

 もちろん、安易に混ぜると反応しておかしな味にもなるのだが、

『色』という点に関しては、かなり寛容であるらしかった。


 そして生まれたのが、このボトルだ。

 実験的に『コアントロー』──『ホワイト・キュラソー』に、植物から抽出した青色を混ぜ込んでみて生まれた一品。

 深い青色を持つポーション──『ブルー・キュラソー』だ。

 味わいは、あまり『ホワイト・キュラソー』と変わらない。

 甘く苦い、柑橘のような特徴がある、とろりとした美味しさだ。


 カクテルのメインを決めたあと、他にもう一つ、象徴的な材料が欲しいと思った。

 次に浮かんでくる、彼女の特徴。

 俺は、彼女の『何』にずっと助けられて来たのか。


 その知識、知恵と言ってもいい。

 ふと、言葉遊びのようなものが浮かんだ。


 知恵の実。

 聖書において、アダムとイブが楽園を追い出されるきっかけになった果実。


 もう一つ中心に持ってくる材料は『アップル』を選んでみようか。

 リンゴらしい甘さと、ほんのりとした酸味が美味しい、使い勝手の良いリキュールだ。

『ブルー・キュラソー』と並べても、お互いが甘く、相性も悪くはない。


「それでは、スイの知的なイメージから、こちらのリンゴを」

「……なんか、ちょっと馬鹿にされた気分」

「とんでもない」


 俺は、頭に浮かんだ説明を、簡単に噛み砕きながらスイに伝えつつ。

 透明なボトルを、青いボトルの隣に並べた。


 そこまで考えて、今度はバランスを考える。

 現時点では、甘い、甘い、と甘さに偏っている。

 また、アルコール度数に関しても、あまり想定してはいない。


「スイ。一つだけ聞いておきたいんだけど、強さも俺のイメージで良いのか?」

「任せる」


 俺は確認を取ってみたが、彼女は全面的に俺に委ねるようだった。

 ……ならば、あえてリキュールベースも悪くはないか。


 彼女の名前。スイ・ヴェルムット。

 その『スイ』は、俺の頭の中では『スウィート』に変換されてしまうのだ。

 そんな少女の甘やかなイメージに、『ジン』や『ウォッカ』などで強さを付け加える必要もない。

 ……本当はベルモットを材料に入れてみたいが、無い物はない。


 では、どうしようか。

 迷った俺の瞳に映ったのは『マスカット』のポーションだった。


 この『マスカット』は、ポーション品評会の終了後に、運営からお詫びも兼ねて送られて来たものだ。

 沢山あったので、一つくらい良いだろうと『ポーション』にし、冷やかしに棚へ飾っておいたのだ。

 そのスッキリとしたみずみずしく甘い味は、普段表には出ない年相応の、少女の部分と重なって思えた。


 何より、ポーション品評会を象徴する果実から作られたものなら、俺と、スイの軌跡と言っても良い。

 俺が作る、彼女の為のカクテルにこれほど相応しいものもないだろう。


「では、スイの年頃の乙女らしさを、こちらのマスカットで表現します」

「……総に言われると、ちょっとイラってくる」

「だからなんででしょうか」


 言いつつ、スイも楽しんでいるようだったので、あえて何も聞かなかった。


 ここまで、全て『甘い』味で進んで来てしまった。

 ならば最後に、酸味の選出が必要だな。

 レモンか、ライムか。


 ここはライムだ。

 理由は単純。俺の中のイメージでは、彼女の『魔法』が緑だったからだ。


 俺が、今までで最も命の危機を感じた『龍草』との戦い。

 俺を守ってくれたのは『ジーニ』属性の鮮やかな緑色だった。

 黄色いレモンと、緑のライムなら、緑を選ぶのが正しいように思えた。


 また、鋭いその味が、魔法使いとしてのスイの研ぎ澄まされた技術に繋がる気がした。



 さて、材料は出そろった。

 頭の中で、それらの比率を組み立ててみる。


 作るのは、ショートカクテル。

 ショートカクテルとは、およそ60mlの分量で完成する、極めて少量のカクテルのことだ。

 対義語としてロングカクテルがあり、大抵は300ml程度のグラスを、氷を含めた材料で満たすものだ。


 ではなぜ、ショートなのか。

 それは、より繊細かつ具体的に、カクテルの味が出るからだ。

 ロングカクテルは、どうしてもアップする材料ジュースなどのことに、味が左右される。

 それが悪い訳では無いが、言い換えれば、多少ミスをしてもカバーできてしまうのだ。


 彼女の為だけの特別なら、俺も誤魔化せない本気で臨むべきだ。



 色をメインにしたいなら『ブルー・キュラソー』を多めにするべきか。

 しかし、この『青』は少し間違えると、全てを塗り潰してしまいかねない。

 少量でも充分に変化が起きることは、念頭に置く。


 アップルと、マスカットの組合せはどちらを多くしようか。

 アップルのほうがやや甘みが強く、マスカットの方は爽やかさが出るイメージだ。


 最後に、酸味はどの程度加えるか。

 ここは、全体のバランスを見ての所もあるが、20mlか15mlあたりが妥当だろう。


 頭の中で、少しずつスイとカクテルを重ね合わせていき、答えを導く。

 そして、ようやく自分の中で、イメージをまとめ終わった。


「それでは、作らせて頂きます」

「うん」


 ようやくと言っても、悩んだ時間は一分にも満たない。

 下手したら十秒と経っていないだろう。

 それはお客様を待たせない、というバーテンダーの意識によるものでもあるが、

 どちらかと言えば、俺の中の彼女のイメージが、思ったよりも明確だったのが理由だろう。



 まず、グラスを選ぶ。

 ……ここで『カクテルグラス』がないのが本当に悔やまれるが、仕方ない。

『ワイングラス』と『ロックグラス』で少し悩むが、『ワイングラス』を選択した。


 乾いた清潔な布で軽く拭き、そのまま冷凍庫へと送り込む。

 その際に、氷を出しておくのは忘れない。冷蔵側から、ライムジュースも取り出す。

 その後に、カウンターに飾っていたシェイカーを作業台に乗せれば、先程出したボトルを合わせて準備は完了だ。


 最初に、ライムを手に取る。

 六分の一に切ってから、先端と中央の白い部分をささっと切除し、果肉に軽く切り込みを入れる。

 そのままナイフを伝わらせるよう、メジャーカップへとライムを絞り入れた。

 足りない分を、取り出した瓶から補い、15mlをシェイカーへ。


 ここからの比率は、

 まず『アップルポーション』を10ml。

 次に『ブルー・キュラソー』を15ml。

 最後に『マスカットポーション』を20mlだ。


 それらを送り込むと、シェイカーの中が青く染まる。

 軽く味を見て、俺はこの比率で問題無いと確信した。


 シェイカーの蓋を締め、ココンとまな板に打ちつける。

 そのまま、ゆっくりとシェイクに入った。


 俺は、シェイク中に客の方は見ない。

 だが、スイが俺のことをじっくりと見ているのは分かる。

 音の無い空間に、俺のシェイクの音と、スイの息を呑む音だけが存在していた。

 それ以外は何も無い、カウンターだけの世界があった。


 指先からは、その音が終わる時間が伝えられている。

 耳にも、それは伝わって来ている。

 俺は最後まで、スイの様子を見る事なく、静かにシェイクを終えた。


 俺は急いで冷凍庫から冷えたグラスを取り出した。


「失礼します」


 声をかけて、空になったグラスと入れ替える形で冷えたグラスを差し出したあと、シェイカーの蓋を開ける。

 静かに、深い青色の液体が、グラスの中へと注ぎ込まれていく。

 自分で行っている行為にも関わらず、それはひどく他人事のようにも思えた。


 その一杯は、彼女の前にあるべくしてあって、

 俺はそれを、ただ手伝っているだけのような錯覚を感じた。



「お待たせしました」

「うん、待った。名前は?」



 彼女の包み隠さない感想に苦笑しつつ、俺はその名前を告げた。



「……【ミリオンズ・ブルー】」



 幾百万の青。

 それが、俺が『カクテル』に与えた、たった一つの名前だった。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


前書きでも書きましたが、いつの間にか百話になっていました。

百話の間で終わらせたかったのですが、長くなりそうなので止めました。


ということで、ちょっと百にちなんだカクテルを考えてみました。

百というより幾百万ですが、目をつぶって頂ければ。

あと、英語間違ってるだろ、正しくはこうだ、とか、

ありましたら優しく指摘してくださると幸いです。


※ちょっと文章が色々と気に入らなかったので、全体的に修正しました。推敲が足りていなくて申し訳ありません。

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