74.『七星、襲来――?』
走り回れば、思うより多くのゴブリンが潜んでいることがわかった。
奴らは闇雲に動くことはしない。
狩りの成功率が最も高まるその瞬間まで、深い闇に潜んで待っているのだ。
少しでも懸念材料があればじっと堪える。そして、ここぞと思った時にのみ姿を現す。
そんな狩りのスタイルであるからこそ、その餌食となってしまった冒険者は、簡単に切り抜けることはできなかっただろう。
先程の爆発系魔法は、打つ手をなくした冒険者の泣きの一手だったのかもしれない。
それほどに厄介な相手であるのだ、このゴブリンたちは。
「――【薙糸】」
ただしそれは、感知系のスキルを持っていない相手に限った話だ。
種さえ割れてしまえば個々の戦闘力はそこまで高くない。
中には武器を持つ個体もいるし、集団の暴力もあるので、間違っても侮ることはできないが――少なくとも俺とタマユラの驚異にはなり得なかった。
だが、俺たちの目的はゴブリンの殲滅ではない。
いくらゴブリンを斬り続けても、本当の目的が達成されなければ敗北と言っていい。
「……いませんね、他の冒険者の方。戦闘の形跡もありませんし、死体もない」
「もう上手く逃げた後ってのならいいんだけど……偶然帰れるような優しい道じゃないしね」
群れの十組目を倒してなお、他の冒険者の気配もない。
森の奥に進めば進むほどに道は険しくなっていき、ゴブリンの隠れ方も巧妙になっていった。
はっきり言って、さっきの冒険者と同じ程度の強さの者なら、ここに辿り着く前に倒れていてもおかしくはない。
それが死体はおろか、戦闘跡すらないなど考えられない話である。
それに――、
「結局、ルリはどこに行ったんだ……?」
「森は広いですから、偶然鉢合わせないだけ……とか」
「そうかなぁ。もう充分頭は冷えただろうし、冷静になったら真っ先に合流を考えると思うんだけど」
ゴブリンにやられる心配なぞ一欠片もないが、道に迷い下山できなくなって泣きべそをかくルリの姿は容易に想像できる。
いやまぁ泣きべそまではかかないだろうけど、あれでいて割とおっちょこちょいなのがルリのチャームポイントだ。
だがそれと同時にルリは立派なS級冒険者でもある。
そのおっちょこちょいが祟って合流の考えに至らないなんてことは、いくらなんでも有り得ないだろう。
「空に魔法を撃つとか、でっかい氷柱の目印を立てるとか、やりようはいくらでもあるはず」
「それなのに一向にルリの気配がない……ということは」
「それができない事情がある、ってことになる」
少なくとも、この周辺にルリはいない。
ルリが部屋を出ていってから俺たちが走り出すまでの時間を考えても、ひとりであっという間に山頂まで駆け抜けたってこともないだろう。
そもそも常時明かりを灯しながら感知スキルを行使して走り続けてる俺たちが、カンテラのひとつも持たずに着の身着のまま飛び出したルリに追いつけないわけがない。
さらに加えると、最初にルリを見失ったところからおかしいのだ。あの短時間で見失えるほど、ルリの歩幅は広くない。
少なくとも今ここにルリはいない。それだけが、確かな事だった。
「ゴブリンを根絶やしにするわけにもいきませんし……ここはひとまず戻りましょうか」
「だけど、未だ行方不明の冒険者たちを放置するってのも――あ」
どうしてもっと早く気付かなかったのだろう。
あるじゃないか、スムーズに冒険者たちの安全を確保する方法が。
上手いこといくかわからないが――いや、なんとかなるはずだ。
ここはひとまず、自分の力を盲信してみることにしよう。
「――【神域結界陣】」
バエル戦でその鉄壁ぶりを遺憾無く披露した、俺が使えるうちで最も強力な防御魔法。
【対象A】から【対象B】への一切の攻撃を無効にするというもので、その効果の理不尽さは言うまでもない。
今回は、【ゴブリン】から【冒険者】への攻撃を無効にする結界を張ることにする。
後ろの部分を【人間】や【他種族】にすることも理論上は可能だが、あまり範囲を広くすると俺の魔力がごっそり持っていかれる可能性もあるし、生態系に影響が出すぎる。
夜分に山の中に入るような人間は冒険者くらいのものだろうから、これで充分だろうという判断だ。
「相も変わらずとんでもない魔力ですね――これは、魔法というより神聖術に近いのでしょうか」
「神聖術?」
「ええ。もっとも、魔法との明確な線引きはありませんが……ある地方では、特に神聖な魔力を扱った魔術のことをそう呼ぶらしいですよ」
「へぇ、知らなかったな。聞いたこともないや」
「まぁ既に廃れつつあるようですからね。それより、一旦宿に戻りましょうか」
もう少し早く気付けばさっきの彼らも怪我を負うことはなかったのかと考えてしまうが、そんな空想はなんの意味もない。
これ以上の被害を抑えられたことに、今は安心しておこう。
■
宿に戻ると、さすがの俺とタマユラも目を疑ってしまう光景が、眼前には広がっていた。
「……あ、おかえり」
温泉街はやっぱり明るくて、もうすっかり夜中だというのにちょっとした賑わいが続いていた。
そんなまばらな往来を行き、なんだかんだ体を疲れさせた俺たちは、早いとこひと休みしようと宿の部屋に戻ってきた。
そしたらなんということでしょう。畳に寝転がりながら、何かをもっちゃもっちゃと貪っているルリの姿があるではないか。
「……何してるの、ルリ」
「……? あ、これ、ヌルリイカの干物。食べる?」
「いや、えぇ……? 待って、ルリはどこで何をしてたの?」
ヌルリイカの干物には興味があるが、状況を把握するのが優先だ。
それにしても……ルリはすごい幸せそうな顔でそれを食べている。
やっと食べられるものにありつけて、機嫌が戻ったのだろうか。
わかりやすいちびっ子である。
で、状況だ。見失ったと思ったルリが何故か先に帰っていて、寝巻きに着替えて俺たちを待っていた。幸せそうにヌルリイカの干物を食べながら。
まるで意味がわからない。
「……えっと、あの後、気が付いたら暗闇にいて」
暗闇。このあたりで暗闇といえば、それこそあの森の中くらいのものだ。
記憶が飛ぶほど頭に血が上って、我に返ったら森にいたのだろうか。
いや、だからその可能性はないんだって。
同じ道を通ったとは限らなくとも、あの場にルリがいた形跡はなかったし。
なら、ルリがいた暗闇というのは――。
「……暗かったから魔法で灯りをつけた。そしたら羽の生えた犬みたいなモンスターがいて――」
「――――」
「……なんか、魔王軍七星ラボラスとか名乗られたから、倒してきちゃった」
……本当に何してるの、ルリ。




