69.『観光地』
結局のところ、俺の強みなんていうのは、攻撃の圧倒的な威力の高さ。それから、小回りの効きやすいところだろうか。
小細工無しにちょっと剣を振るだけで、ほとんどの敵を木っ端微塵にしてしまうほどの破壊力。
それこそが、俺の唯一にして最大の強み――という答えであっている、のだろうか。
無論、間違ってはいない。
この3人の中で一番バランスがとれているのは俺だ。
ルリは、一撃の破壊力という意味では俺以上だろう。
しかしそんな規模の魔法を使っては周りに被害が出る上、長い詠唱が必要である。
前線向きでもなければ、集団戦向きでもない。
詠唱の要らない魔法で比べれば、その威力は俺に軍配が上がるだろう。
タマユラは、豊富な経験からくる的確な判断と、いざという時の決断力は俺を凌駕する。
もちろん魔術師と違い、味方を巻き込む心配もなければ詠唱もいらない。
しかしいざ戦闘になれば、俺の方が数瞬速く敵を蹂躙することができるはずだ。
「だからまぁ、俺が一番バランスがいいってことになるんだけど……」
バランスがいい。それ即ち、突出して優れている点がないとも言える。
それが悪い事だとは全く思わないが、この腕自慢大会では不利なのだ。
まぁこれも、なんとなく雰囲気がそうさせているだけで、実際のところは腕自慢大会でもなんでもないはずなのだが。
ともあれ、俺のちっぽけなプライドが騒いでいた。
そんなわけで俺が導き出した答え。俺にしかできないこと。それは、
「――【重力操作】」
最近手に入れたスキルである。
空を飛んで移動することくらいにしか使っていなかったが、考えてみれば重力を操ることが出来れば可能性は無限大だ。
例えばこうやって、ワームリッチをすり潰すことだって出来るはず。
「……うわぁ」
「これは……凄いですね」
ワームリッチの頭上だけ、重力を数十倍にした。
つもりだが、もしかしたら数百倍になっているかもしれない。
まだ上手いことコントロールしきれないから、微調整をしつつ圧力をかけていく。
まぁそんなことはワームリッチにとっては些細なことらしく、見えない重圧に襲われた頭はメキメキと凹んでいる。
じわじわとすり潰されながら、錆びた緑色のような液体を噴射する様は、どうも生々しくて気分があまり良くないものだ。
一思いに命を奪わない暴力は――まるで、痛めつけることを楽しんでいるようだった。
「……俺の趣味じゃないな」
「……私の趣味でもない。タマユラは?」
「むしろ、これを見て喜ぶ人がいたら距離を置きます」
甲高い声を上げながら小さくなっていくそれに、俺は同情心すら生まれてきた。
言葉通りもう虫の息だろうが、俺はせめてもの情けとしてトドメをさした。
「使い方が難しいな」
「……ん。でも、便利そう」
「そうですね。上手く加減ができれば、例えばモンスターや咎人を拘束するのに使えるでしょう」
便利そうではあるのだが、少し加減を間違えただけで大惨事を引き起こしそうだな。
だが、力は持っておいて損は無い。扱い方に注意をすればいいだけだ。
というわけで俺は、日が傾き始めるまでひたすらに【重力操作】の鍛錬を積んだのであった。
■
「うりうりうりうり」
「ヒスイ、もう! くすぐったいですって!」
帰りの馬車の中、俺はタマユラにちょっかいをかけていた。
タマユラは普段、黄金色の鎧を身にまとっているので、こうやって脇腹をつつくチャンスがないのだ。
「……ふぅ、まったくヒスイはやんちゃなんですから。おとなしく座っててください」
「はーい……ん?」
と、反対から視線が突き刺さる感覚があった。
見ると、ジト目のルリと目が合うではないか。
「はは〜ん。さてはお主、タマユラばっかり構われてずるい! と思ってるな?」
「……そうだとしたら?」
「こうするに決まってる――!」
物欲しそうな目をしているルリの――もちろん首筋にアタックである。
日中はずっとモンスターと戦闘していたので、その白い首筋にもジトリと汗が滲んでいたが、気にしない。
「ちょ――もう! なんで、ヒスイは……っ、首筋、ばっかり……!」
ルリが悲鳴をあげるが、それも気にしない。
ここは移動する馬車の中。前みたいに魔法をぶっぱなすことはできまい。
つまり、俺が満足するまでルリの首筋をいじめ尽くすことが――!
「――【衝撃波】!」
「ぐおっ……う、まじか……っ」
S級冒険者の魔法が、内蔵にダイレクトに来た。
重めのボディーブローをくらった気分だ。
生まれた衝撃を外に逃がすのではなく、俺の体内に埋め込むような形で攻撃する方法があるとは……最強の魔術師、舐めてたぜ。
そんなルリの魔法への理解に感心しつつも、あまりのヘビーな一撃に蹲ったまま立ち上がることすらできない。
「ルリさん……ちょっと、やり過ぎ……」
「……一回痛い目見た方がいいでしょ」
はい、ちょっとおふざけが過ぎました。
でもまさか、こんなにマジの報復が待っているとは思いもしなかった。
そんなに嫌だったのだろうか。
「……私だって普通に可愛がられたいのに」
ハッと、俺の行いを振り返った。
確かに考えてみれば、ルリと想いを確かめ合ってから、俺はルリへ首筋攻撃しかしてこなかったように思う。
ルリとしては、もっと普通にイチャつきたかっただろうに。申し訳ないことをした。
それに気づけば、俺は反省の気持ちでいっぱいになる。
「……ごめん、ルリ」
「……ん。治してあげる。【治癒】」
「ありがとう」
あったけぇ。思えば、ルリの手で傷を癒されたのは初めてだろうか。ルリの手でつけられた傷だが。
しかし、回復魔法の光の中にいる時はなんというか、とてつもない安らぎを感じる。惚れちまうぜ、惚れてるけどな。
あ、それはそれとして。ルリにひとつ聞いておきたいことがある。
「ぶっちゃけ、首筋好きでしょ?」
「…………うるさい」
嫌がってはいるものの、明確な拒絶と嫌悪の反応ではないからな、いつも。
もちろん、これからは控えるが……そう、たまに、ほんのたまーになら許してくれるかもしれない。
忘れた頃にもう一回やってみよう。
「あ、そろそろ着くみたいですよ」
と、タマユラの声につられ、馬車から外を覗いてみる。
辺りは既に夜に包まれているが、ぼんやりと暖かい灯りがちらほらと滲んでいる。目的地が近い証拠だろう。
そう、俺たちはセドニーシティに戻っているのではない。
「ルリは初めてだっけ?」
「……ん。ヒスイは行ったことあるの?」
「いや、ないな。タマユラは?」
「私もありません。みんな初めてですね」
とある秘境に、数多くの冒険者を陥落させた、それはそれは恐ろしい場所があるという。
その地に足を踏み入れたものは皆、魅入られたように元の生活に帰れなくなるというのだ。
深い山の奥に、場違いにも煌びやかな灯りをともし、戦いに疲れた冒険者を待つ。
そんな――観光地に、俺たちは向かっている。
「わぁ、見てください! 見てください! 夜だというのに、あんなにもたくさんのお店が並んでいますよ!」
「……すごい」
立ち並ぶのは、貴重な燃料を惜しみなく使い、昼と紛うほどに眩しい無数の出店だ。
魚を焼いた匂いが立ち込めて、不覚にも唾液の量が増える。
そりゃそうだ。ずっと戦闘していたのだから、腹くらい減っている。それは、あまりにも刺激的に空腹に刺さる。
「あ、あれが宿でしょうか!」
その一番奥に、一際存在感を放つ巨大な館が佇んでいた。
あれこそがこの旅の終着点――温泉、なるものだろうか。
疲れた冒険者の心をガシッと掴んで離さないという、あの。
俺たちは期待を胸に、夜の賑わいに溶けていく。




