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52.『自分のために剣を振れ』


「怪我人は救護テントに運べ! まだ立てる者は――」


 見知った街が今まさに陥落していく様を見て、私は強い不快感を覚える。

 見知った街などと気取った言い方をしたが、ストレートに言えば私の故郷で、生まれ育った場所だ。


 セドニーシティは、王国の中でも発展している街だと思う。

 産業もさることながら、この街の砦となる近衛兵団も、それなりの水準で訓練されてきたはずだ。

 少なくとも私は、手ぬるく扱ってきたつもりはない。


 それがこうも簡単に崩壊するとは、なんと脆いことか。


「――言っている場合ではありませんね」


 往来を楽しげな人々の代わりに闊歩するモンスターを、さながら通り魔のように切り捨てていく。

 目指すは街の東。ここからでも見上げることのできる、巨大なモンスターだ。あれは、私が行くべきだろう。


 それにしても――数は多いが、この程度の強さで街が攻め落とされるはずがない。


 なんせ、この街には彼がいるはずなのだ。

 彼ひとりいれば、あっという間に解決してくれるだろうが……それにしては、戦力が足りていないように見える。


 先ほどの冒険者を見るに、B級やそれ以下の冒険者も駆り出されているらしい。

 つまり、それほどまでに猫の手も借りたい状況だということ。


 ――彼は、この街にいないのか。

 出ていってしまったのだろうか。

 

 何も言わずに消えた私のことなど、もうとっくに忘れていてもおかしくはない。

 だけど心のどこかで、ずっとこの街で待っていて欲しいと思っていた私は、浅はかで利己的なのだ。


 目の前の惨状を見ればわかる。

 彼がいたら、こんなことになるはずもない。


「――へ、兵団長!? お戻りに、なられたのですね……!」


 と、しばらくぶりに聞く声に呼び止められる。

 振り向くまでもなく、この声の主はわかる。


 何百回と聞いた声で、私の部下だった男だ。

 ついでに言うと、私が放り投げた近衛兵団長を引き継いでくれた。


 その男は、近衛兵数名を引き連れて、どこかへ向かうところだったようだ。


「――アベン。久しぶりですね。すみません、貴方に全部押し付けてしまって」


「いえ……それより、兵団長がお戻りになられたのなら心強い! 東の化け物を斬ってくれませんか!?」


「元よりそのつもりです。それで、貴方は?」


「私は、とある屋敷の調査に出ます。ヒスイ様が、そこで行方不明になられたらしく……」


 彼が、行方不明。

 そんなこと、有り得るのだろうか。


 聞くに、この騒動の原因を掴んだ彼は、仲間と共に街の真ん中の屋敷に向かったらしく。

 そこに待ち受けるものの予測はついていなかったため、念の為ギルド諜報部が魔力追跡のスキルを使った。


 ある時までは確かに彼らはその屋敷の中にいたのに、いきなり彼らの魔力が消失したらしいのだ。

 それはもう突然、煙のように。


 ギルドマスターからその報告を受けた近衛兵団は、会議を開いた。

 結論、これ以上の被害を抑えながら解決するためには、彼らの力が必要不可欠ということになり、こうしてアベンらが調査に赴く運びとなったわけだ。


「手がかりがあるかも分かりませんが……行ってみるしかありません。その間、モンスターへ向けられる戦力の低下が懸念されていたのですが……兵団長がいらっしゃれば、問題ないでしょう」


「貴方は少し私を過大評価している部分があります。――まぁ、この程度でしたら食い止めてみせますよ」


「お願いします」


 会話を終えると、アベンはさっさと駆け出していく。

 私も、あのモンスターの元へ急ぐ。


 それにしても、彼はこの街から出て行ったわけではないのか。

 そればかりか、最近になってこの街に家まで買ったと聞いた。


 それって、もうこの街を生涯の地と定めたということでいいのではないだろうか。

 つまり、私のことを「いつまででも待ってるよ」ということだったりしちゃうのではないだろうか。


 いやまぁ、少し考えが飛躍しているのは自覚がある。

 だけど、やっぱり待っていてくれたという事実が嬉しくなってしまう。


「ふふ――おっと、気を緩めてはいけませんね。今は集中しなくては」

 

 それどころではないのだ。私がしっかりしなくてどうする。


 それにしても……どうやら今は仲間がいるらしい。

 それも、あのS級の『白夜』だというではないか。


 『白夜』とは直接会ったことは無いが、どうやら若い女性であるらしいことは聞いている。

 

 ……私がいなくなってすぐ、『S級』の、『若い』、『女性』とパーティを組んだということ。


「うぅ、私じゃダメだったんですか……やっぱり、私より強くて若い女性が好み――いやいや、そんなことは無いでしょう。魔王討伐のために、合理的な判断を下したまでです。うん」


 別に男女ふたりでパーティを組んでいるからといって、恋仲に発展しているとも限らない。

 考えすぎるのはよそう。


 それにしても、少し前の私を振り返ると考えられないくらい、今の私は色恋に染まっている。

 もちろん、今まで恋慕を向ける相手がいなかったことも大きな理由のひとつだが、一番は師範の言葉だ。


「いいか。その男のことを好いているなら、それは隠さなくてもいい。それをお前が剣を振る理由にしろ。恋ってのは、一番素直で真っ直ぐな心を作る材料だ」


 なんて、鋭い目をした壮年の剣豪には似つかわしくないロマンチシズムに溢れた一言。

 今まで正義や民のために剣を振ってきた私にとって、それはまさに青天の霹靂だった。


 そこまで丸ごと自分のために剣を振っていいのかとも思ったが、意識するようになると驚くほど速く剣を振れるようになったのだ。


「師範は誰を想って剣を振るのでしょうね……おっと」


 彼への想いには、自信がある。

 だから、目の前の巨大なモンスターに負ける気など、これっぽっちもしなかった。


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