44.『誘う扉』
「ですから、もう辞めてしまったので……」
「今どこにいるかとか、わかりませんか!?」
「そこまではちょっと……すみません」
あの男は、既に店から姿を消していた。
わからない。あの男が黒幕――魔王軍七星バエルなのか、その手先の者なのか。
どちらにせよ、何かを知っていることに間違いはないだろう。
何がなんでも行方を追いかけないといけない。
「……もう手がかりはない」
「いや、まだ何か――」
ルリが諦めムードを醸し出すが、逆にあの男を諦めてしまったらそれこそ手がかりがなくなる。
絶対に逃すわけにはいかない。
と息巻いてみるはいいものの、現実問題あの男を追うのは難しい。
ただでさえ人の多いセドニーシティだ。
人波に紛れて街を出られていたら、もうどうすることもできない。
「なら、どうする……」
バリアント=ヒューマンは全て討伐してしまった。
鈴の鑑定にも時間がかかる。
今すぐに動くことはできない。
このまま待つしかないのか。
「――一番、奥の部屋」
「……ヒスイ?」
そうだ。ひとつだけ手がかりがある。
俺たちが恐怖に負けて封じ込めた、あの恐怖の真実。
今こそその扉を開けるべきときでは無いのか。
「あの屋敷の一番奥の部屋には何がある? もしかしたら、人をモンスターにする真実があるかもしれない」
「……それは危な過ぎると思う」
「だけど、ただ待つよりはいい。俺たちなら、次の被害が出る前に食い止められる」
「ヒスイがモンスターになったらどうするの? 私でも――ううん、S級冒険者が束になっても勝てない。世界の終わり」
モンスターになることで、一般人の中年男性がB級冒険者たちを一方的に蹂躙するほどの戦闘力を得た。
その振れ幅で俺がモンスター化したら、確かに考えたくもないほどの被害が出るだろう。
でもどうせ、魔王軍七星バエルを放置していたら被害は拡大するのだ。そもそも、俺たちで勝てる相手なのかすら分かっていない。ならば今こそ、少しばかり危ない橋でも渡ってみる価値はある。
「行こう、あの屋敷に」
「…………わかった」
ルリを巻き込んで申し訳ない――とは、言わない。思わない。
こういう時のためにパーティを組んだのだと、俺もルリもわかっているからだ。
S級冒険者ふたりで、この胸糞悪い悪意を食い止める。
それが、俺たちに求められている事だ。
■
「確かに古臭い扉だな……」
「……ここだけ、築年数が違うみたい」
俺たちは、数日前に老人が迎えてくれた部屋に来ていた。
あの時と違い、薄暗く陰気な雰囲気に包まれている。
その部屋の奥、立ち並ぶ本棚の隙間にその扉はあった。
大きく、古く、禍々しい扉だ。
誰が見ても明らかに異質な存在感を感じ取ることができるだろう。
「――この先に、何があるかだな」
「……何も無かったらどうする?」
「それは一番困るな……そしたら、あのじいさんにリフォームを勧めることにするよ」
正直、扉が放つその圧倒的な瘴気に俺たちも当てられていた。
この先にとてつもなく大きな存在が待ち受けていることに疑いようはない。
ここにきて、俺たちは少しばかりビビっていた。
しかしそれを咎める者はいない。茶化す者もいない。
俺もルリも、息を整えて心の準備をする時間くらい、必要なものだと理解しているからだ。
とはいえ、いつまでも二の足を踏んでいられる状況でもない。
なにより、目の前の扉が俺たちを招いているようだったから。
「――開けるぞ」
手をかけた扉は重く、冷たかった。
床を引きずる不快な音と共に、少しずつその奥が顕になる。
暗闇だ。光の侵入を許さない暗黒が、俺を誘う。
埃っぽいとも獣臭いともつかない、凄まじい臭気が鼻を劈く。
この場所は――一体どれほどの年月、こうやって迷い込む人間を待っていたのか。
「……進もうか」
「……ん」
俺は腰の剣を抜き、ルリは杖を構える。
扉から手を離し一歩進むと、その重みで扉は自動的に閉まる。
完全なる暗闇が、俺たちを包み込んだ。
一寸先も見えないような、絶望の深淵だ。
足音だけがしつこく耳にこだまする、静寂だ。
あっという間に、陽の光が恋しくてたまらなくなった。
ギルドの喧騒に触れたかった。だけど。
いつものギルドを奪った巨悪を滅ぼすために、俺たちはここにいる。
いつものギルドを取り戻すために、俺たちは進む。
壁に手をついて、少しずつ進んでいく。
しばらく進んで、俺たちは違和感に気付く。
「……広すぎないか?」
「……私もそう思う」
口をついて出た疑問に、隣から答える声がしたことに安堵する。
足音はふたり分あったが、ルリの顔はおろか自分の足元さえも見えないのだ。
いつの間にかルリがモンスターに成り代わっていても気付かないかもしれない。
それにしても、どれだけ歩いただろうか。
歩くペースは早くない。だけど、屋敷の外観を見る限りではもう既に外に出ていてもおかしくないほどには歩いたはずだ。
なのに、まだ光はささない。
「――」
「……ヒスイ」
「……あぁ」
ふと気が付くと、音が聞こえる。
俺の足音でも、ルリの呼吸でもない。
くっちゃ、くっちゃと、何かを咀嚼するような音だ。
やがてその音は大きくなり、俺たちは足と息を止めた。
俺たちでない何かが、近付いてきているのだ。
「ァア。ァァア。カカカカカ」
「――」
声だ。言葉ではないが、声だ。
高くも低くもない声だが、特徴が無いわけではなかった。
むしろ、その逆だ。
鳥肌が立つほどの雑音混じりの声が、俺たちの耳をねっとりと舐めまわしたような錯覚に陥る。
「ィル。ィルネェ。カカカカ。嗅グわシィ、肉ノ臭ィだァ。うーン……デも、惜シぃナァ。人間ヂゃなケレば、最高ナノにィ」
「――」
バレている。俺たちの存在は、完全に察知されている。
ならばもう気配を殺す必要は無い。
敵意があるのかまでは判別が出来なかったが、本能が言っている。
――こいつは、ヤバい。倒すべき相手だと。
「――ルリ!」
「――【陽光】」
俺の叫びと同時にルリが動く。
杖から発せられた眩い光が、全てを包み込む暗闇を切り裂いた。
刹那にして光を取り戻した俺の眼前に現れたのは、目を疑うほどにおぞましい光景だった。
「眩シィなァ。カカカカ。――アァ、見ェル、よク見ェルぞォ。毛穴に詰まッタゴミまデ、ハッきりトォ」
俺たちは丸い部屋に居たらしい。
この部屋だけで屋敷の敷地分ほどありそうな広い部屋だ。
その中央には、魂を失った人間の亡骸が山積みになっている。首がないもの、腕がないもの、皮がないもの。
蹂躙された人の群れが、まるで捨てられているように積んである。
――そして、幾多の亡骸の上にあぐらをかいて座っている化け物が、人の肉をプチプチと噛み潰していた。
活動報告の方にルリの落書きを置いといたので、興味がある方は見てね!




