43.『人伝の噂話』
「――ヒスイくん、もう一度ボクの部屋に……あれ。『白夜』ちゃんも同じ部屋なの? 2人ってまさか、そういう関係?」
「……残念ながら、まだ」
「まだってなんだよ」
今後の目標が明確になったところで、ギルドマスターがやってきた。
正直、まだ吹っ切れてはいない。
思うところも、沢山ある。
だけど、まずは俺の感情より優先しなくてはいけない大事な事があるのは理解した。
その決起に具体的な道を示してくれる人こそ、このギルドマスターなのだ。
「お邪魔して悪いんだけど、今後の方針が決まったよ。ボクの部屋にきてくれるかな」
とのことなので、俺たちは無言で立ち上がった。
この宿舎はギルドの向かいにあるので、ここからギルドマスターの部屋に行くためには再びあのギルドの惨状を目の当たりにしなくてはならない。
現場は、言葉で言い表せないほどに痛々しかった。
亡骸にしがみついて泣き腫らす者や、誰かの左腕を大事そうに抱き抱える者の横を、俺たちは通り過ぎていく。
直視など、できなかった。
耳を塞いでしまいたかった。
それすらも、できなかった。
「……ヒスイ」
「――わかってる」
ルリは俺と目を合わせることなく、その右手で俺の左の掌を掴んだ。
温かくて、安心する。
ルリにこんなに気を使わせるとは、俺も頼りない男だ。
俺はその温もりを確かに感じながら、余計なことは何も考えずに歩いた。一歩、一歩。
張り裂けそうな思いを無理矢理に抑え、気付けば悲鳴を遮る分厚いドアの向こう側にたどり着いていた。
数刻ぶりの、ギルドマスターの部屋だ。
「ごめんね、何度も。じゃあ、今後についてなんだけど――ご尊老。こちらの鈴に見覚えは?」
「ないのう。ただの鈴に見えるが、わしの物ではない」
「ヒスイくんから聞いた話では、これに何か仕掛けがあるんじゃないかってことだったけど……この小ささでは魔法陣も描くことはできないだろう。何かはあるんだろうけど、それが何かは分からない」
「呪術の類、とか?」
「どうだろうね。どちらにしても、今すぐに答えは出ないかな。じっくり鑑定してみるよ」
しかし、そんな悠長なことを言っている時間は残されているのだろうか。
今この瞬間にも、第四のバリアント=ヒューマンが現れないとも――、
「――七不思議」
「ん?」
「そうだ、七不思議。『セドニーシティ七不思議』って、どんなものか分かりますか?」
うっかり失念していた。
本当に、この期に及んでうっかりなんて俺は――いや、それよりもだ。
七不思議その一。
そこに座ってる老人の家の話だ。
七不思議その二、その三。
第4区と第6区の呪いの家。
俺が家を買う時に教えて貰った七不思議が、バリアント=ヒューマンのうち2体が出現した家屋の話だった。
仮に最後の一体――第2区のバリアント=ヒューマンが現れた家も七不思議に数えられている場所だったら。
残り3つ、七不思議が残されているはずだ。
あと3人、非業の変身を遂げる被害者がいる――?
「俗な噂話だと思っていたからな……ボクはちょっと分からない。ギルドの人間で知っている者がいないか、探してみよう」
■
コンコン、とふたつばかり弱々しく扉を叩く音がした。
「入っていいよ」
「失礼します……」
俺を担当してくれている、受付嬢だ。
無事でよかったが、きっと最初から最後まであの虐殺劇を目の当たりにしたのだろう。酷い顔になっている。
目に光がなく、歩幅は狭い。
ここに呼ぶことすら酷なくらい、精神的に参ってしまっているのだ。
「『セドニーシティ七不思議』について、知っていることを教えて」
「……噂されるようになったのは、つい最近です。中身も人によってまちまちで、人から人へ伝わる際に少しずつ形を変えていったのだと思います。私が聞いたのは、街の真ん中の屋敷には老人に化けた人喰い鬼がいると」
それはまぁ、噂以上のものは無いだろう。
まさかここにきてこの老人が鬼ということもあるまい。
目を丸くして「なんと恐ろしい話じゃ……」と呟く老人を見ていればわかる。あなたのことを言ってるんだと思いますよ。
「ほかの6つは?」
「……分かりません。というか、初めから存在しなかったのではないでしょうか。たった一つの噂すら真っ直ぐ伝わらないのに、7つなんて到底……」
確かに、人伝の噂話から解決の糸口を探ろうなんて無謀だったかもしれない。
俺が聞いた情報と、最初に噂を流した人物の言ってることがまるっと変わっててもおかしくないのだ。
くそ、手がかりはなしか。
こうなったら、ギルド総出で大人数から七不思議の話を――ちょっと待て。
俺が初めて七不思議を聞いたのは、あのB級冒険者からだ。
その後はどこで聞いた?
なぜ俺は、七不思議のうち3つを知っている?
あの男だ。俺が家を買った店の、あの男から聞いた。
じゃあなぜ、あの男は七不思議をいくつも知っていたのだ。
――なぜ、あの男が紹介した家から多数の被害者が出ているんだ。
あの男は、何者だ。




